槇村焔

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4章

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クリスマス。
それは、恋人たちが、その甘い空気によい浮かれ騒ぐ日。恋人がいれば、少しは意識してしまう日。


 クリスマスイブ当日。
いつも見ているニュース番組のお天気お姉さんが、今夜は夜にかけて雪が降るから気を付けて…それではメリークリスマス、とブラウン管ごしに手を振っていた。

夜は寒くなるらしい。
ここ一番の冷え込みらしく雪がちらつくことでより寒く感じるかもしれません、ともいっていた。

お姉さんの言うことを素直にきき、もこもことしたセーターや、マフラーをみにつけたり、寒くないように防寒着を何枚も着込んだ。少し着込み過ぎて、着ぶくれしたくらい。


寒いのは嫌だけど、ホワイトクリスマスなんてロマンチックだね、仁さんにそういえば、仁さんはロマンチックのかけらもなく、ただ寒いだけだ…と苦々しくぼやいていた。

着込みオシャレする僕に対し、仁さんは灰色のジャケット・コートに、黒いズボン。下は黒のニットという、いつも着ているような普段着だった。寒くなるって言ったのに…といっても、別にいいの一点張りだった。



「プレゼントもあるんだよ!」

「プレゼント…?」

「あ、その顔。仁さんは用意してないでしょ…!酷いなぁ…」

「男同士でクリスマスプレゼントというのも…」

「男は男でも僕はふたなりだよ…?」
「ふたなりでも、お前はお前だろ。
俺にとっては弟のような…」

仁さんはそういって、僕の額をこつん、と叩いた。
その言葉がとても嬉しくて…同時に、少し複雑でもあった。
〝弟〟
僕にとって、仁さんは弟のような存在。

どんなに傍にいても、弟の領域から出られないのかな…ってそう感じたから。
弟。肉親のように身近に思われて、昔だったら嬉しく思えたのに。恋心を抱いてしまった大人になった今ではその言葉も複雑だった。
昔の様に、ただ慕うだけの間柄だったのなら、こんな風に思うことはなかったかもしれない。

仁さんは優しいお兄さん。ずっとそう思えていれば、それ以上を望むこともなかったかもしれない。

落ち込んでいるのを悟られないように、
「おにいちゃんおもいな弟にプレゼントはないの」
あえて明るい声で仁さんにじゃれついた。


「ない…」
「酷いなぁ…」

本当はプレゼントなんていらなかったんだけど。
クリスマスに一緒に出掛けられるのが、プレゼントみたいなものだったから。
特別な日、仁さんと一緒に過ごせるだけで、何を貰わなくても嬉しかったから。



 今日の行先は、僕に全て任せてくれるようだった。
僕はリサーチしていた、予かねてから仁さんと一緒にいきたかった場所に連れて行った
仁さんとは、何度も二人きりで出かけたことはあったけど、デートコースっぽいところはなかなかついてきてくれなかった。

 しかし、今日はカップルが多そうな場所にいくよと告げても嫌な顔をしなかった。
映画館や、最近できたばかりのブランド物の服屋。仁さんは文句も言わずに、僕についてきてくれた。
いつもは嫌がる手をつなぐ行為も、今日は特になにも言わずに、僕がつないだままでいてくれた。



仁さんの大きな手。その手に包まれれば、いやおうなしにときめいた。



今日がクリスマスだからだろうか。
口数少なくぶっきらぼうなところは相変わらずだけど、今日は僕に歩調を合わせてくれていたし、僕の我儘を全て聞いてくれた。


 映画にいって、ショッピングして…色々と回っていたら時間はあっという間に過ぎていった。本当に楽しい時間ほど、時間がすぐに過ぎてしまうのは何故だろう。

プレゼントは用意できなかったから…、と仁さんは僕に夕飯をおごってくれた。


といっても、クリスマスイブの今日だ。
予約もなしになかなか気軽にお店は入れず。
オシャレなレストランはどこも満席で何時間待ちというのがザラで、結局どこにでもあるようなチェーン店の飲み屋で夕飯をとった。

赴いた飲み屋は、今日という日はおしゃれなレストランに客をとられてようで、人はそんなにもいない。

普段だったら、大学生グループの集団がわいわいとさわいでいるものだが、今日はそんなこともなくちゃんと会話できるほどには静かだった。


仁さんは日本酒を、僕はビールをたのみ、クリスマスなのに、ワインじゃなく、それぞれ好きなお酒で乾杯し、七面鳥じゃなく焼き鳥を食べた。

お酒片手にダラダラと喋り合って、些細なことで笑い合う。仁さんはすぐにふふ、と笑ってしまう僕と違い、クスリ、と小さく笑う程度の笑みだったけど。それでも数回はそんな小さな笑みを零してくれた。


オシャレな食事、ではなかったけれど、仁さんと食べた料理は凄く美味しかった。


 クリスマスイブという特別な日なのに、仁さんを独占し、手もつなげたし、行きたいところもいけた。
嬉しくて、今日は顔が緩みっぱなしだった。

凄く幸せな気持ちでこのまま家に帰ろう…、と家の方に足を向けはじめた時。


「仁さん…?」
それまで一緒に歩いていた仁さんが、ぴたりと歩みを止めた。

 街中。
ごちゃごちゃとした人ごみの中で、仁さんが目を見開きなにかを凝視し顔を強張らせた。

「ま…りん…」
「仁さん…?」

仁さんの視線の先に視線を向けて、息をのむ。

肩ほどの、綺麗な亜麻色の髪。すっぽりと抱きしめることが容易な小柄な後姿のシルエット。緩やかななで肩は少し猫背がちで…。

瞬間、仁さんはごちゃごちゃとした人ごみの中、その人物の背中を追う様にかけだしていた。


「まりん!」

まりん、まりんと叫びながら、人ごみの中へと仁さんは飛び込んでいく。人目もはばからず。
僕をおいて。

「仁さん…!」


まりんへと、仁さんは一心に走っていった。
他にはなにも見えていないかのように。
一心にその背中を追いかけていく。

「いかないで…仁さん…」

手を伸ばしても、

「お願い、いかないで…!お願い!」

どんなに、僕が呼んでも、仁さんは僕に振り返ることはなく…、やがて人ごみの中へと混じり姿が見えなくなってしまった。
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