切なさよりも愛情を

槇村焔

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縛り付けるのは血縁の鎖

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 利弥のことが、好き。
自覚すれば、急降下するジェットコースターのように急速に思いは募っていく。

好き。
これからも、側にいたいと思うほど好きなのだ。
幼いころ自分を救ってくれたお兄さんと同じくらい、利弥のことを思い始めている。
彼に対して思うのは、‘ただ一緒にいたい’というシンプルな思いだった。



(気持ちを自覚しても、告白なんて出来ないよな。
だって、俺、犬みたいなもんで傍においてくれるのも同情しているからだし。

もし想いを告げていって嫌われたくない。
だったら、このままでいい。
嫌われて幻滅されるよりかは、ただ見つめているだけでいい。ただ、おかえりって、そう迎えるだけの犬でいい。好きな人にいらないって言われるのは辛いから)


「なになに~?中川さん、浮かない顔、してんじゃん?」
 沈みこんだ顔で珈琲を見つめていた菜月に、黒沢君がバンバンと背中を叩いた。
あれ以来菜月はお店の常連になっていて、昼間などは時間があれば黒沢君とマスターの顔を見にこの喫茶店兼BARに足を運んでいた。


「すみません。辛気臭い顔で」
「気にしないでくださいってば。
ここはBARで、そういう悩める人を癒すための場所でもあるんだから。
それに、今は閑古鳥もないちゃってるしね」

黒沢君の言う通り、店は菜月一人の貸し切り状態で、ガランとしていた。

「なんか、ふかーく悩んでいるようですね。
あ、わかった!もしかして、恋の悩みかな~。それも禁断の愛!ずばりそうでしょ?」

からかったつもりで黒沢君は言ったのかもしれないが、図星だった菜月は覇気なく口元をあげる。


「あ、ありゃ。マジですか?」
「そうなんだよね」
「それで、またどんな禁断な愛をしちゃったんです?」
「俺のこと、きっとペットくらいにしか見てない人を好きになっちゃったんだ。不毛な恋だよね」
「ぺ、ペット?」
「うん、そう」
「なにがどうしたら自分をペットにしか見てない相手に恋することになるの?
犬…もしかして中川さんヒモだったとか?」
「ヒモか…」

利弥に養われて、何もかも世話されている自分。
黒沢がいうようにそれはまさしく、利弥のヒモかもしれない。事実、与えられているだけで自分は何も利弥に返してあげていない。

「そうだね、俺ってヒモなのかも。
だって、俺、ダメ男だもん」

卑屈な自分に逃げている。
なにもできないと諦めてしまい、投げ出してしまっている。
うじうじして自分で自分が嫌になるのに、解決策が見つからず、同じような日々を同じような気持ちで過ごしている。


「俺はひもで、あの人は俺を養ってくれるひと。
こんな俺を傍に置いてくれるのは、あの人が優しいから。
それだけの理由なんだよね」

利弥が、自分の寂しさを埋めてくれる誰かを見つけてしまえば用済みになってしまう、一方通行な関係。
二十歳になれば、強制的に終わってしまうタイムリミットが見えた関係なのだ。


「怖いな。捨てられる日が」
「大丈夫だって!ヒモ、だったとしてもさ。じゃあ、自分が離れられないくらいメロメロにしたらいいじゃない」
「メロメロ?無理だよ。だって凄く素敵な人だもの。完璧超人なんだ」
「べたぼれだね。そんないい人なの?人間誰でも欠点はありそうなものだけど」
「俺の…今までの人生で、1番好きな人と同じくらい好きな人だよ」
「1番ねぇ…」
「あ、やっぱり2番かもしれない」
「って、急に降格したわね」
「うん。1番好きな人はもう死んじゃった人だから
きっと今後も変わらないと思う。1番好きな人は俺にとって、1番の支えだから」

菜月が思う一番は、かっちゃんのことである。
利弥とは違う種類の愛情ではあるが、やはり自分の一番は彼だと思うのだ。
どれだけ利弥に心揺らしても、過去にお兄さんに助けられ幸せを感じた日々は忘れることはない。


