今宵、君と、月を

槇村焔

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4章

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 天国から地獄の体験って、こんな感じなんだろうか。
 

 椎名先生に誘われて参加した編集長との飲み会の日、深夜に僕が住んでいたアパートは放火にあってしまい、一夜にして僕が住んでいた家は燃えてしまった。
放火犯と鉢合わせすることなく帰れたのは幸か不幸か。
僕が住んでいたのは、古いアパートだったので、火の手はあっという間に広がってしまったらしい。
幸いにも、古いアパートであき部屋が多かったのもあって、夜中に起きた火事だったけど死者は1人も出なかったようだった。

 アパートは焦げてしまって、見るも無残な状態になっていた。
黒焦げの建物は、元の原型は残っておらず、到底人が住めるものではない。
僕の部屋もほとんど焼かれてしまい、僕も逃げる時に火傷を負ってしまった。
火傷は主に背中と、右肩部分、そしてオデコ部分。


自力で家から脱出できた僕だけど、念の為アパートにやってきた救急車に運ばれ、そのまま、入院する運びとなった。
火傷箇所は思ったよりも重症だったようで、運び込まれてすぐに皮膚の手術をすることになった。
術後も、痛みが和らぐまでは入院が必要らしい。


 入院中、沢山の人がお見舞いに来てくれた。
編集長や、夏目くん、酒井くんや、笹沼さんまでこの繁忙期に顔をみせてくれた。
みんな火事にあった僕のことを案じてくれて、仕事のことは気にするな…と優しい言葉をくれ励ましてくれる。
何か困ったことがあればサポートするから、なんてありがたい言葉をくれたのは1人や2人じゃない。
酒井くんまでもお見舞いの品だから…と、生活用品をスーパーまで買いに行ってくれた。
こんなにも沢山の人に支えられていたのだと改めて気づいて、僕はみんなの前なのに号泣してしまった。


「なんだ、宮沢、お前も泣くことあるのか?」
「ありますよ、僕だって…!」
「そりゃ、いいことだ。お前、相良先生の担当外れた時すっごい無気力だったからな…ー。
いや、それより前から…か。
いつもとりあえず仕事をこなして…自分のことはどうだっていいみたいな顔してたし…。
それが今じゃ、結構楽しそうな顔してるじゃないか…。俺は嬉しいぞ」

豪快に笑いながら、笹沼さんは僕の髪の毛を撫で回した。


「わわ、髪そんなにぐしゃぐしゃにしないでください。あ、眼鏡も取らないで…」
「いいじゃないか。眼鏡くらい…って、お前眼鏡とると…」

眼鏡をとった僕を笹沼さんは、ジロジロと見る。
眼鏡をとると…?どうせ地味って言いたいんでしょ。
眼鏡をとると、僕の視力はほとんどきかなくなってしまう。
今だって、近くにいる笹沼さんの顔が見えない。
なんとか眼鏡を取り返そうと手を伸ばしたんだけど、僕の手は届かなくて。代わりに夏目くんが笹沼さんから僕の眼鏡を奪い返してくれた。

「笹沼さん、いい大人がいじめなんてかっこ悪いですよ」
「い、イジメじゃないし…!で、でも宮沢が眼鏡を取るとあんな……」
「誰にも言わないでくださいね?じゃないと俺、笹沼さんの有る事無い事社内で言いふらしますので…」

ニッコリと微笑む夏目くんに対し、笹沼さんは乾いた笑いを浮かべていた。






「やほー、元気そうじゃん」
 満が僕の見舞いに来てくれたのは、僕が入院して5日経った日のことだった。

「来てくれたんだ…。ありがとう」
「俺とお前の仲じゃん。今更だろ」

満は僕にウィンクをしてみせると、持って来た花束を差し出して、そのままドカリと僕のベッドに腰を下ろした。
 椅子があるからそっちに座れば?とベッド横にある椅子を勧めてみても、満はめんどくさいから嫌だと、腰をあげようとはしない。
満らしい態度に、仕方ないなぁ…とベッドから身体を起こしたのだが、火傷が残った背中が痛んで僕はかおを顰めた。


「大丈夫か」
「うん…」
「すぐに来れなくて、悪いね…。
ちょっと仕事が立て込んでてさ」
「いや、来てくれただけで嬉しいよ。1人でいるとすぐ塞いじゃうから」

入院生活って、やれることが少ないから、ついつい1人で考えることが多くなる。
見舞客が来ている時は気が紛れていいけど、1人でいる時はあれやこれや考えてしまって、気が滅入ってしまった。

これからどうなるんだろう…、お金は足りるんだろうか…って。
実家に行けば父も母もいるけど、ふたりとも年だし最近は身体を壊しているし、迷惑はかけられない 
親に孫を見せてやれない僕だから、これ以上気苦労をさせたくないという思いもあった。

僕なりの意地である。


 だが、親に頼れないとなると、他に頼れる人間は限られている。
どうしようか…と悩めば悩むほど、今後のことが不安になって、グラグラと揺れる綱を渡っているかのように、心許なさに胃が痛む。
路頭に迷うんじゃないか…とか、まさかこのままクビになったりしないだろうか…とか。
考えても意味のないことをグルグルグルグル悩んでしまうのが僕の性分だ。
そんな中で、満みたいな調子のいい…、いや、こっちの暗い思考を吹き飛ばすような明るい性格の人間と話していると、悩んでいることも忘れ、とても楽になった。


「くるのは当たり前。それに入院してから5日もたってノコノコ来るなんて、親友失格だろ。俺は色々助けて貰ったのに」

満は垢抜けた格好をしているけど、実は真面目で凄く義理堅いのだ。
昔、僕が満を助けてあげたことを今でも恩に感じているみたい。


「そんなこと…。
それにしても、仕事が立て込んでるって満にしては、珍しいね。
いつも、仕事セーブしているのに…」
「あー…、うん。
ちょっと負けたくない相手が出来て。手が抜けない状態なの」
「へぇ…。珍しいね。
満ってそんなに勝負事に熱くならないタイプなのに。
どんな人なの?」

