1 / 61
さむい、寂しい、会いたい。
■□■□1■□■□
しおりを挟む
いつか、必ず夜は明ける。
いつか、必ず雨はあがる。
どんなに長い雨でさえ、必ずいつかはやんで、雲間から日が現れる。
どんなに暗闇が深くても、どんなにどしゃぶりの雨でさえ、いつか必ず終わりが来る。
延々に続く長い長い時間も、長く感じるだけで、永遠の時などなんてない。
同じように見える風景も、感情も、少しずつ少しずつ変わっていく。
少しずつ
少しずつ
変化していく。
いつまでも、同じ瞬間もない。
冬から春へ変わるように。
雪山が溶けて、真水になり、小川を流れるようになるように。
寒くて凍えてしまいそうな冬の期間が長くても。
雪解けは、いつか必ずやってくる。
誰のもとにも。
春は、遠い未来で、静かにやってくるのを待っている。
ずっと、ずっと、待っている。
寒い、寂しい、会いたい。
(ただ、あなたに、会いたい。
そうしたら、きっと温かくなれる。
二人なら、きっと、寂しくない)
ーーーー切なさよりも、愛情をーーーー
時折、どうしようもない虚無感に襲われることがある。
今までの人生をすべて壊して、新たな自分を一からスタートさせたらどれだけ楽だろう…なんて、そんな現実逃避にも似た考えに囚われてしまう。
現状から逃げ出したいと思う、この後ろ向きな衝動の名前は、なんという名前なのだろう?
消滅衝動?
破壊衝動?
自滅的衝動?
(なんなんだろうな…)
中川菜月は、そんなことを思いながら、横になっていたベッドの上で身じろいだ。
りぃん…と、夏の終わりを告げる夜の虫の音だけが、部屋に静かに鳴り響いている。
風通しがよくない小さな部屋には、クーラーはおろか扇風機もなく、室内はうっそりとした生暖かな空気で満たされていた。
朝の気配はだいぶ先のようで、カーテンの隙間からは、未だに空が黒い衣装を身につけており夜の世界を支配していた。
電気もつけられていない、月明かりだけが灯された静寂に支配された空間に一人でいると、まるで闇の中に迷い込んでしまったような錯覚に陥る。
深い深い闇に、一人置き去りにされたような…、
たった一人、自分しかいない世界に置き去りにされたような物悲しさ。
闇に溶けてしまうなんて、あり得ないのに。
夜なんて寝ていたらあっという間に終わると頭ではわかっているのに。
それでも、じっとしていたら、このまま闇に飲み込まれてしまいそうな、そんな漠然とした不安が菜月の心をしめていた。
(なにがこんなに不安なんだろうな…。俺…。
ようやく一人暮らしができたっていうのに、なんでこんなに寂しさに襲われてるんだろ)
一人暮らしを始めて3年目。
今更ホームシックになるような柄でもないし、恋しがる程、家に思い出はない。
一人暮らしにはなんの不満もないのに、時折、さみしさにも似た人恋しさを感じてしまう。
深くため息をつきながら、菜月は枕元に置かれたスマートフォンを手にした。
時刻は、深夜3時。
目覚めるには、中途半端な時間に起きてしまったようだ。
明日も仕事なので、夜更かしはできない。
(変な時間に起きちゃったなぁ。疲れているはずなのに)
はぁ…とまた、重い溜息をひとつ。
今夜もまた眠れずに寝不足のまま、朝を迎えるんだろうな…と菜月はスマートフォンを放り投げ、瞼を閉じた。
小さいころから菜月は不眠症の気がある。
それも重度な不眠症で、人の平均的な睡眠時間の半分ほどしか寝ることができなかった。
寝不足のせいか、背も同じ年の男の子と比べるとだいぶ低くて、華奢な身体である。
肌の色もハーフと見間違うくらい白く血の気がなかった。
低血圧で、手足も驚くほどに冷たい。
菜月も努力しなかったわけではない。
ネットで睡眠不足に関することは調べたし、生活も改善してみた。が、成果は一向にでることはなく。
寝よう寝ようと思えば思うほど、眠ることはできず、頭は冴えてしまって、答えがでないことを何時間も考えすぎてしまい、寝不足に陥っていた。
もともとマイナス思考気味であるのだが、夜になるとそれに拍車がかかり、自己嫌悪に囚われ気が付いたら朝に…なんてザラであった。
ぐっすりと寝れたことなど、ここ数年では片手ほどの回数しかないかもしれない。
せっかく眠れたと思っても、悪夢を見ることも多く、うなされてしまい余計疲れるということも多かった。
いっそのこと、寝なくても疲れない身体になれたらいいのにな…と何度思ったことだろう。
悪夢を見るくらいなら…と、睡眠時間を削ったこともあったが、たとえ削ったとしても悪夢は見てしまうし、身体の疲れは残る。
それどころか、睡眠時間を短くすればするほど、悪夢を見る回数も多くなってしまい、余計に身体に疲れが残るという悪循環にも陥った。
自分は眠りで呪いでもかけられているんだろうか?
