切なさよりも愛情を

槇村焔

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切ないってこういうこと

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*小牧サイド※

彼が、とても綺麗に笑うから。
だから、壊してみたくなった。
複雑なパズルを壊して、一度壊れたパズルはもう2度と組み上げることができないようにと、彼の心をぽきりとおりたくなった。
壊れてぐちゃぐちゃになったパズル。複雑に散らばった欠片。
もう2度と戻すことができないと、俺は自暴自棄になり、パズルを捨てた。壊れたパズルは二度ともとには戻らない。
そう思っていたから。


けれど、彼は壊れたパズルを前に、またひとつずつひとつずつ組み立て始めた。
ゆっくりと、ひとつずつ。
壊れたままじゃ嫌だから、絶対に元に戻すんです。
このパズルが戻ったらきっと利弥さんとの仲も戻る気がするから。
何年かかっても、俺はパズルをもとに戻して、利弥さんにいうんです。
壊れたって俺が何度でも直すから、俺は貴方の悲しみに寄り添いたい、と。
そういって、彼は笑った。


『なぁ、総一郎、辛い時は思いっきり泣いてみろよ。
きっとすっきりするからさ』
俺がずっと好きだった幼馴染を一瞬で落としたあいつと同じ笑顔で、彼は笑った。
悔しかった。
俺は、そんな風に笑えないから。
どんなに真似したって、俺はあいつ…香月にはなれなかったから。
幼馴染にとって、俺という存在は重みにしかならなかった。

いつしか幼馴染は、香月を好きになり、馬鹿な俺は香月の真似をするようになった。
けれど、所詮、レプリカはレプリカでしかなかった。

どれだけ似たように振舞っても、仮面をかぶってみたところで、ただの道化だった。
どれだけ真似したって、それは真似で、俺自身ではない。
今まで2人で築いていたパズルはぐちゃぐちゃに壊れ修復が不可能になり、幼馴染は俺を置いて消えてしまった。

恋い焦がれる俺のことなんて、気にもせずに。
好きだよも、愛してるも、すべて置き去りにして。
あいつは、いなくなった。
俺の心を残したままに。




******
※菜月サイド※

菜月は小牧をマスターのカフェに呼び出していた。
小牧と直接会うのも、これで数十回目である。
今日も小牧は待ち合わせ時刻より10分後に、小走りに店へと駆け込んできた。
仕事が忙しいのだろう。
忙しい小牧だから、メールでいいのに、小牧は菜月がメールをいれれば律儀にこうやってあいに来てくれた。
流石に、急患がきたときはそちらを優先するようだったが、仕事があるときも休憩時間を利用しあいにきてくれるようだった。



「はー、もう今日さぁ、早く治せ!って患者がいてさぁ。
正直、そう思うなら規則正しい生活しろっちゅーのっ
俺は魔法使いなんかじゃないんだから」
「はは…」
「まったく頑固ジジイの相手は疲れるよ。ま、小うるさいババアも嫌だけどね。俺がそんなにバンバン魔法使いみたいになおせるなら、医者なんていらないって。あいつら、俺を魔法使いとでも思っているんじゃないの」
「それだけ信用されてるってことですよ」
「信用ねぇ…」

興味なさそうに、小牧は煙草に火をつける。
小牧は大学病院の外科で、それなりに腕もいいらしい。
わざわざ地方から小牧を尋ねてくる人間も少なくないんだそうだ。
大学でも目をかけられており、お偉いさんからのお見合いの話も度々あるらしい。 面倒だからすべて断っているらしいが。
小牧は真正のゲイで女はダメなんだそうだ。
友人なら何人かいるが、男女として付き合うのは無理らしい。

「男好きのゲイなお医者様って知られちゃ、患者様も目を覚ますんじゃないのかね?俺は万能ななんでもなおしてくれる魔法使いなんかじゃなくって、いつも男を漁っている淫乱なお医者様ってね。そんな男を娘の旦那にしたいのかい?っていいたいよ」
「またそんなこといって。大学から追い出されちゃいますよ」

