7 / 61
さむい、寂しい、会いたい。
7
しおりを挟む
ーかっちゃんは、とっても綺麗だね。
綺麗で、きらきらして、かっこいい。
とっても、いい匂いがする。
まるで…、ひまわりみたいだね。
お日様に向かって、さんさんと咲くひまわりみたい。
お兄さんの笑顔は、向日葵みたいに、暖かで華やかだった。
向日葵のように、お日様を彷彿させるような、柔らかで明るい笑み。
もちろん、お兄さん自身が綺麗なこともあったけれど、それ以上に、彼自身の心がとても綺麗だった。
自然を慈しみ、悲しいときは泣き、嬉しいときには笑う。
菜月みたいな子供にも優しくしてくれる、心優しき人。
口調は乱暴で、俺は不良だと笑っていたけれど、不良になりきれていない優しさが、彼にはあった。
菜月が本気で泣きつけば、なにも言わずぎゅっと抱きしめてくれる、そんなやさしさが。
菜月は母のような優しさを、父のような包容力を彼に求めていた。
(ああ、そうだ…。
あの匂いは、かっちゃんの匂いだったんだ…)
男の花束の香りが懐かしく感じたのは、菜月に優しくしてくれたお兄さんと同じ匂いだったからかもしれない。
菜月が大好きな、匂い。
だから、男のことが気になって仕方がなかったのかもしれない。
(かっちゃんの…そばに、死んだらいけるのかな…。
かっちゃん、俺を待っていてくれるかな…。
ねぇ、かっちゃん)
ーなつき。
「かっちゃん?」
お兄さんの声が聞こえた気がした。
近くにいるのだろうか。
菜月は、きょろきょろとあたりを見回す。
あたりは白っぽいもやで覆われていて、なにも見えない。
「かっちゃん…!ねぇ、かっちゃん!」
ーなつき。
声はするけど、姿は見えない。
どれだけ目を凝らしても、あの大好きな姿はない。
「かっちゃん…!ねぇ、かっちゃん!どこにいるの?ねぇ!」
泣きそうな声で、叫ぶ。
けれど、どれだけ探しても人影はまったくみえなくて。
「かっちゃん…!ねぇ、かっちゃん!
いかないでよ!かっちゃん、かっちゃん…!」
声はどんどん、菜月から遠ざかっていく。
ーなぁ、なつき…、冬はさ、いつ終わると思う?
俺はね…たぶん…ーーー
…ーーーー
「んっ…」
にぶい痛みとともに、目がさめた。
白い天井の病室。
腕と足には、たいそうなギブスをつけられていた。
(生きてる…)
ひんやりとした乾燥した空気と、ナイフで刺されたような全身の鋭い痛みに、生きていることを痛感する。
痛みがある、つまり、己は生きている…と。
死んではいない、と。
(死ねなかったんだ…)
生きてしまった。
お兄さんのもとへ、いけなかった。
どうやら、死に損ねたらしい。
死なずにすんだというのに、うれしいという感情よりも、悲しみのほうが大きくて、くしゃ…と、顔がゆがんだ。
日頃、死にたいと思っているわけじゃない。
死ぬ事なんて絶対にいけないことだと思っている。
でも、車にひかれた瞬間、お兄さんの元へいける…と少し喜んでしまったのも事実であった。
自分を大切にしろよ…とお兄さんは口をすっぱくしていっていたのに。
自分を傷つける奴なんて、最低だ…といっていたのに。
お兄さんの元へいけると思った瞬間に、死んでしまうかもしれないというのに、菜月の心は、歓喜にふるえた。
お兄さんが一番嫌うことを望んでしまった自分がいた。
逃げ出したい、どこか、遠くへいきたい。
そんな気持ちが溢れてしまったようだ。
「かっちゃん…俺…」
ぽつり、と暗く言葉が落ちる。
「俺は…」
「大丈夫か…?」
「…っ!」
てっきり一人だと思っていた部屋であったが、菜月の他に人がいたらしい。
視線を声の方に移すと、そこにはガソリンスタンドであった、花束を助手席においていた客が椅子に座っていた。
相変わらず黒のスーツで、髪型は出会った時と同じ、びしっとオールバックできめており、菜月が目が覚めるまで椅子に座っていたようだった。
菜月の視線に、ゆるりと顔を和らげた。
「君は車にひかれてしまって、今まで寝ていたんだ。1日半かな…?覚えているかい?」
「え…」
「君は仕事中に、事故にあったんだよ」
男の言葉に、ぱちぱちと目を瞬かせる。
菜月が何度瞬きをしても、目の前の人物は消えることはない。
なぜ、あの客の男がここに?