眠り姫でもあるまいし…。でも、こんなに悪夢を見るのはやっぱり霊的なものでもついているんだろうか…
と、そんなことを真剣に考えてしまうくらい、睡眠は菜月の中で悩みの種になっていた。
昨日も、誰かに首を絞められるという夢をみた。
首を絞められる夢は、この1か月で5度目のことである。
悪夢を見たくないのと、早く眠りにつきたいという思いから、いつもクタクタに疲れきるまで仕事を詰め込んで、倒れこむように布団に入るのが日課になっているのだが、その甲斐も虚しく昨日はなかなか寝付けなかった挙句に、悪夢を見てしまうという二重苦であった。
特に夏の終わりから秋の中頃までの間は、不眠症の症状がひどくあらわれ、連日まともに眠ることができず、クマを作り真っ青な顔で仕事にいくことも多くなる。
懇意しているバイト先の店長もそんな菜月の症状を心配してくれて、数年前、今菜月が通っている睡眠医療専門の病院の医者を勧めてくれた。
勧められた医者は確かに丁寧であったし、菜月の症状にあった睡眠薬を処方してくれた。おかげで少しだけ安眠できる日が増えたものの、未だに眠れない日々のほうが多く、現在も通院を続けている。
先生や店長には申し訳ない…と思いつつも、心地よい睡眠は訪れず薬ばかりが増えていった。
『君はもしかしたら、精神的ストレスを感じているのかもしれないね。首を絞められる悪夢…か。安堵感を感じることができれば、ぐっすり眠ることができるかもしれない。今自分の中で窮屈に感じていることはないかい?』
ストレスのもとを消すことができれば、安眠することができるんじゃないか。
ストレスの元をなくさないと、もしかしたらずっとこのままかもしれないよ。
医者はそうアドバイスもくれたが、そもそも、自分が何にストレスを感じているかもイマイチ理解ができなかった。
(窮屈に感じる…か。
窮屈ってなんだろうな…。イライラしてるってこと?
ストレスを感じるほど、真剣にいきてもいないし。
いつもどうでもいいや…って、そんな風に思っているだけで。こんな考えがいけないのかな。投げやりな自暴自棄な考えが、ストレスになっているのか…?
