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3話
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「夏目…くん」
「俺は…」
PIPIPI…
僕らを会話を遮るタイミングで鳴り響く電子音。
2日前といい、まるで見計らったように電話が鳴った。
今回は僕のスマートフォンのようだ。
夏目くんに断ってから、スマートフォンを取り出し…
「…え…?」
ディスプレイに映る名前を見て、呆然とする。
「宮沢さん…?」
「あ、あの…酒井くんから、みたいです」
「あいつから…?
宮沢さん、あいつと仲良かったんですか?」
夏目くんの言葉に首を振る。
仲良くはないし、むしろ嫌われていて喧嘩まで売られたくらいである。
こうして電話がかかってくるのも初めてのことだった。
「ああ、宮沢さん、先生来ていませんか?」
困惑しながら、電話に出てみれば耳が痛くなるほど焦っている酒井くんの声。
「先生…?」
「相良先生ですよ…!!」
「来てないですよ…。
担当を外れてからずっと会っていませんし。
そもそも先生は外に出られなくて…」
「それが、出ちゃったんですよ…。
あなたの話をしてたら、青い顔して…!」
普段、僕に嫌味を言う酒井くんからは考えられないくらい、切羽詰まった様子であった。
酒井くんはとつとつと、先生が家を出て行くまでのことを話す。
酒井くんの話を纏めると、先生は僕の失敗を聞いて外へ飛び出したらしい。
先生のことだ。
きっと、先生の担当から外された僕のミスの多さに申し訳ないと思い、僕に会うために家から飛び出してしまったんだろう。
僕のところには来ていないことを伝え、僕もすぐに心当たりのある場所を探すといい通話を切った。
心配そうに見ている夏目くんに、先生が家を出て何時間も行方知れずだと告げる。
酒井くんの焦りが伝染したのか、僕まで焦り、支離滅裂な話し方になってしまった。
「大丈夫です、落ち着いてください。」
「だって先生が…。先生、外は怖いっていって…すぐ倒れて…。今もどこかで倒れてしまっているかもしれないし…。
それに事故にでもあったら…」
「大丈夫です…。すぐに探せば…!すぐにここから出て、急いで相良先生の住んでいる場所を探しましょう。ね」
慌てる僕に夏目くんは落ち着くよう、宥めた。
結局、観覧車に乗ることはせず、そのまま園内を出て相良先生が住む駅へと向かった。
先生が家を出てから、既に12時間経過している。
花蓮ちゃんや、そのお友達も探しているようだけど一向に見つかっていないようだった。
「先生…まだ、見つかってないって…」
「大丈夫です、って…。俺たちも手分けして探せば…」
電車の中。
僕を安心づけようと励ましてくれた夏目くんだったが
「すいません、宮沢さん。
そういえば俺、相良先生の顔、知らなくて…。
写真とかありませんか」
相良先生は椎名先生と違い、顔は知られていない。
出版社の人間の中で、課長など限られた人は顔を知っていたのだが、花蓮ちゃんのチェックが厳しく会える人はまばらだった。
男嫌いな花蓮ちゃんだけど、夏目くんに対する態度は特に辛辣なものだったから、夏目くんは先生の顔を知らなかったんだろう。
「こんな人です」
1枚だけスマートフォンにあった先生の写真を夏目くんに見せると、夏目くんは大きく息を呑んだ。
動揺が見て取れるほど、夏目くんは写真を見て顔色を変えた。
「……っ」
「夏目くん…?」
「いや…、探しましょう、早く」
夏目くんはタイミングよく空いた電車のドアから走るように出て行く。
慌てて僕も彼の後を追った。
その時は、知らなかった。
まさか、夏目くんと相良先生が知り合い同士だったなんて。
酒井くんが言っていた『夏目くんが相良先生の担当になりたかった』といっていた言葉の真意を。
夏目くんと相良先生は過去に接点があったことを。
僕はその時、それを知ることはなかったのだ。
■□□
相良先生の家の最寄駅の駅構内を出ると、空からは冷たい雨が降っていた。
今日くらいは天気はもつかなと思っていたが、あいにく、天気予報があたってしまったらしい。
しとしとと降る雨は、肌を刺すように冷たかった。