呆然としている菜月に、男は事故の詳細を話してくれた。
事故が起きて、菜月が救急車で運ばれたこと。
2日半は眠り続けていたこと。
危険な状態であったけど、助かったこと。
横になったまま話を聞くのも失礼かと思い、途中、ベッドの上部の角度を変えてもらう。
自分のことを話しているのに、己の身におきたものだとは理解できず、菜月はどこか他人事のように聞いていた。
「ヒドい怪我だが…、ゆっくりリハビリをすればじきに、もとのように、もどるらしい。
少しリハビリもかかるようだが…必ず治るそうだ。
凄い血を流していたし、死んでも可笑しくない事故だったが、不幸中の幸いというべきか。
今は全身痛みで痛いだろうが、そのうちにそれも、治るようだ。
起きがけの君に聞かせるのもあれだが、君をひいたトラックの運転手はそのまま死んでしまったらしい。酒気帯び運転だったようだよ」
「そう…ですか…」
また父親に恨みを持つ人間が事故が起こったんじゃないかと、一瞬脳裏を過ぎったが、そうではなかったらしい。
「保険も少しは下りるだろうけど…、
弁護士とよく話し合った方がいいだろう。
君、親か親族は?」
「いません。死んでしまって…」
「じゃあ、身元引受人は」
「みもと…」
親戚はいる。けれど、事故った菜月の面倒など見てはくれないだろう。あれだけ厄介払いしていたのだから。
「では、誰か世話になれるひとは」
「世話…」
男の言葉に呆然としたまま、呟く。
「事故…」
男の言葉を菜月は、ぼんやりとした口調で、反芻した。
また、車の事故にあってしまったのか。
あのときは、お兄さんが犠牲になった。
そして、今回は自分が犠牲になったようだ…。死ぬことはなかったが。
身体はギブスで覆われており、全身に痛みが走る大怪我である。
「どうしよう…」
保険金が入る…。リハビリをすれば、治る。
しかし、どれくらいその保険金は入るのか?
リハビリをして本当に治るのか?
もしかして、一生腕はこのまま…?
そしたら、どうやって、生きていけばいい?
誰も、頼る人なんていないのに。
これからも、一人で生きていかなくてはいけないのに。
ふつふつと考えていたら、ぶわ…っと、涙腺がゆるんだ。
菜月の意思とは関係なく、じんじんと瞳が焼けるように熱くなっていく。
どうしたら…?
どうなるんだ?
漠然とした真っ黒な不安が、菜月に襲いかかった。
その真っ暗な不安が、大けがをした菜月の精神を追いつめるのはたやすくて。
弱くなっていた心を追い詰めていく。
綺麗で、きらきらして、かっこいい。
とっても、いい匂いがする。
まるで…、ひまわりみたいだね。
お日様に向かって、さんさんと咲くひまわりみたい。
お兄さんの笑顔は、向日葵みたいに、暖かで華やかだった。
向日葵のように、お日様を彷彿させるような、柔らかで明るい笑み。
もちろん、お兄さん自身が綺麗なこともあったけれど、それ以上に、彼自身の心がとても綺麗だった。
自然を慈しみ、悲しいときは泣き、嬉しいときには笑う。
菜月みたいな子供にも優しくしてくれる、心優しき人。
口調は乱暴で、俺は不良だと笑っていたけれど、不良になりきれていない優しさが、彼にはあった。
菜月が本気で泣きつけば、なにも言わずぎゅっと抱きしめてくれる、そんなやさしさが。
菜月は母のような優しさを、父のような包容力を彼に求めていた。
(ああ、そうだ…。
あの匂いは、かっちゃんの匂いだったんだ…)
男の花束の香りが懐かしく感じたのは、菜月に優しくしてくれたお兄さんと同じ匂いだったからかもしれない。
菜月が大好きな、匂い。
だから、男のことが気になって仕方がなかったのかもしれない。
(かっちゃんの…そばに、死んだらいけるのかな…。
かっちゃん、俺を待っていてくれるかな…。
ねぇ、かっちゃん)
ーなつき。
「かっちゃん?」
お兄さんの声が聞こえた気がした。
近くにいるのだろうか。
菜月は、きょろきょろとあたりを見回す。
あたりは白っぽいもやで覆われていて、なにも見えない。
「かっちゃん…!ねぇ、かっちゃん!」
ーなつき。
声はするけど、姿は見えない。
どれだけ目を凝らしても、あの大好きな姿はない。
「かっちゃん…!ねぇ、かっちゃん!どこにいるの?ねぇ!」
泣きそうな声で、叫ぶ。
けれど、どれだけ探しても人影はまったくみえなくて。
「かっちゃん…!ねぇ、かっちゃん!
いかないでよ!かっちゃん、かっちゃん…!」
声はどんどん、菜月から遠ざかっていく。
ーなぁ、なつき…、冬はさ、いつ終わると思う?
