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縛り付けるのは血縁の鎖
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「…知っていけばいい…か…」
いつぞや、利弥に言ったせりふがある。
『だから、もっと利弥さんのこと、知りたい。
利弥さんが寂しいときは一緒にいたい、って思うんだ。
一人にしたくないって思う。
傍にいさせてほしいって…思うんだ』
犬でもいいから、彼の傍にいたいと思い言った台詞。
あの時から、ずっと知りたかった。彼のことを。
今後もずっと一緒にいさせてほしいと思うくらい、彼のことを理解したかった。
「俺、あのときから、知りたかったんだ…。
俺、ずっと…。犬として…ううん。今は人として、利弥さんのことが知りたいんだ…」
呟いた菜月の顔は、踏ん切りがついたように晴れやかで。
口をつけた珈琲は、先ほどは苦みしか感じなかったのだが、今は苦み以外の味も感じることができた。
「俺、ずっとあのときから知りたかったんだ。
利弥さんのこと。
知って、もっと理解したいって思っていたんだ」
「中川さん…気分は少し晴れましたか?」
帰り際、マスターはレジを打ちながら菜月に尋ねた。
「おかげさまで…」
「そうですか。よかったです。あ、あと…これを…」
マスターは御釣りとともに、松ぼっくりを2つ菜月に手渡した。
とくにこれといって変わりはない、一般的な手のひらサイズの松ぼっくりである。
「松ぼっくり?」
「クリスマスキャンペーンで、20日から限定で5日間、お渡ししているんです。
毎年この時期は色々プレゼントしてまして。
今年は松ぼっくりなんですよ」
「僕はもっと豪華なものにしよう!って言ったんですけどね~」
「黒沢君の給料減らしてもいいのなら、そうしますけど?」
「ええ~。いやですよぉ…」
「じゃあ、無理言わないでくださいね?」
有無を言わせないマスターの笑みに、黒沢君は、むぅっと口を尖らせ、店の外へ出て行った。
「あらあら…まったく…」
「クリスマス…。
ああ、そういえば、今日ってイヴの前日でしたっけ…。
すっかり忘れてました」
利弥と一緒に過ごすクリスマス、ということで楽しみにしていたのに、今日は小牧とあうことばかり頭についてしまい、すっかり忘れていた。
「それで、さきほどいっていた方にはなにかご用意されましたか?」
「ええ…まぁ。俺なんかのプレゼント喜んでくれるかわかりませんが…」
散々、悩んだ挙句、買ったのは利弥に似合いそうな革製の黒の手袋だった。菜月と同じく寒がりな利弥なので、プレゼントは防寒するもの、と決めていたのだ。
「貴方が真剣に悩んで買ったものならば、きっと喜んでくれますよ」
「ありがとうございます」
菜月は礼をいうと、着ていたコートにそっと松ぼっくりをしまった。
店から出ようとしたところで、マスターがああ、そういえば…と、菜月を呼び止める。
「あ、そうそうこれ、ヒマラヤスギの松ぼっくりなんですけどね、花言葉が4つあるんですよ」
「4つ、ですか?」
「そうです。たくましさ・あなたを待つ・報われぬ恋と…」
「報われぬ恋…」
「最後は、あなたのために生きるです。
花言葉は、一つの花に複数ついていることがあります。
それは、色々な文化や風習、その対するイメージが混ざり合い、複数になった、とも言われています。
一つの花でも、4つの意味がある。
きっと、人の人生も、そんな複数の意味や選択肢があるのかもしれません。
誰かからみれば不幸でも誰かから見れば幸せという生き方が。
貴方が思う方と今後、どうなるかわかりません。
人生はけして、ハッピーエンドだけではないですから。簡単に結ばれて、はい終わり、だけじゃないでしょう。
けれど…」
「中川さーん!なにやってんの~!!
ほら、早く早く!外に来てみてくださいよ!!雪!雪降っているんですよ~!!」
マスターの言葉を遮るように、黒沢君が店のドアから顔を覗かせる。
黒沢くんのいうとおり、灰色の空からは桜のような雪がチラついていた。
クリスマス間近の雪である。
「ホワイトクリスマスだ~!
ロマンチックですね、マスター」
「今日はまだ23日ですよ、黒沢君」
「いいじゃないですか。細かいことはどうでも!綺麗なんだから!明日は白銀の世界で、素敵なクリスマスイヴになるかもしれませんよ~!
