槇村焔

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8章

35ー仁side

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■■■■■■8■■■■■■
仁side
ずっと好きでいると思っていた。この恋に、この執着に、終わりなんてないと思っていた。

彼女は俺の事を愛していない…、そう理解したうえで付き合っていた時も、この燃え上がる恋焦がれる感情は薄れることはなかったし、この感情とずっと向き合っていくものだと思っていた。

番を見つけてしまった動物のように、一度知ってしまえば離れられない、運命じみた間柄なんて、馬鹿みたいに信じていた。

『大丈夫よ…』
俺の相手は、あの時心細かったあの瞬間に、俺の手を握り慰めてくれたあの温かな手…まりんしかいないと、気付かぬうちにそれ以外ないと信じ込んでいた。


それが…。
いつから?
いつから、こんなにも弟のように思っていた駿が、自分の中で大きくなっていったんだろう。
いつから?
いつから…?
駿の優しさに甘え、まるで飼いならされるように自分の生活が駿のものになってしまったんだろう…?

俺の生活の一部に駿がなくてはならないものになっていったんだろう。


いつから…、甘えるだけの愛に身を委ねていたんだろう。
流されるように始まったこの関係が壊れなければいいのにと思い始めてしまったんだろう。

 クリスマスイヴの日。
駿を置いて、まりんを追った俺に駿はどう思ったんだろう。
どんな気持ちで、家に帰った俺に、「おかえり」なんていったんだろう。


駿と口づけを重ね、身体も重ね。


それなのにお互い思いを伝えない不確かな関係が続いていく。
身体は今では誰よりも傍にいて、熱を分け与えているのに。
心は誰よりも見えなくて、誰よりも知るのが怖かった。


好き。お前は好きか?
そんな簡単な一言も言えなくて。
もどかしい。
このもどかしい現状をなんとかしなくては。そう思うのに。

駿の柔らかな身体を抱きしめるたびに、このままでいいか…と曖昧な関係に目を瞑った。


愛してる。
そういって、この関係が崩れ去ってしまうのが何よりも怖かった。
この曖昧で、それでいてひだまりのように温かなぼんやりとした間柄が消え去ってしまうのが、俺にとって最高に怖かった。

まりんのように愛を告げ、跡形もなくさられる未来を繰り返してしまうかもしれない恐怖が常に俺の中にあって、必要以上に駿に対して言葉を選ぶようになった。


好きになればなるほど、相手が怖くなるなんて皮肉なことであった。

無意識のうちに、自分に言い聞かせていたんだと思う。

愛していない、この関係は強制させられているからだ、と。
自分の気持ちにふたをした。
もうとっくに自分の感情は、自分の容量一杯に溢れ、蓋なんかしても毀れ落ちていたのに。
蓋なんてしたって、隠しきれない程溢れてしまっていたのに。


イブの時、衝動的にまりんの後を追った。
しかし、結局会えず肩を落としトボトボと家へ帰った時。
雪が降る中、蹲りながら俺の帰りを待っていた駿を見た時、その時の俺の感情は言葉では言い表せないくらい駿一色になって。
抱きしめ震える身体を、もう離せないと思った。


 クリスマスの日。
駿を伴い、それまで行けなかった海へ行った。運命の相手だと思っていたまりんとは行けなかった海。俺の中ではずっとしこりのように思っていた海。
ずっと一人では行けなかった海に、駿と二人で途中引き返すことなく行くことができた。
それは嬉しかった反面、自分の気持ちを改めて知ることになった。
俺には駿が必要だと。



好きだ。好きだよ。
お前が…。

嘘に嘘を重ね、曖昧な日々を過ごしていく。



『駿、俺のことが好きなのか』
『好きじゃないよ』
そう尋ねた時、もし、好きだと言われていたら。
どこか諦めたような笑みではなくて、昔のように俺だけを慕う子犬みたいな笑顔で好きだと告げられていたら。

そうしたら、俺は…きちんと駿に愛を告げていたんだろうか。
いなくなる喪失感なんて考えず、きちんとお前を離したくないと、駿を前に言えたのだろうか。

もうまりんなんて関係なく、俺の傍にいてほしいと。
同情じゃなく、俺の傍にいてほしいと。



『〝好き〟なんかじゃないよ。
そんなわけないじゃない』
駿が、どこが悲しげにいつもそういって微笑むから。
それ以上は聞けず、思いも告げる事ができなかった。


 人とは違う身体で駿はどれほど悩んできたんだろう。
俺は、どれほど駿を理解していたのか。

 クリスマスが終わり年が明けた日の事。
仕事中には電話なんてかけてこない駿が初めて俺の携帯電話に着信を入れた。
電話は数秒で切ったようで、伝言もなにも入っていない状態だった。


