19 / 61
さむい、寂しい、会いたい。
□■□5■□■
しおりを挟む『なぁ、菜月。
お前は、俺の春だったんだぜ?
辛くて、苦しくて、自分のことが嫌になって…
もう死んでしまいたくなったとき、俺はお前にあったんだ
どうしようもなく、馬鹿で、愚かで、しょうもない俺に、感情を与えてくれたのはお前なんだぜ。
お前が、俺を救ってくれたんだ。お前が俺を、ただ一人の人間にしてくれたんだ
こんな俺にも春がくるって、教えてくれたんだ…。
いつか、必ず、春がくる。
季節は廻って春になるって…。
表情が氷のように固まった俺に教えてくれたのは、お前なんだ。
俺の存在を気づかせてくれたのは、お前だった』
『俺は、お前を愛してる。ちゃんと、愛せるんだ。こんな俺でも…』
『誰もいない…そんな自分が凄く寂しくて、心がさ、寒かったんだ。
誰のことも思えない、ただ辛い辛いと思えない、そんな弱い人間だった。
誰も愛せなくて、自分も愛せなくて。
それを誰にも知られないように、虚勢張って、自分をズタズタに傷つけていた。
苦しいのに苦しいといえなくて、寂しいのに寂しいといえなくて。
ただ、つまらないって。こんな日常つまらない、って言うだけだった』
『誰かを好きになると、好きになった分だけ馬鹿をみる。
ずっとそう思ってた。好きになっても、自分が辛い目に合うだけだって。
失うことを思って苦しむだけだって。そう思ってた。
だから、誰も好きにならないでいた。誰も愛しちゃいけない。誰も頼ってはいけないって…』
『なぁ、菜月。俺はお前を愛してるよ。
誰よりも、愛してる…。だから…----』
“○○○○○ーー”
優しく微笑んで、パクパクと、唇が動く。
“○○○○○ーー”
何か言葉を聞いたはずなのに、記憶でおぼろげで思い出せない。
背を向け、軽く手をふり消えていく影…-
その姿は、まるで空にとけてしまうかのようにすぅっと空気と同化していく。
「いやだ…かっちゃん…かっちゃん!いかないで…!いかないでいかないで…!いかないでよ!かっちゃんかっちゃんかっちゃ…あ…」
自分の声で跳ね起きた。
どうやら、利弥を待つ間にリビングで眠ってしまったらしい。
久しぶりに見たお兄さんの夢に、知らず知らずのうちに菜月は頬を濡らしていた。
「誰かを好きになるとすきになったぶん、ばかをみる…。
好きになっても自分が辛い目にあうだけ…
失うことを思ってくるしむ…。
そうだよ、そういってたじゃん。かっちゃん…。
かっちゃんがいってたんだよ…」
大好きだったお兄さんがいっていた言葉。
誰かを好きになると、好きになった分だけ馬鹿をみる。
失うことを思って苦しむだけだって。
だから、誰も愛しちゃいけない。
誰も頼ってはいけない。
そう己に言い聞かせていたはずなのに。
「誰かを好きになったらいつか別れが来る。
だから好きなんていらないって、そう思っていたのに」
誰も好きにならない。
そうすれば、失うこともない。
自分が傷つくこともない。
だから、他人と関わらない生活をしてきたのに。
「好きになんかなりたくない…。
好きなんかじゃない
絶対、好きなんかじゃないから…。
なんで好きかもなんて思っちゃったんだよ。馬鹿だよ…はは、ほんと、ばか…」
乾いた笑いを浮かべながら、自分に言い聞かせるように菜月は呟く。
「ばか…だよなぁ…」
好きになんかならない。
失った時の消失感を感じたくないから。
でも、もうとっくに好きになっているのではないか?
自分の思いを押さえつけても、もう既に心は彼に捕らわれているのではないか?
