切なさよりも愛情を

槇村焔

文字の大きさ
上 下
35 / 61
縛り付けるのは血縁の鎖

35

しおりを挟む
「うーん、これでいいのかな?ってか間違えている気もするんだよな。こっちのほうがあいそうな…いやいや、やっぱりこっち…?ああ、もう、イライラするー!どれもおなじに見えてきた」

パズルにあたってみたところで、ヒントなど出てくるはずもない。
いっそ、バラバラにしてみたらすっきりするのかなぁ…などと、元も子もないことを考え始めたりする有様である。
これでは完成するはずもない。

「これ、本当に完成するのかな…」

 ちょっと息抜きをしよう…と、菜月が身体を伸ばしたところで、ピンポンとタイミングよくインターフォンがなった。

警戒心なく扉を開くと、玄関先には、小牧が立っていた。
こうやってあうのは、クリスマスの翌日以来である。


「小牧さん…」
「お久しぶりだねー…。
ってなに、ちょっと警戒してる?」

 前回パズルを壊したことを小牧は覚えていないんだろうか?
そう疑問に思うほど小牧の口調は明るく、後ろめたさを感じさせない。
ニコニコと笑っているその姿は、パズルを壊してイラついていた小牧と同一人物だと思えない。
なにもしていないはずの菜月の方が、居心地の悪さを感じた。


「あの…俺、利弥さんの恋人になったんです。
だから、これ以上、俺たちの間柄に口を挟まないでくれませんか?」
「恋人に…?ふぅん…」

小牧は菜月の言葉に、驚いた様子はない。


「それは良かったね」
「あ…はい」

思いもよらない返事に菜月が気を緩めた隙に、小牧はズカズカと部屋に入り込んだ。菜月がとめるのも聞かず、リビングへと歩いていく。


「小牧さん!あの…!勝手にはいらないでください」
「はいはい。おじゃましますー入るねー…っと。
このぬいぐるみ、まだあるのね…」


リビングのソファに長い脚を投げ出して座りこんだ小牧は、傍らのソファの主・うさこさんを手に取った。
かわいらしいうさぎのぬいぐるみを、小牧は白けた視線で見つめている。


「それ、利弥さんのですから、触って汚しでもしたら怒られますよ」
菜月が注意すれば、小牧は「知っているよ」と、ぽいっとぬいぐるみを床に投げ捨てた。


「ちょっと…!」
「君はいま、大好きな利弥と恋人になれて、幸せいっぱいなんだろうね?
気分は春?」

「だったらなんなんです?あなたに関係ないでしょう?」
「関係は…ないけどね。いったでしょ?君みたいななにも知らない子供、見ているとイライラする…ってさ。
俺、“イイヒト”だからさ…、こうして、忠告してんだよ?」


悪い大人と付き合うのは、お子様には荷が重いよってね。
小牧は睨みつける菜月に、にっこりと含んだ笑みを浮かべる。

 利弥も、小牧も自分を子供扱いするが、そこまで自分は無知な子供なのだろうか。
子供子供って、そんなに年齢が違うことが悪いことだろうか。
たかが10違うだけだ。


「子供って…。俺、そんな子供じゃないです」
「子供だよ。
夢だけしか見てない、綺麗な部分しかみようとしない子供。
おとぎ話のように、綺麗にすべての物語が終わると思っている、夢見がちな子供だろ?

そうだね、そんな子供の君に俺が魔法の言葉、教えてあげようか…。
そうすれば、君の偽りの毎日なんて、あっさり崩れると思うよ?
君の今の日々なんて、儚い蜃気楼みたいなものなんだからさ」
「魔法の言葉…?」
「そう」

小牧の瞳が、不思議の国のアリスにでてくる茶シャ猫のように妖しく煌めいた。


小牧はソファから起き上がると

「俺、貴方のこと、全部教えて貰いました。
あなたの本当をすべてを…って」

菜月の耳元で、静かに囁く。


「魔法の…?」
「そう。君が今の現状を変えたいなら言ってみるといいよ。
といっても、今のままを維持したかったら言わない方がいいと思うけどね。
魔法の言葉をいうかは、君次第ってことで…。
ああ、このぬいぐるみ、ちょっと借りるよ」


床に投げ捨てられたうさぎのぬいぐるみを拾い上げると、小牧はそのまま玄関にむかった。


「ちょっと…」
「大丈夫。クリーニングして返すからさ。
パズルみたいにバラバラにはしないって…。このうさちゃん、あいつが大事にしてるの知っているから。
俺もあいつを怒らせるの、怖いからね」

小牧はぬいぐるみを片手に、そのまま扉の向こうに消えた。



 魔法の言葉ってなんだろう?
小牧に教えられた言葉を言ったら、本当に自分たちの関係は変わるのだろうか?
たった一言で?
この関係が揺らぐ?
12時過ぎて魔法がとけたシンデレラみたいに、ガラリと関係は変わってしまうんだろうか。

(そんな馬鹿な…。
魔法の言葉なんて…そんなのあるわけないよ。
そんな一瞬で現状が変わる言葉なんて。
‘全部教えてもらいました’この言葉になんの意味がある?
その言葉をいったら変わるって…、今の俺は利弥さんの全部を知らないっていうんだ…?)