頼まれた珈琲を差し出し、マスターは小牧を咎めた。
小牧はいいもん、と口を尖らせて、紫煙を燻らす。

「どれだけ人を救っても、救いたい人は救えないし、必要とされていないんだからさ。
真面目に生きるだけ損なんだよ。
ちゃらんぽらんと生きている方が俺にあってんの…。こういう性分が俺にはあってんだよ」
「そんなこといって…小牧さんはいつも」
「お説教ならノーサンキューですよ。
ほら、黒沢君。うるさいマスター引き取って」
「小牧さんってば…いいですよ、もう」

マスターはふいっと顔をそらし、店の奥に下がっていった。
マスターの姿がみえなくなると、小牧はやれやれ…と肩を落とした。

「マスターのいいところは優しいところだけど、時々おせっかいすぎるんだよね。マスターみたいな真っ直ぐな生き方の人は、俺みたいなチャランポランタンな生活考えられないんだろうけど」
「マスターは小牧さんのこと心配しているんですよ」
「あの性格だからねぇ」
「2人は付き合ったりとかしないんですか?」
「お二人って俺とマスター?
ないないって。俺たち両方とも受けだしね。いいな…と思ったことはあるけどね。深い仲にはなれないの」
「う、受け…?」
「そう。 男に抱かれたいってほうなの。
それにね、マスターもマスターで、ずっと忘れられない人がいんのよ。
俺みたいにね。
マスター、あの容姿であの性格だからさ、好きって人間も多いけど、誰もマスターの忘れられない人には勝てないみたいだよ。一度、俺が柄にもなく攻めに回るから一緒に寝ない?ってベッドに誘ったこともあったけど、にべもなく断られたよ。
余計虚しくなりますから…って。
いっそ、忘れることができたら楽になるのにね。
俺も、マスターも…。」
「小牧さんみたいに…?」
「そう。俺みたいに…ね」

小牧は持っていた煙草を灰皿でもみ消して、菜月の頬に手を添える。

「菜月くん、痩せた?」
「え…」
「出会った頃から痩せてると思ったけど、最近痩せた気がするよ。
きだるそうで…色気?みたいなのも出てるし…。大丈夫?」

小牧は、痛ましく顔をしかめた。
大丈夫です、と菜月は笑うものの、小牧は顔をしかめたままだ。


「ちょっと最近、バイト入れすぎたからかもしれません。疲れて咳が止まらないことがあって…」
「バイト?ガソリンスタンドだっけ?」
「はい。ほしいものもあるので、ちょっと頑張りすぎたかもしれません」
これからはセーブしますね、となにか言いたげな小牧に微笑んでみせて追及の言葉を封じた。

「そう。
なにかあったら俺に相談しなよ、何てったって俺は医者だからね」
「心強いです」
「おぅ、任せなさい」

ポンポン、と子供にでもするように小牧は菜月の頭を撫でた。

「小牧さん、子供扱いしてません?」
「してないしてないって。わんこ扱いはしてるけど」
「なんですか、わんこ扱いって…」
「だって、君、わんこみたいなんだもん。君」

小牧といると、悩んでいた事が少し安らぐ。
こんな小牧だから、利弥は彼を時折抱いていたのかもしれない。
家族を失った悲しみから逃れるために。
さみしさを埋めるように。
愛ではなく、二人でお互いに哀しみあっていたのかもしれない。
必要以上に追求しないし、深追いもしない。
だから、疲れた時に寄り添える止まり木のような存在になれるのだ。


 菜月と小牧は利弥に愛されてないのに抱かれているが、根本的にたった一つ違う部分がある。
菜月はただの復讐相手。
小牧は悲しみを共有しあうセックスフレンド。

憎しみを解消させる自分より、傷をなめあう関係の小牧の方がよほど利弥に近い存在になれるんじゃないだろうか。
小牧にならば、利弥は弱音を吐けたりするんだろうか。
憎しみに心を曇らせることなく、小牧なら、少しでも利弥の傷を塞ぐことができるのだろうか。
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