先行投資

槇村香月

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先行投資・俺だけの人。

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「落ち着いてだと?そんな生意気な口、聞くな。子供の癖に」
「…公久さん」
「お前なんて、子供だ。私の中ではいつまでたっても手間のかかる子供なんだ。お前は、私のコドモで…世話のかかる子供なんだ」
「子供…」
「なのに毎日夜ほっつき歩いて、人を年寄扱いして…もううんざりなんだよ!」

なにを、言っているんだろう。
でも、言葉が止まらない。
あふれ出るものが、止まらない。こんなこと言いたくないのに。
嫌われたくなんか、ないのに。
離れたくなんか、ないのに。

「私は、一人がよかったんだ…一人で、よかったんだ…なのに…」

一人だったら、こんな別れに怯える事なんかなかった。
こんな、樹の行為にうるさく言う事もなかった。
こんな人を独占するような、自分だけを見てほしいだなんて思わなかった。

私みたいな気難しい人間は、一人で生きていくものとそう思っていた。

こんな風に人に執着する事もなかったのに…。


「なに、それ…。公久さん…いらないって…」

呆然、いや、信じられないといった顔で、樹は私を見つめる。


「俺が、何しているかも知らないで…俺が何を思っているかもしれないで…よくそんなこと、言えるね…」絞りだすように零される言葉。樹は何かを堪えるように、ギュっと右拳を握っている。


「わかる訳ないだろう」

だって、樹は何も言ってくれない。
昔みたいにずっと、一緒にいられない。

だから、不安で不安で。
そんな私の思いだって、樹は知らないだろう?

私はお前を知らない。でも、お前も私を知ってはいない。
今の私を知ろうともしれくれない。

年をとったから?もう叔父さんだから?
樹にとって、価値のない存在になってしまったのか?

私は樹を縛る、愚かな人間か…。


「進藤君が、家にきたんだ」
「え…溟が…?」

進藤君の名を口にした途端、樹の顔色が変わった。
びっくりしたような、マズイ!と思わせるような…表情。

やはり二人は、知り合いだった。
ということは…進藤君の知り合いという話は嘘ではなかったということか…。

全部が全部、本当なのか

樹が私から離れたがっているのも
二人が恋人なのも…。


「瞑、何か、言ってた?」

瞑…か。
そう呼ぶんだな、彼の事を。そんな親しげに。

年も近いもんな。私と違って。
こんな呼び方すら気にしてしまう私は…なんて女々しいんだろう。
自分で自分が嫌になる。


「…教えない。教えるもんか。お前なんかに…、誰が…」
「公久さん…なんで…」
「触るな…」

再び、手を伸ばしてきた樹の手を、跳ねのける。
心配したポーズなんか、いらない。
私が欲しいのは、樹自身なのに…。


樹が欲しいのは…

私じゃない。
「彼はお前とはどういう関係なんだ?」
「友達だよ」
「ほんとに?」
「ほんと。信じてよ」

樹はじっと、私の顔を見つめる。交わる、視線。しかし私は、その視線に耐え切れず顔を逸らし、俯いた。

「信じられない…」

信じられない。私は、弱いから。
だから、進藤君の言葉を信じてしまう。
恋人だという、あの言葉を。

「本当は、恋人同士なんじゃないか?」
「…はぁ?俺と、瞑が?あるわけないよ、そんな…」
「わからないじゃないか」

あんなに可愛い子なんだ。私と違って、樹にお似合いの。
それに、あの子は私に恋人だといったんだ。

「お前と私は8つも違うんだ。
でも、彼とお前は年が近いんだろう。私とお前とじゃだいぶ違うけど…彼とだったらおじさん扱いなんかしないだろう…それに、彼ならば…」

一瞬言いかけて、止まる。
彼ならば。
そう、彼ならば私と違って樹は…

「対等に、付き合えるんだろう」

親と子供の関係でもない。
養うものと、養われるものの関係でもない。
恩も義理もない。

ただ、好き同志・愛し合うもの同志で付き合える、関係。
私なんかと違う。

卑怯な賭けを持ち込んだ私とは。無理やり、樹を男色の道に引きづり込んだ、私なんかとは、違うんだ。

「正直に、言え。彼とは…」
「公久さんは、溟の言葉を信じるの?ずっと一緒にいる俺じゃなくて、溟を?」

静かに、怒っているようにゆっくりと言葉を零した樹。
俯いていた顔をそっとあげれば、ぞっとするほど無表情な樹の表情があった。
なんの表情もない。まるで、人形のような…無情。