 否定したい気持ちと、だけど本当に変わってしまうかもしれない言いしれぬ不安が、じわりじわりと、シミのように大きく広がっていく。じわじわと、心を蝕んでいく。

言葉一つで変わるはずがない。
20歳になったら、お試しじゃなくて本当の恋人同士になるのだから、不安に思うことなんてない。
そう信じていたいのに、利弥が時々見せる突き放した態度が、菜月を疑心暗鬼にさせる。
彼を好きな分だけ、より彼を信じられない自分がいる。

やめようか?
そう簡単に関係を断ち切れるほど、利弥にとって自分はそれほど価値のない人間だから。
言葉一つで変わらない可能性がないとも言い切れない。

信じたい。だけど、信じられない。
否定したい。だけど、否定するほど自信がない。
優しくしてくれているが、愛されている自信などないのだ。
頭を撫でて貰って、心配してもらって、隣にいてくれて。
好きだと思う気持ちは強くなっていくのだけれど、与えられる日々が怖くて何も言い出せない。
利弥のお陰で自分は少し変われたと思ったのに、自信がないところは変えられていない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幸せな復讐

志生帆 海
BL
お前の結婚式前夜……僕たちは最後の儀式のように身体を重ねた。 明日から別々の人生を歩むことを受け入れたのは、僕の方だった。 だから最後に一生忘れない程、激しく深く抱き合ったことを後悔していない。 でも僕はこれからどうやって生きて行けばいい。 君に捨てられた僕の恋の行方は…… それぞれの新生活を意識して書きました。 よろしくお願いします。 fujossyさんの新生活コンテスト応募作品の転載です。

ポケットのなかの空

三尾
BL
【ある朝、突然、目が見えなくなっていたらどうするだろう?】 大手電機メーカーに勤めるエンジニアの響野(ひびの)は、ある日、原因不明の失明状態で目を覚ました。 取るものも取りあえず向かった病院で、彼は中学時代に同級生だった水元(みずもと)と再会する。 十一年前、響野や友人たちに何も告げることなく転校していった水元は、複雑な家庭の事情を抱えていた。 目の不自由な響野を見かねてサポートを申し出てくれた水元とすごすうちに、友情だけではない感情を抱く響野だが、勇気を出して想いを伝えても「その感情は一時的なもの」と否定されてしまい……? 重い過去を持つ一途な攻め × 不幸に抗(あらが)う男前な受けのお話。 *-‥-‥-‥-‥-‥-‥-‥-* ・性描写のある回には「※」マークが付きます。 ・水元視点の番外編もあり。 *-‥-‥-‥-‥-‥-‥-‥-* ※番外編はこちら 『光の部屋、花の下で。』https://www.alphapolis.co.jp/novel/728386436/614893182

零れる

午後野つばな
BL
やさしく触れられて、泣きたくなったーー あらすじ 十代の頃に両親を事故で亡くしたアオは、たったひとりで弟を育てていた。そんなある日、アオの前にひとりの男が現れてーー。 オメガに生まれたことを憎むアオと、“運命のつがい”の存在自体を否定するシオン。互いの存在を否定しながらも、惹かれ合うふたりは……。 運命とは、つがいとは何なのか。 ★リバ描写があります。苦手なかたはご注意ください。 ★オメガバースです。 ★思わずハッと息を呑んでしまうほど美しいイラストはshivaさん(@kiringo69)に描いていただきました。

もう一度、恋になる

神雛ジュン@元かびなん
BL
 松葉朝陽はプロポーズを受けた翌日、事故による記憶障害で朝陽のことだけを忘れてしまった十年来の恋人の天生隼士と対面。途方もない現実に衝撃を受けるも、これを機に関係を清算するのが将来を有望視されている隼士のためだと悟り、友人関係に戻ることを決める。  ただ、重度の偏食である隼士は、朝陽の料理しか受け付けない。そのことで隼士から頭を下げられた朝陽がこれまでどおり食事を作っていると、事故当時につけていた結婚指輪から自分に恋人がいたことに気づいた隼士に、恋人を探す協力をして欲しいと頼まれてしまう……。

早く惚れてよ、怖がりナツ

ぱんなこった。
BL
幼少期のトラウマのせいで男性が怖くて苦手な男子高校生1年の那月(なつ)16歳。女友達はいるものの、男子と上手く話す事すらできず、ずっと周りに煙たがられていた。 このままではダメだと、高校でこそ克服しようと思いつつも何度も玉砕してしまう。 そしてある日、そんな那月をからかってきた同級生達に襲われそうになった時、偶然3年生の彩世(いろせ)がやってくる。 一見、真面目で大人しそうな彩世は、那月を助けてくれて… 那月は初めて、男子…それも先輩とまともに言葉を交わす。 ツンデレ溺愛先輩×男が怖い年下後輩 《表紙はフリーイラスト@oekakimikasuke様のものをお借りしました》

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

処理中です...