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好きだった、昨日までは
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「小牧さんに話があるといいましたね。彼はいつも、金曜日にお店にくる可能性が高いんです。それも、1か月以上月日を置かずにやってくる。今日はくしくも、金曜日。このまま待っていれば小牧さんくるかもしれませんけど、このまま早めの夕食でもいかがでしょう?」
マスターはそういって、菜月にカウンター席を勧め、それにならい菜月も席に着いた。
「ねぇ、マスター。なんで20歳以下ってお酒飲めないのかな。俺、早く飲みたいんだよね。
こっそりコンビニで買って家で飲むとかじゃなくって、こうやってお店にきて飲んでみたいんだ。今、すっごい飲みたい気分なんです。こうぱぁっと忘れちゃいたいような…。羽目を外したい気分なんだよね」
「そんなこといっても、うちは未成年にはお酒は出しませんよ。はい、これ。ホットチョコレートです。甘くておいしいですよ」
「俺、お酒がのみたいのにな」
「駄目です」
差し出されたマグを受け取り口をつけると、チョコレートの甘さが口の中に広がった。
ホットチョコレートなんて子ども扱いされてる…と不貞腐れていた菜月であったが、口に広がる優しい甘さに口が緩む。
「あまい…。けど、美味しいですね」
「ですよね?来月はバレンタインですから。これをメインにしていこうかな~って思っているんですよ。バレンタインが終わればもう、春は目の前ですからね。春は春で桜をモチーフにしたカクテルでも出そうかな…って」
そう呟くマスターの顔はキラキラしている。
こうしてメニューを考えるのが好きなのだろう。
はたして、自分にもこんなに誇りをもって好きと言えるものがあっただろうか?
マスターのように胸を張って人に話せるものなどあっただろうか?
キラキラと語るマスターを見ていると、羨ましく思うと同時に、自分に対して卑屈になってしまう。
自分はここまで、好きなものはない。
こんなに夢中になれるものもない、と。
「大人って辛い現実から逃げるためにお酒が飲めるようにしているのかな。
大人だともう自分のことを自分できめなくちゃいけないから…。
だったら、俺、子供のままのほうがいいな…
ねぇ、マスター。マスターなら、信じていたものが実は全然自分の想像と違ったらどうします?自分が…信じていた人が、本当は自分のことを、凄く恨んでいて…それで…」
一呼吸おいて、菜月は言葉を続ける。
「復讐するくらい、恨んでいたら…。
恨まれていたら、どうする?」
「復讐するくらい?」
「はい。悲しむ顔を喜ばれるくらいに、恨まれていたら、です」
「私が信じる人が、ですか?」
マスターはしばし、考え込むと
「わたしは何もしないでしょうね。きっと信じ続けるでしょうねぇ」と返した。
「信じ続けるんだ…。凄いね」
「だって、自分が信じている人ですから。最後まで信じていたいじゃないですか。」
「もし信じ続けて、知ってしまった事実が、自分にとって凄く辛いことでもしりたい?
凄く凄く辛くて悲しくて、聞かなければよかったと思うことでも?
知らなければいい夢を見られていたかもしれないのに、知りたい?」
尋ねる菜月に、マスターは強く頷く。
「ええ。私、はっきりしないの嫌いなんです、こうみえて」
穏和だとか言われますが、本当は頑固なんですよ?とマスターはおどけて見せる。
「だけど、やっぱり信じ続けるなんて実際には難しくて、信じた先が自分が思う未来である確証もないですよね。
考えれば考えるほど、身動きが取れなくなってしまう。
ここにくるお客様もよく言われるんですよ。
アドバイスを求めて答えた私に。“そんなに簡単に物事は上手くいかない、君みたいに考えることはできない”って。
だから無理に解決を急ぐより、一度悩んでいる本質から離れて放置してみたほうが、気楽かもしれません。
どれだけ痛く傷ついた傷も、時がくれば忘れる。
大好きだったものも、時がくれば色あせる。
なんでも、時間が解決してくれる…。
だって、人生は長いんですから…。
春がくれば夏がくるように。
雨が降れば晴れるように。
季節が移り変わるように、毎日は移り変わって、誰にも明日がどうなるかなんて、わからないんですからね。どんなにつらくても明日、どんでん返しがあるかもしれない。もしかしたら、とてもいいことがあるかもしれない。人生って、そんなどんでん返しだらけなのですよ」
マスターの言葉に、菜月はつられるように、口端を緩ませる。
「春がくれば、夏が…。そういえば、かっちゃん…俺の大切な人も言っていました。
いつか、必ず、春がくる。
木々は枯れ、落ち葉は落ち、寒々しい冬はくる。
寒くて、苦しくて、冷たくて。
もうダメだと倒れそうになっても。
泣きたくて、嫌になって、逃げだしてくなって。
それでも、いつか必ず、春がくるって。俺によく言ってました。
でも…その言葉も嘘だったのかもしれない。復讐っていっていたんです。俺を恨んでいたんだって。
復讐のために近づいてきたんだって。
俺、なにも知らないから知らなきゃいけない。だけど、真実を知るのが凄く怖いんです。
今まで自分が信じていたものも、がらっと変わってしまいそうで…。俺にとっての大切な思い出も変わってしまいそうで、それが凄く、怖いんです」
自分を支えてくれた香月の存在。
辛いことがあれば、思い返して自分を奮い立たせていた思い出。
それがすべて嘘だったのだとしたら。
いままで信じていたものがすべて嘘で、本当は心の底から恨まれていたのなら。
「俺は…、ダメ人間だから。
信じることも、嫌うことも逃げることもできない。優柔不断なダメな人間なんです。風がふいたらたちまち崩れ去ってしまうくらいの…。女々しいですよね、
こんなグズグズ悩んじゃって」
駄目だなぁ、俺。
そういって、珈琲カップに手をかけ酒でも煽るかのように、菜月はホットチョコレートを一気に飲み干した。
マスターはそういって、菜月にカウンター席を勧め、それにならい菜月も席に着いた。
「ねぇ、マスター。なんで20歳以下ってお酒飲めないのかな。俺、早く飲みたいんだよね。
こっそりコンビニで買って家で飲むとかじゃなくって、こうやってお店にきて飲んでみたいんだ。今、すっごい飲みたい気分なんです。こうぱぁっと忘れちゃいたいような…。羽目を外したい気分なんだよね」
「そんなこといっても、うちは未成年にはお酒は出しませんよ。はい、これ。ホットチョコレートです。甘くておいしいですよ」
「俺、お酒がのみたいのにな」
「駄目です」
差し出されたマグを受け取り口をつけると、チョコレートの甘さが口の中に広がった。
ホットチョコレートなんて子ども扱いされてる…と不貞腐れていた菜月であったが、口に広がる優しい甘さに口が緩む。
「あまい…。けど、美味しいですね」
「ですよね?来月はバレンタインですから。これをメインにしていこうかな~って思っているんですよ。バレンタインが終わればもう、春は目の前ですからね。春は春で桜をモチーフにしたカクテルでも出そうかな…って」
そう呟くマスターの顔はキラキラしている。
こうしてメニューを考えるのが好きなのだろう。
はたして、自分にもこんなに誇りをもって好きと言えるものがあっただろうか?