俺はね…たぶん…ーーー
…ーーーー
「んっ…」
にぶい痛みとともに、目がさめた。
白い天井の病室。
腕と足には、たいそうなギブスをつけられていた。
(生きてる…)
ひんやりとした乾燥した空気と、ナイフで刺されたような全身の鋭い痛みに、生きていることを痛感する。
痛みがある、つまり、己は生きている…と。
死んではいない、と。
(死ねなかったんだ…)
生きてしまった。
お兄さんのもとへ、いけなかった。
どうやら、死に損ねたらしい。
死なずにすんだというのに、うれしいという感情よりも、悲しみのほうが大きくて、くしゃ…と、顔がゆがんだ。
日頃、死にたいと思っているわけじゃない。
死ぬ事なんて絶対にいけないことだと思っている。
でも、車にひかれた瞬間、お兄さんの元へいける…と少し喜んでしまったのも事実であった。
自分を大切にしろよ…とお兄さんは口をすっぱくしていっていたのに。
自分を傷つける奴なんて、最低だ…といっていたのに。
お兄さんの元へいけると思った瞬間に、死んでしまうかもしれないというのに、菜月の心は、歓喜にふるえた。
お兄さんが一番嫌うことを望んでしまった自分がいた。
逃げ出したい、どこか、遠くへいきたい。
そんな気持ちが溢れてしまったようだ。
「かっちゃん…俺…」
ぽつり、と暗く言葉が落ちる。
「俺は…」
「大丈夫か…?」
「…っ!」
てっきり一人だと思っていた部屋であったが、菜月の他に人がいたらしい。
視線を声の方に移すと、そこにはガソリンスタンドであった、花束を助手席においていた客が椅子に座っていた。
相変わらず黒のスーツで、髪型は出会った時と同じ、びしっとオールバックできめており、菜月が目が覚めるまで椅子に座っていたようだった。
菜月の視線に、ゆるりと顔を和らげた。
「君は車にひかれてしまって、今まで寝ていたんだ。1日半かな…?覚えているかい?」
「え…」
「君は仕事中に、事故にあったんだよ」
男の言葉に、ぱちぱちと目を瞬かせる。
菜月が何度瞬きをしても、目の前の人物は消えることはない。
なぜ、あの客の男がここに?
呆然としている菜月に、男は事故の詳細を話してくれた。
事故が起きて、菜月が救急車で運ばれたこと。
2日半は眠り続けていたこと。
危険な状態であったけど、助かったこと。
横になったまま話を聞くのも失礼かと思い、途中、ベッドの上部の角度を変えてもらう。
自分のことを話しているのに、己の身におきたものだとは理解できず、菜月はどこか他人事のように聞いていた。
「ヒドい怪我だが…、ゆっくりリハビリをすればじきに、もとのように、もどるらしい。
少しリハビリもかかるようだが…必ず治るそうだ。
凄い血を流していたし、死んでも可笑しくない事故だったが、不幸中の幸いというべきか。
今は全身痛みで痛いだろうが、そのうちにそれも、治るようだ。
起きがけの君に聞かせるのもあれだが、君をひいたトラックの運転手はそのまま死んでしまったらしい。酒気帯び運転だったようだよ」
「そう…ですか…」
また父親に恨みを持つ人間が事故が起こったんじゃないかと、一瞬脳裏を過ぎったが、そうではなかったらしい。
「保険も少しは下りるだろうけど…、
弁護士とよく話し合った方がいいだろう。
君、親か親族は?」
「いません。死んでしまって…」
「じゃあ、身元引受人は」
「みもと…」
親戚はいる。けれど、事故った菜月の面倒など見てはくれないだろう。あれだけ厄介払いしていたのだから。
「では、誰か世話になれるひとは」
「世話…」
男の言葉に呆然としたまま、呟く。
「事故…」
男の言葉を菜月は、ぼんやりとした口調で、反芻した。
また、車の事故にあってしまったのか。
あのときは、お兄さんが犠牲になった。
そして、今回は自分が犠牲になったようだ…。死ぬことはなかったが。
身体はギブスで覆われており、全身に痛みが走る大怪我である。
「どうしよう…」
保険金が入る…。リハビリをすれば、治る。
しかし、どれくらいその保険金は入るのか?
リハビリをして本当に治るのか?
もしかして、一生腕はこのまま…?
そしたら、どうやって、生きていけばいい?
誰も、頼る人なんていないのに。
これからも、一人で生きていかなくてはいけないのに。
ふつふつと考えていたら、ぶわ…っと、涙腺がゆるんだ。
菜月の意思とは関係なく、じんじんと瞳が焼けるように熱くなっていく。
どうしたら…?
どうなるんだ?
漠然とした真っ黒な不安が、菜月に襲いかかった。
その真っ暗な不安が、大けがをした菜月の精神を追いつめるのはたやすくて。
弱くなっていた心を追い詰めていく。
0
お気に入りに追加
69
あなたにおすすめの小説
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿

【完結】試練の塔最上階で待ち構えるの飽きたので下階に降りたら騎士見習いに惚れちゃいました
むらびっと
BL
塔のラスボスであるイミルは毎日自堕落な生活を送ることに飽き飽きしていた。暇つぶしに下階に降りてみるとそこには騎士見習いがいた。騎士見習いのナーシンに取り入るために奮闘するバトルコメディ。

林檎を並べても、
ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。
二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。
ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。
彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる