切なさよりも愛情を

縛り付けるのは血縁の鎖

２２

ピカピカとイルミレーションで町中は彩られ始めた12月某日。クリスマスはもう目前である。


「うぅ…まさか飾りが３箱もあるなんて思わなかった…。1人だからって油断してた。
もっと小さなツリーだと思っていたのに」

口では不満を言いながらも、菜月は楽しそうにリビングにあるクリスマスツリーに装飾品を飾っていく。
クリスマスツリーを出すことになったのは、菜月の何気ない一言からであった。


「もうすぐクリスマスだね、利弥さん」
時計代わりにつけていたテレビからは、クリスマス特集ということで恋人に喜ばれるプレゼントが流れていた。
利弥は、ぼんやりと心あらずな表情で、テレビを眺めていた。


「利弥さん？」
「あ、ああ。
クリスマス…もうそんな時期なんだな」
呟いて、利弥はカレンダーを一瞥した。
菜月が利弥の家に世話になることになって、早数か月。
　足はほぼ完治し、またバイトを始めることができるようになるまで体力も回復していた。
当初は回復したら、利弥の元を去るつもりでいたのだが、利弥に２０までは遠慮なく甘えなさい、と言われて菜月自身もこの生活を壊したくなくて今の生活を続けていた。
といっても、年が明けて落たら仕事を捜す予定ではいたが。


「まだ、仕事忙しいの？」
「いや。最近はだいぶ落ち着いてきたよ」
「ほんと？」
「ああ。クリスマス頃には今の仕事はひと段落しそうだ。まぁ、年が明ければまた次の仕事が入ってくるんだがな。貧乏暇なしってやつだな。仕事があるうちは仕事をしないと」
「貧乏じゃない癖に。
でも、大変だね…。
いっつも遅くまで仕事ばかりしてるし。
たまにはながい休みも取れたりしないの？」
「…大人には時に休めない時があるんだよ。
なつきくん」
「俺は怠け者な大人になりたいな…」
「子供だなぁ…」
「いいよ、子供でも。子供の方が気楽だもの」
「そうだなぁ…」

丁度、つけていたテレビでは、子供がクリスマスプレゼントについて無邪気に語っている。
遠慮の知らない子供は、あれこれととんでもないお願いを口にしており、微笑ましかった。


「菜月は子供の頃、どんなプレゼントが欲しかったんだ？」
「俺？俺はーー」
菜月が小さい頃から欲しかったもの。
親に対しけして口にすることはなかったが、ずっと秘めた思いがあった。

（おにいちゃんが欲しかった、なんて言えないよなぁ）
菜月の小さい頃の願いは、優しいお兄ちゃんが欲しいだった。
父がいなくても、優しいお兄さんさえいれば寂しくないと子供ながらに夢見ていたのだ。

（弟ならいざしらず。お兄ちゃんが欲しいなんて夢見てたなんて、俺ってほんと頭のねじが抜けてた子供だったんだよな。俺って昔から頼りになる大人が好きなだったのかもなぁ）

「菜月？」
「あはは、俺の欲しかったものは秘密。利弥さんの子供の頃は？楽しかった？それとも子供の時もひたすら勉強してた？」
尋ねると、利弥は苦々しい顔をする。

「不良なガキだったよ。
沢山、欲しいものや夢があってよく壁にぶつかってたな。
今は、叶えられないものが多くなってしまったな。
どうあがいたって手に入らないものもあると知ってしまったしな」
「手に入らないもの？
社長の利弥さんでもあるの？」
「沢山あるぞ。私はこうみえて、利己的で合理的な人間だからな。
そういえば、菜月は、なにか欲しいものはあるか？」
「欲しいもの？」
「もうすぐクリスマスだろ。
今年はサンタさんがきてくれるかもしれないぞ？
年上のサンタさんがな…？」