「公久さんにとって、俺はなんなのさ」

そろそろと近づいてきて、壁側に、私を追いやる樹。

「どんな存在なんだよ」

冷たく、言い放つ言葉。

「俺は、なんなの?公久さん。うんざりする存在なの?ねぇ…」
「樹は…」

とん…、と、背中に壁が当たった。
逃げられない。
樹から、逃げられない。
樹は、私が逃げられないように私を捕らえた状態で壁に手をつき、私の進路を阻んだ。

「公久さんにとって、俺は…」
「樹は、私のコドモだ」
「子供…」
「お前は大切な私のコドモだ。だから、お前の事が心配だし、お前のことが気になるんだ」
「んだよ…それ…子供って…」

小さく、小刻みに震える樹。怒って…いる?

「いつ…」
「いつまでも子供扱いすんな。俺は貴方の犬じゃない!あんたの本当の子供なんかじゃない。あんたは俺の本当の親なんかじゃないだろ!

俺は…!

ふざけんな、子供扱いすんな!
いつも…俺がどんな気持ちでいるかわかってんの?
どんな気持ちで公久さんといるかわかってんの?


俺の事あんただって何もわかってないじゃん!子供扱いしてるだけじゃん」

「なっ…お前になにが…」

「俺は…そんな子供扱いされるような歳じゃない!

俺は男だよ?

俺は公久さんの"子供"じゃない。

子供扱いするなら、子供でいたくない。
子供なんて真っ平だ。
そんなの願い下げだね。
俺は…
…俺は、公久さんの…」


―パンッ

「あ…」
「…っ」

破裂音が部屋に響いた。
そっと、目を見開き自分の頬にゆっくりと触れる樹。


やって…しまった。
つい、かっとして…樹の頬を叩いてしまった。
樹の叩かれた右頬はみるみるうちに赤くなっていく。

樹は、本当の両親の事もあり、暴力には怯えていたのに。
樹に暴力は駄目だと知っていたのに。

叩くつもりなんか、なかった。

樹の反抗が怖くて。
樹の言葉が嫌になって…
「…ごめ…」
「…最悪だ」
「いつ…」
「今日は、もう帰らないから…。ちょっと頭冷やしてくる。公久さんの顔、今日はもう見たくない」



樹はひとつ、低い声でそう言い放つと、くるりと背をむけて玄関へ向かう。

私のことなんて、みずに。
私から、立ち去るように。

遠く離れていく、樹の背中。
離れる、樹。

いつかくる別れ。
もしかして、今がその時?


「待ってくれ…、いつ」
「ごめん」
「いつき」
「ごめんね…」


私の呼び止める言葉を無視し、樹はそのまま、家から出て行った。
一度も振り返らずに。


樹は何に怒ったのだろう。
子供扱いされた事に対して?邪魔と言った事に対して?

もう、私の顔も見たくないくらいなのか……。


「行かないで…くれ…」

消え去ったドアに向かってポツリとつぶやく。


「行かないで…、くれ…お願いだから……お願いだから…」

樹はいないのに、私は何度も何度も懇願する。

懇願しても、樹は帰ってこないのに。

どんなに一緒にいたくても

樹はいつか私の下からいなくなってしまうのに。

それでも私は馬鹿みたいに懇願し続けた。

いつか帰ってくる

そう信じて。懇願する以外言葉がなくなってしまったかのように
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