でも…楽しいことなんてないしな…。
毎日毎日同じ日々を繰り返して…。
おんなじ毎日をビデオテープみたいにおなじように繰り返していく。なんの変化もなく)
なんの変哲もない日々を、ただただ過ごしていく。
過ぎていく毎日を、何の干渉もなく、ダラダラと過ごしていく。
仕事漬けの日々。
眠るために疲れて、疲れるから眠るだけの日々。
お金だけは増えていくものの、空っぽな気持ちはちっとも埋まらない。
これといった趣味もなく、"自分"らしさも持ちあわせていない。
誰かになにか言われれば流されるようにイエスというし、自主的に動いたことはない。
とっても空っぽな人間である、と菜月は自分のことをそう評している。
なにも、なくて。
だれも仲のいい人もいなくて。
まっしろで、無にひとしい。
なんて、空っぽで虚しい。
たとえば、明日死んだとしても、誰にも気づかれることもないかもしれない。
探してくれる人など、いないかもしれない。
そんな悲観的なことを、ふとした瞬間に考えこんでしまう菜月には、身近に頼れる人間はいなかった。
いつか、必ず雨はあがる。
どんなに長い雨でさえ、必ずいつかはやんで、雲間から日が現れる。
どんなに暗闇が深くても、どんなにどしゃぶりの雨でさえ、いつか必ず終わりが来る。
延々に続く長い長い時間も、長く感じるだけで、永遠の時などなんてない。
同じように見える風景も、感情も、少しずつ少しずつ変わっていく。
少しずつ
少しずつ
変化していく。
いつまでも、同じ瞬間もない。
冬から春へ変わるように。
雪山が溶けて、真水になり、小川を流れるようになるように。
寒くて凍えてしまいそうな冬の期間が長くても。
雪解けは、いつか必ずやってくる。
誰のもとにも。
春は、遠い未来で、静かにやってくるのを待っている。
ずっと、ずっと、待っている。
寒い、寂しい、会いたい。
(ただ、あなたに、会いたい。
そうしたら、きっと温かくなれる。
二人なら、きっと、寂しくない)
ーーーー切なさよりも、愛情をーーーー
時折、どうしようもない虚無感に襲われることがある。
今までの人生をすべて壊して、新たな自分を一からスタートさせたらどれだけ楽だろう…なんて、そんな現実逃避にも似た考えに囚われてしまう。
現状から逃げ出したいと思う、この後ろ向きな衝動の名前は、なんという名前なのだろう?
消滅衝動?
破壊衝動?
自滅的衝動?
(なんなんだろうな…)
中川菜月は、そんなことを思いながら、横になっていたベッドの上で身じろいだ。
りぃん…と、夏の終わりを告げる夜の虫の音だけが、部屋に静かに鳴り響いている。
風通しがよくない小さな部屋には、クーラーはおろか扇風機もなく、室内はうっそりとした生暖かな空気で満たされていた。
朝の気配はだいぶ先のようで、カーテンの隙間からは、未だに空が黒い衣装を身につけており夜の世界を支配していた。
電気もつけられていない、月明かりだけが灯された静寂に支配された空間に一人でいると、まるで闇の中に迷い込んでしまったような錯覚に陥る。
深い深い闇に、一人置き去りにされたような…、
たった一人、自分しかいない世界に置き去りにされたような物悲しさ。
闇に溶けてしまうなんて、あり得ないのに。
夜なんて寝ていたらあっという間に終わると頭ではわかっているのに。
それでも、じっとしていたら、このまま闇に飲み込まれてしまいそうな、そんな漠然とした不安が菜月の心をしめていた。
(なにがこんなに不安なんだろうな…。俺…。
ようやく一人暮らしができたっていうのに、なんでこんなに寂しさに襲われてるんだろ)
一人暮らしを始めて3年目。
今更ホームシックになるような柄でもないし、恋しがる程、家に思い出はない。
一人暮らしにはなんの不満もないのに、時折、さみしさにも似た人恋しさを感じてしまう。
深くため息をつきながら、菜月は枕元に置かれたスマートフォンを手にした。
時刻は、深夜3時。
目覚めるには、中途半端な時間に起きてしまったようだ。
明日も仕事なので、夜更かしはできない。
(変な時間に起きちゃったなぁ。疲れているはずなのに)
はぁ…とまた、重い溜息をひとつ。
今夜もまた眠れずに寝不足のまま、朝を迎えるんだろうな…と菜月はスマートフォンを放り投げ、瞼を閉じた。
小さいころから菜月は不眠症の気がある。
それも重度な不眠症で、人の平均的な睡眠時間の半分ほどしか寝ることができなかった。
寝不足のせいか、背も同じ年の男の子と比べるとだいぶ低くて、華奢な身体である。
肌の色もハーフと見間違うくらい白く血の気がなかった。
低血圧で、手足も驚くほどに冷たい。
菜月も努力しなかったわけではない。
ネットで睡眠不足に関することは調べたし、生活も改善してみた。が、成果は一向にでることはなく。
寝よう寝ようと思えば思うほど、眠ることはできず、頭は冴えてしまって、答えがでないことを何時間も考えすぎてしまい、寝不足に陥っていた。
もともとマイナス思考気味であるのだが、夜になるとそれに拍車がかかり、自己嫌悪に囚われ気が付いたら朝に…なんてザラであった。
ぐっすりと寝れたことなど、ここ数年では片手ほどの回数しかないかもしれない。
せっかく眠れたと思っても、悪夢を見ることも多く、うなされてしまい余計疲れるということも多かった。
いっそのこと、寝なくても疲れない身体になれたらいいのにな…と何度思ったことだろう。
悪夢を見るくらいなら…と、睡眠時間を削ったこともあったが、たとえ削ったとしても悪夢は見てしまうし、身体の疲れは残る。
それどころか、睡眠時間を短くすればするほど、悪夢を見る回数も多くなってしまい、余計に身体に疲れが残るという悪循環にも陥った。
自分は眠りで呪いでもかけられているんだろうか?
