切なさよりも愛情を

槇村焔

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縛り付けるのは血縁の鎖

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12月23日。
菜月は小牧にまちあわせ場所にと指定されていた黒澤くんとマスターの店にきていた。
昼の営業はいつも閑古鳥が鳴いていると嘆く黒澤くんの言葉通り、今日も菜月の他に客はいない。

(待ち合わせ時間と場所はきいたけど…携帯番号も聞きそびれちゃったし、どんな人かもわかんないのにちゃんと会えるのかな)

菜月は何度も時計を確認し、店の出入り口のドアに視線をむける。
菜月のそわそわとした様子に、黒沢君は、誰と待ち合わせなんです?と、呑気に尋ねた。



「あの…小牧さんって人と待ち合わせていて…」
「ああ、小牧さん。ってあの小牧さんかな?
常連さんの小牧さんなら知ってますよ。スッゴイ美人さんですよねー!
よくお店に顔出してくれますよ」
「お店に?」
「はい。マスターと仲良しなんですよね。
ね、マスター!」
「ええ。まぁ。
よくお話はさせていただいておりますよ。
とてもお話が面白い方なので、たくさん勉強させてもらっています。
中川さんと知り合いだったんですね、彼」

マスターは、グラスを拭きながら、世間は狭いですね、と黒沢君同様にのほほんと呟いた。

「いやぁ…全然。知り合いじゃないです。
本当は今日会うのも凄く躊躇したくらいで…。今日もこのまま会わずに帰っちゃおうかなーって何度思ったことか」
「え…?えーっと?待ち合わせているのではないのです?」
「それは…そうなんですけど、知り合いではないというか。
いや、知っているんだけど知らないっていうか…。でも知りたいというか知らなきゃいけないというか…」
「はぁ…」

マスターが間の抜けた返事を返すと、カランカラン、と店に来客を告げるベルが鳴り響いた。

「いらっしゃいま…ああ、お久しぶりですね」

マスターはやってきた客に、ぺこりと頭を下げると、客は、ひらひらと手を振りかえした。
客はこの時期にサングラス、そしてもこもこしたファーがついているカーキー色したコート、下はジーンズというラフな格好だった。

顔は小顔で、スタイルもよく、かけているサングラスも相まって、まるで芸能人のようにひと目をひく。



「ああ、お久しぶりだね。元気してる?」
「ええ、まぁ。あなたは?」
「ぼちぼちかな?身体は、ひからびちゃっているけどね」
「やけになって、変なつきあいはダメですよ。わかってます?」
「はいはい。わかってますって…」

客は、徐に店内を見回し、ボックス席に座っている菜月を見つけると、静かに歩を進める。


「…やぁ、待たせてごめんね?中川君」
「あなたは…」
「俺は小牧。利弥の友人。
そんでもって、今日君をよんだ張本人だよん」

小牧と名乗ったその人物は、軽く菜月に自己紹介すると、かけていたサングラスを外した。
涼し気な目元が露になる。
どこか色素の薄い瞳に、雪のように白い肌。彼は自分と同じ日本人なのか?と疑問に感じるほどだ。

(美人さん…って黒沢君いっていたけど…ほんと美人。すっごい目力あるな。ずっと見つめられると落ち着かなくなるような)

焦がした蜂蜜のような色をした髪の毛は、男にしては長めで、顔も中性的であった。
実は女です、と言われてもなるほど…と納得してしまいそうな顔だちである。
凄みのある美形の利弥と並んでも、遜色ないだろう。



「まぁ、立ち話もなんだし。座ろうか。
あ、マスター。俺、アメリカンね。君は?」
「…同じでいいです」
「そう。じゃ、マスターよろしくね」

マスターにそう頼むと、小牧は菜月の前の席に腰をおろす。そしてポッケから徐に煙草の箱を取り出し、吸ってもいい?と尋ねた。

「どうぞ、お構いなく」
「ありがとね。君も吸う?」
「い、いえ…。俺未成年なんで…」
「そ。未成年なの。若いね、羨ましいわ。
俺なんて、もうおじさんだからね…」


そんな軽口を叩くが、およそ、見た目からは年をとっているように見えない。
まだ20代前半くらい…下手したら菜月と同じ年くらいに見えるだろう。


「あ、あの…それで、話って…」
「話?」
「俺に話があるからって、呼んだんでしょう?」

小牧はそうねぇ…と、煙草を口に加えながら菜月に視線を移した。


「ううん。わかいねぇ。すっごく若い…。
可愛いよね、君」
「は?」
「羨ましいよ。
その若さ。俺ってばもうそんな若さ、ないからね。
石橋叩いて叩いて、渡らずに橋が壊れるのを怖がっている臆病者だからね。
ほんと…羨ましいよ。若い君が。
それから…憎らしい、かな…」
「憎らしい?」
「うん。そう。とっても、憎らしい…」

