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縛り付けるのは血縁の鎖
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■
『許さないんだよ…、許せないんだよ…』
悲しく落とされた言葉は、悲痛に濡れていた。
膝を抱えながら、泣いていた。
フルフルと小刻みに震えながら、嗚咽を交えて。
小さく身体を丸まったその姿は、まるですべてを拒絶している様でもあった。
『かっちゃん…』
『菜月、俺は、オマエガ…-嫌いだよ…。
お前なんて、ほんとは、嫌いなんだよ。
だって、お前は…オマエハ…、
おまえは…ーーーーおまえは…』
おまえは。
ーーーーー
クリスマスが明けた次の日。
菜月は、憂鬱な気持ちで目覚めた。
昨夜みた夢。
断片しか思い出せないのだが、けしていい夢ではなかった。悪夢をみた後の、なんともいえない目覚めの悪さが、ある。
苦々しく思いながら、ベッドから起き上がった。
(俺、きのう、告白…しちゃったんだよな。そんな日に、変な夢を見るなんて…)
憂鬱な気持ちのまま、菜月は時計に視線を移す。
時計は朝の八時を指しており、カーテンからは、冬らしい、淡い日の光が差し込んでいた。
利弥はクリスマスまで仕事…、と言っていたから、利弥の言葉通りだとすれば今日は休みで家にいるはずである。
(告白しても利弥さん気持ち悪くないって言ってくれたし。だったら、家にいてもいいのかな…。それとも、あの言葉は利弥さんの優しさだから、黙って家を出るほうがいいのかな…。ああ、どんな顔してあったらいいんだよ)
うんうんと一人唸りながら、自室を出て利弥を探す。
恐る恐る利弥の部屋を覗くと、そこはもぬけの殻だった。
リビングも、昨日のパーティの形跡は残っているし、クリスマスツリーもまだそこにおいたまま。
利弥の姿だけがない。
また仕事なのだろうか…。
出て行けと言われなくて、少しほっとしたが、かといって利弥に黙ってこの家から出ていくこともできない。
どうしようかと、リビングをうろうろとしていたところで、いつものようにリビングに置かれた利弥のメモを見つけた。
「昨日はありがとう、楽しかったよ。
昨日の菜月の告白にはびっくりしたが…、気持ち悪いだなんて思っていないし、菜月の気持ちを素直にうれしく思う。
今日は急用が入ったのでしばらくいなくなるが…帰ったら色々と話し合おう」
利弥は急用が入ってしまったらしい。
メモには、いつになったら帰ってくるとは一切、書かれていなかった。
(帰ったら話し合うってことは…まだここにいてもいいのかな。
年が明けるまでには戻ってくれるかな)
利弥が、突然仕事で出張にいくことは、これまでにも度々あったことなので、また急な仕事が入ったんだな…と思いながら、菜月はリビングにあったクリスマスツリーを片付け始めた。
きっとすぐに帰ってくる。
そのときに、今後について話し合おう。
小牧さんのことも、利弥さんが思っていることも、俺が思っていることも、全部話し合おう。
菜月の予想を裏切り、5日たっても利弥は家に帰ってこなかった。
いつもだったら、ここまで帰ってこないとなると、電話の一つや二つ入れてくれたのに、それもなかった。
連絡する暇もないくらい、忙しいのだろうか。
こまめに菜月を気遣ってくれた利弥らしくない。
まさか、仕事先でなにかあったのだろうか。
でなければ、何故、5日もたつのに連絡がないのか。日に日に、不安が大きくなっていく。
(ラインしてみようかな…。仕事大丈夫?って…)
スマホのラインアプリを開き、利弥とのやりとりを開く。
案の定、利弥からの連絡はなく、最後は菜月のスタンプで終わっていた。
「利弥さん、お仕事平気ですか?
無理していませんか?
利弥さん、ここのところクマ、酷かったから、心配です。もしかして俺が…」
俺が、貴方の不安になっていますか?
貴方の家を、平穏を奪ってはいませんか?
俺が負担になっていたりしませんか?
書きかけて、指を止める。
(俺の告白が、負担になってて…
だから帰ってこないって可能性もあるんだよな…)
くしくも、利弥が家を出たのは、あのクリスマスの翌日であった。
あの時は気持ち悪くないといっていたけれど、本当は菜月の為の嘘だったのだとしたら?