僕らは駅前のコンビニでビニール傘を買うと、小走りで先生の家へと向かった。
「先生、きっと傘なんて持ってないよね…。
財布とか持っていたのかな…」
「さぁ…。酒井のやつに聞いて見ないと…。
相良先生は宮沢さんの話を聞いて飛び出したんですよね」
「うん…そう、酒井くんが言っていたけど…」
「宮沢さんに会おうと飛び出したんでしょうね。
きっと酒井のやつ、宮沢さんが相良先生から外されたことを大袈裟に話したんでしょう。それでせんせいは気を病んで…。
宮沢さん、相良先生に家の場所を教えたことってあります?」
「ううん…ないよ…」
「だったら会社のほうか…。
でも休日に宮沢さんがいないのなんてわかっているし…」
先生が行きそうなところ。
焦った頭で必死に考えてみるのだけれど、一向に先生が行きそうな場所なんて浮かんでこなかった。
先生は外に関する会話を避けていたようだったし、僕も先生が嫌がるなら…とその手の会話は話していなかった。
この広い街で、どうやって先生を見つけ出せばいいのか…。
大の大人なんだから、犬や猫でもあるまいし、家に戻ってこれないなんてないだろうと思えないのが、先生だ。
方向音痴かどうかは聞いたことがないが、普段散々生活能力がない姿を見ているから、どこかで倒れていないか不安になる。
警察に届けるか…。
でも、真剣に聞いてくれるだろうか…。
大の大人なのに、家を飛び出したから探して欲しい、なんて…。
考え込んでいたら、夏目くんがポツリと「真夜中の…公園…」と呟いた。
「…え」
「もしかしたら、隣の駅の楠公園なんじゃないでしょうか…」
「楠公園?どうして…」
「〝真夜中の楠がある公園には、魔女がいる。
昼は子供の遊び場で、夜は大人の夢を叶えてくれる…。どんな問題も解決してくれる。
悩んだ時は大きな楠の木に行くといい〟先生の昔書いた作品にそんな一文があったはずです。確か…『淡い夜の夢』
もしかしたら、先生がいるのは公園かも…。
いえ、きっとそうです」
先生の作品にそんな文章あっただろうか。
先生の作品は担当になってから、何度も目を通してきた。
特にベストセラーになった作品は何度も、それこそ暗記してしまうくらい読みこんだ。
しかし、夏目君が言った言葉にあいにく、心当たりはない。
椎名先生と間違えているんじゃないだろうか。
「夏目君…あの、本当に…」
「きっと先生は楠公園にいます…きっと…」
「でも、楠の公園なんて…」
「それでも、いると思うんです…。勘なんですけど…でも、間違えてないと思うんです。先生はきっと公園にいます」
「公園、だね…。わかった…」
そこまで言うなら夏目くんの言葉を信じて探してみよう。
夏目君の確信めいた言葉を信じ、僕と夏目君は隣駅に2つある楠木が生えている公園に、二手に分かれ先生を捜索することになった。
実際、僕は探しながらも半信半疑だった。
公園を探している間も、頭の片隅ではここではない別の場所にいるんじゃないかとか、どこかで倒れているんじゃないか…とかそんな暗いことばかり考えていたと思う。
公園の隅々を探し、半ば諦めかけたときだった。
公園のベンチで雨の中傘も差さず、うなだれている人影を見つけたのは。
「先生…!
こんなところに…、ずぶ濡れじゃないですか…」
僕は自分が濡れてしまうのも構わずに先生のほうへ傘を傾けると、ポッケからハンカチを取り出すと濡れてしまった先生の顔を拭いた。
先生は、焦点が定まらない瞳で、ぼんやりと僕を見つめている。
「宮沢…さん…」
「はい…」
「きて…くれたんだ…」
「はい。酒井君から先生が飛び出したってきいて…」
「それで…、探しに?」
「はい…」
先生の言葉に頷くと、「ごめん…」と先生は項垂れた。
先生のただでさえ小さな身体が、より小さく見える。
「土曜日、お休みの日まで…。探させてしまって…」
「そんな…」
「宮沢さん…。ほんとにごめん。
まさか、僕の一言で、宮沢さんがそんなにショック受けるとは思わなくて…。
むしろ、僕の世話から解放されて良かったんだ、って思ってたんだ。
まさか宮沢さんが僕の担当から外れて、仕事場では白い目で見られて、落ち込んでミスが多発して、会社から責任をとるよう言われているなんて思いもよらなくて…」
「え…?」
後半部分、脱色があるような…?
