槇村焔

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8章

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じかに抱き合って、何度も口づけて。
好きだと、何度となく告げても、駿からの電話があった日から、駿の様子は可笑しいままだった。
抱き合っていても、常に不安そうな、捨てられた子犬のような目をしていた。
無意識なのか、本人はいつも通り振舞っていたけれど。その瞳は、隠しきれずいつも不安に濡れていた。


「仁さん…もっと…」
抱き合えば温かい。けれど、段々とその顔に笑顔はなくなり陰り…時にうっすらと目尻に雫を溜めていたこともあった。

「駿…、涙…」
「これは…、気持ちいいからだよ…。気持ちいいから…」

そう、心配する俺に対し、駿は無理して笑うたび、胸が痛んだ。
涙を拭えない・止められない自分に腹がたち、いつか別の誰かにも見せるのかもしれないという未来に恐怖した。

駿が泣くのはつらい。
でも、もし泣くのなら。
どうしても辛くて泣くのなら、俺の胸の中で泣いてほしい。
誰のものにもならず、俺だけのものでいてほしい。

漠然と湧き出た独占欲。


俺はまりんが好きだった。
でも、あのクリスマス以来、もうまりんを思う日なんてほとんどなかった。

日に日に薄れていくまりんへの想い。
それと変わって、増していく駿への想い。


駿が好きだ。ずっとそばにいてくれ。
みっともなく縋る言葉は脳内でできているのに、言葉にするのをいつも躊躇っていた。




「これ、捨てちゃ駄目…?」

情事後、ベッドでまどろんでいたら、駿は俺とまりんがうつった写真たてを手に尋ねた。
駿が電話をかけてきてから、数日たった日の事だった。


写真立てには、まりんと俺とのツーショット写真。
まりんとの最後の品物。


「それは…」

捨てればいいのに。
写真なんて、持っているだけで随分見ていなかった。
なので、捨ててもいいと言ってしまえばよかったのに、俺は言葉を濁してしまった。

未練があったのか…。
いや、最後の思い出だから自分自身の手で捨てたかったのかもしれない。

けじめとして。

きちんと、駿と向き合い告白したそのときは、この写真立てを自分でまりんへの想いの決別として捨てたかった。


「いいよ、ごめんね…これは残しとくよ」
「どうして、これだけ聞くんだ?
今までは勝手に捨ててたのに」
「これだけは、仁さんの意思で捨てて貰いたかったから…。
全てがふっきれた時に。
まだ駄目だったみたいだけど」
「…すまない」


本当は全て捨てたいんだろうに。
へら…、と笑う駿にすまないと思うと同時にもうまりんはとっくに吹っ切れているんだけどな…と心の中でひっそりと思う。

「…なんで、まりんのこと好きになったの?」
「…まりん…」
「今更、だけど聞いてみたくなって…」

もごもごと駿は、言葉を零す。

俺は駿の髪を撫でて
「昔、ずっと一緒にいるって約束してくれたから」と呟いた。


「やくそく?」
「そ。約束。
俺とずっと一緒にいるって。それを俺は信じていたんだな…。ずっとその言葉を信じてずっとまりんを愛していた」

約束。
ずっと一緒にいるって約束。
でも…その約束を守っているのは俺だけだった。
まりんには別に愛する人がいる。

破られた約束を守る意味なんてあるのだろうか…。
叶わない約束を続ける意味なんて、あるんだろうか。

もう、俺もその約束を忘れかけている。
あの時のぬくもりは俺にとって本当に大切なものだったけれど、それ以上に…いまは。



「まりんには、あわないで…」
思いつめた顔で、駿が俺の胸にうなだれた。

「約束して」
「約束もなにも…もう連絡手段もないよ。
携帯変えてしまったし…まりんがどこに住んでいるかも今の俺は知らないし」


まりんも、俺なんか興味もないだろう。
元々、付き合っていた時も身体は重ねていたがまりんからの愛の言葉なんて気まぐれで、愛を感じられなかった。

だからごく自然にそう返したのだが、駿は不安なのか

「電話、しないで…お願い…。会わないで」
と言葉を重ねた


「ああ。あわなければいいんだろ」
「絶対だからね」
「ああ」
「約束」

駿が俺に小指を突きだす。
俺はその小指に自分の指を絡ませ、「ゆびきりげんまん~」と子供がやる様な約束をした


「絶対だよ」
「あぁ」
俺はよく考えていなかったのかもしれない。
まりんにあって駿がどう思うかなんて。
どうして、ここまで駿が不安に陥っていたのかも。
何も考えていない、馬鹿な男だった。



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