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さむい、寂しい、会いたい。
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「…ふぅ…っ」
緊張の糸がきれてしまったように、ぼろぼろと涙が溢れていく。
涙を拭おうにも、両手を覆ったギブスで拭うこともできず、涙の滴が頬を滑っていく。
泣いている姿なんて見られたくないのに、まともに動くこともできない菜月は、小さくふるえることしかできない。
「大丈夫か…?その…つらいと思うが、また…」
俯き小刻みに震える菜月に、男は言葉を探しながら、声をかける。
「なんで…」
菜月の声が、みっともなくふるえた。
「なんで、生きちゃったんだよ…」
自分自身に問いかけるような言葉で、菜月の瞳は悲しげに揺れる。
「おれなんて、死ねば良かったのに…」
ぽつり、と弱音を呟く菜月。
「俺が、死ねば良かったのに…」
それは、菜月が思うよりも、大きく室内に落ちて。
菜月の言葉に、男は息をのんで、口を真一文字に結んだ「死んじゃえば、良かったのに…俺なんて…」
生きていて良かった。
そう思うより、あのままお兄さんのもとへいきたかった…と思う気持ちが大きい。
一度口に出してしまえば、もう、己の溢れ出る感情が止まらなかった。
あのまま、かっちゃんを探せたら。
かっちゃんを見つけて、あの大好きな腕の中に飛び込めたなら。
あの声を必死に探していたら、今頃、かっちゃんのもとへ、いけたんじゃないだろうか…。
またやさしさに甘え、大好きな腕の中で眠ることができたんじゃないか…と。
今を生きるよりも、おにいさんを追うことばかり考えてしまう。
一度口に出した言葉は止まらなくて。
「なんでかっちゃんは死んだのに、俺は生きているんだよ。
俺なんて…あのまま死ねばよかった…。
そしたら、楽になれたのに…
そしたら、なにもかも、らくになれるのに。こんな気持ちにも。こんな俺にも…!
なんで…なんで…!」
「君…、大丈夫だ。落ち着きなさい。
そんなこと、物騒なこというもんじゃない。
今は事故で混乱しているだけで…、ちゃんと大丈夫だから…」
「うるさい…!
うるさいよ…!
なんだよ…なんだよ…!なんなんだよ!
うるさいんだよ!大丈夫なんかじゃない…!
ぜんぜんおれは、大丈夫じゃない!大丈夫なんかじゃ、ないんだよっ」
全然、大丈夫じゃない。
将来も不安で、これからどうなるかもわからない。
不安で不安で仕方ないのに、簡単に大丈夫なんて言葉に、安堵なんてできない。
これから…、明日でさえ、どうやって生きていけば不安だというのに、大丈夫なんて言葉で安心することができようか。
「俺は、全然、大丈夫なんじゃないんだよ!駄目なんだよ。なんにも誇るところなんてない、ダメ人間なんだ!」
男に怒鳴ったって、何も変わらないし、ただの八つ当たりであり、いい迷惑である。
けれど、一度口から出てしまった言葉は止まらなかった。
「もう嫌なんだよ。
全部全部、嫌だ!もう、もう…嫌だ。嫌なんだよ。
俺がどうなったって、誰も悲しむ人なんていない。
あんたみたいに花束をあげる人もいない!
俺のほうが欠陥人間なんだよ…!
俺の方が価値のない人間なんだよ!