口端を緩め、利弥は悪戯っぽく笑う。
どうやら、菜月のためにクリスマスプレゼントを用意してくれるつもりのようだ。

「そのサンタさん、仕事で忙しいんじゃないの？」
「うーん。クリスマスプレゼント用意するくらいの時間はあると思うぞ？」

「いいよ、無理しなくても。
ほしいものなんてないし。
だって、ここにいられるだけで、助かってるわけだし
ほかに必要なものなんて…」
「ない？本当に？なにもほしくないのか？
本当はあるんじゃないか？
実はずーっと欲しがっていたものが…」

しつこいくらいに利弥は尋ねてきたが、菜月には欲しいものなどすぐには浮かばなくて。
やっぱりないよ…と、返事をすれば利弥は不満そうな顔をした。

「優等生すぎるのも人生損だぞ、菜月」
「本当にないんだよ…。今に満足しているし。
俺にとって利弥さんは大恩人だもの」

菜月が利弥のことをいかに頼りにしているか説明すれば、利弥は気まずげに目をそらす。

「私に恩義を感じる必要はない。
私も君を自分の為に“利用”しているのだから」
「利用？」
「いっただろ？
自分のために君を側におく…っと。
私が一人寂しいから君を側においているんだ。
だから、君はそんなに恩を感じなくてもいい。
君になにかしてあげたいってのは、私の欲求を満たすための自分勝手なものだから」
「うん。でも…」

元々無欲であるため、クリスマスだからといってなにかがほしいと思うこともない。
しいてあげるとするならば…

(俺が欲しいものって、この生活がずっと続くことくらいだしね…。)


「ね、俺のことはいいからさ。利弥さんはほしいものないの？」
「私の？」
「うん。聞いてみたいな。
だって利弥さん、仕事の話はしてくれてもなにかがほしいとかそういう話、したことなかったしさ…」

何気なく尋ねれば、利弥は顔を強張らせた。

「私が…ほしいものは…」

利弥はしばし、逡巡したあと、思い出かな…と零した。


「思い出？」
「そう。クリスマスの思い出。
昔から、クリスマスはろくな思い出がないんだよ。
笑顔で過ごしたことなんてないかもしれないな」
「そうなんだ」
「世間一般的な家族団欒もなかったしな。
」
「いい思い出…」

菜月はしばし考え込んで、少ししておずおずと口を開いた。

「じゃ、じゃあさ、クリスマス俺と過ごさない？
二人でクリスマスパーティしたいな！そうしたら、きっといい思い出に変わるかもしれないよ！俺もそうだったから…」
「俺も？」
「そう…！
俺ね、昔大好きなお兄さんと一回だけクリスマスパーティやったんだ。
その時、誰かと一緒にクリスマスを迎えて凄く楽しかったから！
あ、でも…利弥さん俺とじゃ楽しくないかもしれないし、予定もはいっているかもだけど…。
もし入ってなかったら…どうかな？」

尋ねる菜月に、利弥の表情は一瞬消えたように真顔になって。

「利弥さん？」
「ああ。楽しそうだな。だが、菜月はいいのか、私なんかと一緒のクリスマスで。
その大好きなお兄さんと一緒に過ごさなくても…」
「大好きなお兄さんは…」

もう、死んじゃったんです。
告げてしまう前に、小さく首を振る。
せっかく楽しい話をしていたのに、しんみりした空気にしたくない。
だから、菜月は利弥に「今年は利弥さんと過ごしたいから」と務めて明るく答えた。

「それに、言ったでしょ。
俺、利弥さんの犬になるって！そんなクリスマスにいい思い出がないなんて聞いたら、ほっておけないし。
一緒に今年は楽しいクリスマスにしようよ！」
「そうだな…二人で楽しむか…」
「うん。二人っきりのクリスマスパーティーだね！利弥さん忙しいだろうし、パーティの用意は俺がするね。御馳走とか飾りつけとか…！」
「飾りつけ…そういえば、ツリーがうちにあったな…」
「クリスマスツリー？この家にあるの？見たことないや。どこにあるのかな？」
「ああ、それなら…」

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