眠り姫でもあるまいし…。でも、こんなに悪夢を見るのはやっぱり霊的なものでもついているんだろうか…
と、そんなことを真剣に考えてしまうくらい、睡眠は菜月の中で悩みの種になっていた。
昨日も、誰かに首を絞められるという夢をみた。
首を絞められる夢は、この1か月で5度目のことである。
悪夢を見たくないのと、早く眠りにつきたいという思いから、いつもクタクタに疲れきるまで仕事を詰め込んで、倒れこむように布団に入るのが日課になっているのだが、その甲斐も虚しく昨日はなかなか寝付けなかった挙句に、悪夢を見てしまうという二重苦であった。
特に夏の終わりから秋の中頃までの間は、不眠症の症状がひどくあらわれ、連日まともに眠ることができず、クマを作り真っ青な顔で仕事にいくことも多くなる。
懇意しているバイト先の店長もそんな菜月の症状を心配してくれて、数年前、今菜月が通っている睡眠医療専門の病院の医者を勧めてくれた。
勧められた医者は確かに丁寧であったし、菜月の症状にあった睡眠薬を処方してくれた。おかげで少しだけ安眠できる日が増えたものの、未だに眠れない日々のほうが多く、現在も通院を続けている。
先生や店長には申し訳ない…と思いつつも、心地よい睡眠は訪れず薬ばかりが増えていった。
『君はもしかしたら、精神的ストレスを感じているのかもしれないね。首を絞められる悪夢…か。安堵感を感じることができれば、ぐっすり眠ることができるかもしれない。今自分の中で窮屈に感じていることはないかい?』
ストレスのもとを消すことができれば、安眠することができるんじゃないか。
ストレスの元をなくさないと、もしかしたらずっとこのままかもしれないよ。
医者はそうアドバイスもくれたが、そもそも、自分が何にストレスを感じているかもイマイチ理解ができなかった。
(窮屈に感じる…か。
窮屈ってなんだろうな…。イライラしてるってこと?
ストレスを感じるほど、真剣にいきてもいないし。
いつもどうでもいいや…って、そんな風に思っているだけで。こんな考えがいけないのかな。投げやりな自暴自棄な考えが、ストレスになっているのか…?
でも…楽しいことなんてないしな…。
毎日毎日同じ日々を繰り返して…。
おんなじ毎日をビデオテープみたいにおなじように繰り返していく。なんの変化もなく)
なんの変哲もない日々を、ただただ過ごしていく。
過ぎていく毎日を、何の干渉もなく、ダラダラと過ごしていく。
仕事漬けの日々。
眠るために疲れて、疲れるから眠るだけの日々。
お金だけは増えていくものの、空っぽな気持ちはちっとも埋まらない。
これといった趣味もなく、"自分"らしさも持ちあわせていない。
誰かになにか言われれば流されるようにイエスというし、自主的に動いたことはない。
とっても空っぽな人間である、と菜月は自分のことをそう評している。
なにも、なくて。
だれも仲のいい人もいなくて。
まっしろで、無にひとしい。
なんて、空っぽで虚しい。
たとえば、明日死んだとしても、誰にも気づかれることもないかもしれない。
探してくれる人など、いないかもしれない。
そんな悲観的なことを、ふとした瞬間に考えこんでしまう菜月には、身近に頼れる人間はいなかった。
0
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる