切なさよりも愛情を

槇村焔

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好きだった、昨日までは

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『俺は…ずっと、復讐のためにお前に近づいたんだ…ずっと、お前のことが嫌いだったんだよ…』

いつもの首を絞められる悪夢。
いつも誰か知らない人に首を絞められて、何かを言われていた。
いつも言葉が聞き取れず、ただ首を絞められているだけだったけれど。
今日ははっきりとその言葉が聞こえ、誰がしゃべっているかも判断できた。
首を絞めていたのは、菜月が慕っていたあのお兄さん…香月だった。


 目覚めた菜月は、部屋に視線を巡らせ、部屋の主を探した。
しかし、視線を巡らせたところで、利弥の姿はない。
部屋にはいないようだ。
ひとまず利弥と顔をあわせずにすみそうで、菜月は、ほっと息をついた。
菜月は痛む身をなんとか起こし、リビングへ向かう。
リビングには、いつものように朝食が用意されていた。

そして…

「逃げるな…。俺の傍から離れるな」

朝食の近くには、またメモがきが残されていた。
相変わらず少し荒々しい字で。
でもそこにかかれている内容は、真実を知る前のものとは全く違うものであった。

 菜月はメモを片手に宙を仰ぐ。

(逃げるな…か。はは…)

初めて好きになった相手から憎まれて、復讐される。
こんな事実から逃げたかった。
夢なら覚めてほしかった。


『俺たち家族をバラバラにしておいて、お前ら家族が幸せでいるのが許せなかった。
香月は俺以上に中川を、自分を不幸にしたあの男を恨んでいた。
だから、俺は…ーーーおまえにーー』

(…ごはん、)
机の上には、いつも用意してくれている朝食が並んでいる。

(こんな時まで律儀なんだから。復讐相手っていうなら、ご飯なんか用意しないでもいいのに。
もっと最初から冷たかったら…)

利弥はどう思っただろう。
どんどんと利弥になついていく菜月に。
復讐する対象相手の子供が、彼に好意を抱く様子に内心笑っていたのだろうか。

『リンドウの花言葉を知っているか?』
『悲しんでいる、おまえをみたくて仕方ないよ…』

『‘俺は、中川の家に復讐するためにいきてきた。それが、俺の存在意義だから’

それが、香月がよく呟いていた言葉だった。
わかるか、香月はお前が憎くて、お前の家にいたんだ。
復讐する機会を伺うために。
あいつは、おまえに復讐するために、おまえに近づいたんだよ。
ずっと、あいつはおまえに復讐する機会を伺っていた』

(なんで、かっちゃんは俺を…?中川の家に復讐ってなんだろう?そういえば、かっちゃんはお父さんをすごく嫌ってた…

お父さん…か…)
あまり顔も合わせず死んでしまった父親を思い出す。
人に恨まれ、金に執着していた男。
そんな強欲な父だから、菜月の母にも逃げられて最後は牢屋の中で首を吊った。


(俺の存在意義…か…ーー)

自分は誰からも好かれるはずがない…。
だから、誰も愛さない。そうすれば傷つくこともない。

なにもいわず、言われた事だけをする。
そうすれば、みんななにもいわない。
誰も、自分を咎めない。
それが、やはりじぶんにはそういう生き方がお似合いだったのだ。
なんのいいところもない、マイナス思考の自分には。
求めないのが一番正しい選択だったのだ。

(やっぱり俺は、利弥さんに好かれてなかった…)

鼻の奥がツンとする。

初めて好きだと言われた相手。
でもそれすらも偽りだった。
菜月に復讐する為の嘘だった。



(…誰か1人でも俺をすきになってもらいたいな…。いや、やっぱり利弥さんに好きになって貰いたい…)
おかしなものだ。

憎まれている。
恨まれているのに。

あんなに乱暴に憎しみを与えるだけの為に抱いた酷い人間なのに

(…なんで…なんで俺は…こんなに利弥さんに好かれたいんだろう…。初めて俺を怒って親身になってくれた人だからかな)

自分自身の感情がよくわからない。
利弥の側にいたくて
でも、側にいたくなくて。
行き場のない想いに、見えない迷宮に入ってしまったように悩んでしまうのだった。



**


 注文をききにきたマスターに、カフェオレを頼み、スマホを取り出す。
ヘヴィーな話だから、勇気がないなれば来なくていいよ…と言われていたのに、結局小牧から話を聞きたくて連絡を取っていた。
なにを言われるのか聞かれるのが怖いが、このまま何も知らないほうがもっと怖い。


「お待たせしました」

頼んだ珈琲を菜月の前に置かれた。
珈琲の隣にはクッキーの小皿を添えられていた。

「あの…俺クッキーなんて頼んでないんですけど…」
「奢りです。小牧さんからの」
「小牧さんから?」
思いがけない人からの差し入れに驚いていると

「ええ。きっと、あのうさぎさんしょげていると思うから、あげておいて、って。
さっきメールがきたので。優しいでしょ、小牧さんって」

普段は、辛辣で不器用だから、誤解されがちなんですけどね…。とマスターは苦笑する。

「あ…ありがとうございます」

小牧の優しさに、礼をいえばお礼は小牧さんにお願いしますね、と微笑まれた。

(小牧さん…本当は優しい人なのかな。あんな風に言っていたけど。なにも知らず付き合えたことに喜んでいる俺を見て、騙されているのに…って思ったのかも)

菜月にあれだけ冷たく当たっていたのも、これ以上利弥をすきにさせないように、彼なりに菜月を止めてくれていたのかもしれない。

(利弥さんも…あんな風に俺を苛んだけど、本当はいい人だって…信じたい。
だって、ご飯用意してくれたし…今までの出来事が全部偽りの優しさなんて到底思えないよ)

彼をすぐ嫌いになれるほど、育った恋心は軽いものではない。

(きっと、もう利弥さんと一緒にいるには、夢見る子供じゃいられないんだ。だから、小牧さんは俺にパンドラの箱を開けさせた。だから、俺も、いつまでも、真実から目をそらしていたらダメなんだ…。利弥さんと一緒にいるなら、逃げてばかりじゃいけない)


 菜月がマスターのもとにきて、20分後。
バタバタと慌ただしく小牧は店に駆け込んできた。
今日の小牧は黒のピッタリとしたタンクトップとジーンズを着ている。

今日も生真面目な医者とは正反対の、非常に色っぽい服装であった。
小牧は菜月を見つけると
「ごめんね~」
と食えない笑みを浮かべ、席についた。

「あ、マスター、俺今日はアメリカンね!
ちょー濃いの!徹夜明けだから、ギンギンに目覚めちゃうやつねー。
あ、でも、マスターは俺にギンギンになっちゃ駄目だからね」

小牧は語尾にハートでもつけそうな口調で、マスターに珈琲を頼んだ。

マスターは、はいはい、と微笑し店の奥へと消えていった。


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