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6章
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「たまに呼び出したと思ったら、君はまた悩んでいますね」
僕の沈んだ顔を見て、開口一番に紫水さんはそう言った。
人間どんな人間でも一人は味方がいるというが、この紫水さんはまさに僕の味方だった。
何か困ったことがあれば親身になって相談にのってくれて、時に優しい兄の様に僕に接してくれる。
そして彼自身もふたなりの身体を持つ身であり、医者でもあった。
紫水さんも僕と同じように苦労したことがあると言っていたが、そんな苦労なんてわからないくらい、今の紫水さんは、輝いていた。
悲壮感溢れる僕とは違う。
常に前を向いていて、明るく困った人がいれば手を差し伸べてくれるような優しさを持ち合わせた…そんな人だった。
今日も紫水さんは相談したいことがあるといった僕に対し、快く返事をしてくれ、こうして待ち合わせの喫茶店にやってきてくれた。
「幸せいっぱいではないんですか?
後悔しているんですか?」
「後悔は…・・・していないと思います」
仁さんと…すきな人と一緒にいることができた。そのことに後悔はなにひとつない。
同居当初のあえば口喧嘩ばかりしていた時ですら、僕にとってはかけがえのない思い出だから。
「していませんが…」
後悔はしていない。
でも、悩んでしまう事がある。
これからのことだ。
「なにか口が重いですね…。なにかあったんです?」
「僕の姉にあったんです」
僕の姉…まりんのことを紫水さんは知っている。
僕が嫌いなことも、僕が好きな仁さんがまりんに惚れていることも相談させてもらった。その上で、辛い恋ですねといつも苦笑していたのだけれど。
「姉ですか…」
「はい。姉です。姉は僕が別れた彼氏と一緒にいる事を知っていました。そして僕に、彼にもう一度会いたいといいました」
「……合わせろと?捨てた彼のこと今更会いにくいから会わせろって?そんなバカな話…」
僕の気持ちを知っている紫水さんは不愉快に顔を顰めた。
「いえ、会わせろ、ではなく…ただ謝りたいと」
「謝りたい?」
「はい。
僕も、姉のことだから気まずい別れをした仁さんに僕の方から仲を取り持てって話だと思っていたんです。
来ないことを願っていましたが、姉は我が儘でしたから。だから会った時もそう切り出されると思ったんです」
少なくとも僕が知る昔のまりんだったなら、電話を何度もかけて仁さんともっと積極的にコンタクトをかけてきただろう。
電話なんてまどろっこしいことなんてせずに、直接会って話をするタイプだから。
相手の都合なんてお構いなし、それが自由奔放なまりんだった。
「いつ、また仁さんの前に姿を現すか、僕と仁さんのこの関係がいつ終わるのか。
ずっと…考えていたし、僕自身も、彼の笑顔さえみれればって思っていたんですけどね」
仁さんがまりんを思い続けてもいい。ただ、自分自身を傷つけることがなければ。また倒れたり入院したりしなければいい。
最初はそう思って、仁さんの家に押しかけたのに…。
仁さんとの生活で、多分僕は凄く欲張りになってしまったんだと思う…。
傍にいて、いればいるほどに好きになってどん欲になって…。
だから、まりんの電話一本で情緒不安定のように仁さんに泣いて縋るなんて真似もしてしまった。
「姉は、僕に会わせろとは言いませんでした。ただ、彼に謝りたいとそういっていました」
「…謝りたいですか。でもそれってつまり会って話がして謝罪したいってことですよね。
それで、君は二人をあわせるんですか。
その二人を。最悪お姉さんに出会ってまた彼が恋心を抱いてしまうかもしれませんのに?」
「あわせるわけないじゃないですか」
紫水さんの言葉に、すぐに返事を返す。
あわせるわけない。
どんなに謝っても、あわせたくなんかない。でも…。
「僕はまりんが許せない。でも、僕は仁さんじゃない。
仁さんがまりんを許したら僕は何も言う事ができないですよ…」
仁さんがまりんを許す、というのなら、僕は何も言えない。
会いたいというのなら。
後は仁さんとまりんの問題であり、僕には関係のないことだから。
どんなに抱き合っていても、僕がどんなに思っても、クリスマスの日のように仁さんがまりんの傍にいたいと思ったら、僕は簡単に捨てられてしまうのだ。
僕の一方的な片思いだから。
「また彼は彼女にいいようにあしらわれるのでは?」
「仁さんは何度も騙されて傷つくような人じゃないと思います。それに…」
「それに?」
「…この間あったとき…少しいつもの姉と違う気がしたんです…」
前回あった時のまりんは、僕の知るまりんと少し違っていた。