前半部分はおおむね、あっている。
先生の担当を外されたことでショックを受けたし、注意散漫でミスも増えていた。
命取りになるようなミスすれすれのこともやりそうになったけど、夏目くん含めみんなのサポートのおかげで事なきを得たし。
酒井君、随分脱色して先生に話してくれたものだ。
先生に事情を説明すると、先生は強張っていた顔を緩め、「じゃあ、責任とることはないんだね」と安堵の息をこぼした。
「ごめんね、宮沢さん。
君に否はなかったのに、勝手に担当から外して…。僕がいけないのに…」
「先生、そこは『ごめん』じゃないですよ。『やりました』です」
「え…?」
「外、出られたじゃないですか。ちゃんと。
先生、ずっと家から出られなかったのに、今出ているじゃないですか。
先生は、最初の1歩を踏み出せたんですよ
だから…」
僕は先生の濡れた頭を子供相手のように撫でると、
「頑張りましたね、先生。」そういって、微笑んだ。
先生は僕の言葉で、外に出られた事実に気づいたのか「あ…」と目を見開いた。
「…君のおかげだよ…。もう何年も出られなかったのに…」
「違いますよ。先生が頑張ったから、です…。
無意識だったにせよ、先生は外への恐怖に打ち勝ったんですよ。きっとこれから、先生はもっと外へ自由に行けて、対人恐怖症だってすぐに治せると思いますよ。最初の1歩を踏み出せたわけですから…」
「最初の1歩…」
「そうです。
最初の1歩が踏み出せたなら次だってすぐですよ」
「次…」
「はい。次です。少しずつ、頑張っていきましょう。1歩動けたんだから、次もまたすぐですよ」
「そうかな…」
先生は噛みしめるように呟き、瞼を閉じる。
どれくらい、そうしていただろう。
再び瞼を開けた時、先生はまっすぐ僕を見つめながら「宮沢さん、これからも一緒にいてくれる?」と僕を見上げた。
「こんな僕だけど…ずっと一緒にいてくれる?」
「もちろんですよ」
「ありがとう」
先生はなにかつきものでも落ちたように、さっぱりとした顔で微笑んだ。
きっと先生はこれを機に変わることができる。
今まで悩んでいた壁を乗り越えることができる。
そう感じさせるような笑みだった。
「俺は…」
PIPIPI…
僕らを会話を遮るタイミングで鳴り響く電子音。
2日前といい、まるで見計らったように電話が鳴った。
今回は僕のスマートフォンのようだ。
夏目くんに断ってから、スマートフォンを取り出し…
「…え…?」
ディスプレイに映る名前を見て、呆然とする。
「宮沢さん…?」
「あ、あの…酒井くんから、みたいです」
「あいつから…?
宮沢さん、あいつと仲良かったんですか?」
夏目くんの言葉に首を振る。
仲良くはないし、むしろ嫌われていて喧嘩まで売られたくらいである。
こうして電話がかかってくるのも初めてのことだった。
「ああ、宮沢さん、先生来ていませんか?」
困惑しながら、電話に出てみれば耳が痛くなるほど焦っている酒井くんの声。
「先生…?」
「相良先生ですよ…!!」
「来てないですよ…。
担当を外れてからずっと会っていませんし。
そもそも先生は外に出られなくて…」
「それが、出ちゃったんですよ…。
あなたの話をしてたら、青い顔して…!」
普段、僕に嫌味を言う酒井くんからは考えられないくらい、切羽詰まった様子であった。
酒井くんはとつとつと、先生が家を出て行くまでのことを話す。
酒井くんの話を纏めると、先生は僕の失敗を聞いて外へ飛び出したらしい。
先生のことだ。
きっと、先生の担当から外された僕のミスの多さに申し訳ないと思い、僕に会うために家から飛び出してしまったんだろう。
僕のところには来ていないことを伝え、僕もすぐに心当たりのある場所を探すといい通話を切った。
心配そうに見ている夏目くんに、先生が家を出て何時間も行方知れずだと告げる。
酒井くんの焦りが伝染したのか、僕まで焦り、支離滅裂な話し方になってしまった。
「大丈夫です、落ち着いてください。」
「だって先生が…。先生、外は怖いっていって…すぐ倒れて…。今もどこかで倒れてしまっているかもしれないし…。
それに事故にでもあったら…」
「大丈夫です…。すぐに探せば…!すぐにここから出て、急いで相良先生の住んでいる場所を探しましょう。ね」
慌てる僕に夏目くんは落ち着くよう、宥めた。
結局、観覧車に乗ることはせず、そのまま園内を出て相良先生が住む駅へと向かった。
先生が家を出てから、既に12時間経過している。
花蓮ちゃんや、そのお友達も探しているようだけど一向に見つかっていないようだった。
「先生…まだ、見つかってないって…」
「大丈夫です、って…。俺たちも手分けして探せば…」
電車の中。