身寄りもなく、家もない子供を悲しませないための嘘で、菜月の告白に困っているから、家に帰らないんだとしたら…?
(利弥さんが帰ってこない原因は…俺、だったとしたら…。
あの告白が負担になっていたのだとしたら…。俺のせいだ…。
利弥さんが帰ってこない理由は。
いつもこまめに連絡くれていた利弥さんが、俺に黙って消えたのは…。
俺のせいだ。俺が好きなんていったから。
俺と、顔合わせずらいから…)
リビングの机の上には、利弥が買ってくれたリンドウのパズルがある。
クリスマスの日は楽しかったのに。
あの日が遠い昔のように思えてしまう。
利弥も菜月同様に楽しそうに笑っていたと思うのは、菜月の都合のいい幻想だったのだろうか。
「…利弥さん。俺はやっぱり貴方の負担になっていたのかな…?」
ピンポン。
玄関のインターホンが鳴り響いた。
利弥が帰ってきたのだろうか。
急いで玄関へかけだし、ドアを開けて出迎える。
「利弥さん…!」
「悪いね、利弥じゃなくて」
そこにいたのは、利弥ではなくて、利弥の親友の小牧だった。
・・・
「びっくりしちゃったなぁ…俺」
菜月が、珈琲カップを小牧の前におくと、何の話の脈絡もなく、小牧が話を切り出す。
今日の天気はどう?とでもいいたげな口調で、呑気に。
「なにがです?」
緊張した面持ちで、菜月は小牧に問い返す。
「君が、ここにいることが。
前回、言ったよね?
君はなんで、なにも知らない利弥と一緒にいるの?って…。てっきり、俺、逃げ出しちゃうと思ったのにな。俺のいびりでさ」
君ってば実は大物?それとも馬鹿なの?と、小牧は、机に頬杖をつきながら言う。
「俺、貴方ほどあの人のこと、確かに知りません。でも、知らないなら知っていけばいいって…。
知らないなら、これから知っていけばいいって、マスターが…」
「あのお人好しのお節介め…。ま、俺もたいがいだけどね」」
小牧はそう呟くと、おもむろに、ポッケからスマホを取り出した。
「君からの連絡、実は密かに待っていたんだよ、俺。
ほら、可愛い恋敵の連絡先は知っておきたいじゃん?いつでも戦えるためにさ」
「は、はぁ…?」
「逃げ出さない勇気はあっても、俺に歯向かうだけの仔犬にはなれなかったのね…。
残念。
でも逃げ出さなかったってのは合格点、かな」
「合格点?」
「ね、君、疑問に思わなかった?
俺とあいつ、親友だっていったよね?
当然、お互いの連絡先、知っている訳。携帯の電話番号も、ラインのIDも知っているの。なのに、なんでわざわざこの家の、固定電話に留守番電話残したと思う?」
「…それは…」
利弥と携帯での連絡がつかなかったから?
そう返せば、小牧は「違うよ」と微笑する。
「留守電、利弥じゃない人物に聞かせたからだって、思わない?」
「利弥さんじゃない?」
「そう。利弥じゃない人に聞かせる…。
利弥が構っている君に、聞かせるためだよ。
簡潔にいうと、君をこの家から追い出すため。
利弥から遠ざけるためかな?
利弥、この家に帰ってきてないだろ?俺んちに避難しているからだよ」
「遠ざけるため…?」
「そう。
俺って、こうみえて、とっても、“イイ人”だからね。
だからね、君みたいな純粋で馬鹿な子供に夢を見て傷つく前に、わざわざ忠告してあげているんだよ。
あいつにこれ以上、近づくなって。
これ以上、あいつと一緒にいると、馬鹿をみるよ…ってね?」
小牧はそういって、菜月が入れた珈琲に口をつけた。
「小牧さんは…、かつきさんってお名前なんですよね?
貴方がかつきさんなら、どうして俺に忠告する意味がわかりません。
クリスマスの日、どうして利弥さんじゃない別の男の人とあんなに仲良さそうに歩いていたんですか?
利弥さんが好きなら、クリスマスも一緒にいてあげたらよかったんだ。あんな手紙渡してふったくせに…。考えられないって、利弥さんのこと、ふったんでしょ?