マスターのように胸を張って人に話せるものなどあっただろうか?
キラキラと語るマスターを見ていると、羨ましく思うと同時に、自分に対して卑屈になってしまう。
自分はここまで、好きなものはない。
こんなに夢中になれるものもない、と。
「大人って辛い現実から逃げるためにお酒が飲めるようにしているのかな。
大人だともう自分のことを自分できめなくちゃいけないから…。
だったら、俺、子供のままのほうがいいな…
ねぇ、マスター。マスターなら、信じていたものが実は全然自分の想像と違ったらどうします?自分が…信じていた人が、本当は自分のことを、凄く恨んでいて…それで…」
一呼吸おいて、菜月は言葉を続ける。
「復讐するくらい、恨んでいたら…。
恨まれていたら、どうする?」
「復讐するくらい?」
「はい。悲しむ顔を喜ばれるくらいに、恨まれていたら、です」
「私が信じる人が、ですか?」
マスターはしばし、考え込むと
「わたしは何もしないでしょうね。きっと信じ続けるでしょうねぇ」と返した。
「信じ続けるんだ…。凄いね」
「だって、自分が信じている人ですから。最後まで信じていたいじゃないですか。」
「もし信じ続けて、知ってしまった事実が、自分にとって凄く辛いことでもしりたい?
凄く凄く辛くて悲しくて、聞かなければよかったと思うことでも?
知らなければいい夢を見られていたかもしれないのに、知りたい?」
尋ねる菜月に、マスターは強く頷く。
「ええ。私、はっきりしないの嫌いなんです、こうみえて」
穏和だとか言われますが、本当は頑固なんですよ?とマスターはおどけて見せる。
「だけど、やっぱり信じ続けるなんて実際には難しくて、信じた先が自分が思う未来である確証もないですよね。
考えれば考えるほど、身動きが取れなくなってしまう。
ここにくるお客様もよく言われるんですよ。
アドバイスを求めて答えた私に。“そんなに簡単に物事は上手くいかない、君みたいに考えることはできない”って。
だから無理に解決を急ぐより、一度悩んでいる本質から離れて放置してみたほうが、気楽かもしれません。
どれだけ痛く傷ついた傷も、時がくれば忘れる。
大好きだったものも、時がくれば色あせる。
なんでも、時間が解決してくれる…。
だって、人生は長いんですから…。
春がくれば夏がくるように。
雨が降れば晴れるように。
季節が移り変わるように、毎日は移り変わって、誰にも明日がどうなるかなんて、わからないんですからね。どんなにつらくても明日、どんでん返しがあるかもしれない。もしかしたら、とてもいいことがあるかもしれない。人生って、そんなどんでん返しだらけなのですよ」
マスターの言葉に、菜月はつられるように、口端を緩ませる。
「春がくれば、夏が…。そういえば、かっちゃん…俺の大切な人も言っていました。
いつか、必ず、春がくる。
木々は枯れ、落ち葉は落ち、寒々しい冬はくる。
寒くて、苦しくて、冷たくて。
もうダメだと倒れそうになっても。
泣きたくて、嫌になって、逃げだしてくなって。
それでも、いつか必ず、春がくるって。俺によく言ってました。
でも…その言葉も嘘だったのかもしれない。復讐っていっていたんです。俺を恨んでいたんだって。
復讐のために近づいてきたんだって。
俺、なにも知らないから知らなきゃいけない。だけど、真実を知るのが凄く怖いんです。
今まで自分が信じていたものも、がらっと変わってしまいそうで…。俺にとっての大切な思い出も変わってしまいそうで、それが凄く、怖いんです」
自分を支えてくれた香月の存在。
辛いことがあれば、思い返して自分を奮い立たせていた思い出。
それがすべて嘘だったのだとしたら。
いままで信じていたものがすべて嘘で、本当は心の底から恨まれていたのなら。
「俺は…、ダメ人間だから。
信じることも、嫌うことも逃げることもできない。優柔不断なダメな人間なんです。風がふいたらたちまち崩れ去ってしまうくらいの…。女々しいですよね、
こんなグズグズ悩んじゃって」
駄目だなぁ、俺。
そういって、珈琲カップに手をかけ酒でも煽るかのように、菜月はホットチョコレートを一気に飲み干した。
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