切なさよりも愛情を

槇村焔

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さむい、寂しい、会いたい。

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「…なんて、たいそうなこといっても、俺自身は全然ダメダメで。
いつも、へましてばかりで、へこたれているんですけどね…。
ほんと、俺ダメ人間で…。こんな俺なんて、そこらへんに咲いている花にも負けてしまいそうです」

はは…と菜月は、乾いた笑いをした後、
「あの、この花ってなんの花ですか?」と男に花の名を尋ねた。


「竜胆とホトトギスとクジャクソウですよ…」
「へぇ…」

花の名前を言われても、菜月竜胆リンドウくらいしか、ぴんとこなかった。


「あいつが…好きな華なんです。紫の花々は。
落ち着くそうですよ…。
派手なあいつのイメージじゃないですけどね。
見た目に反して、結構ナイーブだから


今日は、これからこの花束を渡すやつに会うので…」

男はそういって、サングラスを外し、花をみつめる。



サングラスの下にあったのは、鋭利な瞳だった。
冷淡にもみえるほどの、鋭い瞳。
けれど、一瞬、花に視線を向けたときだけ、その瞳は慈愛めいた優しい瞳になった。


(…すっごい…優しそうな目…)
花をみる愛おしげな視線に、男は花を渡す相手のことを凄く想っているんだろうな…と推測する。


(そんな人がいて…羨ましいな…。
きっと、この人に似合いの綺麗な人なんだろうな…。
この花束が似合う、控えめな、綺麗な人…)

羨ましいな…と思うと同時に、菜月は少し悲しくなった。

自分はこんな花束、もらえることなど一生ありそうになかったから。
欠陥人間、といっても、男には花束をあげる相手がいる。
その分、幸せなんじゃないかと思うのだ。
誰かを愛せる分、たった一人の自分よりも。
こんな欠落したなにももたない自分なんかよりも。


(欠陥なんかじゃない。
俺なんかより、全然…。俺は…、こんな花のように誇った生き方もできない、駄目人間だから…)



「おかしな話をしてしまったな…。
すまない。
君が給油する間、タバコを吸いたいんだが…」
「あ、はい…どうぞ…」


菜月の返事をきき、男が車から降りた。
車から降りると、長い足が露わになった。

小柄な菜月に比べ、男はゆうに10センチ以上高いだろう。


日本人離れした、無駄な肉のない八頭身。
スマートで落ち着きのある男。


(どこをどうとっても完璧に見える人っているんだ…。
俺となんて比べ物にならないくらい、かっこいいな…)

菜月は、男と自分の違いに、急に恥ずかしさと劣等感を感じ俯いた。


花の匂いがする男。
かたや、ガソリンの匂いがする自分。
長身でモデルのような体躯の、スーツの似合う男。
かたや、ガソリンスタンドで働く汚れがしみついた自分。

女性を前にしても、恥ずかしさなんて感じたことはない。
しかし、極上といっていい男を前にして、菜月はどうしようもない気恥ずかしさを覚えた。



「あの…終わったら、声、かけますので…!
あちらのスペースでおまちください」
「ああ…」

菜月の言葉を受けて、男は案内されたスペースへ歩いていく。
男が煙草をふかしながら一服している間、菜月はガソリンを入れ、満タンになったのを確認すると車を布で丁寧にふいた。

数分かけて車を清掃しおえると、休憩所で煙草をふかしている男に、洗車が終わったことを告げに走る。


(これを返せばもうおわり…か…)

男と離れがたい気持ちになり、別れる事を残念に思う自分がいた。

綺麗な花束を見せてくれたからだろうか。
それとも、欠陥人形、といった男の言葉が気になるからか…。


引きずられる思いのまま、男のもとへ駆け出したとき、
一台のトラックが、猛スピードで、ガソリンスタンドに…菜月がたっているほうへ突っ込んできた。
急スピードで走ってきたため、菜月は動くことができず、訪れるだろう衝撃に、ぎゅっと目をつむる。

(かっちゃん…)

ああ、俺、ひかれちゃうんだ。
かっちゃんと、同じように。
…かっちゃん。
死んだら…かっちゃんにあえるかな?
ダメ人間な俺を、また叱ってくれるかな?


どん、と凄い衝撃と痛みがして、身体が宙に投げ出される。
次の瞬間、菜月の意識は途絶えた。
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