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1話
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朝起きると、夏目くんは僕の家にはいなかった。
というか、あれだけ飲んだビールの缶も1本もなくなっている。
頭の痛みから確実にアルコールを摂取したのはわかるんだけど、昨日のことがお酒のせいであやふやで、どこからどこまでが正しい記憶なのか曖昧だった。
昨日…、キスされたような気がする。
だけど、記憶がふわふわしていて僕の妄想…だったのかもしれない。
唇にキスの感覚が残っているような、いないような、それすらも曖昧だった。
また僕の1人妄想が暴走したのかもしれない。
そんなわけで、土日は眠れない夜を過ごし、思い切って出社した月曜日。
夏目くんはいつも通りの顔で、僕に「おはようございます」と挨拶をした。
その顔があまりにも、いつも通りすぎて拍子抜けしてしまった。
キスされたんじゃないか?って期待していた僕に対して、夏目くんは本当にいつも通りだったから。
僕はあの日の出来事は僕が作り出した妄想だと自分のなかで片付けた。
あんな優しいキス、夏目君がするはずないんだ。
僕に対して、夏目君が、キスなんか…。
それからも、度々、夏目くんから金曜日には飲みに誘われた。
決まって僕と2人の飲み会で、場所は家だったり居酒屋だったり、時には小洒落たレストランだったりと様々だった。
僕ら二人とも独身であったし、趣味も読書くらいなので金曜日の食事はいつの間にかお決まりになっていた。
今日も就業後、夏目くんは僕を飲みに誘ってくれた。
給料が出たばかりなので二つ返事でOKをすると、夏目くんは最近見つけたオススメの店を紹介します!と目を輝かせていた。
夏目君が連れて行ってくれたお店は、居酒屋なのにお洒落で気持ちよくお酒が飲めるお店だった。
値段の割りにいいお酒を出してくれるし、悪酔いして騒いでいるお客もいない。
少し駅から離れたそこは、隠れ家的場所だった。
夏目くんと一緒にいると、どうしてもいつもの規定量よりお酒を多めに摂取してしまう。
夏目くんとのこの時間を離れがたく思っていて、少しでも…で酒の量が多くなってしまうんだろうか。
今日も帰る頃には、僕は前後不覚のフラフラ状態で、夏目君に支えてもらいながら、帰路を歩いていた。
「ごめんね…、夏目君…」
夏目君に肩をかり、支えられた状態で帰路を歩く。
昔タクシーを借りてリバースして以来、僕が歩いて帰りようになったので、夏目君は律儀に僕を家まで送ってくれるようになった。
「いえ、いいんです、俺も宮沢さんに飲ませすぎたのがいけませんし」
「でも…」
「…俺も頭冷やすためって言うか…、とにかくいいんです。
家まで送らせてください」
「夏目君…」
夏目君の言葉に、じぃん、と涙腺が緩む。
夏目君に惚れた僕だから自信を持って言えるが、ほんと夏目君はいい男だ。
女の子にもてるのもうなずける。
「それに、宮沢さんの為だけじゃなくて…俺がこうしたいのもありますし…。役得っていうか」
「ん?なにかいいましたか?」
「いえ、あ、宮沢さんくらいだったら、俺、抱っこくらい出来ちゃいますよ」
「だ、だっこ?いや、それはちょっと…」
「宮沢さんくらいなら、お姫様だっこくらいできますし、俺」
「お姫様だっこ…」
「ええ。お姫様だっこ。…宮沢さんさえやってもいいなら、やりますけど?」
僕ほどじゃないけど、夏目君も実は酔っているのかな?
お姫様だっこをするなんて…。
「ははは」
「宮沢さん…?」
「お姫様だっこだなんて、夏目君は冗談が上手いなぁ」
夏目君の言葉を茶化せば、
「冗談なんかじゃないですよ、俺、こんなことを言うのはあなただけで…」
夏目君は、むすりと呟く。
「えっ…と?」
問い返そうと夏目君の顔を見つめると、夏目君も酔っているのか、真っ赤に顔を染めていた。
視線をさ迷わせ、そわそわと落ち着かない様子だ。
「夏目君…?」
「月が…」
「ん?」
「月が綺麗ですね」
「あ、うん。そうだね」
ここ最近。
夏目君は、家へ送ってくれる時、必ずそのセリフを口にする。
月が綺麗ですね、と。
毎回毎回。
夏目君は月が好きなのだろうか。
確かに今夜も、綺麗な満月が僕らを見ていた。
とても、綺麗な夜空に浮かぶ満月が。
夏目君の側、ほわほわしていてとても気持ちがいい。
彼がそばにいるだけで、心がほわっとするのだ。
ずっと、側にいたくなるくらい。
本当はこうして帰れるだけでも嬉しいのに。
でも、その以上の関係も欲しくなる。もっともっと僕を見て欲しくなる。
そう思うのは我侭なのに。
側にいればいるほど、貪欲になってきてしまう。
この恋心が、たまに怖くなる。
制御できなくて。
夏目君が好きすぎて。
夏目くんは、月みたいだ。
いつも包み込むような優しさをくれる、月。
そっと暗い夜空を灯してくれるような。
僕の昔の苦々しい恋の思い出も、忘れさせてくれる。
夏目くんは、月みたいなひと。
「夏目君」
いつまで君は、僕に構う気まぐれを続けてくれるのかな。
いったいいつまで構ってくれるのかな。
こんな、僕なんかに。
尋ねたいことは沢山あったが、それらはすべて言葉にならず。