派手な服を好むまりんなのに、あの時着ていた服は落ち着いていたし、なによりそれまで否定し続けた猫の話を僕に振りあの時のことを反省しているとまで言っていた。
「なんの変化か知りませんが…、少し変化が見られるようです」
「変化?」
「はい。昔の彼女なら僕にわざわざ仁さんに会っていいか?なんて聞かなかったし、電話もしなかったと思います」
昔のまりんなら。
強引に仁さんに近づいて僕らをかき乱していっただろう。
「姉が何を考えているのか僕にはまったくわかりません。何をしたいのかも。
だから本当は嫌なんですが、今度、直接姉にあうことにしました。話を聞くために。」
名刺を貰って、結局5日程悩んで、僕はまりんに自分から電話をかけて、会うことに決めた。
今まりんが何をしているのか、仁さんを今どう思っているのか知りたかったから…。
「なにか、よからぬことを考えている可能性は?あって何になるんです?」
「何もないかもしれないですよね…・・・。でも、モヤモヤするんです。彼女の変化知っておきたいって思うんです」
「それは君の今後のために、ですか?それとも、彼のためですか」
紫水さんの言葉に、何も返さずに笑って見せる。
紫水さんは何も言わず僕を見つめ返した。
「あるテレビのコメンテーターが言っていたんです。浮気を許せるくらいその人を愛せたら、その愛は本物だと思う」
クリスマスの日、僕を置いてそのまままりんを追った仁さんを僕が許してしまえたように、浮気されて別れることになっても未だに思い続け、クリスマスの日、周囲の目を顧みずまりんの面影に似た人影を一心不乱に追いかけた仁さんのまりんへの想いも紛れもない愛だ。
あのクリスマスの日、もしまりんに会えていたら、きっと仁さんは謝るまりんを許し、また彼女の傍にいただろう。
追いかけていたのが、仁さんがまりんを許し追い求めている証拠だった。
仁さんがどうするかは…、これからどうなるかは誰もわからない。
まりんと会わないで、と約束はした。
約束はしたけれど、それもちゃんと守ってくれるかもわからない。
まりんを前にしたら、またクリスマスの日のような衝動が襲い、またも追いかけあってしまうんじゃないだろうか。そんな予感がする。
「もし、仁さんがまりんを許したら…それは本当の愛だと僕は思うんです。
それに僕が反対できる理由なんてない。まりんと仁さんは男と女。
僕みたいな中途半端なやつとの付き合いよりもずっといい。
仁さんが望むのなら僕は二人の邪魔なんかできない。邪魔をしたくないんです」
「それはーーー、それで貴方はいいんですか?」
「いいです。あの人が楽しそうな未来が僕の幸せなんで。
僕がいなくても仁さんが幸せなら、それでいい」
「無茶はしないでくださいね…」
「はい」
紫水さんの言葉に頷いて、頼んでいた珈琲を一口口をつけた。
珈琲は少し苦みがあって、失敗したな…なんて思いながら店の窓から泣き出しそうな空をみた。
*
「仁さん…!」
紫水さんと話したその帰り道。
駅前でばったりと仁さんにあった。
駅の改札口をでると雨が降っていて、傘でも買おうかな…と思案していた時だった。
仁さんが手をあげながら、僕のほうにやってきたのは。
「傘、持ってきた。
今日どこか行くっていってただろ?」
「行ってた、けど…」
「紫水さんのところだと思ってメールしたら、別れたばかりって返ってきたから。カサ持ってきた」
ほら…と、緑のチェックの僕の傘を差しだされる。
それを受け取ると、仁さんはさっさと歩き出した。
「届けに来てくれたの」
てこてこと、小走りに仁さんの後を追う。
「んー、まぁ…な」
明後日の方を見ながら言う仁さん。
「いつから待ってたの?」
「そんな待ってない」
「そんな…って。いったいいつから…」
しつこく尋ねてみれば、仁さんは1時間前から…とかえした。
どうして1時間も前から待っていたのにメールか連絡いれなかったのか?と問えば、急かしたら悪いし…と口ごもる。
「仁さん、ありがとう。仁さんってやっぱりよく気が付くいい男だなぁ」
なんて茶化しながら礼を言えば、仁さんはべつに…なんてぶっきらぼうに返す。
ぶっきらぼうな言い方だけど、僕にはそれが照れているんだとわかった。
可愛いなぁ…なんて思いながら、仁さんの腕に自分の腕を絡ませる。
「駿…こら、濡れるだろ…」
「えへへ…」
じゃれつく僕に仁さんは眉をよせていたけれど、本気で怒っているわけではなかった。
「帰るか」
「うん」
「駿、その…、今日はハンバーグが食べたいんだが」
「わかった、頑張るね」
仁さんと肩を並べながら、ずっとこのままでいられればいいのに、なんて思った。
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