先行投資

槇村焔

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先行投資・俺だけの人。

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「…樹は、ここにはいないんだから…」

ずっと樹の部屋にいたら、気分が晴れずグダグダしてしまう。


樹の部屋からもってきた洗濯物を、洗濯機にかけ、上着を羽織る。

樹が家を出てから、ろくに食事を取らなくなった私は、仕事も前ほどしなくなった。
梅雨ばてだろうか。
身体も酷くだるい。胃も痛む。

気付けば、医者から処方された薬は全てなくなっていた。
ひっくり返した、薬袋からは、ゴミしか出てこない。
何度振っても、薬が袋から出てくるわけもなく。


「薬…取りにいかないと…」

自分に言い聞かせるようにつぶやく。
医者にあの日されたことを思い出すと、顔が自然と強張るが、医者の処方した薬は確かなもので、一時的ではあるが痛みを柔らげてくれた。
薬にはあまり頼りたくないが…今はちょっと頼らないと、心身的に苦しい。
胃がシクシクと痛んで、だるさが身体をむしばんで、立っていられなくなる。

薬は心まで楽にはしてくれないのに。
それでも、薬を飲まないとやっていられない。

心も体も弱い自分に、自嘲じみた笑みが自然と浮かぶ。


ーもっと、強くなりたい。強くなれれば…そしたら、樹の隣に堂々といられるから。

もっと、強くなれれば…。
樹だって、私を煩わしいと思わないハズだから。

強く、なれたらいいのに…


「…樹から離れたら…少しは強くなれるかな…」


 洗濯機は勝手に乾燥までしてくれるので、私は火の元を確認し、家を出た。

病院近くまで歩いていく。
6月だと言うのに、日差しが眩しい。なのに、湿気があって暑苦しい。
この時期はどうもうんざりしてしまう。
夏バテ…ではないけれど、食欲もなくなるし、ただ毎日を過ごしているだけなのにだるい。


病院近くまでだるい体を引きづりながら、歩き…


「あ…」

はたと、気づく。
今日は水曜日。
病院は休みだ…。


「参ったな…」

薬はもうないのに。
ここまで歩いたのに。
妙に損した気分だ。

まぁ、一日くらいなら、どうにかなるかもしれない。
今日一日だけなら。

家で安静にしていれば、大丈夫だろう。


ふらつく身体を叱咤し、私は元来た道を戻る。
どうせ、外へ出たついでだ。
スーパーにでもよるか…。

そのまま、家ではなくスーパーへ足を向ける。
大どうりにあるスーパーは、やや人がいて、人ごみが苦手な私としてはあまり行きたくない場所だ。いつも、スーパーに用事があるときは、一度に大量に買い、なるべく何度も来ないようにはしている。


「あ…、」

スーパーへの道。個店が立ち並ぶ商店街。
ひときわ目立つ若い集団がいた。
別に何をするわけでもない。

凄く趣味がいい服を身に着け、喋っている。それだけだ。


それだけなのに。
まるで、その集団はモデルが本から出てきたような…そんな雰囲気を醸し出していた。

当然、そんな彼らが注目を浴びないわけはない。
周りの女子高生などは、携帯を取り出し、彼らに熱い視線を送っている。

「公久さん…?」
「え…あ…?」

名前を呼ばれた。その、ひときわ目立つ集団の一人に。

「進藤君、」
よくよく見ると、その集団に、進藤君がいた。
進藤君。
樹が家を出る日に合った青年。
聞くところによると、樹の、恋人…。

進藤君は、周りにひとつ声をかけて、私の方に近づいてくる。

「こんにちは、公久さん」

にっこり。
可愛らしい笑顔で笑う進藤君。
でも、私は彼の笑みに笑えずに、俯いた。

眩しすぎる彼を…見ていたくなかった。

自分との違いを見せつけられた気がして。


「買い物ですか?公久さん」
「……」
「公久さん…?」

返事もしないで、黙って俯いた私に、進藤君は訝しんで声をかける


「君は…君は樹を好きなんだな…、愛しているんだな」
「え…」

進藤君はいきなり言われた言葉に、息を飲む。


「公久さん?」
「答えて…くれ、君は…」
「好きですよ。愛してます。

樹君は…樹君は、僕の王子様だから…」


きっぱりと、言う進藤君。
若さ…かな。
私も、彼みたいに好きとしっかり言えれば…。
この現状は、変わっていたんだろうか。


「…だから…、あなたには負けません。負けたくないんです…」

彼みたいに強ければ。
今の、この現状は…。

今、私は彼に向かって真っ向から対面できただろうか…。

私だって、樹を渡したくないって…。


「進藤君…樹を…樹を知らないか?」
「え…?」
「この間から家を出ていて…、行方がわからないから…」
「え…樹君?うちに、きてますけど?なにか…」

うちに…
進藤君の、家に…?
家にいった…のか……?


そうか…進藤君の家にいったのか…。

…進藤君の家に…


なんだ…
そうか……。


「そうか…なら、いいんだ…」
「あのっ…?」
「樹を頼むな」

其れだけ言って、スーパーへ行かずにきびすを返す。樹は、私のことを許せずに、進藤君のところへ行ったんだ。


 私が、浮気と喚いた浮気相手の家に行っていたんだ。

 樹の居場所は、私以外にちゃんとあるのだ。


ー胸が痛い。
泣きたいのかな…。

顔を上げて、それから前を向く。


「…樹を…縛りつけては…いけない…だろ…公久。これが…結末だよ…。…子供に手を出そうとして引き取った悪い大人の…」

自分に言い聞かせるように呟いて、家路へと急いだ。
 
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