着信に気づき慌ててメールをしてみても返信はこず、電話もしても出ない。

普段電話なんて滅多にかけてこない駿なのに、その日は、メッセージもいれずに数秒で電源を切っていた。
駿の身になにかあったのだろうかと嫌な予感で頭がいっぱいになり、急いで仕事を切り上げ、家に帰宅すれば…駿は暗い顔をしたまま顔を伏せ座っていた。



「ごめんなさい…お仕事中に電話かけて」
そういって、駿は電話した事について詫びた。
ごめんなさい…と理由も言わずに。

泣き出しそうな、悲しげな表情に胸が痛んだ。
同時に、こんな風に弱った駿の傍にすぐにいてやれなかったことを悔いた。


「電話したいこと、なにか、あったのか」
「…」

いつもなら、なにかあっても無理やり笑顔を作って「なんでもない」って誤魔化す駿なのに。
その唇は微笑むこともできず、不自然に歪んだ。

「…ベッドに…」

俺の言葉に返事はせず、無理やり手をとり、

「ベッドに行こう」
そのまま、ベッドに誘い駿は俺の唇に自分の唇を強引に重ねた。


 始まりは駿からの誘いだったけれど、駿は頻繁にセックスを誘ったりはしない。
誘ったとしても、どこか気恥ずかしげに上目づかいで俺の様子を窺いながら…誘いかけてくるようなセックスがほとんどだった。
こんな、挑むようにせっついてセックスを強請る事なんて…、最初に俺と寝たときくらいじゃないだろうか。

なにか、悩んでいるのだろうか。
こんな性急になるなんて。
普段とは明らかに違う駿だから、いつもはどこかあたたかくなる口づけも、ただただいつもと違う駿が不安で口づけに集中できなかった。

甘い唇も、その日はかさつき小さく震えていた。

「なにか、あったのか」

肩に手をかけながら、駿の気持ちを見落とさぬよう顔を覗きこむ。

「なにも」
「なにもって…」
「なにもないよ…。ほんと」

へらりと口元を緩め、どこか諦めたような笑みを作った。


俺の問いに答えない駿に、悩んでいても俺には、何も言ってくれないんだな…と少し悲しく思った。
同時に話してくれない、信用されていないという事実にずきりと胸が痛んだ。
 俺は、だらしない所ばかり見せて駿を幻滅させたのに、駿はなにかあっても、俺には何も話してくれない…。


しばらく駿の言葉を待っていたが、駿の意思は頑ななようで口を閉ざしたままだった。


「言いたくないなら言わなくていい。
でも、無理はするなよ」

本当は話してほしい。
もし、なにか悩みがあって、悩んでいるなら話してくれたら一緒に考えることができるのに。

結局、口に出たのはそんな簡単な慰めだった。


もっとできた男なら、優しく駿が悩んでいることを聞き出せたかもしれないのに。



もっと…、もっと気の利いた男なら。
もっとしっかりとした年上の男だったら、駿は素直に俺に甘えたのだろうか。

女に振られたくらいで自暴自棄になって、何か言えばやけになってあたっていたどうしようもない俺だから、駿はなにか悩んでいても相談してくれないのだろうか。

頼りのない俺だから…。
もっと、俺がしっかりしていれば…
駿にこんな不安そうな顔、させなかったんだろうか。


俺が、もっとしっかりと駿の話もきける男だったのなら。

駿が安心できるような、しっかりとした自立した男だったなら。



「…電気、いやだ」
「絶対に、つけないで…、お願い…」
そう懇願し、電気を消し暗闇の中で涙を零す駿を、笑顔にすることが、俺にもできたのだろうか。


「駿」

親指の腹で駿の目元に毀れた涙の粒を拭えば、駿はその手に己の掌を重ねた。


「ごめんなさい仁さんは、僕を好きでもないのに。

僕みたいな中途半端な身体、抱かせてごめんなさい。

仁さんの優しさに甘えて…ごめんなさい」


ぽつりぽつりと自分を卑下する言葉を連ねる駿。
駿はいつもそうだ。自分を卑下にして、こちらに踏み込ませない。
俺を無理やり抱かせた最初の時も。
あの時もなんでもないから…、責任なんてとらなくていいといっていた。
ただ抱かれたかっただけだから…と。