あんたよりも。
俺の方がずっと価値もないし、駄目だし、どうしようもない人間なんだ。
あんたよりも、俺の方が、俺の方が…なんにもないんだよ!」
こんなグダグダと悩む姿、菜月が慕っていたお兄さんがみたら、きっと怒り狂うだろう。
バカいってんじゃねぇ、んなアホなこというんじゃねぇ。
そうやって叱っただろう。
誰より自分が価値があるとか、ないとか。
そんなばからしいこと、考えるだけ無駄だ、と。
だけど、今、この場にあのお兄さんはいない。
菜月が唯一慕っていた人間はいない。
叱ってくれる言葉も、涙をとめてくれる優しい腕もない。
もう、どこにも、あの優しい人はいないのだ。
癇癪をおこしても、止めてくれるあの人はもういない。
やっと近づけたと思ったのに。
やっとあえると思ったのに
やっと、寂しさから解放されると思ったのに。
自分の駄目さを許してくれる人の元へいけると思ったのに。
「俺なんて…」
悲痛の言葉が、止めようにも止められなかった。
どうして、どうしてお兄さんのもとへいけなかったのだろう…と、死を望む言葉ばかりが浮かんできてしまう。
どうして、いかせてくれなかったんだろう…。
どうして、お兄さんはあんなに簡単に死んでしまったのに、己は生きてしまったんだろう。
そんな死を望む言葉ばかり出てきてしまう。
「こんなふうに生きたくなかった!俺は…あのまま…」
「馬鹿をいうな!」
泣きじゃくる菜月の言葉をかき消すように、怒りがこもった低い声音が重なった。
刹那、パン、と頬に衝撃が走り、菜月の身体が揺らぐ。
突然の衝撃に、一瞬、涙も引っ込んだ。
「な…」
それまで悲しげに泣いていた菜月だったが、叩かれた衝動でかっとなって、叩いた張本人である男をにらみつける。
客は今までの涼しげな表情から一転、ギラギラと瞳を血走らせ、その顔に怒りに染めていた。
「なにすんだよ!」
「助かったのに死にたいなど、甘えた言葉を言うな…」
男は、眉をつり上げて怒りを隠さぬ口調で怒鳴る。
怒鳴られれば、それまでぐずぐずと泣いていた菜月であったけれど、頭にきてしまって。
「なんで…、あなたなんかにっ言われなくちゃいけない…!」
菜月も普段の彼らしくなく、声をあらげて男に対し、キッと睨んだ。
「あんたに言われる筋合いなんかない…!
あんたに俺のなにがわかるんだよ!
あんたなんかに…!
完ぺきなあんたにはダメ人間な俺の気持なんてわかんないのに。
俺がどう思うと、あんたにはかんけいないし、見知らぬあんたに、たたかれる筋合いもない!」
「どうせ、グダグダ泣き言を言うだけだっただろう?
だったら、今ので吹っ切れたんじゃないか。」
「な…っ」
売り言葉に買い言葉。
メソメソ泣いていた菜月が吼えれば男も、同じような口調で噛みつき返した。
「それに、あれ以上、不快な言葉を聞いていたくはなかった」
「不快って…あんたに聞いてほしいだなんて言ってない…!」
「じゃあ、なにか?同情してほしいと?
可愛そうだね。つらかったね、そんな言葉が欲しいのか?
なにも知らない私に、かりそめの、中身のない言葉をもらって君は嬉しいのか…?同情の言葉で君の心は浮上するほど、やすいのか?だったら言ってやろうか?可哀想だね、と」
「……」
同情されれば、よけい惨めになる。
けれど、なにも叩く必要はない。
こんなに咎められる理由にもならない。
「俺は!」
「私の大切な人も、車の事故で死んでしまったんだ。
同じように、車にひかれ…」
「…え…」
「だから、君がそういう気持ちであれ、かっとしてしまった。死にたいなんて、そんな言葉、聞きたくなかった。死ぬのは、永遠の別れなんだからな…」
男は、少しトーンダウンし、ぎらついていた視線を少し和らげて、菜月を見据えた。
「あっけないもんだった。
元気だけが取柄だといっていたのに。
ずっと、俺を支えてくれたのに。
あの事故のせいで、あいつは死んでしまった。
志半ばで…死んでしまったんだ…」
男の目が、揺らぐ。
「“俺”にはあいつだけだったのに…
あいつだけしか、いなかったのに…。
あいつは、“俺”をおいて死んでしまった。
“俺”をおいてあいつは…」
男は、なにかを耐えるようにぎゅっと拳を握りしめた。
指先が白くなるくらい、きつく握りしめられた拳に、菜月はだだをこねた自分への罪悪感に苛まれた。
「君が死んで悲しむ人なんていないのか?
