槇村焔

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5章

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「『仁、好きよ…、だから、おやすみ。目が覚めたら、もう元気になっているから』ってね。

私だって知っているわ。
貴方の性格の事。貴方は、本当は卑屈やなのに仁のことになると自分を犠牲にするわよね。
誰に何を言われても、黙っているお人形のような貴方が、こと仁に対しては戸惑ったり全力でぶつかったり…。弱いくせに、仁に対してはこちらが嫌になるくらい真っ直ぐだった。

そんなあなたをみるのが嫌いだったのよ、私。私には真似できないから。
私は欲しがるだけで、いつも怖がっていたから…。
あなたと〝約束〟したときのこと、覚えている?」

まりんは僕に静かに尋ねた。

約束したこと。
覚えている。忘れられない。

 まりんとひとつ、約束をした。
それは、仁さんの傍に必要以上よるな…という約束だった。

 ただカッコいい優しいお兄さんだった仁さんが、弱っていたあの時。
あの時、初めて仁さんの為になにかしようと思った。
あのとき初めて、お兄さんという立場だった仁さんという存在が、こんな僕でも守ってあげたいと思う存在になった。
あの時が、ただ恋い慕う気持ちから、守りたいと思うようになった瞬間だった。


仁さんが、お母さんが死んだショックや心労で倒れたあの日。


『母さん、苦労かけてごめん。本当に』

熱に浮かされて、ごめんごめん、と仁さんは言い募った。
そこにいないお母さんに。
熱に魘されながら、もういない故人のお母さんに謝っていた。
仁さんは母子家庭で母親に迷惑かけまいといつも母親を気遣っていた。
元々仁さんの母親は体が弱かったみたいだ。
それなのに仁さんを女で一つで育て上げたため、無理がたたって病気で早く死んでしまったらしい。

仁さんのお母さんのお葬式の時、心無い人からそんな言葉を受けていた。
あんな男の子供なんて、施設に預ければ良かったのに。
そうしたら、もっと楽な生き方ができたのにって。
ごめんごめんと言い続ける仁さんを見ているのが辛くなって、僕はその時、仁さんのお母さんの真似をして励ましたんだ。


『馬鹿。私はそんなことで貴方を嫌ったりなんかしないわ。―――――――』
『もう、ほら、泣かないの。お腹が空いてるんだよ…、野菜スープ、作ったからあとで食べよう? ちょっと寝て落ち着いたら、ね?』

仁さんはーーー、僕をお母さんだと思ったんだろうか。
僕の手を握りしめて、懇願した。


『ここに…、いてくれ…』心細く不安に濡れた仁さんの瞳。
その瞳をみた瞬間に愛しいと、心が揺れた。
好き、とかカッコいいな、とかではなくて仁さんに初めて〝愛おしい〟と感じた。

この優しくて、でも脆くて、誰よりも母親を思っている〝男〟の人を。
初めて、誰よりも誰よりも好きでいたいと思った。
守らなくてはと強く強く思ってーー。


『いるよ。ずっと、仁の傍に…。貴方の傍に…。約束するわ』
暖かな掌。
その手を、ずっと握っていたかった。
お母さんが死んで、お父さんがいなくなって。一人になった仁さんの傍にできるならずっと一緒にいたかった。

『ずっと、貴方と…』
握り閉められた手を、離したくなかった。



『あなた、ホモなの…?仁のことが好きなの』
母さんからお見舞いの品を持たされてやってきたまりんから、嫌悪の眼差しで見られるその瞬間までは…その約束通りずっと一緒にいようと思っていたんだ。辛いときは支えてあげようって。


『気持ち悪い…。ねぇ、みんなに言いふらしたらどう思う…?貴方はいいかもしれない。
だけど、仁まで男好きなんて噂立てられたら、どうなるかしら?
仁は貴方を恨まない?約束、なんて下手な約束してよかったのかしら?あんな口約束なんて』
『…言わないで…。いまの仁さんは…母親のことで参っているんだ…だから…』
『約束、する…?』

もう仁の傍に必要以上いないって…。隣にいようとしないって。
僕にとっては、その約束はまりんの言いなりになるようで嫌だったけど、仁さんが周りから傷つけられるよりはマシだと思いまりんの言葉に頷いた。

その後、仁さんがまりんに惚れ、愛するようになっても、僕の気持ちは変わらなかった。


 仁さんとずっと近くにいるという約束と、まりんとの仁さんの傍によらないという約束。

あの日、2つの約束をした。相反する二つの約束。


「仁さんは、僕が守るから。約束、破ったってまた仁さんを傷つけるなら。
僕が何度だって彼の傍にいるから」

あの日から、僕は変わった。
ふたなり、だけど心は男だ。
仁さんが誰よりも好きな、男。

欲しがるだけいつも欲しがっているまりんとは違う。僕は守ることだってできる。
傍にいて、行動することだってできる。
今の現状のように仁さんに張り付いて、いつも一緒にいることだってできる。


「それで、本題はなに?猫の話をわざわざするために来たんじゃないんでしょう?」
「そうね」

まりんは、一瞬目を宙へ彷徨わせて、それから僕へと移した。
しばしの沈黙のあと、まりんは重い口を開いた。


「ねぇ、また私、仁に会いたいと思うの。あの人に、謝りたいと思っているの」
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