槇村焔

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4章

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車に揺られて2時間。
仁さんが車を止めたのは、カモメがクゥクゥと飛び回る、海水浴場として夏場は繁盛しているとテレビでやっていた海の近くの駐車場だった。
夏場は込み合いそうな海も、今は冬ということで、駐車場には僕ら以外の車は2、3台あるかないか。
車から出た途端、潮風のしょっぱい香りが鼻をくすぐった。
車から出ると、仁さんはまっすぐに海の方へ少し険しい顔をしながら進んでいく。

「海?なんで海なの…?さむい~」

口を尖らせて文句をいいながらも、仁さんの後を追いかける。
昨日と違い今日は晴れているけど、それでも冬の海辺は寒い。
頬を叩く潮風に顔が刺されるように痛んだ。冷たい海風に唇も乾燥していく。
首を服にひっこめて、ぶるぶると震えた。

「冬の海…か」
呟いて、前方を歩く仁さんから海へ視線を移す。
ザザン、ザザンと寄せては返す高波。
冬だから僕ら以外の姿はなく、ほぼ貸切状態だった。
夏の海よりも冬の海の方が透明度が高いらしい。今目の前に広がる海も、透明感があって、キラキラと静かに輝いていた。日の光を反射させた海面は、宝石を散りばめたように綺麗だった。


「津軽海峡冬景色って感じ?あ、サスペンスにでも出てきそうだね。あの岩場なんか、犯人追い詰めるのによさそう…」

なんやかんやで寒さで不機嫌になった機嫌はすぐになおり、きゃっきゃと一人楽しむ僕。
そんな僕に仁さんは呆れたような視線を向けた。

「海にきたかったの?」
「ああ…」
「海好きだったっけ…?」

夏場、休日で暇な時は多々あったけれど、海になんか一度も仁さんはいってなかったと思う。
むしろ、海が好きと聞いたこともなければ、今まで1度たりとも行きたいといったこともなかった。


「夏にこなかったの?」
「ああ…」
「なんだってまた冬の海に…」
「それは…」

仁さんは逡巡し、また口を閉じた。
なんで冬の海に連れてきたんだろう…。
冬だし泳げもしないのに。
2時間かけて連れてきたのに、海をみたかっただけ?

 夏とは違い静かな冬の海をぼーっと眺めていたら、刹那、手を握られた。

「仁さん…?」
「…いくぞ…」

いつもは、手をつなぐの怒るのに…今仁さんは耳を真っ赤にしながらも僕の手を握ってくれた。

「仁さんと手をつなげるなら、手袋とっちゃおうかな…」
「手、悴むぞ…」

 そのままひとしきり冬の海辺を仁さんと手をつないで散歩した。仁さんはとくに海に連れてきた理由もいわず、相変わらず無口であった。結果、いつも通り僕ばかりが喋っていた。

「あ、カニだ…」
「カニくらいいるだろう。海なんだから…」
「ねぇ、砂のお城作ろう?」
「城?」
「せっかく海にきたんだから、海にきたっぽいことしたいし」

そういうと、待て…と仁さんが制止するのも聞かず、僕は靴が汚れるのも構わず砂浜にかけだした。普通の運動靴できたから、歩きづらい事このうえない。
仁さんもかけだした僕に、仕方なしについてくる。

「今僕らしかいないから、思う存分誰にも気兼ねなく作れるよ」
「ほんとに作るのか…」
「うん」
内心、ちょっと嫌がっている仁さんを無理やり巻き込んで、両手で砂を集める。膝をついて砂を集め始めた為、ズボンは砂だらけになっていたけど、幸い今日は汚れてもいい格好だった。

「ほらほら、仁さんはそっち側の砂集めて…あ…シャベル…」
 ちょうど、浜辺に捨てられたシャベルを2本見つけたので、仁さんにも渡し本格的に砂遊びを始める。仁さんは渋々僕の突発的な砂遊びにつきあってくれた。

「仁さん、砂盛り過ぎだよ…」
「そうか…」

砂の城を作り始めて2時間。
冬の日没は早い。
日は地平線に沈みかけている。
棚引く薄暗い雲の隙間から、オレンジ色の空が見える。夕日と暗闇の明暗のコントラストが凄く綺麗で。
海面は夕日を反射し、綺麗で、どこか物悲しく映った。

「できたね…やっと…」

感嘆の声をあげ、しげしげとできあがった砂のお城をみる。
不格好だけど、結構大きなお城ができた。喜び携帯でぱしゃぱしゃととる僕とは引き換えに、仁さんはやれやれ…と肩を竦めた。


