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さむい、寂しい、会いたい。
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嫌いなのに、何故傍にいるんだろう。
幼い頃、それが不思議でたまらなかった。
お前の父親を恨む人間は、沢山いるよ。
その言葉を菜月が正しく理解したのは、大好きなお兄さんが菜月を庇って車にひかれて死んでしまった時だった。
お兄さんは猛スピードで突っ込んでくる車に対し、菜月を庇うように身をていし、自身は犠牲になって死んでしまった。
捕まったのは、父親に恨みを持つ人間であった。
父親は大層なボディガードが張り付いていたから、子供に…と、勝手な恨みを抱いたのだろう。
菜月の目の前で、お兄さんは車に跳ね飛ばされて、血まみれで道路に倒れ…そしてそのまま、帰らぬ人となった。
普段あまりなかない菜月が、その時は涙腺が壊れたように泣いた。
しかしどれだけ泣いても、おにいさんが菜月のもとに戻ってくることはなかった。
泣く菜月を慰めてくれる者は誰もいなかった。
それどころか、泣く菜月に対し父親は、
「お前を守って死んだんだ。お前がいなければ、あいつは今頃生きていたのにな…。お前があいつに甘えたりなんかするから。
お前がすがったからあいつはおまえを切り捨てることができなかったんだよ。おまえが殺したんだ。あいつを…」
そういって、子供の菜月に対し残酷な言葉を吐いた。
『僕を庇いさえしなければ、かっちゃんは生きていた…。僕が』
以来、菜月はすべてを諦めるようになったのかもしれない。
欲しがることも、甘えることも、すべて。
最愛の人を亡くしたことにより、より臆病になり、甘えることに罪悪感を持つようになってしまった。
一緒にいたいと願ったから。
ずっと、甘えていたいと思ってしまったから。
自分が、欲しがったから、彼は死んでしまった。
自分さえ、甘えなければ今頃、死んだのは自分で彼は生きていた。
自分さえ、甘えて頼ったりしなければ、今頃おにいさんは、生きていたかもしれない。
唯一の大事な存在を子供の頃になくした菜月は、なにもほしがらない子供になっていた。
こんな無気力な性格でいるのも、もしかしたら子供の頃の事故が原因なのかもしれなかった。
お兄さんが死んで数年後。
父親が牢屋でクビを吊って死んだ。
父親がなぜ牢屋でクビをつった理由までは、幼かった菜月は知らない。
畏怖の対象であった父親であったから、少し大人になっても、調べようとも思わなかった。
唯一、血が繋がった父親が死んでも、菜月は泣くこともなかった。
『実の子供なのに泣かないなんて、ひどいこね』
父の葬式にきた親族には、そんな言葉を言われたが、涙は出そうになかった。
自分の肉親はいなくなってしまったんだ…と悲しくなったものの、泣くほどまでじゃなかった。
あのお兄さんが死んで、自身の涙は枯れ果ててしまったんじゃないかと思う。
周りが思う以上に菜月は父親のことを知らない。
だが、菜月は知らなくても、周りは菜月があの父親の息子だと知っている。
どこにいたって、誰もが自分に後ろ指をさしているような、そんな感覚に陥った。
父親が死んで、家が競売にかけられたため、菜月はそれまで過ごしていた家を出た。
父親の遺産目当てで、叔父と叔母が菜月を引き取ったのだが、やはり疎まれていたのだろう。
あまり言葉はかけられず、たまに言葉をかけられたと思ったら、咎める言葉だった。
息苦しいな。
ひどく、苦しい。
15歳の中学卒業とともに、家を出る事を余儀なくされた。
厄介者の父の子である菜月を、嫌々ながらも中学まで育ててくれた叔母達。
突然出て行けと叔母達を非難することもなく、菜月は黙って居候をしていた家を出た。
数年お世話になった人や家であるが、家をでても寂しいとは思わなかった。
悲しいとも、思わなかった。
そのころになると、菜月の感情の大部分は死んでしまったかのように、感じなくなっていた。
笑い方も忘れ、泣き方も忘れていてしまったようだった。
まるで、感情が欠如した欠陥人形である。
こんな感情がなくなった人の形をした塊はただの欠陥人形なんじゃないか。
そう、のうのうと生きて、絶望も幸せも感じず、死んだように生きる己は。
このまま、欠陥のままずっと生きていくのだろうか。
誰ともかかわることなく。
一生、誰とも心を通わせずに、生きていく。
血の通った人間に憧れる、不格好な欠陥人形。
中学をでて、一人暮らしをする事になった菜月は、バイト先の店長に保証人にはなってもらい、ボロアパートを借りた。
一人暮らしをしてからは、余計に感情をどこかにおいてしまったように、いつも無気力で、自主性もなかった。
どうせ、叶いっこない。
望んだって、そんな望みはいつか潰えてしまう。
望んだだけ、壊れた時に悲しみに苦しめられる。
だから、望まないほうがいい。
なにも望まず、なにも、感じず。
ただ毎日時が過ぎるままに生きるだけ。
毎日バイトにいって、帰る。
嬉しいと思う事も、楽しいと思う事もない。
何かしたいと思うことすらない。
(俺は、このまま…ダラダラと過ごしていくのかな。
中身のない人形のように。
人間失格って言われる大人になっていくのかな)
目の前に、人の形をした砂の塊が、ザラザラと零れ落ちていくのがみえた。
ザラザラと崩れ去っていく。
やがてそれは風に吹かれ、消えていくと、あたりはどろりとした赤の海が広がっていた。
赤い海は、菜月を飲み込むように、急速なスピードで差し迫ってくる。
ああ、これはいつもの悪夢かな?
それとも現実なのか…?
