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縛り付けるのは血縁の鎖
■□■□7■□■
しおりを挟むクリスマス。
イブの日まで仕事が入ってしまった利弥は、あいにく、クリスマスの朝から姿はなかった。
ただ昨夜のうちに帰宅した形跡はあり、『クリスマスが終わるまでに帰る。すまない。クリスマスプレゼントありがとう』と書かれたメモも残されていた。
イヴの日の夜、利弥の部屋の枕元に置いていたプレゼントも、朝菜月が利弥の部屋を覗くと本人の姿と、ともになくなっていた。
「クリスマスが終わるまでに帰る…か。」
懐かしさを感じる、言葉。
偶然にも同じフレーズを聞いた覚えがあった。
数年前のクリスマスイヴの日、大好きなお兄さんからも同じ言葉をかけられていた。
一緒に過ごしたいと駄々を捏ねる菜月に、お兄さんはクリスマスが終わるまでには帰るから、とだだをこねる菜月を宥めていた。
(あのとき…、そういえばかっちゃんは泣いていたっけ。
俺もかっちゃんとクリスマス過ごせなくって泣いて…。
クリスマスが過ぎて戻ってきたかっちゃんに抱き着こうとしたら、かっちゃんは悲しく泣いてたんだ。
気が強いかっちゃんが…、ボロボロと…苦しそうな顔で…って、あれ…クリスマス…?)
菜月の思い出では、クリスマスの日、お兄さんとクリスマスパーティを二人きりで開いた。
その日、確かにあのお兄さんも菜月と楽しそうに笑っていたはずである。
だけど、不意に頭に過ったお兄さんとのクリスマスの思い出は、彼の泣き顔だった。
おかしいな、と記憶を探ってもその泣き顔は脳裏から消えない。
(どういうこと…?確かに俺、クリスマスにかっちゃんとパーティ、した…よね…?
一緒に笑ってたはずだ…よね。
まさか俺の願望なんかじゃ…ないよな?まさかね…)
クリスマスの思い出を…と考えれば考えるほど、お兄さんの泣き顔と笑顔が交互に浮かび、どちらが正しい記憶なのかわからなくなって、困惑する。
必死に思い返せば思い返すほど、お兄さんの泣き顔が強く脳裏に描かれた。
「変なこと考えてちゃ、ダメダメっと。
今日はクリスマスなんだから!利弥さんのいい思い出になるような、クリスマスパーティにするんだから。余計なことは考えない!っと」
パンパンと頬を叩くと、菜月は気合いを入れてクリスマスのためにと用意したご馳走を作り始めた。
今まで料理など真剣にしたことがなく、菜月が本格的に始めたのも利弥の家に世話になることになり、手が自由に動けるようになってからである。
けして器用でもなく、始めたばかりの頃は包丁さばきも覚束なかったものの、家事くらいは利弥の負担を軽くしたい…と、下手なりに努力しているようで、クリスマスにと用意したご馳走も作り方は簡単ではあるが、利弥の好物ばかりだった。
夕方、あらかた料理を作り終えると菜月は予約していたケーキを取りに駅前のケーキ屋へと向かった。
クリスマスイヴの前に降っていた雪は、積もることはなかったようで、地面には雪がふった形跡は残っていなかった。
雪はないものの、今年のクリスマスは平均よりも寒いようで、街ゆく人は、皆寒そうに身を縮めていた。
菜月もコートは羽織っていたものの、凍えるような寒さに、もっと防寒具を用意していればよかった…と後悔しながら身を丸くして雑踏を歩いていた。
(利弥さんのクリスマスプレゼントには、手袋選んだのにな。
自分のも買えば良かったかも)
寒さから逃れるため手をコートのポッケにいれる。ポッケには23日に喫茶店のマスターから貰った、松ぼっくりと紙が入っていた。
(…紙?あ、名刺か…。小牧さんの…)
小牧華月。
気の強そうな美人な彼にはお似合いの名前である。
(こまきかつきさん…か。
利弥さんの親友で、それから利弥さんの好きな人…かもしれない人。
小牧さんいわく、愛し合っているひと。
でも、愛し合っているならどうして、利弥さんは恋人なんていないっていったのかな?もう大切な人なんかいらないって…。小牧さんが、なにかしたんだろうか…?)
考えたところで、直接聞いてみないことにはわかりそうにない。
彼らが仮に親友以上の間柄だったとしたら、利弥の家に居候している自分は、小牧からしてみれば邪魔者以外の何者でもないし、早く出ていってくれという意味で牽制のために菜月を呼び出したといってもなんら不思議ではない。
菜月はひとつため息をつくと、再びポケットに名刺を入れ直した。
(もし、本当に2人が恋人同士だったとしたら…クリスマスの日独占しようとする部外者の俺って、どうなんだろ…。
いらっとするよね。だから、小牧さん、俺と直接23日に会ったのかな。利弥さんは自分のものだって、忠告する為に)
名刺を渡したということは、またあう意志があるということだろう。
今度小牧に呼び出されたら、はたしてちゃんとした話し合いができるのだろうか。
歩いていたら、ケーキ屋近くの信号が赤になった。
立ち止まり青になるのを待っていると、道路を挟んだ向こう側、見知った顔を見つけた。
今しがた、菜月が考え込んでいた人物…小牧である。
(小牧さん?)
派手なコートに、抜群のスタイル。
遠くから見てもわかるほどの長い足に、小さな顔。
人混みにいるのに目につくその人は、2日前会った小牧である。
ただし、小牧は1人ではなく30代半ばであろう美丈夫な男と腕を組んでいた。
仲が良さそうに談笑しあうその様子は、仲のいい友達以上に見えるのは邪推だろうか。
信号が青に変わり、信号待ちをしていた人たちが一斉に歩き出した。
菜月も慌てて人混みにあわせ、横断歩道を縦断していく。
(その人誰なんですか?
もしかして、浮気…とか…?)
小牧と、隣にいる彼が気になって仕方ない。
けれどこんな人混みで彼を呼び止める勇気もなかった。
(このまま通り過ぎよう。
小牧さんと違って俺は地味だから、見つけられることもなさそうだし)
うつむき、気づかれませんようにと思いながら、菜月は足早に歩道をわたる。
歩道ですれ違っても、菜月の予想通り、何も声をかけられることもなかった。
横断歩道を渡り終えると、張りつめた緊張の糸が切れたように、ほっと肩が落ちる。
菜月は、今一度、小牧の確認するため、背後を振り返った。
偶然なのか。
小牧も同じように歩みを止めて、菜月の方を見ていた。
(見てる?)
小牧は隣にいる男に、1言二言話した後、また菜月に視線を向けてにやりと、口元に弧を描いた。
まるで、挑発するような笑み。
数分…いや、数秒後だろうか。
小牧は菜月が見ている目の前で、連れ添っていた男の腕をとると仲睦まじそうに歩いて行った。
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