なんで、恋人だなんて、堂々と言えるんですか…」
冷静に言い返そうとしたものの、最後の方は少し、感情的になってしまい、言葉が乱れた。
「俺が別の男と仲良くしていたのが気に喰わない?
人の勝手じゃないの?」
「なら、俺が利弥さんの傍にいようとどうでもいいじゃないですか…。
俺は、あの人のこと好きで…、ただ哀しい顔をさせたくないだけです。
貴方から奪おうとか…そんな…」
利弥の恋人である小牧が、もしも菜月の出現で心を痛めているようならば、二人の邪魔になるから…と菜月は利弥の元を離れようとしたかもしれない。
けれど、小牧には利弥以外にも、仲良さそうにしている男がいるようだし、ちゃんとした恋人であるならば、菜月を保護した直後に、もっと話し合っているのではないだろうか?
恋人がいるのに、寂しいからといって、事故にあった見知らぬ少年を保護するだろうか?
「俺に、こんなこというくらいだったら、あなたが利弥さんと一緒にいてあげればいい。
恋人だったら…。
もっと、ちゃんと愛してあげてよ…。あの人を不安にさせないくらい、ちゃんと愛してよ。
あんなかお、させないでよ…」
「……」
「俺だったら、あんな顔させない。
ずっと一緒にいてあげるのに…。あんな悲しそうな顔、させないのに。
ずっと、傍にいて…ペットでもいいから、あの人の近くにいたいのに…」
けれど、そんな権利ない。
所詮、菜月は利弥の恋人でも、親友でもない。
告白して困らせている自分には、そばにいる資格もない。
「俺が…かつきさんだったらいいのに。
俺があなただったら…」
利弥に、愛されていたら。
そしたら、他の人なんて、いらないのに。
菜月は、ぎゅっと唇をかんで、言い掛けていた言葉をのみこんだ。
「ふぅん…。君って、本当にあいつのこと好きなんだ?変な挑発にきた恋敵に反論しちゃうくらい…愛しちゃっているんだ。あいつを…」
小牧は菜月から、視線をテーブルへ落とす。
と、小牧はリンドウのパズルを見て、唖然の表情を浮かべ身じろいだ。
「これ…、なんで、こんなものが…」
「……?」
「これ、君の?」
小牧は、パズルを手に取って菜月に問いかける。
「はい。あの…利弥さんがプレゼントに…」
「あいつが…。それに、この花って…」
「リンドウですけど…ーー?」
「3000ピースのしかもこんな小さいパズル…。
それに、リンドウ…ね。ねぇ、菜月君。リンドウの花言葉って知ってる?」
(リンドウ…?リンドウって確か…)
「あなたの悲しみに寄りそう、ですか?」
マスターに聞いた花言葉を言えば、小牧は正解、と微笑む。
「そう。貴方の悲しみに寄りそう。
だけどね、ひとつじゃないんだよ。
花にはいくつも花言葉があるの。
リンドウは他にも花言葉があって…、誠実・正義・貞節…
それから、淋しい愛情。そして…」
一呼吸、おいて、
「悲しんでいる、あなたが好き」
小牧はやるせなく口端をあげて、持っていたパズルを地面に落とした。
額淵にきちんといれていたのに、地面に落ちた衝撃で、パズル崩れてしまい、部屋のあちこちに飛び散った。
「なにするんですか!」
崩されてしまったパズル。
菜月は地面に飛び散ったパズルを急いでかき集める。
パズルは、1ピースが凄く小さいもので、なおかつ、3000ピースもあり上級者向けと包装袋に書いてあったので、ちゃんと集められても再び組み立て元通りになるのは凄く時間が、かかるだろう。
キッと菜月が小牧を睨むと、小牧は白けたように、深々と溜息を返した。
「ばからしい。
男同士で真剣な愛なんてあるわけ、ないじゃないか…。
ほーんと、お子様だね…君は」
「…な…」
「あいなんて、幻想なのに。よくも寒々しい言葉、はけるね。
あいつのそばにいたいとか、悲しませたくない、とかさ。
ほーんと、ちゃんちゃらおかしいよ。現実みろよって感じ」
小牧の口調は先ほどと違って、少し苛ついているようだった。
先ほどまでは、こちらを挑発するような、小馬鹿にするような口調だったのに。
今は余裕をなくし、冷静さをかいていた
「あなた、この前、利弥さんに抱いて貰ってるって…愛して貰ってるっていったじゃないですか。恋人同士なんでしょう?なのに…」
「確かに身体の関係はあるけどね。
そこに愛はないよ。俺たち」
「……?」
「『しかし、君、恋は罪悪ですよ。』
知ってる?