満は僕の問いに、ムッと顔をしかめた後「とてもムカつく野郎だよ」と吐き捨てた。

満は好き嫌い激しい性格なので、ムカつく人間は多いらしい。
だけど、満は嫌いなタイプはとことん視界に入らないようにして、空気のようにスルーしなかったものとして対応していたんだけど…気にするなんて珍しかった。


「俺のことより、お前のことだよ」
「ぼく?」
「住む家。どうすんの?これから。
大家さん、アパートの老朽化もあってもう立て直さないって言っているんだろ?
退院したら、どうするつもりだ?」
「うーん。どうしようか…」

 家賃が安いので、今のアパートは狭くても気に入っていたんだけど、今朝大家さんに今後アパートの取り壊しについて聞かされた。

大家さんがもう建て直す気はないと言っているから、退院したらすぐに新しく住む場所を探さなくてはいけない。
保険になんて入っていなかったから、入院費と治療費、生活家具を買っていたりすると少ないながらに貯めていた貯金も尽きてしまいそうだ。
ついつい重いため息が、口から溢れる。


「ねぇ、新しい家が見つかるまで、満の家に置いてくれない?」
「そりゃ、置いてやりたいけど。今、居候がいて」
「居候?」

最近まで満は、一人暮らしだったはず。
満は自由気ままな性格をしている。
誰かと共同生活をするのが苦手で、大学のときも寮を1週間で退寮したくらい。
たとえ恋人であっても滅多に、満は生活スペースに入れないらしいのに。


「珍しいね」
「…とっても不本意だけど、最近我が物顔で居座っているやつがいて…。
お前を住ませることになったら、すっごい文句言われそうなんだよなぁ」
「恋人なの?」
「そんなんじゃない…」

スルーできないムカつく存在といい、居候といい、それまでになかった満の変化だ。

その居候の人、恋人じゃないけど、満には特別な人間なんじゃないの?尋ねる僕に、満は答えてくれなくて。

「そうだ、お前のラブフォーゲッチューな男はどうした?
最近、毎日見舞いに来てくれるんだろう?」

満は唐突に、話題を変えた。

「ラブフォーゲッチューって…」
「事実だろ。
年下のツバメくん。
最近、毎日お前の見舞い来てるそうじゃん。
十分ラブラブ、だろ」

先ほどの苦々しい顔から売って変わったように、ニヤニヤと揶揄う満に、茶化されるとわかっているのに顔が赤らむ。

あの火事があって、僕が入院してから夏目くんは、毎日のようにお見舞いにきてくれた。
毎日、必ず、時には面会時間ギリギリになっても僕のもとにきてくれる。

 酒井くんから夏目くん様子をそれとなく聞いてみると、夏目くんは僕が担当していた作家さんを引き受けたり、仕事のフォローをしてくれたりと、今まで以上に忙しく仕事をしているらしい。
なのに、毎日僕の見舞いにくるために時間を作ってくれているようだ。


嬉しい反面、申し訳ない。
責任感が強い夏目くんは、火事にあった日もう少し僕の家に留まっていれば僕にこんな火傷をさせることなんてなかったのに…!と、あの飲み会の後、自宅に帰ってしまったことを凄く悔いているようだった。

僕に火傷の傷が残ったことを、自分のことのように気に病んでいるみたいで、よく火傷の痕を見つめていた。

 憎むべきは放火犯であって、夏目くんには非なんてないのに。
ここまで気にしてもらえるほど、僕と夏目くんの間には何もない。
ただの会社の同僚。それだけの間柄なのに。

毎日のようにお見舞いにきてくれて心配してくれる夏目くんに、浮かれて秘めた想いまで告げそうになってしまう。
そんな小躍りしてしまいそうな自分を必死に押し殺し、あくまで夏目くんは責任のために来ていると、自分に言い聞かせる毎日だった。


「夏目くんがきてくれるのは…責任感だよ。火事があった日に、もう少し僕の家にいたら、僕がこんな火傷を負うことはなかった…って思っているんだ」
「…責任感、ねぇ…。でもさ、そんな毎日見舞いに来てるって、もしかしたらさ……」
「こんにちはー。宮沢さんーいるー?」

満の台詞にかき消すように、響く声。

「先生、ここ、病院ですよ。静かにしてください」

ガラリと病室のドアが開いて、椎名先生と夏目くんがひょっこりと姿を現した。
夏目くん…ー。
視線に夏目くんが入った瞬間、どきりと胸が跳ねる。
姿を見るだけでこんな風に胸が高鳴るなんて、入院する前より、夏目くん好き病が重症になってきていないか…?


「すみません。宮沢さん。
椎名先生がどうしても来るってうるさくて…ー」
「だって、あの飲み会の後火事にあったんだろう?
気になるじゃない!すっごい怪我したって聞いたし。大丈夫だった?」
「あ…はい…。背中とおでこを火傷したくらいで…」
「あー。良かった。もっと火傷だらけのオペラ座の怪人みたいになっているのかと…」

突然の椎名先生と夏目くんの出現に面を食らっていると、
「俺、帰るから…」と、満がベッドから立ち上がった。

「…ああ、先客でしたか。
すみません。騒がしくして。お邪魔でしたか?」
「いえ。話したいことは話しましたから。
宮沢、何かあったら、すぐラインしろよ」
「う、うん。満、今日はきてくれてありがとう」

満に礼を言うと、満は「退院するときにまた来てやるから」といって、病室を後にした。
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