「ふぅん?じゃあさ、1番好きな人と2番目に好きな人、究極の選択で選ばなくちゃいけなくなるとしたら、中川さんはやっぱり1番好きな人を選ぶの?」

不意に、黒沢君が菜月に尋ねる。

「選ぶ?」
「そう。うーんと、例えばさ。死んだ人間のことなんて忘れて、俺とのことだけ思って過ごせって言われたらさ。中川さんなら、忘れられる?死んだ人のこと。
過去なんて忘れろ、俺の為にいきろって言われたらさ。それまでの過去、忘れられる?」

俺はね、無理だったよ。
黒沢君は、弱弱しく笑った。

「だって、過去の自分も、今の自分も自分だもの。どうあがいたって、もがいたって、人間過去は変えられない。ずっと、僕は…僕を変えられないんだもの…」
「黒沢君、ただいまです。
あ、中川さんもいらしていたんですね」
「あ、マスター!おかえり~!!」

沈んだ黒沢君の顔がマスターが現れた瞬間、パッと明るくなった。
抱き着かんばかりに走り寄る黒沢君に、マスターは苦笑し彼に持っていた荷物を渡した。
マスターは両手にいっぱい花を抱えていた。

「綺麗な花ですね」
「ですよね。
ちょっと知り合いのお花屋さんによってきましていただいたんです。お店にも飾ろうと思いまして」

 マスターの話によると、昔BARに通っていた客から貰ったらしい。
ニコニコと微笑むマスターに、「失恋喫茶を卒業したお客がまた一人か…」と嘆いた。


「お客様が幸せになるのはいいことですけどね!」
「失恋喫茶?」
「ここのお店の名前ですよ。ここ、店の名前、Brokenheartっていうの。
マスターがさ、話上手だから、ここで失恋話をすると次の恋が上手くいくって巷じゃ評判なんだよ!

主に男同士の恋限定、だけどさ。
花屋さんも、長年想っていた幼馴染に失恋しちゃって長い間、この常連だったんだよ!」
「ですが、もう彼はこのお店に来ないかもしれないですね。ラブラブなお相手ができたようですし」
「うう…。それは寂しいなぁ。店の金銭事情的にも」
「ふふ…」

マスターは店の奥へ引っ込み、しばらくして紫の花々がいけられた花瓶を抱え店内に現れた。

「あ…この花…」
見覚えのある紫の花々。
それは、利弥が初めて会った日、持っていた花束と同じ花であった。

「そうです。この間、中川さんが言っていた花です!
竜胆とホトトギスとクジャクソウと…あとこの3つにあいそうな花をミックスしてもらいました。
素敵な花々だったとおっしゃっていたので、話していたらもらえましてね。
花言葉もまた素敵なんです。色々と教えてもらえました」


お客様に雑学としてお伝えできる知識が増えました、マスター冥利につきますね、そういいながらマスターは、店の一番目につくカウンターに花瓶を置いた。


「あの、この花の花言葉ってなんですか…?」
「この花?この花瓶にある花、全部ですか?」
「竜胆とホトトギスとクジャクソウだけでいいんですけど…」
「その3つは…ええっと、確かクジャクソウの花言葉は飾り気のない人、それから竜胆の花言葉は、あなたの悲しみに寄りそう。
ホトトギスの花言葉は、私は永遠にあなたのものだったような?
ん~、他にも聞いたのですが忘れてしまいましたね」
「わたしは、えいえんに、あなたのもの…」

(利弥さんは、えいえんに、その花束をあげたい人のモノ?)

「中川さん?」
「あ、すいません。ボーとしてました」
「いえいえ。
今日はなんの話をしましょうか?」

マスターは、菜月の前にコトン、と淹れたての珈琲を差し出す。
菜月は珈琲の香りを楽しみつつ、マスターとのおしゃべりに花を咲かせた。
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