僕は無言のまま、夏目くんの隣をあるき続けた。
朝起きると、夏目くんは僕の家にはいなかった。
というか、あれだけ飲んだビールの缶も1本もなくなっている。
頭の痛みから確実にアルコールを摂取したのはわかるんだけど、昨日のことがお酒のせいであやふやで、どこからどこまでが正しい記憶なのか曖昧だった。
昨日…、キスされたような気がする。
だけど、記憶がふわふわしていて僕の妄想…だったのかもしれない。
唇にキスの感覚が残っているような、いないような、それすらも曖昧だった。
また僕の1人妄想が暴走したのかもしれない。
そんなわけで、土日は眠れない夜を過ごし、思い切って出社した月曜日。
夏目くんはいつも通りの顔で、僕に「おはようございます」と挨拶をした。
その顔があまりにも、いつも通りすぎて拍子抜けしてしまった。
キスされたんじゃないか?って期待していた僕に対して、夏目くんは本当にいつも通りだったから。
僕はあの日の出来事は僕が作り出した妄想だと自分のなかで片付けた。
あんな優しいキス、夏目君がするはずないんだ。
僕に対して、夏目君が、キスなんか…。
それからも、度々、夏目くんから金曜日には飲みに誘われた。
決まって僕と2人の飲み会で、場所は家だったり居酒屋だったり、時には小洒落たレストランだったりと様々だった。
僕ら二人とも独身であったし、趣味も読書くらいなので金曜日の食事はいつの間にかお決まりになっていた。
今日も就業後、夏目くんは僕を飲みに誘ってくれた。
給料が出たばかりなので二つ返事でOKをすると、夏目くんは最近見つけたオススメの店を紹介します!と目を輝かせていた。
夏目君が連れて行ってくれたお店は、居酒屋なのにお洒落で気持ちよくお酒が飲めるお店だった。
値段の割りにいいお酒を出してくれるし、悪酔いして騒いでいるお客もいない。
少し駅から離れたそこは、隠れ家的場所だった。
夏目くんと一緒にいると、どうしてもいつもの規定量よりお酒を多めに摂取してしまう。
夏目くんとのこの時間を離れがたく思っていて、少しでも…で酒の量が多くなってしまうんだろうか。
今日も帰る頃には、僕は前後不覚のフラフラ状態で、夏目君に支えてもらいながら、帰路を歩いていた。
「ごめんね…、夏目君…」
夏目君に肩をかり、支えられた状態で帰路を歩く。
昔タクシーを借りてリバースして以来、僕が歩いて帰りようになったので、夏目君は律儀に僕を家まで送ってくれるようになった。
「いえ、いいんです、俺も宮沢さんに飲ませすぎたのがいけませんし」
「でも…」
「…俺も頭冷やすためって言うか…、とにかくいいんです。
家まで送らせてください」
「夏目君…」
夏目君の言葉に、じぃん、と涙腺が緩む。
夏目君に惚れた僕だから自信を持って言えるが、ほんと夏目君はいい男だ。
女の子にもてるのもうなずける。
「それに、宮沢さんの為だけじゃなくて…俺がこうしたいのもありますし…。役得っていうか」
「ん?なにかいいましたか?」
「いえ、あ、宮沢さんくらいだったら、俺、抱っこくらい出来ちゃいますよ」
「だ、だっこ?いや、それはちょっと…」
「宮沢さんくらいなら、お姫様だっこくらいできますし、俺」
「お姫様だっこ…」
「ええ。お姫様だっこ。…宮沢さんさえやってもいいなら、やりますけど?」
僕ほどじゃないけど、夏目君も実は酔っているのかな?
お姫様だっこをするなんて…。
「ははは」
「宮沢さん…?」
「お姫様だっこだなんて、夏目君は冗談が上手いなぁ」
夏目君の言葉を茶化せば、
「冗談なんかじゃないですよ、俺、こんなことを言うのはあなただけで…」
夏目君は、むすりと呟く。
「えっ…と?」
問い返そうと夏目君の顔を見つめると、夏目君も酔っているのか、真っ赤に顔を染めていた。
視線をさ迷わせ、そわそわと落ち着かない様子だ。
「夏目君…?」
「月が…」
「ん?」
「月が綺麗ですね」
「あ、うん。そうだね」
ここ最近。
夏目君は、家へ送ってくれる時、必ずそのセリフを口にする。
月が綺麗ですね、と。
毎回毎回。
夏目君は月が好きなのだろうか。
確かに今夜も、綺麗な満月が僕らを見ていた。
とても、綺麗な夜空に浮かぶ満月が。
夏目君の側、ほわほわしていてとても気持ちがいい。
彼がそばにいるだけで、心がほわっとするのだ。
ずっと、側にいたくなるくらい。
本当はこうして帰れるだけでも嬉しいのに。
でも、その以上の関係も欲しくなる。もっともっと僕を見て欲しくなる。
そう思うのは我侭なのに。
側にいればいるほど、貪欲になってきてしまう。
この恋心が、たまに怖くなる。
制御できなくて。
夏目君が好きすぎて。
夏目くんは、月みたいだ。
いつも包み込むような優しさをくれる、月。
そっと暗い夜空を灯してくれるような。
僕の昔の苦々しい恋の思い出も、忘れさせてくれる。
夏目くんは、月みたいなひと。
「夏目君」
いつまで君は、僕に構う気まぐれを続けてくれるのかな。
いったいいつまで構ってくれるのかな。
こんな、僕なんかに。
尋ねたいことは沢山あったが、それらはすべて言葉にならず。
僕は無言のまま、夏目くんの隣をあるき続けた。
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