君がここまで育ててくれた、君を愛してくれた人に、死にたいなんて顔向けできるのか…
死んで…残された人のことを考えられないのか!」
怒気をはらんだまなざし。
その鋭い視線に、言葉が奪われる。
死んで…残された人のこと。
そんな人いるだろうか…と考えて、目を瞑る。
「俺が死んで、かなしむひと…?」
「そうだ、いるだろう…」
男が、菜月の顔をのぞき込みながら、問う。
刹那、ふわり…と柑橘系の花の匂いがした。
緊張の糸がきれてしまったように、ぼろぼろと涙が溢れていく。
涙を拭おうにも、両手を覆ったギブスで拭うこともできず、涙の滴が頬を滑っていく。
泣いている姿なんて見られたくないのに、まともに動くこともできない菜月は、小さくふるえることしかできない。
「大丈夫か…?その…つらいと思うが、また…」
俯き小刻みに震える菜月に、男は言葉を探しながら、声をかける。
「なんで…」
菜月の声が、みっともなくふるえた。
「なんで、生きちゃったんだよ…」
自分自身に問いかけるような言葉で、菜月の瞳は悲しげに揺れる。
「おれなんて、死ねば良かったのに…」
ぽつり、と弱音を呟く菜月。
「俺が、死ねば良かったのに…」
それは、菜月が思うよりも、大きく室内に落ちて。
菜月の言葉に、男は息をのんで、口を真一文字に結んだ「死んじゃえば、良かったのに…俺なんて…」
生きていて良かった。
そう思うより、あのままお兄さんのもとへいきたかった…と思う気持ちが大きい。
一度口に出してしまえば、もう、己の溢れ出る感情が止まらなかった。
あのまま、かっちゃんを探せたら。
かっちゃんを見つけて、あの大好きな腕の中に飛び込めたなら。
あの声を必死に探していたら、今頃、かっちゃんのもとへ、いけたんじゃないだろうか…。
またやさしさに甘え、大好きな腕の中で眠ることができたんじゃないか…と。
今を生きるよりも、おにいさんを追うことばかり考えてしまう。
一度口に出した言葉は止まらなくて。
「なんでかっちゃんは死んだのに、俺は生きているんだよ。
俺なんて…あのまま死ねばよかった…。
そしたら、楽になれたのに…
そしたら、なにもかも、らくになれるのに。こんな気持ちにも。こんな俺にも…!
なんで…なんで…!」
「君…、大丈夫だ。落ち着きなさい。
そんなこと、物騒なこというもんじゃない。
今は事故で混乱しているだけで…、ちゃんと大丈夫だから…」
「うるさい…!
うるさいよ…!
なんだよ…なんだよ…!なんなんだよ!
うるさいんだよ!大丈夫なんかじゃない…!
ぜんぜんおれは、大丈夫じゃない!大丈夫なんかじゃ、ないんだよっ」
全然、大丈夫じゃない。
将来も不安で、これからどうなるかもわからない。
不安で不安で仕方ないのに、簡単に大丈夫なんて言葉に、安堵なんてできない。
これから…、明日でさえ、どうやって生きていけば不安だというのに、大丈夫なんて言葉で安心することができようか。
「俺は、全然、大丈夫なんじゃないんだよ!駄目なんだよ。なんにも誇るところなんてない、ダメ人間なんだ!」
男に怒鳴ったって、何も変わらないし、ただの八つ当たりであり、いい迷惑である。
けれど、一度口から出てしまった言葉は止まらなかった。
「もう嫌なんだよ。
全部全部、嫌だ!もう、もう…嫌だ。嫌なんだよ。
俺がどうなったって、誰も悲しむ人なんていない。
あんたみたいに花束をあげる人もいない!
俺のほうが欠陥人間なんだよ…!
俺の方が価値のない人間なんだよ!