夏目漱石のこころって作品。
そう、俺もあいつも。
恋って罪悪だと思っているからさ。
重くて、つらーいもんだと思っているの。
だから、君みたいに、そんな簡単に愛なんて言葉言えない。
愛なんて、ただの重苦しいものに、過ぎない。
俺たちはあいしあっている。だけどそれは、愛じゃない。
哀だよ。哀しあっている。
俺たちは互いに互いを哀れんでいるんだ。
こいつよりも自分はあわれじゃないって。こいつよりは自分はまだ大丈夫…って。
あわれみあって、慰め合っている、実にむなしい関係なのさ。
哀れみ、悲しむことしかできない。
俺たちは、一生、過去に捕らわれている…。一生過去から抜け出せないの…。
馬鹿な君にひとつ、いいことあげるよ」
小牧はいすから立ち上がると、座っている菜月肩に手をのせる。そして耳に顔を近づけて、囁くようにいう。
「香月は俺の名前じゃないよ。
俺の名前は、華月とかいてかげつと読むの。
小牧華月《こまきかげつ》
それが俺の名前。
そして、香月は、もうずっと前から、俺の恋敵なんだよね。
俺はただの香月の代わりだよ」
「え…?」
「じゃ、菜月君、ばいばい。
今度は君から会いに来てくれると嬉しいかな」
呆然としている菜月に背を向けて、小牧は家から出て行った。
■
『許さないんだよ…、許せないんだよ…』
悲しく落とされた言葉は、悲痛に濡れていた。
膝を抱えながら、泣いていた。
フルフルと小刻みに震えながら、嗚咽を交えて。
小さく身体を丸まったその姿は、まるですべてを拒絶している様でもあった。
『かっちゃん…』
『菜月、俺は、オマエガ…-嫌いだよ…。
お前なんて、ほんとは、嫌いなんだよ。
だって、お前は…オマエハ…、
おまえは…ーーーーおまえは…』
おまえは。
ーーーーー
クリスマスが明けた次の日。
菜月は、憂鬱な気持ちで目覚めた。
昨夜みた夢。
断片しか思い出せないのだが、けしていい夢ではなかった。悪夢をみた後の、なんともいえない目覚めの悪さが、ある。
苦々しく思いながら、ベッドから起き上がった。
(俺、きのう、告白…しちゃったんだよな。そんな日に、変な夢を見るなんて…)
憂鬱な気持ちのまま、菜月は時計に視線を移す。
時計は朝の八時を指しており、カーテンからは、冬らしい、淡い日の光が差し込んでいた。
利弥はクリスマスまで仕事…、と言っていたから、利弥の言葉通りだとすれば今日は休みで家にいるはずである。
(告白しても利弥さん気持ち悪くないって言ってくれたし。だったら、家にいてもいいのかな…。それとも、あの言葉は利弥さんの優しさだから、黙って家を出るほうがいいのかな…。ああ、どんな顔してあったらいいんだよ)
うんうんと一人唸りながら、自室を出て利弥を探す。
恐る恐る利弥の部屋を覗くと、そこはもぬけの殻だった。
リビングも、昨日のパーティの形跡は残っているし、クリスマスツリーもまだそこにおいたまま。
利弥の姿だけがない。
また仕事なのだろうか…。
出て行けと言われなくて、少しほっとしたが、かといって利弥に黙ってこの家から出ていくこともできない。
どうしようかと、リビングをうろうろとしていたところで、いつものようにリビングに置かれた利弥のメモを見つけた。
「昨日はありがとう、楽しかったよ。
昨日の菜月の告白にはびっくりしたが…、気持ち悪いだなんて思っていないし、菜月の気持ちを素直にうれしく思う。
今日は急用が入ったのでしばらくいなくなるが…帰ったら色々と話し合おう」
利弥は急用が入ってしまったらしい。
メモには、いつになったら帰ってくるとは一切、書かれていなかった。
(帰ったら話し合うってことは…まだここにいてもいいのかな。
年が明けるまでには戻ってくれるかな)
利弥が、突然仕事で出張にいくことは、これまでにも度々あったことなので、また急な仕事が入ったんだな…と思いながら、菜月はリビングにあったクリスマスツリーを片付け始めた。
