槇村焔

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7章

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■■■■■■7■■■■■■
吐いても吐いても楽にならない。
とっくに吐くものはなくなっているのに、延々と嘔吐する。

苦しい。苦しさに胸が痛み、息が詰まる。
仁さんがまりんと去る未来なんて、予想していたのに。
いつか離れないといけないと頭では思っていたのに。仁さんが立ち直るまでの間、傍にいようと思っていただけ。
なのに。
いつの間にか、仁さんのやさしさに触れて、僕は我儘になっていたらしい。

仁さんとずっと一緒にいたいと…、ずっと好きで隣にいたいと思っていたらしい。


ふと蘇る仲睦まじそうな二人の光景。それがフラッシュバックするたびに胃から酸っぱいものがこみ上げてくる。嗚咽交えて苦いものを吐き出せば、今度は涙が止まらなくなった。

止めたいと思っても自然に溢れるそれは、僕の長年の想いが溢れたようでもあった。
このまま、涙と一緒にこの想いも消えてしまえばいいのに。
そう願ったけれど、涙が止まってもけして楽にはなれなかった。



 仁さんの幸せを願っているのに、結局自分の幸せもねがっていた。
 仁さんが立ち直る為だといいながら、結局その腕に甘えて恋人の気分に浸っていた。

仁さんの為、そういいながら。
仁さんがまりんの…女の人と一緒になるのを嫌がっている。
仁さんの幸せは普通の温かな家族を作る事なのに。

まりんと、仁さんと、子供の姿。
幸せな家族のような、姿。
先ほどみた仁さんの夢を具現化したかのような幸せな家族のような構図に…僕は嫌悪に押しつぶされそうになった。


結局、僕は自分の為にしか動いていない。仁さんの為といいながら。

結局は仁さんを襲って無理やり付き合って、仁さんのやさしさに甘えて…、結局は自分の思うが儘動いていた。まりんに我儘なんて言えない。僕もまりん以上に仁さんを振り回していた。
結局は僕も嫌いだったまりんと同じ、自分勝手な悪魔に成り下がっていた。

仁さんとまりんが仲睦まじく歩くのを目撃した昨日。
あれから仁さんとは直接会っていなかった。
夜の23時頃に仁さんは帰っていたようだったけれど、僕は布団に丸まって寝たふりをしていた。

仁さんも僕が具合悪く寝ていると思ってくれたようで、そのまま起こされることもなく、顔を見なくてもすんだ。

あのとき、見られなくて、本当に良かった。

 きっと目が真っ赤に充血して泣いている僕をみて仁さんは心配するだろうから。
そんな仁さんを見て、僕はまた泣いて縋ってしまうから。

『どうして、僕じゃなくてまりんを選ぶの?僕が一番貴方を好きなのに』なんて、みっともなく自分本位に気持ちを押し付けてしまいそうだから。

 翌日、僕が用意した夕食は食べてくれたようで、食器はきちんと洗ってあった。
朝は僕が目覚める前に会社にいったようだった。


〝今日は寝坊か?体調悪いのか?
やっぱり、病院は嫌でも一度はいったほうがいい。これ以上悪くなったら、お前が嫌と言おうが連れて行く。
無理はするな〟なんてメモが残されていた。
その気遣いにまた涙腺が緩んだ。





 あまりに吐き気が取れず、次の日僕は紫水さんの勤めている病院へ赴いた。紫水さんに症状をいえば、簡単な検査することになった。

ただの風邪だと思ったのに、検査なんて大げさではないかと思ったけど…紫水さんの有無を言わさない剣幕におされ承諾したんだけど

「えーと…その、できてるね」
告げられた検査結果に、脳は瞬時に理解することができず固まってしまった。

「は?」
「だから、こども。できちゃってるの。君のお腹に。妊娠数か月ってとこかな…」

紫水さんはカルテに何かを書きこみながら、淡々と言った。

さらりと受け流してしまいそうなほど淡々とした言い方だったから、聞き間違いかと思い、紫水さんを見返す。

紫水さんはとんとん、とボールペンでカルテを叩きながら「君たちもやることやっていたんだねぇ…」と呟いた。


「で…きてる…」

紫水さんの言葉にパニックになりながらも、こうなることを予想できなかった訳でもない。
仁さんが何もつけずに僕を抱くようになって、数ヶ月がたっていたから。
ふたなりという身体は子供が出来にくいものの、その可能性は0ではない。
ただ僕の身体は未熟であり、妊娠なんてないと思っていたから…。
混乱の後にきた感情は、「ああ、できたのか…」という他人事のような感想だった。


「産むの?」
紫水さんは静かに僕に尋ねる。

「その子供…産むの?」
「当たり前じゃないですか」
紫水さんの問いに僕は当然の返答を返した。
大好きな人の子供。大好きな人と半分血のつながった子。


「お腹の子…、君がずっと好きな人との子だろう?産んでいいと彼は言うの?」
「ーーー」
「子供は産めるよ。
でも、君はふたなりなんだよ。どんなに可愛い格好をしても、健気に尽くしてみたとしても男であることに変わりない。
それでも…」
「産みます、絶対に」

紫水さんの言葉を遮るように、きっぱりと言い切る。

絶対に、産む。たとえ、誰かに反対されてもこの子は僕の子供なんだから。
僕が仁さんに抱かれ愛された証拠でもあるのだから…。
こんな形で知るとは思わなかったけれど…それでも嬉しかった。