僕を安心づけようと励ましてくれた夏目くんだったが
「すいません、宮沢さん。
そういえば俺、相良先生の顔、知らなくて…。
写真とかありませんか」
相良先生は椎名先生と違い、顔は知られていない。
出版社の人間の中で、課長など限られた人は顔を知っていたのだが、花蓮ちゃんのチェックが厳しく会える人はまばらだった。
男嫌いな花蓮ちゃんだけど、夏目くんに対する態度は特に辛辣なものだったから、夏目くんは先生の顔を知らなかったんだろう。
「こんな人です」
1枚だけスマートフォンにあった先生の写真を夏目くんに見せると、夏目くんは大きく息を呑んだ。
動揺が見て取れるほど、夏目くんは写真を見て顔色を変えた。
「……っ」
「夏目くん…?」
「いや…、探しましょう、早く」
夏目くんはタイミングよく空いた電車のドアから走るように出て行く。
慌てて僕も彼の後を追った。
その時は、知らなかった。
まさか、夏目くんと相良先生が知り合い同士だったなんて。
酒井くんが言っていた『夏目くんが相良先生の担当になりたかった』といっていた言葉の真意を。
夏目くんと相良先生は過去に接点があったことを。
僕はその時、それを知ることはなかったのだ。
■□□
相良先生の家の最寄駅の駅構内を出ると、空からは冷たい雨が降っていた。
今日くらいは天気はもつかなと思っていたが、あいにく、天気予報があたってしまったらしい。
しとしとと降る雨は、肌を刺すように冷たかった。
僕らは駅前のコンビニでビニール傘を買うと、小走りで先生の家へと向かった。
「先生、きっと傘なんて持ってないよね…。
財布とか持っていたのかな…」
「さぁ…。酒井のやつに聞いて見ないと…。
相良先生は宮沢さんの話を聞いて飛び出したんですよね」
「うん…そう、酒井くんが言っていたけど…」
「宮沢さんに会おうと飛び出したんでしょうね。
きっと酒井のやつ、宮沢さんが相良先生から外されたことを大袈裟に話したんでしょう。それでせんせいは気を病んで…。
宮沢さん、相良先生に家の場所を教えたことってあります?」
「ううん…ないよ…」
「だったら会社のほうか…。
でも休日に宮沢さんがいないのなんてわかっているし…」
先生が行きそうなところ。
焦った頭で必死に考えてみるのだけれど、一向に先生が行きそうな場所なんて浮かんでこなかった。
先生は外に関する会話を避けていたようだったし、僕も先生が嫌がるなら…とその手の会話は話していなかった。
この広い街で、どうやって先生を見つけ出せばいいのか…。
大の大人なんだから、犬や猫でもあるまいし、家に戻ってこれないなんてないだろうと思えないのが、先生だ。
方向音痴かどうかは聞いたことがないが、普段散々生活能力がない姿を見ているから、どこかで倒れていないか不安になる。
警察に届けるか…。
でも、真剣に聞いてくれるだろうか…。
大の大人なのに、家を飛び出したから探して欲しい、なんて…。
考え込んでいたら、夏目くんがポツリと「真夜中の…公園…」と呟いた。
「…え」
「もしかしたら、隣の駅の楠公園なんじゃないでしょうか…」
「楠公園?どうして…」
「〝真夜中の楠がある公園には、魔女がいる。
昼は子供の遊び場で、夜は大人の夢を叶えてくれる…。どんな問題も解決してくれる。
悩んだ時は大きな楠の木に行くといい〟先生の昔書いた作品にそんな一文があったはずです。確か…『淡い夜の夢』
もしかしたら、先生がいるのは公園かも…。
いえ、きっとそうです」
先生の作品にそんな文章あっただろうか。
先生の作品は担当になってから、何度も目を通してきた。
特にベストセラーになった作品は何度も、それこそ暗記してしまうくらい読みこんだ。
しかし、夏目君が言った言葉にあいにく、心当たりはない。
椎名先生と間違えているんじゃないだろうか。
「夏目君…あの、本当に…」
「きっと先生は楠公園にいます…きっと…」
「でも、楠の公園なんて…」
「それでも、いると思うんです…。勘なんですけど…でも、間違えてないと思うんです。先生はきっと公園にいます」
「公園、だね…。わかった…」
そこまで言うなら夏目くんの言葉を信じて探してみよう。
夏目君の確信めいた言葉を信じ、僕と夏目君は隣駅に2つある楠木が生えている公園に、二手に分かれ先生を捜索することになった。
実際、僕は探しながらも半信半疑だった。
公園を探している間も、頭の片隅ではここではない別の場所にいるんじゃないかとか、どこかで倒れているんじゃないか…とかそんな暗いことばかり考えていたと思う。
公園の隅々を探し、半ば諦めかけたときだった。
公園のベンチで雨の中傘も差さず、うなだれている人影を見つけたのは。
「先生…!
