今宵、君と、月を

槇村焔

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4章

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 飲み会中、椎名先生は夏目くんにべったりだった。
椎名先生は、夏目くんの隣に座り夏目くんとばかり話しかけている。
たまに僕にも会話を振ってくれるが、目の前にいる編集長には一切喋ろうとはしなかった。空気のように、ひたすら無視を決め込んでいるみたいだ。


椎名先生は、編集長のこと、嫌いなんだろうか。
嫌いなら断れば良かったのに。
付き合いを考えた結果、参加せざるを得なかったんだろうか。
とてもそういうタイプには思えなかったけれど…。
それに、この編集長へのこの態度は一体…。


椎名先生の態度に、編集長も気づいているはずなのに、編集長は特に気分を害した風でもなく、椎名先生を前に穏やかな笑みを浮かべていた。


「椎名先生……あの、今日は」
ずっと2人を見ていた編集長がついに話を切り出しかけると…

「ねぇ、そうじくん。ちょっとタバコ付き合ってくれないかな?」
「え…?ちょっと…」

 まるで編集長の言葉を無視するように椎名先生は夏目くんの腕を取り立ち上がると、夏目くんを連れてどこかへ行ってしまった。

残されたのは、僕と編集長、2人だけ…ーーー。


「あの…編集長」
「…はは、振られてしまったようだ。やはり、こんなおっさんから誘われて迷惑だっただろうか…」

淋しげに笑う編集長は、いつも僕らをキビキビと指揮する顔ではなく、気落ちしているようだった。
編集長は、厳しいけれど優しい上司で40過ぎても独身な為非常にモテる。
が、今まで一度も応えたことはないらしい。
社内じゃ、密かにゲイなんじゃないか…って噂が流れていたけど、まさか…まさかね。


「今日は、飲もうか。
宮沢くん」
「いや…あの…」
「君まで飲んでくれないのかな…」
「いや…、のみます!」

傷心気味な編集長がわざわざついでくださったお酒を、断れるはずもなく…
夏目くんと椎名先生が戻ってくる頃には、僕はすっかり酔いつぶれていた。


「編集長、呑ませ過ぎでは?」
「いやぁ、すまない。ついつい、呑ませすぎてしまって…」
「僕は大丈夫です、全然…大丈夫れすよぉ…」

なんて、もう世界が回っているほど酔いが回っていたのだけれど。

 夏目くん同様、椎名先生も戻ってきてからなんだか機嫌が悪い。
さっきまで、夏目くんとずっと喋っていたのに、今はじとりと、編集長を責めるように見つめていた。
まずいなぁ。
僕が酔っ払ってしまったから、飲み会の空気が悪くなってしまったのかも。


「あの、僕はほんと、大丈夫れすから。ほら、お刺身食べましょ。美味しいですよ、ここのタイ」

場の空気を変えようと、食事に箸をのばした。
僕の様子に、みんなも食事を再開させる。


「宮沢さん、そこにあるお醤油とってー!」
「え、あ、はい。醤油ですね…」
椎名先生に言われ、揺らめく視界の中、醤油入れに手を伸ばす。

「私がとろう」

僕が取る前に、編集長はハジにあった醤油入れを取り椎名先生に渡した。
しかし手渡す時、2人の手が触れあい、それに驚いた椎名先生は醤油入れを手から落としてしまった。


「ちょ…、先生…!」
「あー、やっちゃった…」

醤油入れが落ちたのは、不幸なことに、椎名先生が着ている高そうなズボンの上だった。
急いでおしぼりを渡したものの、汚れは薄くなっただけで綺麗に落ちない。

「これ、気に入っていたのになー」
「そういうことなら、早くズボンそのものを洗ってしまったほうがいいだろう。
幸い、我が家はすぐそこなんだ、このまま醤油臭いのは嫌だろう?」
「え…、い、いや…。別に新しいの買えばいいから…」
「いいから…」

有無を言わさない編集長の言葉に、椎名先生は助けを求めるように夏目くんに視線を向ける。


「行けばいいじゃないですか。先生。そのズボン、気に入っていたんでしょう?」
「で、でも…そうじくん…!!」
「洗ってもらうだけです。
何をそんなに意識してるんですか?まったく…。」

夏目くんは、お座敷から立ち上がると、僕の手を取り「行きましょう」と促した。

「え…でも…」
「あっちはあっちで、編集長の家に行くようですから。こっちはこっちで、飲み明かしましょう。ね…?」
「う、うん…」

僕は本当に、夏目くんの「ね?」に弱い。
夏目くんの懇願は魔法のコトバなのだ。
裏切り者ー!と叫ぶ椎名先生を置いて、僕は夏目くんに付きそう。
ふらつく僕の身体を、夏目くんは腰に手を回し支えてくれた。


「タクシー拾いますから…。
宮沢さんの家に行ってもいいですか…?」
「う、うん…」

僕らは大通りでタクシーを拾うと、そのまま僕の家に向かった。
そして、久しぶりに僕の家で、2人だけの飲み会をすることになった。
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