『ああ、やっぱり、一人暮らしは寂しくてな。
大切な人もいなくなって、生活が寒々しくて。
戯れのように毎晩つきあう友人はいるものの、家に帰ると凄く空しくなって。
だから、なにか支えに…癒しになるものを、と思ったんだ』
あの寂し気に笑う男に。
自分にはなにもないと、悲し気に笑う男のことがどうしようもなく、好きになっているのではないか。
『利弥さん、犬飼いたいな…って言ってたじゃん。
だからさ、グチでもあったら話してほしいんだ。
誰かにいったら、重い気持ちもすっきりするだろうし。
俺、犬だから誰にも何も言わないし、ちゃんと最後まで飼い主の話聞くから…』
『だから、もっと利弥さんのこと、知りたい。
利弥さんが寂しいときは一緒にいたい、って思うんだ…。一人にしたくないって思う。
傍にいさせてほしいって…思うんだ』
これは、 愛じゃない、そう、これは、恩だから。
拾ってもらった、恩だから。
そう言い聞かせていたけれど。
その恩はいつしか、愛に変わっていたんではないだろうか。
あのお兄さん同様に、菜月の中では、いつの間にか利弥は唯一無二の存在になっていたのではないか。
『俺、利弥さんの犬になる。
なんでも言うこときく、忠実な犬になる。
だから、俺がいる間は、そんな風に一人で悩まなくていいから…。
悲しかったら悲しいって言っていいから。』
彼を癒す犬になりたいと思ったのも、小牧という人物に嫉妬に似た思いを覚えたのも理性が働かず彼に恋をしてしまったから。
(好き…なのか…。俺は。利弥さんを…。
犬の分際で、好きになっちゃったのか…)
「かっちゃん、俺、好きになりたくないよ…。
もう“大切なものをなくす”切ない気持ちを味わいたくない。
好きになんかなりたくない…なりたくないけど…」
好きになりたくない。
けれど、もうきっと、好きになっている。
利弥のことばかり考え、利弥がいなければ寂しくて、利弥が悲しそうにしていると悲しくて。
利弥を想えば想うほど、彼の役に立ちたいと思う。
哀し気な顔で微笑む彼ではなくて、幸せそうに微笑む彼がみたいと願ってしまう。
自分の幸せではなく他人の幸せを願う…
それこそ、愛なのはないだろうか。
『男同士の…障害があっても好きだと思う感情はね…、私は冷静な頭で考えることのできないくらい、激しい感情だと思っています。
そうですね、相手の顔をみるだけで、思考が吹き飛び、ただ無性にキスしたいとだけ思ってしまう…そんな感情ですよ、きっと。
きっと、そんな単純な感情が、好きって感情なのです』
蘇る、昼間であったマスターの言葉。
『深く考える必要はありません。
考えても答えのでないことは、あえて考えないほうがいいのです。
なにもかも細かいことを考えないで。
ぱっと頭の中で意中の人を思った瞬間に、出てくる言葉。
それこそが、偽りのない、自分の本心だと思いますよ。
目を瞑って相手を思ってください。
ただ純粋に、自分の思い人を。
一番最初にその人を思い浮かべて、なんて思いましたか?どんな言葉が出てきましたか?
きっと、一番最初に浮かべた言葉や感情が、貴方の思い人に対する、本当の思いだと思いますよ』
(俺が、利弥さんに一番に思うことは…)
「かなしい顔をさせたくない…
幸せにわらってほしい。
それで、ずっと俺の隣にいてほしい。俺がどんなに駄目な犬でも。笑って許して、傍にいて。
それから…抱きしめてほしい…。
ああ、なんだ。俺、好きなんじゃん。
こんなに、すらすらいえるくらい、どうしようもないくらい…」
一番最初にその人を思い浮かべて、なんて思いましたか?
どんな言葉が出てきましたか?