きっとすぐに帰ってくる。
そのときに、今後について話し合おう。
小牧さんのことも、利弥さんが思っていることも、俺が思っていることも、全部話し合おう。
菜月の予想を裏切り、5日たっても利弥は家に帰ってこなかった。
いつもだったら、ここまで帰ってこないとなると、電話の一つや二つ入れてくれたのに、それもなかった。
連絡する暇もないくらい、忙しいのだろうか。
こまめに菜月を気遣ってくれた利弥らしくない。
まさか、仕事先でなにかあったのだろうか。
でなければ、何故、5日もたつのに連絡がないのか。日に日に、不安が大きくなっていく。
(ラインしてみようかな…。仕事大丈夫?って…)
スマホのラインアプリを開き、利弥とのやりとりを開く。
案の定、利弥からの連絡はなく、最後は菜月のスタンプで終わっていた。
「利弥さん、お仕事平気ですか?
無理していませんか?
利弥さん、ここのところクマ、酷かったから、心配です。もしかして俺が…」
俺が、貴方の不安になっていますか?
貴方の家を、平穏を奪ってはいませんか?
俺が負担になっていたりしませんか?
書きかけて、指を止める。
(俺の告白が、負担になってて…
だから帰ってこないって可能性もあるんだよな…)
くしくも、利弥が家を出たのは、あのクリスマスの翌日であった。
あの時は気持ち悪くないといっていたけれど、本当は菜月の為の嘘だったのだとしたら?
身寄りもなく、家もない子供を悲しませないための嘘で、菜月の告白に困っているから、家に帰らないんだとしたら…?
(利弥さんが帰ってこない原因は…俺、だったとしたら…。
あの告白が負担になっていたのだとしたら…。俺のせいだ…。
利弥さんが帰ってこない理由は。
いつもこまめに連絡くれていた利弥さんが、俺に黙って消えたのは…。
俺のせいだ。俺が好きなんていったから。
俺と、顔合わせずらいから…)
リビングの机の上には、利弥が買ってくれたリンドウのパズルがある。
クリスマスの日は楽しかったのに。
あの日が遠い昔のように思えてしまう。
利弥も菜月同様に楽しそうに笑っていたと思うのは、菜月の都合のいい幻想だったのだろうか。
「…利弥さん。俺はやっぱり貴方の負担になっていたのかな…?」
ピンポン。
玄関のインターホンが鳴り響いた。
利弥が帰ってきたのだろうか。
急いで玄関へかけだし、ドアを開けて出迎える。
「利弥さん…!」
「悪いね、利弥じゃなくて」
そこにいたのは、利弥ではなくて、利弥の親友の小牧だった。
・・・
「びっくりしちゃったなぁ…俺」
菜月が、珈琲カップを小牧の前におくと、何の話の脈絡もなく、小牧が話を切り出す。
今日の天気はどう?とでもいいたげな口調で、呑気に。
「なにがです?」
緊張した面持ちで、菜月は小牧に問い返す。
「君が、ここにいることが。
前回、言ったよね?
君はなんで、なにも知らない利弥と一緒にいるの?って…。てっきり、俺、逃げ出しちゃうと思ったのにな。俺のいびりでさ」
君ってば実は大物?それとも馬鹿なの?と、小牧は、机に頬杖をつきながら言う。
「俺、貴方ほどあの人のこと、確かに知りません。でも、知らないなら知っていけばいいって…。
知らないなら、これから知っていけばいいって、マスターが…」
「あのお人好しのお節介め…。ま、俺もたいがいだけどね」」
小牧はそう呟くと、おもむろに、ポッケからスマホを取り出した。
「君からの連絡、実は密かに待っていたんだよ、俺。
ほら、可愛い恋敵の連絡先は知っておきたいじゃん?いつでも戦えるためにさ」
「は、はぁ…?」
「逃げ出さない勇気はあっても、俺に歯向かうだけの仔犬にはなれなかったのね…。
残念。
でも逃げ出さなかったってのは合格点、かな」
「合格点?」
「ね、君、疑問に思わなかった?
