今宵、君と、月を

槇村焔

文字の大きさ
上 下
12 / 41
3話

3

しおりを挟む
『試してみる…?俺と。本当に男しか愛せないのか…』
始まりは、そんな言葉だった。
同性にしか惹かれない自分が、とても異常なものに思えて自分の性癖と向き合うのが嫌で仕方なかったとき。
それまでの不安をぶちまけると、彼は、僕の不安を包みこむように、抱きしめてくれた。

抱かれたときも、戸惑う僕に
『別におかしいことじゃない。男でも、誰かを認め、愛せることっていいと思うけど。
法を犯しているわけでもない、誰かを咎めているわけでもない。ただ人を愛していることに、なんで罪悪なんて感じなきゃいけないんだ?なんで同性だからって愛する気持ちを隠さなくちゃいけないんだ?誰かが勝手に決めたルールにこっちが合わせる方がおかしいだろ』

彼はそう甘くあやして、僕の額にキスをした。

彼に抱かれて、初めて人を好きになった自分がいた。
ただの憧れや羨望ではなく。本気で彼に恋をしていた。
男に抱かれ、好きでいてもいいことに安堵して泣いて。
そして…

『もう、やめたいんだ。お前との関係を…』
『俺は、そんなつもりでお前と付き合ってきたわけじゃないんだ』
『お前の恋は俺には重すぎるんだ…。俺はもっと自由に恋愛を楽しみたい』

そんな言葉で終わった。
僕の恋。



 トラウマを克服する。
言葉でいうのは簡単かもしれないけれど、実際に行動するし乗り越えていくのは難しい。
どれだけ意気込んでも、記憶の底にこびりついた嫌な記憶は消えることはなくてふとした瞬間に、それは現れて苦しめ悩ませる。
自分の中の壁を破壊しないと、そのトラウマというものは永遠に心の奥深く居座り続けるものだ。


 相良先生ほどではないけれど、僕にも過去に恋愛に関する苦い過去がある。
満にも指摘された過去の恋愛を、僕はまだ引きずっていてあの日からずっと自分の殻に閉じこもった生活をしている。


 昔、僕は年上の人と付き合っていたことがある。
20歳になりたての頃。
その人は話し上手で、センスもあって色んなことを知っているとても博学な人だった。
男にしか惹かれず自分の性癖を悩んでいる僕に、年上のその人は、友達同士では教えて貰えないことをたくさん教えてもらった。

煙草味のキス、セックス、夜景の綺麗なホテル。
それから…人を愛することは楽しいことだけじゃないってこと。


彼は僕の他にも、恋人がいた。
いや、実際恋人だと思っていたのは、僕だけかもしれない。
彼から愛されていた…と思えるほどの思い出はなかったし、彼はあえばすぐに僕の身体を欲しがった。
抱き合うことしか頭になかったんだと思う。
都合のいいセックスフレンドだったんだろう。

付き合った時、二股どころじゃなく、七股くらいかけられていた。
僕はその中でも一番下の順位に位置付けられていて、別れを告げられたのも僕が浮気を攻めたからだった。
今にして思うとなんでそんな最低男としか言いようがないんだけれど、その時の僕にとって、その人以外に考えられないほど彼に夢中だった。

彼は男同士抱き合うことに偏見はない人であったけれど、同時に博愛主義で常に誰かに愛を囁いていないといけないひとだった。
他人のぬくもりがないと生きていけない人だった。


別れた時、彼は去り際にこんな言葉を告げた。

〝所詮、恋愛なんて一時楽しめればいいんだよ。
後腐れない付き合いが一番楽しいんだよ。
その時の一番魅力的な相手を選ぶのは当然だろう〟と。
“お前の愛は重すぎて怖いよ”と。

記念日には二人で乗ろうと約束していた、観覧車の前でお別れの言葉を告げられた。

永遠の愛なんて、そんなものないんだよ。
誰かをすきになるたびに、僕の中で彼の言葉が蘇る。

別れを告げられた日以来、恋愛に臆病になったし、観覧車にも乗れなくなった。
たった1度の出来事が、ずっと僕の頭の中を占めている。



 先生に相談されてから、ネットで対人恐怖症について調べてみたり本屋で対人関係の何冊か読み先生と一緒に書かれていたことを実践した。
先生自身も自主的に調べて、僕がいないときも一人で外に出ようとしたりしているのだが、どうしても家から外に踏み出した瞬間に震えが走ってしまい、動けなくなってしまうようだった。
ただ動けなくなるのはまだいいほうで、その場で意識を失うことも多かった。

玄関のドアを開けたら先生が倒れていたことも、ある。
車を使い病院にも行って精神科の先生に診てもらったけれど、いまだに現状はなに1つ変わっていなかった。

先生は、何をそんなにトラウマになるほど悩んでいるんだろう。
訊ねたところで、先生は曖昧に苦笑するだけで、話してくれない。
なんとかしたいのに、なんにもできない…そんな八方塞がりな状態に陥っていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト

春音優月
BL
真面目でおとなしい性格の藤村歩夢は、武士と呼ばれているクラスメイトの大谷虎太郎に密かに片想いしている。 クラスではほとんど会話も交わさないのに、なぜか毎晩歩夢の夢に出てくる虎太郎。しかも夢の中での虎太郎は、歩夢を守る騎士で恋人だった。 夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト。夢と現実が交錯する片想いの行方は――。 2024.02.23〜02.27 イラスト:かもねさま

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

処理中です...