「好きなんだよ…、俺…」
きっと、一番最初に浮かべた言葉や感情が、貴方の思い人に対する、本当の思いだと思いますよ
「好きなんだ。
俺は、どうしようもないくらい、もう利弥さんが好きになっちゃったんだ。一緒にいて。
優しくされて、心配されて。またかっちゃんのときと同じように、利弥さんのことを…」
一呼吸おいて、瞳を閉じる。
「俺は、愛してるんだ」
言葉はすんなりと、口から洩れた。
目を開けて、室内を見やる。
利弥がいないと、部屋は寒々しい。
他人行儀で、静かで、物悲しい。
利弥と一緒にいればそんな気持ちにはならないのに。
「寒い、寂しい、会いたい。
利弥さんがいれば、寂しくもないし、寒さも感じない。
二人なら、寂しくない。もう、俺、どうしようもないくらい、好きになってたんだ…利弥さんのこと」
ガチャ、とドアが開く音が聞こえる。
菜月は、主人を出迎える犬のように玄関に走り、衝動的に帰ってきた利弥に抱き着いた。
「菜月…?」
突然抱き着かれた利弥は、驚きに目を丸くする。
菜月がこんな風に抱き着いて出迎えることなど、初めてだった。
「おかえりなさい、利弥さん」
「ああ、ただいま。ずいぶんと熱烈な歓迎だな」
「うん。俺、利弥さんのこと、大好きだから。
一人でいると寂しいって感じちゃうくらい。大好きなんだ」
利弥の胸板から顔をあげて、どこかふっきれたような顔で菜月は微笑んだ。
「随分、素直じゃないか…」
「…なんかさ、無性に抱き着きたくなったんだよ…」
(喪失感を感じたくない…、そう思うよりも、今身近にある温もりを感じたいって思ったんだ。
マスターの言葉に、いつかくる別れよりも今ある幸せを感じたいって、そう、漠然と思ったんだ)
「利弥さん」
菜月の微笑みに、利弥の瞳が揺らぐ。
「おかえりなさい」
ひだまりのような微笑みを浮かべる菜月に、一瞬言葉をつまらせた後
「ああ…ただいま」
利弥はちいさく、言葉を返した。
0
お気に入りに追加
72
あなたにおすすめの小説

【完結】神様はそれを無視できない
遊佐ミチル
BL
痩せぎすで片目眼帯。週三程度で働くのがせいっぱいの佐伯尚(29)は、誰が見ても人生詰んでいる青年だ。当然、恋人がいたことは無く、その手の経験も無い。
長年恨んできた相手に復讐することが唯一の生きがいだった。
住んでいたアパートの退去期限となる日を復讐決行日と決め、あと十日に迫ったある日、昨夜の記憶が無い状態で目覚める。
足は血だらけ。喉はカラカラ。コンビニのATMに出向くと爪に火を灯すように溜めてきた貯金はなぜか三桁。これでは復讐の武器購入や交通費だってままならない。
途方に暮れていると、昨夜尚を介抱したという浴衣姿の男が現れて、尚はこの男に江東区の月島にある橋の付近っで酔い潰れていて男に自宅に連れ帰ってもらい、キスまでねだったらしい。嘘だと言い張ると、男はその証拠をバッチリ録音していて、消して欲しいなら、尚の不幸を買い取らせろと言い始める。
男の名は時雨。
職業:不幸買い取りセンターという質屋の店主。
見た目:頭のおかしいイケメン。
彼曰く本物の神様らしい……。

記憶の代償
槇村焔
BL
「あんたの乱れた姿がみたい」
ーダウト。
彼はとても、俺に似ている。だから、真実の言葉なんて口にできない。
そうわかっていたのに、俺は彼に抱かれてしまった。
だから、記憶がなくなったのは、その代償かもしれない。
昔書いていた記憶の代償の完結・リメイクバージョンです。
いつか完結させねばと思い、今回執筆しました。
こちらの作品は2020年BLOVEコンテストに応募した作品です
幸せの温度
本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。
まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。
俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。
陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。
俺にあんまり触らないで。
俺の気持ちに気付かないで。
……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。
俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。
家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。
そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?
幸せな復讐
志生帆 海
BL
お前の結婚式前夜……僕たちは最後の儀式のように身体を重ねた。
明日から別々の人生を歩むことを受け入れたのは、僕の方だった。
だから最後に一生忘れない程、激しく深く抱き合ったことを後悔していない。
でも僕はこれからどうやって生きて行けばいい。
君に捨てられた僕の恋の行方は……
それぞれの新生活を意識して書きました。
よろしくお願いします。
fujossyさんの新生活コンテスト応募作品の転載です。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる