槇村焔

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5章

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――試練があって、乗り越えた二人はきっとその後絆は深いものになっていくから…。

テレビで老年のご意見番タレントが、相談にきた女性を慰めている。
相談内容は、浮気する夫に別れを切り出していいものか、このままの生活でいてもいいものかという相談だった。ここ最近、浮気で悩む女性特集をよくテレビで見かけている気がするのは気のせいだろうか。

ご意見番タレントは相談にきた女性の話や愚痴を丁寧にきき、最後は「母親は強いんだから頑張りなさいよ」と激励していた。

その番組のあとに恋愛ドラマもやっていた。今話題の恋愛ドラマ。思い合っていた二人が別れ、また再会するという話。


物語は終盤で、主人公が今付き合っている彼を振って昔の彼の元へ戻るという場面だった。

別れを告げられた彼氏は、主人公のことを愛しており、主人公が元彼を忘れられないと知ってもアプローチしていた。しかし、ラスト付近で元彼の元へ向かった彼女に頑張れよという叱咤激励の言葉と背中を押し主人公を送り出していた。主人公の幸せを願いながら。

最後のシーンで、悲しげに泣きながら彼はフェイドアウト。

すれ違っていた男女が元どおりになって、めでたしめでたし。
今まで支えてきて振られた男などスポットライトにも当たらない。


――試練を乗り越えた二人はきっとその後絆は深まっていくから。
まりんの元へもし仁が戻ったら。
自分はこうも激励なんてできるんだろうか…。


主人公が昔の恋人と感動の再会を果たしている場面が、まりんと仁さんに被って見えて、気分が悪くなりテレビの電源を切った。

よりをもどしたいとも何もまりんは言っていなかったのに。被害妄想すぎるんじゃないだろうか。

かかってきた電話1本くらいで。

そう思うのに悪い想像は止まらなかった。考えれば考えるほどに思考は深みへとはまっていく。


仁さんとまりんが結婚し、僕がそれを遠くから見ているビジョンすら見えてくる。


どうしようもない不安に苛まれながら、僕は仁さんの帰りを待った。



――ダンダンダン、とせわしなく階段をかけあがる音が聞こえた。なんだろうと、ふさぎ込み俯いていた顔をあげる。


「駿」
玄関のドアが開かれる音がした。

「…駿…」
足早に廊下をかける足音。
バタンバタン、とドアを乱暴に開く音が焦れた気持ちを表しているようだった。

「…仁さん…?」

時計を見てみれば、いつもより、2時間は帰宅が早い。
僕が電話したから、早く帰宅してくれたのだろうか。
携帯電話には、着信を表す履歴が沢山残っていた。

「ここか」

リビングと廊下をつなぐドアが開かれる。
リビングにある椅子に座る僕の姿を見るや、仁さんはあからさまにほっとし安堵の息を吐いた。

「何があったのかと思った。
電話、くれただろ…」
尋ねる声は、優しい。泣きたくなるくらいに。


「ごめんね…心配させて…」
「携帯何度かかけたが…気づかなかったか?」

一瞬机に置きっぱなしの携帯に視線を移して、それからまた僕へと視線を戻す。
携帯電話は通知を知らせるランプがチカチカと光っていた。

「事故にでもあったのかと思った…。どこにも電話が繋がらなかったし」
「ごめん…」
「無事でよかった…」
俯いていた顔をあげれば、仁さんの瞳が優しく僕をみて細められる。
責める声色でもなく、本気で心配してくれているような言葉に涙腺が緩む。



「ごめんなさい…お仕事中に電話かけて」
電話した後、仁さんはすぐかけてくれたのにその電話を取ることができなかった。
まりんといまいる…そんな言葉が返ってくると勝手に想像をして起こっていない現実に怖がっていた。
心配させるからメールでもいれれば良かったのに、そんな考えも頭に過ぎらなかった。


「なにもなくて良かった…。すぐに来れなくてすまない…。これが緊急だったらと思うと…」

申し訳なさそうに言う仁さんに申し訳なくなってしまう。
仁さんは持っていた机に鞄を置き、背広をハンガーにかけた。


「電話したいこと、なにか、あったのか」
「…」
「駿?」


いつもとは違う様子の僕を仁さんは怪訝な表情で見つめた。

(この腕を、僕のものに出来たらいいのに。この身体が僕のものなら、いいのに。)

そんなことばかりが、頭を駆け巡る。

仁さんの熱を感じたい。
今すぐに、仁さんの熱い楔で何も考えられないくらい、僕を貫いてほしい。
不安を吹き飛ばすくらい、また抱いてほしい。

焦燥し乾き飢えた心が、仁さんを求めた。


「…ベッドに…」

近づいてくる仁さんの腕を掴んで椅子から立ち上がる。
「ベッドに行こう」
そういって、仁さんを引きずりリビングを出た。

「は…?おい、駿…」
仁さんは僕の暴挙に困惑していたが、構わず寝室へと連れて行った。



寝室につくやいなや、混乱しつつある仁さんの唇に噛みつくようにキスをした。
背伸びをしながら、頬に手を充て角度を変えて口づけを交わす。

舌を差し入れれば、初めは受け入れるだけだった仁さんも次第にそれに答え絡ませてくれる。
ピチャピチャ、と音がするくらいのキスを繰り返しながら、首元にかかっている仁さんのネクタイを抜き取った。


「なにか、あったのか」
唇が離れると、つぅっと銀糸が口端を伝っ
肩を掴みながら、僕の真意を見逃さないようにじっと顔を覗かれた。

「なにも」
「なにもって…」
「なにもないよ…。ほんと」

〝仁〟さんにはたいした問題じゃない。
僕の不安なんて。
だから〝なにもない〟
なにもないんだ。
言うべきことはなにもない。僕はただの同居人なんだから。

 しばらく仁さんは僕の言葉を待っていたが、僕が何も言わないとわかると、ふぅっ…と息をはいて、肩を落とした。

「言いたくないなら言わなくていい。
でも、無理はするな」

ポンポンッと僕の頭に手をのせて、数回優しく叩く。

 上着のシャツのボタンを外しながら、仁さんはベッドに向かった。


 僕は部屋の電気を消して、ベッドで待つ仁さんの元へ近づく。

「電気消すのか?いつも消さないのに…」

いつもは、明るい場所で仁さんの顔を見ながら抱いてもらう。仁さんの顔が好きだから。
でも…。


「…電気、いやだ」

暗闇の中、ぽつりと口ごもる。

「絶対に、つけないで…、お願い…」

暗闇の中なら、顔が見られない。
それなら、不安でいっぱいの顔も見られることもないし心配かける事もない。
こんな女々しい自分は自分でも嫌で、好きな人である仁さんには見られたくなかった。

こんな弱い自分は見られたくない。
でも、こんな弱い自分も確かに僕の切り離せない一部分で。
ほろりと一筋、涙が溢れる。
なんで、この頃は、こんな簡単に涙が出てしまうんだろう。僕の意思とは裏腹に、どうしてこんなにも簡単に涙腺は緩んでしまうんだろうか。


「どうしたんだ?今日は」

ベッドに乗り上げて、座り込んだ僕の顔を両手で包み込んで覗き込まれる。
カーテンから落ちる月明かりのみの薄暗い室内で、暗がりの中顔を合わせられた。

「駿」
優しい声音で名前を呼ばれ、親指の腹で目元に溢れていた涙を拭われる。頬に手を添えられて。
温かな大きな骨ばった手が心地よい。
温かい掌を感じていたくて、涙を拭ってくれた仁さんの片手に自分の掌を重ねた。


「ごめんなさい」
「駿…?」
「仁さんは、男好きでもないのに。
僕みたいな中途半端な身体、抱かせてごめんなさい…」
「駿」

こんなこと言うの、今更なのに。
もう何度も仁さんにはこの身体を抱かせているのに。

出てきた言葉は止まらない。
まりんという存在は、離れて暮らす今も、僕の精神を不安定にさせる人間らしい。
仁さんが精神安定剤ならば、まりんは精神不安定剤のよう。



「僕の身体はまりんみたいに綺麗じゃないから。まりんみたいに本物の女じゃないから。女でも、男でもないから…。
ほんとうは、仁さんに抱かれていい身体じゃないのに…」
「駿」
「こんな中途半端な身体を抱かせてしまってごめんなさい。仁さんの優しさに甘えて…ごめんなさい」


突然こんなこと言われて仁さんはきっと困惑してる。でも溢れてしまった涙も自己嫌悪も止まらない。
今まで、こんな風に仁さんの前弱音も吐いたことなかったのに。強い対等な人間でいたい。
こんな弱い自分でいたくないのに…。


 仁さんの隣にいたいのに、仁さんの隣にいられないとブレーキをかける自分がいた。
本当にいていいのか、お前なんかいていいのか…と、僕を責める僕がいた。

「僕は…、」

俯き、嗚咽を漏らす。
こんなに悲しいのは、きっと仁さんとの生活で欲が出てしまったから。
夢だった好きな人との生活が出来たから。

仁さんの笑顔を取り戻す。
初めはそれだけだったのに。
取り戻した笑顔を近くでいていたら、仁さんからより離れられなくなっていた。
いつの間にか、物凄く欲張りになっていた。


「駿」
あやす様に仁さんは僕の背を一撫でした。

俯く僕の前髪をかきあげて、額にキス唇を押し当てられる。
そして、徐にベッドから降り、何も言わず部屋の出入り口付近にある部屋の電気のスイッチを押した。

パッとついた人工的明かり。突然の明かりに目の前の視界が一瞬くらんだ。


「…つけないで、っていったのに…」
「ああ、すまない…」
「…見ないでください…。
僕いま変な顔しているから…」

視線が痛いほどに顔にあたっているのを感じた。

仁さんはどんな表情しているんだろう。
怖くて顔があげられない。

視線から逃れたくて、ベッドから降りようとするもそれは仁さんによって阻まれた。
ベッドに押し倒されて、シャツに手をかけられる。


「見たい」

プチプチとボタンを外しながら、顔にキスを降らされる。
顔を両手で隠そうとするが、片手は仁さんの空いた片手に握られた。
必死に空いている方の片手で顔を隠す。


「お前がなにか不安に思う事があるのなら、俺はそれを見たいと思う」

顔を隠そうとする手すら、ペロリと舌でなめられて口づけを落とされていく。
僕が身に着けていたシャツのボタンは全て外され、胸元が露わになっていた。


「見せてくれ…駿の全部。」

耳朶を喰みながら、胸元に手を滑らせていく。

「お前のすべてがみたい」
優しく囁かれて…、僕は仁さんの手に体を委ねた。




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