俺とあいつ、親友だっていったよね?
当然、お互いの連絡先、知っている訳。携帯の電話番号も、ラインのIDも知っているの。なのに、なんでわざわざこの家の、固定電話に留守番電話残したと思う?」
「…それは…」
利弥と携帯での連絡がつかなかったから?
そう返せば、小牧は「違うよ」と微笑する。
「留守電、利弥じゃない人物に聞かせたからだって、思わない?」
「利弥さんじゃない?」
「そう。利弥じゃない人に聞かせる…。
利弥が構っている君に、聞かせるためだよ。
簡潔にいうと、君をこの家から追い出すため。
利弥から遠ざけるためかな?
利弥、この家に帰ってきてないだろ?俺んちに避難しているからだよ」
「遠ざけるため…?」
「そう。
俺って、こうみえて、とっても、“イイ人”だからね。
だからね、君みたいな純粋で馬鹿な子供に夢を見て傷つく前に、わざわざ忠告してあげているんだよ。
あいつにこれ以上、近づくなって。
これ以上、あいつと一緒にいると、馬鹿をみるよ…ってね?」
小牧はそういって、菜月が入れた珈琲に口をつけた。
「小牧さんは…、かつきさんってお名前なんですよね?
貴方がかつきさんなら、どうして俺に忠告する意味がわかりません。
クリスマスの日、どうして利弥さんじゃない別の男の人とあんなに仲良さそうに歩いていたんですか?
利弥さんが好きなら、クリスマスも一緒にいてあげたらよかったんだ。あんな手紙渡してふったくせに…。考えられないって、利弥さんのこと、ふったんでしょ?
なんで、恋人だなんて、堂々と言えるんですか…」
冷静に言い返そうとしたものの、最後の方は少し、感情的になってしまい、言葉が乱れた。
「俺が別の男と仲良くしていたのが気に喰わない?
人の勝手じゃないの?」
「なら、俺が利弥さんの傍にいようとどうでもいいじゃないですか…。
俺は、あの人のこと好きで…、ただ哀しい顔をさせたくないだけです。
貴方から奪おうとか…そんな…」
利弥の恋人である小牧が、もしも菜月の出現で心を痛めているようならば、二人の邪魔になるから…と菜月は利弥の元を離れようとしたかもしれない。
けれど、小牧には利弥以外にも、仲良さそうにしている男がいるようだし、ちゃんとした恋人であるならば、菜月を保護した直後に、もっと話し合っているのではないだろうか?
恋人がいるのに、寂しいからといって、事故にあった見知らぬ少年を保護するだろうか?
「俺に、こんなこというくらいだったら、あなたが利弥さんと一緒にいてあげればいい。
恋人だったら…。
もっと、ちゃんと愛してあげてよ…。あの人を不安にさせないくらい、ちゃんと愛してよ。
あんなかお、させないでよ…」
「……」
「俺だったら、あんな顔させない。
ずっと一緒にいてあげるのに…。あんな悲しそうな顔、させないのに。
ずっと、傍にいて…ペットでもいいから、あの人の近くにいたいのに…」
けれど、そんな権利ない。
所詮、菜月は利弥の恋人でも、親友でもない。
告白して困らせている自分には、そばにいる資格もない。
「俺が…かつきさんだったらいいのに。
俺があなただったら…」
利弥に、愛されていたら。
そしたら、他の人なんて、いらないのに。
菜月は、ぎゅっと唇をかんで、言い掛けていた言葉をのみこんだ。
「ふぅん…。君って、本当にあいつのこと好きなんだ?変な挑発にきた恋敵に反論しちゃうくらい…愛しちゃっているんだ。あいつを…」
小牧は菜月から、視線をテーブルへ落とす。
と、小牧はリンドウのパズルを見て、唖然の表情を浮かべ身じろいだ。
「これ…、なんで、こんなものが…」
「……?」
「これ、君の?」
小牧は、パズルを手に取って菜月に問いかける。
「はい。あの…利弥さんがプレゼントに…」
「あいつが…。それに、この花って…」
「リンドウですけど…ーー?」
「3000ピースのしかもこんな小さいパズル…。
それに、リンドウ…ね。ねぇ、菜月君。リンドウの花言葉って知ってる?」
(リンドウ…?リンドウって確か…)
「あなたの悲しみに寄りそう、ですか?」
マスターに聞いた花言葉を言えば、小牧は正解、と微笑む。
「そう。貴方の悲しみに寄りそう。
だけどね、ひとつじゃないんだよ。
花にはいくつも花言葉があるの。
リンドウは他にも花言葉があって…、誠実・正義・貞節…
それから、淋しい愛情。そして…」
一呼吸、おいて、
「悲しんでいる、あなたが好き」
小牧はやるせなく口端をあげて、持っていたパズルを地面に落とした。
額淵にきちんといれていたのに、地面に落ちた衝撃で、パズル崩れてしまい、部屋のあちこちに飛び散った。
「なにするんですか!」
崩されてしまったパズル。
菜月は地面に飛び散ったパズルを急いでかき集める。
パズルは、1ピースが凄く小さいもので、なおかつ、3000ピースもあり上級者向けと包装袋に書いてあったので、ちゃんと集められても再び組み立て元通りになるのは凄く時間が、かかるだろう。