菜月は、赤い海に飲み込まれぬよう、必死に走り続けた。
夜が、開けるまで。 ひたすら。
幼い頃、それが不思議でたまらなかった。
お前の父親を恨む人間は、沢山いるよ。
その言葉を菜月が正しく理解したのは、大好きなお兄さんが菜月を庇って車にひかれて死んでしまった時だった。
お兄さんは猛スピードで突っ込んでくる車に対し、菜月を庇うように身をていし、自身は犠牲になって死んでしまった。
捕まったのは、父親に恨みを持つ人間であった。
父親は大層なボディガードが張り付いていたから、子供に…と、勝手な恨みを抱いたのだろう。
菜月の目の前で、お兄さんは車に跳ね飛ばされて、血まみれで道路に倒れ…そしてそのまま、帰らぬ人となった。
普段あまりなかない菜月が、その時は涙腺が壊れたように泣いた。
しかしどれだけ泣いても、おにいさんが菜月のもとに戻ってくることはなかった。
泣く菜月を慰めてくれる者は誰もいなかった。
それどころか、泣く菜月に対し父親は、
「お前を守って死んだんだ。お前がいなければ、あいつは今頃生きていたのにな…。お前があいつに甘えたりなんかするから。
お前がすがったからあいつはおまえを切り捨てることができなかったんだよ。おまえが殺したんだ。あいつを…」
そういって、子供の菜月に対し残酷な言葉を吐いた。
『僕を庇いさえしなければ、かっちゃんは生きていた…。僕が』
以来、菜月はすべてを諦めるようになったのかもしれない。
欲しがることも、甘えることも、すべて。
最愛の人を亡くしたことにより、より臆病になり、甘えることに罪悪感を持つようになってしまった。
一緒にいたいと願ったから。
ずっと、甘えていたいと思ってしまったから。
自分が、欲しがったから、彼は死んでしまった。
自分さえ、甘えなければ今頃、死んだのは自分で彼は生きていた。
自分さえ、甘えて頼ったりしなければ、今頃おにいさんは、生きていたかもしれない。
唯一の大事な存在を子供の頃になくした菜月は、なにもほしがらない子供になっていた。
こんな無気力な性格でいるのも、もしかしたら子供の頃の事故が原因なのかもしれなかった。
お兄さんが死んで数年後。
父親が牢屋でクビを吊って死んだ。
父親がなぜ牢屋でクビをつった理由までは、幼かった菜月は知らない。
畏怖の対象であった父親であったから、少し大人になっても、調べようとも思わなかった。
唯一、血が繋がった父親が死んでも、菜月は泣くこともなかった。
『実の子供なのに泣かないなんて、ひどいこね』
父の葬式にきた親族には、そんな言葉を言われたが、涙は出そうになかった。
自分の肉親はいなくなってしまったんだ…と悲しくなったものの、泣くほどまでじゃなかった。
あのお兄さんが死んで、自身の涙は枯れ果ててしまったんじゃないかと思う。
周りが思う以上に菜月は父親のことを知らない。
だが、菜月は知らなくても、周りは菜月があの父親の息子だと知っている。
どこにいたって、誰もが自分に後ろ指をさしているような、そんな感覚に陥った。
父親が死んで、家が競売にかけられたため、菜月はそれまで過ごしていた家を出た。
父親の遺産目当てで、叔父と叔母が菜月を引き取ったのだが、やはり疎まれていたのだろう。
あまり言葉はかけられず、たまに言葉をかけられたと思ったら、咎める言葉だった。
息苦しいな。
ひどく、苦しい。
15歳の中学卒業とともに、家を出る事を余儀なくされた。
厄介者の父の子である菜月を、嫌々ながらも中学まで育ててくれた叔母達。
突然出て行けと叔母達を非難することもなく、菜月は黙って居候をしていた家を出た。
数年お世話になった人や家であるが、家をでても寂しいとは思わなかった。
悲しいとも、思わなかった。
そのころになると、菜月の感情の大部分は死んでしまったかのように、感じなくなっていた。
笑い方も忘れ、泣き方も忘れていてしまったようだった。
まるで、感情が欠如した欠陥人形である。
こんな感情がなくなった人の形をした塊はただの欠陥人形なんじゃないか。
そう、のうのうと生きて、絶望も幸せも感じず、死んだように生きる己は。
このまま、欠陥のままずっと生きていくのだろうか。
誰ともかかわることなく。
一生、誰とも心を通わせずに、生きていく。
血の通った人間に憧れる、不格好な欠陥人形。
中学をでて、一人暮らしをする事になった菜月は、バイト先の店長に保証人にはなってもらい、ボロアパートを借りた。
一人暮らしをしてからは、余計に感情をどこかにおいてしまったように、いつも無気力で、自主性もなかった。
どうせ、叶いっこない。
望んだって、そんな望みはいつか潰えてしまう。
望んだだけ、壊れた時に悲しみに苦しめられる。
だから、望まないほうがいい。
なにも望まず、なにも、感じず。
ただ毎日時が過ぎるままに生きるだけ。
毎日バイトにいって、帰る。
嬉しいと思う事も、楽しいと思う事もない。
何かしたいと思うことすらない。
(俺は、このまま…ダラダラと過ごしていくのかな。
中身のない人形のように。
人間失格って言われる大人になっていくのかな)
目の前に、人の形をした砂の塊が、ザラザラと零れ落ちていくのがみえた。
ザラザラと崩れ去っていく。
やがてそれは風に吹かれ、消えていくと、あたりはどろりとした赤の海が広がっていた。
赤い海は、菜月を飲み込むように、急速なスピードで差し迫ってくる。
ああ、これはいつもの悪夢かな?
それとも現実なのか…?
菜月は、赤い海に飲み込まれぬよう、必死に走り続けた。
夜が、開けるまで。 ひたすら。
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