切なさよりも愛情を

槇村焔

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好きだった、昨日までは

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「ね、本当はさ、俺一回君に忠告するだけで辞めようと思ったんだよ。意地悪なことをわざわざ君にいう気もなかった。
だけど、君があまりに素直だからさ。つい意地悪しちゃったんだ。昔の無知な俺を見るようで、俺には持ってない健気さがあって。
俺のほうが子供みたいだよな。
気に入らないからって、パズル投げてさ」


「俺こそ…なにも知らないだけの子供だっただけです。
ただ利弥さんの与えられるだけの愛情に甘えてた。
彼が沈んだ顔をしていても、何か言いたげな表情を浮かべてもそれをみないフリしてた。
与えられるぬくもりが、偽りかもわからずに縋っていただけなんです」

小牧は、利弥についた傷すらも一緒になめ合えるような間柄らしい。
菜月とは違う。
ただの復讐相手の菜月とは。

「話して下さい、全部。俺のこと…。利弥さんがなにを思って復讐しようとしているのかも。
俺は、なにも知らないから。利弥さんのこと、全然…」

「何故」

小牧は視線を上げ、菜月に聞き返す。

「君は利弥の元から去るんでしょう?
なら、聞かなくてもいいじゃないか。聞くだけ無駄ってもんだよ。
君のお父さんが利弥の家族にやった事は確かに酷いことだった。利弥が君のお父さんを恨む気持ちはよくわかる。

でもそれは父親であって、君がやったんじゃない。
子供の君は関係もないんだ
香月が君を庇って死んだのだって、利弥に責められる筋合いはないよ」

「関係…ない…」

「わざわざ、面倒に首を突っ込まなくてもいいって事。
あんな男なんかの傍にいないで、さっさといなくなればいいって話だよ。
利弥の馬鹿らしい復讐につきあわなくたっていいんだ。
そもそも、復讐だからって純粋な君みたいな子を巻き込むあいつがどうかしているんだから…。
あいつの茶番に君みたいな子が付き合う必要はない。
君は逃げていいんだよ」
「……」
「さっさと逃げて、今までのことは夢だったと思って忘れなさい。傷は早くなおすほうがいい。
これ以上、取り返しのつかないことになる前に悪いことは言わないから、離れなさい。
今ならまだ若気の至りで、すぐに忘れられるよ」
「利弥さんから、離れる…」
「そ。幸せになりたいならね。深く傷ついた傷は治らない。でも浅いうちならすぐに治る」

もしも菜月が利弥の元をされば彼は憎しみを抱いたまま、これからも生きていくんじゃないだろうか…?
憎みに捕われた、まま?
ずっと、あの苦しい表情をしたまま。


「俺…は…」

ふと、脳裏にいつだったか、誰も愛さないと言っていた利弥の姿が蘇った。
誰も愛したくないと言っていた利弥。
ぎゅっと見ているこっちがつらくなるような心細いその表情。
あんなかおさせたくないから、菜月は利弥のそばにいるといった。
完璧な彼の完璧じゃない、弱っている姿を見て、彼の隣にいたいと思った。
あれがきっかけで、彼への思いが恋心へと変わった。

大丈夫と、案じてくれた腕も、頭をやさしく撫でてくれた手。

たとえそれらが偽りだったとしても。
それでも…それは菜月が他人から与えられる初めての安らぎだった。



「俺は、まだあの人の傍にいたいです。
あの人が悩んでいるなら、一緒に悩んであげたい
俺は子供で、頼りないかもしれないけど、それでもあの人が笑顔になれるなら俺も自分を変えるために頑張りたい。
下心があったのかもしれないけど、それでも無気力に過ごしていた俺にとって利弥さんは支えになってくれたから。」


「ねぇ、聞いていい?
裏切られたと思った…?利弥に。
逃げないって、君は許せるの?
利弥がしていること。甘んじて受け止めるんだ」

許せるか。
許せないか。
考えてもよくわからない。
無理矢理抱かれ、今までの優しさは嘘だと告げられ、悲しかった。でも…

「許すとか許さないじゃなくて…ほうっておけない……、利弥さんの…こと。
俺の心にはいつの間にかあの人が住み着いたみたいで。どこにもいってくれないんです。
だから」

誰かを憎む人生なんて、そんなの悲しい。

憎むよりも笑ってほしい。

幸せになってほしい。
笑顔になってほしい。

(俺は…)

「そんなに、好きなんだ。利弥が。そんなに好きなんて驚くよ」
「俺、自身もそう思います。
利弥さんが好きでした。
真実を聞くまでは。
復讐だって言われて…いまも頭がパンクしそうです。
逃げないって口にした傍から、逃げたいって気持ちにも襲われています…。自分でも優柔不断だなって思うくらい、コロコロ気持ちが変わって…」

側にいたい。
でも怖い。
愛してほしい。
でも無理だ。

苦しい、離れたい、逃げたい。逃げたくない。

沸き上がる矛盾な気持ち。
でもそこにあるたった一つの気持ち。


「俺があの部屋から離れたら、利弥さんはきっと一人で泣いちゃうから。寂しいって言っていた言葉は嘘じゃないと思うから、俺はあの人と一緒にいたいです。もう無理だって、自分の心がギブアップするまでは」

菜月は小牧を正面から見据えた。
その顔は、真実を告げる前より堂々としている。
子供のようにただ、夢を語っている風でもない。
目は現実を見据え、前を向いていた。


「俺、利弥さんを笑顔にしたいんです。あの人の心から笑った顔がみたい。それが今の俺の一番の願いなんです」
「強いね…君は。

自分を傷付けた相手の幸せを願える君は、すごく強いと思うよ。恨むだけ悲しむだけを生きがいにしている俺や利弥と違って。
俺も君くらい、強ければよかったのにな…」
「そんなこと…。俺は、ただ夢見てる子供なだけです。
子供だから、子供なりに最後までぶつかってみたいんです。
マスターも言ってました。人生はまだまだ長い、最後にどんでん返しがあるかもしれないって。
俺の人生、諦めてばかりだったから、今が山場だなって思うんです」

菜月はそういって、微笑む。
釣られて、小牧も初めてほほえみを見せた。


「教えてあげる、俺が知ってることすべて。

そうだな…何から話そう…」

小牧はううん…と少し考えてから、話し始めた。
利弥の家のこと、そして彼にまつわる出来事を。


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