キッと菜月が小牧を睨むと、小牧は白けたように、深々と溜息を返した。
「ばからしい。
男同士で真剣な愛なんてあるわけ、ないじゃないか…。
ほーんと、お子様だね…君は」
「…な…」
「あいなんて、幻想なのに。よくも寒々しい言葉、はけるね。
あいつのそばにいたいとか、悲しませたくない、とかさ。
ほーんと、ちゃんちゃらおかしいよ。現実みろよって感じ」
小牧の口調は先ほどと違って、少し苛ついているようだった。
先ほどまでは、こちらを挑発するような、小馬鹿にするような口調だったのに。
今は余裕をなくし、冷静さをかいていた
「あなた、この前、利弥さんに抱いて貰ってるって…愛して貰ってるっていったじゃないですか。恋人同士なんでしょう?なのに…」
「確かに身体の関係はあるけどね。
そこに愛はないよ。俺たち」
「……?」
「『しかし、君、恋は罪悪ですよ。』
知ってる?
夏目漱石のこころって作品。
そう、俺もあいつも。
恋って罪悪だと思っているからさ。
重くて、つらーいもんだと思っているの。
だから、君みたいに、そんな簡単に愛なんて言葉言えない。
愛なんて、ただの重苦しいものに、過ぎない。
俺たちはあいしあっている。だけどそれは、愛じゃない。
哀だよ。哀しあっている。
俺たちは互いに互いを哀れんでいるんだ。
こいつよりも自分はあわれじゃないって。こいつよりは自分はまだ大丈夫…って。
あわれみあって、慰め合っている、実にむなしい関係なのさ。
哀れみ、悲しむことしかできない。
俺たちは、一生、過去に捕らわれている…。一生過去から抜け出せないの…。
馬鹿な君にひとつ、いいことあげるよ」
小牧はいすから立ち上がると、座っている菜月肩に手をのせる。そして耳に顔を近づけて、囁くようにいう。
「香月は俺の名前じゃないよ。
俺の名前は、華月とかいてかげつと読むの。
小牧華月《こまきかげつ》
それが俺の名前。
そして、香月は、もうずっと前から、俺の恋敵なんだよね。
俺はただの香月の代わりだよ」
「え…?」
「じゃ、菜月君、ばいばい。
今度は君から会いに来てくれると嬉しいかな」
呆然としている菜月に背を向けて、小牧は家から出て行った。
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そしてある日、そんな那月をからかってきた同級生達に襲われそうになった時、偶然3年生の彩世(いろせ)がやってくる。
一見、真面目で大人しそうな彩世は、那月を助けてくれて…
那月は初めて、男子…それも先輩とまともに言葉を交わす。
ツンデレ溺愛先輩×男が怖い年下後輩
《表紙はフリーイラスト@oekakimikasuke様のものをお借りしました》
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
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完結しました。ありがとうございました。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
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スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
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小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
【完結】僕の大事な魔王様
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。
「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」
魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。
俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/11……完結
2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位
2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位
2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位
2023/09/21……連載開始
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