だけど、本当はずっと悩んでいたんじゃないだろうか。こんな風に。

本当は悩んで泣いていたのではないだろうか。たったひとりで、ずっと声を押し殺し、泣いていたのではないだろうか…。



 部屋の出入り口付近にある部屋の電気のスイッチを押した。
暗闇から一変、電灯の光が部屋を照らす。

案の定、そこには電灯の光にさらされた泣き顔の駿がいた。

俺の視線から逃れるように、駿はベッドから降りようとしたが、それは制した。
ベッドに押し倒し、シャツに手をかける。


「見たい」

呟いて、シャツのボタンを外しながら、駿の顔中にキスを降らした。
駿は両手で泣き顔を隠そうとしたが、空いている片手でその手を封じた。


泣き顔すら見ていたかった。
どんな表情も見逃したくはなかった。


「お前がなにか不安に思う事があるのなら、俺はそれを見たいと思う」
「見せてくれ…駿の全部…」


耳朶を喰みながら、胸元に手を滑らせた。

すべすべとした男なのにきめ細かな肌。

ずっと触れていたいと思うほど、その肌はこの手にしっくりとした。

肌を一撫ですれば、感度のいい身体はすぐに赤くなり、ほてっていく。


涙跡をそのままに、羞恥で顔を赤らめながらも、こちらを不安そうに見上げてくる瞳。

その表情に俺の顔は緩み、俺の半身はすぐに欲を伴い痛いくらいに熱くなっていた。


「綺麗だ。」
「綺麗だ。とても…。
何も不安がる事なんかない」

口についた言葉は、気障な男のよう。
でも紛れもない本心だった。


まりんのようにぱっとした笑顔を浮かべられるわけでもない、女のように柔らかな肌に肉体をもっているわけでもない。
どちらかといえば華奢で肉のついてない駿は貧相な部類。なのに。
俺にはその身体が誰よりも綺麗に見えた。どんな身体よりも愛おしく感じた。


「まりんの代わり。
代わりに抱いてもらうって、最初言っていたでしょ…。でも…、僕の身体はあまりにも中途半端で。
これでいいのかなって…」

まりんの代わりにしろ…と言われ、無理やりおしかけられたけれど…、駿をまりんの代わりとして抱いたことは一度もなかった。
駿は駿でまりんはまりんだ。

中途半端等と思ったこともない。


「…気持ち悪いでしょ…。
……こんな身体じゃなければ良かったのに…ぼく…んっんん…」


それ以上駿に自分を卑下した言葉を紡いでほしくなくて、無理やりキスで言葉を封じた。


何度も落とすキス。行き来する舌。

最初は困惑していた駿だが慣れた口づけに観念し目を閉じ、俺の口づけに合わせた。


「誰と自分を比べているか知らないが…、そう卑屈になることはない。どこも…綺麗だと、思う…。お前が…。
ずっと弟のように見ていたのにな…。いまは…」

いまは。
ふと瞳が、交じり合う。

揺れる駿の黒い瞳に俺が映る。


弟のように…、思っていたのにな…。ずっと。


もうその瞳に映っている俺の姿は弟に対するソレとは違っていた。


泣き顔も、困った顔も、控えめに笑う笑顔も。全てが、愛おしい。
どんな駿でさえ。

「どんなお前も、好きだと思うよ…」

好き。好きだ。

言えないと蓋をしていた言葉がするりと口からでた。

好き。
言ってしまえば、堰き止めた感情が溢れかえった。

好き。
いや…、好きだけじゃ足りない。駿を…、愛している。


「じんさん…」
「すまない…、今日は止まらない…」

性急に駿の足を広げた。

「今日は、両方、抱きたい」
「…え…」
「お前が〝ふたなり〟で悩んでいるのなら。今日は両方でしたいんだ…」

ふたなりということで悩んでいるのなら、その身体を不安が消えるまで抱きしめたいと思う。
もう駿が不安にならないくらい…愛してやりたい。


なにもかもぶつけて。
俺という痕をつけて。

これでいいんだと安心させてやりたい。
もうなにも悩まなくていいんだと。


「なにもつけずに、ありのままに、お前を感じたい」

俺の問いに、駿は返事をする代わりに首元に腕を回した。





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