小牧はにっこりと微笑むと、ぎゅっとタバコの先端を灰皿に押しつぶした。


「ね、君ってさ、知らず知らずのうちに誰かに憎まれているって経験、ある?
自分が何もしてないのに、相手にすごく憎まれているって経験。

俺はね、あるよ。
憎んだことも、憎まれたことも…裏切られたことも、裏切ったことも…ね。
だから、君みたいな可愛い子みるとつい、憎らしく苛立たしく感じちゃうんだよね」


脈絡ない小牧の話に、菜月は「なんの話です?」と困惑する。
小牧は、ただの独り言だから、気にしないで…とシニカルな笑いを口元に浮かべた。


「ねぇ、どうして君、利弥のところにいるの?
あいつの世話になっているの?」
「どうして…?
あの、利弥さんから聞いてないんですか?」

「ああ…うん。まぁ、大まかには聞いているよ。利弥からはね。
ただ君がどうして、彼の側にいるのかな…って思ってね」

「俺が?」

「そう、君が。
よく知りもしない人のところに世話になろうと思ったね。この世の中、誰もかれもがいいひとなんかじゃないんだよ。ううん、むしろ悪い人だらけ。
いい人なんてほとんど、いやしないよ。
なんの利益もなく優しくしてくれるのは、お人好しのバカだけだね」
「お人好しのバカって…。それに利弥さんは善意だって言ってたし、俺を世話したってなんの利益も」
「利益もないんじゃないかって?
そんなのわかんないじゃない。
友達の俺が言うのもなんだけど利弥はひどい男だよ」
「そんな…利弥さんは俺にも親切にしてくれてーー」
「親切にしてくれるからいい人、なの?それじゃあみんな親切なふりをするよ。いい人ごっこで人が騙せるならね。
君はあいつのなにを知っているのかな?
あいつがそんないい人に見える?」

机に肘をつき両手を組みながら、小牧は菜月に投げかける。
顔は菜月に笑いかけていても、その目はちっとも笑っていなかった。

(俺が利弥さんについてしっていること…?そんなの…)
利弥は優しい。
身体の自由が利かなかった時は献身的に介護してくれた。
自分はなにも返せないのに、利弥は無償で家におき、世話をしてくれた。
それが、菜月が知る利弥。


「俺は、君よりあいつを知っているよ。
あいつも、俺を知っている。
おれたちは、あいしあっているからね。
たぶん、一番、ね。
お互いに俺たちはお互いの存在を‘あいしあっている’互いの存在がないと情緒不安定になるほどに、ね」
「あいしあっている?」
「そう。愛し合っている、の意味しらないわけじゃないよね?セックスしているの。身体の関係があるの。
大人の関係なんだよ。
だからさぁ、君みたいな子、お呼びでないんだよ。俺も、あいつも。
‘俺たち’全員、君なんておよびじゃないんだ。

俺たちはずっと、もう何年もこうやってきたんだから。
この関係は変わらないんだよ、永遠に」

小牧からの電話に、そういう大人の関係なのか、と勘ぐりはしていたが、本人から直接言われるとそのショックは大きくて。
酷く胸が疼いて、菜月はぎゅっと唇をかみしめうつむいた。


「ねぇ君は、どうして利弥が君を保護してくれたか、考えたこと、ある?」
「それは…、その利弥さんが寂しいって…。世話をさせてほしいっていうから…」
「そう。じゃあ、君はなにも知らないんだ。何も知らないのに、あいつを信じているんだ。
馬鹿な子供だね。ほんと、かわいそう」

小牧はそう言い捨てると軽く菜月を一瞥し、頼んでいたアイスコーヒに口をつけた。

利弥のことを好きだ。
けれど、目の前の利弥の親友である小牧より、菜月は利一緒にいた時間は少ない。
君はなにを知らないと言われれば、それ以上菜月はなにもいえなくて。
うつむいたまま、刻々と時間が過ぎていった。


「こんなか弱いお子様なら…、俺が直接会うまでもなかったかな…」
「……」
「じゃあ、俺帰るから…。
あ、そうだ。これ、俺の名刺」

小牧はズボンから一枚の名刺を取り出し、菜月の前に名刺をおいた。
そこには、小牧華月という名前と電話番号が記載されていた。


「こまきかつき…?かつきって…」
「じゃあ、またね。中川…なつきくん?
またね、マスター」

そういって、くるとき同様、ひらひらと手を振って小牧は店を出た。

まるで嵐のように突然現れた小牧は、去るときも突然であった。

小牧の姿が見えなくなっても、菜月の凪いだ心は荒れたままだった。
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