クリスマスに冬の海で砂のお城。
なかなかできないだろうシュチュエーションに、来年も今日の日を思い出すだろうな…とシャベルで砂をかきながら思った。

「でも、高波がきたら、すぐ壊れちゃうよね」

せっかくつくったのにな…と、自分でも思ったより落胆した声が出た。
高波がきたら、2時間かけて作ったお城はあっという間に壊れてしまう。
一生懸命作り上げたものは、作った時間を無視してあっけなく壊れる。
それはまるで、僕と仁さんの関係のようだなと思う。
作り上げてきた関係は、一瞬のうちに崩れ去る。
まりんという高波がきたら、あっというまに崩れなくなってしまうのだ。


「波がこないといいな…。
できるだけ、長くこのままで…」

目を伏せて寂しく呟けば…。

「壊れたら、作り直せばいいだろう…」
「え?」
「壊れたら、壊れた分、また作り直せばいい」
表情を変えずに、仁さんは淡々と言った。

「また…?」
「また、壊れたら、付き合ってやるから。
壊れたら、また作ればいい…。何度も…。作り直すことはできるんだから…」

仁さんはそういって、ゆったりと口端をあげ微笑んだ。
また作ればいい…。
そうか。壊れたら、また作ればいいんだ…。
壊れたら、また作れる。
ストン、と仁さんの言葉が僕の心に落ちた。
高波を見て、暗くなっていた心に、その言葉は優しく包み込むように僕の心に広がる。

「また壊れたら、つくってくれる?」
「また海にきたときな…」

仁さんはそういって、ぽんぽん、と砂の城をシャベルで叩いた。

「作りたかったら、また…な…」
 じんわりと、まるで砂が水を吸収するかのようにじわじわと胸に広がるなにか。

僕と仁さんのこの関係は、まりんという高波がくれば一瞬で崩れ去る、そんな関係だと思っていた。一瞬で、どんなに傍にいてもまりんの存在で崩れてしまう関係だと。

でも、壊れたってなおせばいいんだ。
今まで壊れたら嫌だ、高波が嫌だと思って怖がっていたけれど、壊れたら直せばいいんだ。いつだって直せるのだ。直そうとする気持ちがあれば…。


「仁さん…今日はありがとう…。
楽しかったよ…。
寒かったけど、冬の海はきれいだったし、情緒あって…お城も作れたし…」

夕日が落ちていく海を見つめながらいえば、仁さんも、俺の方こそ、と続けた。


「俺も…、ありがとう…。今日は来てくれて…。
海は思い出がいっぱいある場所だったから…お前と一緒にきたかったんだ…」
「思い出?」

砂浜から仁さんへ顔を見上げる。
仁さんはこくりと頷くと口を開く。

「親父と母さんと最初で最後に3人できた思い出の場所だったから…。
お前と一緒にきたかった…ここに…」
「お父さん…?」

仁さんのお父さんと言えば、お母さんを置いて会社もやめて浮気相手の元に蒸発した。
仁さんはそんなお父さんを恨んでいたはずだったけれど…。
仁さんは、言葉をつづける。

「母さんと俺を置いて、女と逃げた親父。
ずっと親父を恨んでいて海にいけなかった…。

海は親父を思い出すから。
まりんにも海にきたいと強請られたことがある。
でも、俺は海にいくことができなかった…。
海に行こうとすれば、泣きたいような怒鳴りたいような気持になって、どうしても前に進めなかった。
まりんは一緒に海にいけない俺に怒っていた。
一人でも何度も、海にこようとチャレンジした。だが、何度行こうとしても途中で引き返した。まるで海に壁でもあるかのように、ずっといけなかった」

でも…、といって、仁さんは視線を僕にやる。


「今日はこれた…お前と…」

ずっと来れなかったのにな…そう呟いて。
お前のおかげだ…と仁さんは晴れやかな顔で微笑んだ。
なにか、つきものがとれたような、そんな晴れやかな笑顔で。




「仁さん…」
「お前と、これて良かった…。お前がいてくれて、良かった…」

汚れるけど、抱きしめていいか?と仁さんが尋ねた。
今、無性に抱きしめてほしくて、僕はこくこくと頷く。

僕が了承すれば仁さんは僕の腰を引き寄せて胸にかき抱く。
ぴったりと隙間なく抱き合い、胸元に耳を当てれば、ドキドキと鼓動が聞こえた。

心臓がうるさい。僕の?仁さんの?

ザザン、ザザンと波の音がする。
大きく波が跳ねる。

夕日が落ちる海をバックに、僕らは何度も口づけをかわした。日が落ちるまで、何度も。
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