こんなところに…、ずぶ濡れじゃないですか…」
僕は自分が濡れてしまうのも構わずに先生のほうへ傘を傾けると、ポッケからハンカチを取り出すと濡れてしまった先生の顔を拭いた。
先生は、焦点が定まらない瞳で、ぼんやりと僕を見つめている。
「宮沢…さん…」
「はい…」
「きて…くれたんだ…」
「はい。酒井君から先生が飛び出したってきいて…」
「それで…、探しに?」
「はい…」
先生の言葉に頷くと、「ごめん…」と先生は項垂れた。
先生のただでさえ小さな身体が、より小さく見える。
「土曜日、お休みの日まで…。探させてしまって…」
「そんな…」
「宮沢さん…。ほんとにごめん。
まさか、僕の一言で、宮沢さんがそんなにショック受けるとは思わなくて…。
むしろ、僕の世話から解放されて良かったんだ、って思ってたんだ。
まさか宮沢さんが僕の担当から外れて、仕事場では白い目で見られて、落ち込んでミスが多発して、会社から責任をとるよう言われているなんて思いもよらなくて…」
「え…?」
後半部分、脱色があるような…?
前半部分はおおむね、あっている。
先生の担当を外されたことでショックを受けたし、注意散漫でミスも増えていた。
命取りになるようなミスすれすれのこともやりそうになったけど、夏目くん含めみんなのサポートのおかげで事なきを得たし。
酒井君、随分脱色して先生に話してくれたものだ。
先生に事情を説明すると、先生は強張っていた顔を緩め、「じゃあ、責任とることはないんだね」と安堵の息をこぼした。
「ごめんね、宮沢さん。
君に否はなかったのに、勝手に担当から外して…。僕がいけないのに…」
「先生、そこは『ごめん』じゃないですよ。『やりました』です」
「え…?」
「外、出られたじゃないですか。ちゃんと。
先生、ずっと家から出られなかったのに、今出ているじゃないですか。
先生は、最初の1歩を踏み出せたんですよ
だから…」
僕は先生の濡れた頭を子供相手のように撫でると、
「頑張りましたね、先生。」そういって、微笑んだ。
先生は僕の言葉で、外に出られた事実に気づいたのか「あ…」と目を見開いた。
「…君のおかげだよ…。もう何年も出られなかったのに…」
「違いますよ。先生が頑張ったから、です…。
無意識だったにせよ、先生は外への恐怖に打ち勝ったんですよ。きっとこれから、先生はもっと外へ自由に行けて、対人恐怖症だってすぐに治せると思いますよ。最初の1歩を踏み出せたわけですから…」
「最初の1歩…」
「そうです。
最初の1歩が踏み出せたなら次だってすぐですよ」
「次…」
「はい。次です。少しずつ、頑張っていきましょう。1歩動けたんだから、次もまたすぐですよ」
「そうかな…」
先生は噛みしめるように呟き、瞼を閉じる。
どれくらい、そうしていただろう。
再び瞼を開けた時、先生はまっすぐ僕を見つめながら「宮沢さん、これからも一緒にいてくれる?」と僕を見上げた。
「こんな僕だけど…ずっと一緒にいてくれる?」
「もちろんですよ」
「ありがとう」
先生はなにかつきものでも落ちたように、さっぱりとした顔で微笑んだ。
きっと先生はこれを機に変わることができる。
今まで悩んでいた壁を乗り越えることができる。
そう感じさせるような笑みだった。
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