恋人たちにはうってつけな日になりますねぇ!」
「白銀ですか…。まったく、つもったら、雪かきもあるんですよ?黒沢君は呑気な…。」
マスターは、はぁっと一つ溜息をついた後、「すみません、お客様の前で溜息など…」と詫びる。
「中川さん、よいクリスマスを…」
「ありがとうございます。また来年、よらせていただきますね」
「はい、お待ちしておりますね」
菜月はマスターに別れを告げて、店から出た。
重苦しい灰色の雲。ヒラヒラと舞い落ちる粉雪。
雪はまだ降ったばかりなのか積もっておらず、地面に落ちるとすぐに消えてしまう。
(ひらひらと桜…みたいだな…。
かっちゃんが好きだった…。かっちゃん…、明日はクリスマスイヴだよ…。
ねぇ、かっちゃん…。クリスマスだからって、どれだけ待っても…もうかっちゃんは俺の前に現れないんだよね。
クリスマスだからって、奇跡なんておきない。
わかってるんだ…ちゃんと。
毎年毎年、この時期はかっちゃんを思い出して辛かったけど、でも…今年は利弥さんといる…。今年は笑って過ごせるかな)
ポッケにある松ぼっくりを、やんわりと握る。
かのひとを思い出しながら、菜月は雪が降る中、足早に家路を急いだ。
いつぞや、利弥に言ったせりふがある。
『だから、もっと利弥さんのこと、知りたい。
利弥さんが寂しいときは一緒にいたい、って思うんだ。
一人にしたくないって思う。
傍にいさせてほしいって…思うんだ』
犬でもいいから、彼の傍にいたいと思い言った台詞。
あの時から、ずっと知りたかった。彼のことを。
今後もずっと一緒にいさせてほしいと思うくらい、彼のことを理解したかった。
「俺、あのときから、知りたかったんだ…。
俺、ずっと…。犬として…ううん。今は人として、利弥さんのことが知りたいんだ…」
呟いた菜月の顔は、踏ん切りがついたように晴れやかで。
口をつけた珈琲は、先ほどは苦みしか感じなかったのだが、今は苦み以外の味も感じることができた。
「俺、ずっとあのときから知りたかったんだ。
利弥さんのこと。
知って、もっと理解したいって思っていたんだ」
「中川さん…気分は少し晴れましたか?」
帰り際、マスターはレジを打ちながら菜月に尋ねた。
「おかげさまで…」
「そうですか。よかったです。あ、あと…これを…」
マスターは御釣りとともに、松ぼっくりを2つ菜月に手渡した。
とくにこれといって変わりはない、一般的な手のひらサイズの松ぼっくりである。
「松ぼっくり?」
「クリスマスキャンペーンで、20日から限定で5日間、お渡ししているんです。
毎年この時期は色々プレゼントしてまして。
今年は松ぼっくりなんですよ」
「僕はもっと豪華なものにしよう!って言ったんですけどね~」
「黒沢君の給料減らしてもいいのなら、そうしますけど?」
「ええ~。いやですよぉ…」
「じゃあ、無理言わないでくださいね?」
有無を言わせないマスターの笑みに、黒沢君は、むぅっと口を尖らせ、店の外へ出て行った。
「あらあら…まったく…」
「クリスマス…。
ああ、そういえば、今日ってイヴの前日でしたっけ…。
すっかり忘れてました」
利弥と一緒に過ごすクリスマス、ということで楽しみにしていたのに、今日は小牧とあうことばかり頭についてしまい、すっかり忘れていた。
「それで、さきほどいっていた方にはなにかご用意されましたか?」
「ええ…まぁ。俺なんかのプレゼント喜んでくれるかわかりませんが…」
散々、悩んだ挙句、買ったのは利弥に似合いそうな革製の黒の手袋だった。菜月と同じく寒がりな利弥なので、プレゼントは防寒するもの、と決めていたのだ。
「貴方が真剣に悩んで買ったものならば、きっと喜んでくれますよ」
「ありがとうございます」
菜月は礼をいうと、着ていたコートにそっと松ぼっくりをしまった。
店から出ようとしたところで、マスターがああ、そういえば…と、菜月を呼び止める。
「あ、そうそうこれ、ヒマラヤスギの松ぼっくりなんですけどね、花言葉が4つあるんですよ」
「4つ、ですか?」
「そうです。たくましさ・あなたを待つ・報われぬ恋と…」
「報われぬ恋…」
「最後は、あなたのために生きるです。
花言葉は、一つの花に複数ついていることがあります。
それは、色々な文化や風習、その対するイメージが混ざり合い、複数になった、とも言われています。
一つの花でも、4つの意味がある。
きっと、人の人生も、そんな複数の意味や選択肢があるのかもしれません。
誰かからみれば不幸でも誰かから見れば幸せという生き方が。
貴方が思う方と今後、どうなるかわかりません。
人生はけして、ハッピーエンドだけではないですから。簡単に結ばれて、はい終わり、だけじゃないでしょう。
けれど…」
「中川さーん!なにやってんの~!!
ほら、早く早く!外に来てみてくださいよ!!雪!雪降っているんですよ~!!」
マスターの言葉を遮るように、黒沢君が店のドアから顔を覗かせる。
黒沢くんのいうとおり、灰色の空からは桜のような雪がチラついていた。
クリスマス間近の雪である。
「ホワイトクリスマスだ~!
ロマンチックですね、マスター」
「今日はまだ23日ですよ、黒沢君」
「いいじゃないですか。細かいことはどうでも!綺麗なんだから!明日は白銀の世界で、素敵なクリスマスイヴになるかもしれませんよ~!
恋人たちにはうってつけな日になりますねぇ!」
「白銀ですか…。まったく、つもったら、雪かきもあるんですよ?黒沢君は呑気な…。」
マスターは、はぁっと一つ溜息をついた後、「すみません、お客様の前で溜息など…」と詫びる。
「中川さん、よいクリスマスを…」
「ありがとうございます。また来年、よらせていただきますね」
「はい、お待ちしておりますね」
菜月はマスターに別れを告げて、店から出た。
重苦しい灰色の雲。ヒラヒラと舞い落ちる粉雪。
雪はまだ降ったばかりなのか積もっておらず、地面に落ちるとすぐに消えてしまう。
(ひらひらと桜…みたいだな…。
かっちゃんが好きだった…。かっちゃん…、明日はクリスマスイヴだよ…。
ねぇ、かっちゃん…。クリスマスだからって、どれだけ待っても…もうかっちゃんは俺の前に現れないんだよね。
クリスマスだからって、奇跡なんておきない。
わかってるんだ…ちゃんと。
毎年毎年、この時期はかっちゃんを思い出して辛かったけど、でも…今年は利弥さんといる…。今年は笑って過ごせるかな)
ポッケにある松ぼっくりを、やんわりと握る。
かのひとを思い出しながら、菜月は雪が降る中、足早に家路を急いだ。
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