こんな僕でも無条件に愛せる人が欲しかった。
子供ができたのならば、その子供にとことん愛を与える事が出来る。
たとえ、仁さんがいなくても。


「駄目な親でごめんね…。自分勝手でごめん。これから辛い思いをさせちゃうかもしれない。
でも、君は、絶対守ってみせるから、」

お腹を一つ撫でる。
ここに〝仁〟さんとの子供がいると思ったら自分の体なのに愛しく感じた。昨日まではただ気ダルいと思っていただけだったのに。


ひとりじゃない。
ここに仁さんとの子供がいる。
大好きな人の子供。
この子を、絶対守って愛してあげたい。
〝仁〟さんの代わりに。仁さんの分まで。
たった1人で守っていく。

この子には僕しかいないのだから。
だから、僕は強くならなくちゃいけない。もう泣いていちゃいけない。
この子の親になるのだから。強くなりたい。心からそう思った。
まりんもこんな気持ちだったんだろうか。
強くなりたいと、変わりたいと思ったから、この間あった彼女は僕が知る彼女ではなくなっていたのかもしれない。

夢見る少女から、子どもを守る母に変化したのかもしれなかった。

子供が出来て、親として初めに決意したのは・・・、仁さんとの終わりだった。




□■

何かを始めるのは勇気がいること。そして終わるのも。
子供が出来たと知り思ったことは、これ以上仁さんの傍にいられないということだった。

これ以上泣いてはいられない。ずっと誰かを思って泣いている親なんて子供も不安にさせちゃうから。

真面目な仁さんだから、きっと子供でもできたらまりんを思っていても、僕の傍にいてくれる。

この子の親になってくれる。自分の気持ちを押し殺しても彼は他人の世話をしてくれる。

でも、そんなのは望んでいない。
 僕が望むのは。
あの狼のような情熱深い人が本当に愛する人と幸せになること。
あの狼のような人が唯一望んだ番と幸せになることだった。

無理して生きていく人生なんて背負わせたくなかった。


僕には、仁さんの子供の子供がいる。それだけで、もう満足だから。
仁さんの番になりたいなんて、思わない。
ただ、幸せになってくれればいい。
誰よりも幸せになってくれればいい。
僕のことなんて忘れて、まりんと幸せになればいい。
初めから仁さんの幸せを願っていたのだから。


反省しつつあるまりんとの仲にぼくがいるのは不自然だ。
だから…、もう、元に戻すのが一番なのだ。
有るべき形に戻すのが一番いい方法なのだ。
そうでしょ…?



「仁さん、嘘つき」
家に帰ってきた仁さんに開口一番に恨みがましく言った。
当然、言われた仁さんは、なんのことだと顔をしかめた。

「まりんと、会っていたデショ」
「すまない…」

仁さんは言い訳もしないで、僕に謝った。
言いわけでもしてくれたら失望出来るのに。
最後まで優しい人。優しくてちょっとずるい人。
そんなにすまなそうな顔、しないでよ。
これから別れの言葉言えなくなっちゃうじゃんか。


「許せないな…」
「すまない…約束を…」
「仁さん、別れよう」

仁さんの言葉に重ねるように、別れの言葉を口にした。
絶対に僕からは言えないと思っていた言葉だったのに。

その言葉は意外にもするりと口から出た。
まるで、自分が言っている言葉ではないようだ。

どこか現実味がない。
まるで僕が出演しているドラマでも見てるよう。
僕が喋っているのに、その言葉は気持ちが籠ってない。
気持ちが籠ってないから、どんな冷たい言葉でも言える。


「だって、代用品でしょ。僕ら。恋人でもなんでもないじゃない。
仁さんだって、僕のことをまりんの身代わりに思っていたんでしょう」

こんな風に。
今まで言えなかった仁さんを傷つけ遠ざける言葉だって吐けた。


「違う…。身代わりなんて」
「違わないよ…。
仁さんはいつだって、まりんを忘れられなかった。ずっと変わることができなかった、いくじなしだ」
「…いくじなし」
「貴方の抱き方は、まりんだけしか見ていない」

嘘だよ。
優しく抱かれるたびに、愛されてるのかなって泣きたくなった。
この腕が僕のモノならいいのに、って。この腕に甘えていいのかなって思ったよ。

心とは裏腹に、口は冷たい辛辣な言葉を吐く。


「一週間後、出て行くよ」
「駿」
「止めても無駄だから」

言葉を遮断するように仁さんに背を向けて、自室のドアに手をかけた。


「駿」
「約束を守らない人は嫌いだから」
「どこに行くんだ…?いく家なんてあるのか?」

焦ったように仁さんは僕を引き留める。

「あるよ…バイバイ」

仁さんの顔を見ず答え、逃げるように部屋へと入った。


バタン、とドアと閉める。

それが合図だったように涙がこみ上げてきて、僕はドアを背にしたまま、ズルズルとその場にしゃがみ声を押し殺して泣いた。

仁さんが、引き留めてくれて良かった。
あっさり笑ってさよならを言われなくて良かった。


これでいいんだ、これで…。


「笑え…、これでいいんだから…、笑え…」


自分に言い聞かせるようにつぶやく。

ぎゅっと、膝を抱え口元に不自然な笑みを作っても…涙はすぐには止まってくれなかった。
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