あんたよりも。
俺の方がずっと価値もないし、駄目だし、どうしようもない人間なんだ。
あんたよりも、俺の方が、俺の方が…なんにもないんだよ!」
こんなグダグダと悩む姿、菜月が慕っていたお兄さんがみたら、きっと怒り狂うだろう。
バカいってんじゃねぇ、んなアホなこというんじゃねぇ。
そうやって叱っただろう。
誰より自分が価値があるとか、ないとか。
そんなばからしいこと、考えるだけ無駄だ、と。
だけど、今、この場にあのお兄さんはいない。
菜月が唯一慕っていた人間はいない。
叱ってくれる言葉も、涙をとめてくれる優しい腕もない。
もう、どこにも、あの優しい人はいないのだ。
癇癪をおこしても、止めてくれるあの人はもういない。
やっと近づけたと思ったのに。
やっとあえると思ったのに
やっと、寂しさから解放されると思ったのに。
自分の駄目さを許してくれる人の元へいけると思ったのに。
「俺なんて…」
悲痛の言葉が、止めようにも止められなかった。
どうして、どうしてお兄さんのもとへいけなかったのだろう…と、死を望む言葉ばかりが浮かんできてしまう。
どうして、いかせてくれなかったんだろう…。
どうして、お兄さんはあんなに簡単に死んでしまったのに、己は生きてしまったんだろう。
そんな死を望む言葉ばかり出てきてしまう。
「こんなふうに生きたくなかった!俺は…あのまま…」
「馬鹿をいうな!」
泣きじゃくる菜月の言葉をかき消すように、怒りがこもった低い声音が重なった。
刹那、パン、と頬に衝撃が走り、菜月の身体が揺らぐ。
突然の衝撃に、一瞬、涙も引っ込んだ。
「な…」
それまで悲しげに泣いていた菜月だったが、叩かれた衝動でかっとなって、叩いた張本人である男をにらみつける。
客は今までの涼しげな表情から一転、ギラギラと瞳を血走らせ、その顔に怒りに染めていた。
「なにすんだよ!」
「助かったのに死にたいなど、甘えた言葉を言うな…」
男は、眉をつり上げて怒りを隠さぬ口調で怒鳴る。
怒鳴られれば、それまでぐずぐずと泣いていた菜月であったけれど、頭にきてしまって。
「なんで…、あなたなんかにっ言われなくちゃいけない…!」
菜月も普段の彼らしくなく、声をあらげて男に対し、キッと睨んだ。
「あんたに言われる筋合いなんかない…!
あんたに俺のなにがわかるんだよ!
あんたなんかに…!
完ぺきなあんたにはダメ人間な俺の気持なんてわかんないのに。
俺がどう思うと、あんたにはかんけいないし、見知らぬあんたに、たたかれる筋合いもない!」
「どうせ、グダグダ泣き言を言うだけだっただろう?
だったら、今ので吹っ切れたんじゃないか。」
「な…っ」
売り言葉に買い言葉。
メソメソ泣いていた菜月が吼えれば男も、同じような口調で噛みつき返した。
「それに、あれ以上、不快な言葉を聞いていたくはなかった」
「不快って…あんたに聞いてほしいだなんて言ってない…!」
「じゃあ、なにか?同情してほしいと?
可愛そうだね。つらかったね、そんな言葉が欲しいのか?
なにも知らない私に、かりそめの、中身のない言葉をもらって君は嬉しいのか…?同情の言葉で君の心は浮上するほど、やすいのか?だったら言ってやろうか?可哀想だね、と」
「……」
同情されれば、よけい惨めになる。
けれど、なにも叩く必要はない。
こんなに咎められる理由にもならない。
「俺は!」
「私の大切な人も、車の事故で死んでしまったんだ。
同じように、車にひかれ…」
「…え…」
「だから、君がそういう気持ちであれ、かっとしてしまった。死にたいなんて、そんな言葉、聞きたくなかった。死ぬのは、永遠の別れなんだからな…」
男は、少しトーンダウンし、ぎらついていた視線を少し和らげて、菜月を見据えた。
「あっけないもんだった。
元気だけが取柄だといっていたのに。
ずっと、俺を支えてくれたのに。
あの事故のせいで、あいつは死んでしまった。
志半ばで…死んでしまったんだ…」
男の目が、揺らぐ。
「“俺”にはあいつだけだったのに…
あいつだけしか、いなかったのに…。
あいつは、“俺”をおいて死んでしまった。
“俺”をおいてあいつは…」
男は、なにかを耐えるようにぎゅっと拳を握りしめた。
指先が白くなるくらい、きつく握りしめられた拳に、菜月はだだをこねた自分への罪悪感に苛まれた。
「君が死んで悲しむ人なんていないのか?
君がここまで育ててくれた、君を愛してくれた人に、死にたいなんて顔向けできるのか…
死んで…残された人のことを考えられないのか!」
怒気をはらんだまなざし。
その鋭い視線に、言葉が奪われる。
死んで…残された人のこと。
そんな人いるだろうか…と考えて、目を瞑る。
「俺が死んで、かなしむひと…?」
「そうだ、いるだろう…」
男が、菜月の顔をのぞき込みながら、問う。
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