19 / 50
4章
19
しおりを挟む*
一度キスしてしまえば、タカが外れたように俺たちはキスを交わした。
駿は甘えるように俺の唇を奪い、俺はそれを嫌がりもせず受け止める。
最初は軽い戯れのようなキスも、次第に深いものになり、やがてキスだけでは終わらなくなり、身体も重ね合う。
キスからセックスに移るまでは、あっという間だった。
色々な葛藤に苛まれると思ったのに。
弟のように思っていた駿だけは抱かない、と思っていたのに…。
誘われれば抗えない程に、俺は駿の誘いを受けていた。
気づけば俺たちは、互いの本当の気持ちも知らぬまま身体を重ね合うセックスフレンドのようなものになっていた。
近くにいるのに、何も見えない。
傍にいるのに、触れ合っているのに、気持ちは見えない、不確かなものになっていた。
俺の心には、確かにまだまりんがいるのに…。まりんを思っているのに。
12月。もうすぐクリスマス。
12月に入り俺はまた、気落ちし少しだけ荒れた。
というのも、12月は彼女と別れた月で、彼女と付き合った時期でもあった。いやでも思い出してしまって、俺はその度にどうしようもない感情に苛まれた。
もう別れてから1年だ。もう、なのか。まだ、なのか。
恨めばいいのか。
いっそのこと、すっきり忘れてしまえばいいのか。
ずっと俺のなかで支えのようだったあの約束を忘れられるのか、と。
考えれば考える程、奥深い洞窟の中に潜るみたいに深く沈んだ。
テレビではクリスマス前なので、多くの恋愛バラエティが放送されていた。
駿は、たまたまやっていた「男と女の恋愛学」という番組を真剣に見入っていた。
俺が背後にいるというのに気づく様子もなく、真剣にテレビを見て悩める恋愛相談の相手を気にする様子に、漠然と不安を抱いた。
好きな人ができるまでの代わり。
その駿の言葉が頭を過ぎった。好きな人…こんな真剣な表情で見入るほど、誰が好きな人がいるのか…。
恋愛したいと思っているのだろうか。
「駿」
それ以上、テレビに意識を向けてほしくなくて、駿を呼んだ。
「あ、仁さん。お帰りなさい…」
にっこりとほほ笑み、こちらに視線を向けてくれる駿。
この笑顔が…他のだれかのものになる…そう思うとどうしようもない焦燥感が襲った。
「なにを…みてたんだ…」
「男と女の恋愛学ってやつ。この恋愛プロフェッショナルの女のコメンテーター、ちょっと気になってて…言うこと、突拍子もないんだもん。でも面白くてさ。
許すのが本当の愛だって。
愛し続けていれば、いつかきっと愛は勝つって。
愛し続けていれば必ずいい結果が出るってーー。よく言うよって感じだよね」
「いい結果…か…」
そんなのウソだ。断言できる。一方通行の愛に、いい結果などついてこない。
「愛し続けても、無駄なこともあるのにな…」
そう皮肉まじりに呟けば、
「そうだね…」
と、駿は視線を落とし、でも…と続ける。
「愛し続けた自分が…たとえ、報われなかったとしても、僕はその愛した時間が無駄なものじゃないって思うよ。
愛した時間は、確かにあって大切な思い出だって。
それがたとえどんな結末がこようと。誰にも咎めることはできないし、そんな権利だって誰にもないと思う」
「大切な…」
「そう。たとえ周りに否定されても。きっと愛した時間は幸せだったから…」
まりんと一緒にいて、幸せだった。想われていないのに。独りよがりの恋だったのに。
友達に言わせたら、そんな恋無駄だって言われてばかりだった。それでも俺はまりんが好きで。
俺にとってはまりんと愛しあった日々も俺にとっては大切な思い出だった。
別れてから、そんな思い出を大事に持っている自分が嫌で否定しつづけ、身体を壊した。
でも…、持ってても、いいのだろうか。
こんな未練がましく。まだ思っていてもいいのだろうか…。
「しゅ…」
そっと、唇が重ねられた。
「えへへ。すきありだよ、仁さん」
屈託なく笑う、その顔にふっと俺も頬が緩んだ。
「笑った…」
「駿…?」
ぎゅっと駿は俺に抱きつき、俺の胸板に顔を埋める。
「駿?」
「…あのさ、僕、許してるよね。仁さんの事。
ぐうたらで休日もごろごろしてるし、出不精だし、だらしない仁さんを見ても、ちゃんと見捨てず、家事やってるもの…。これって愛だよね…」
ニカっと効果音がつきそうな笑顔で駿は笑った。
「こんな愛しちゃってる僕だから、仁さんも仁さん用に残していたプリン食べちゃった僕を許してくれるよ…い、いたいいたい…」
俺のプリンを食べたらしい駿に対し、片手で頬を横にぐいっとひっぱる。
「俺のプリンを、だと…」
「あ~、ごめんってばー」
ぐいぐいと頬を引っ張った後、不意に視線がかちりとあい、俺達はまた何も言わず自然に唇を合わせた。
「仁さん、明日クリスマスイブデート、しよう。ねっ?」
「クリスマス?どこも混んでるだろ。
わざわざそんな混んでる日にいかなくても…」
「いきたいの。ね…明日行こう…!」
何度も懇願する駿に負けて、結局クリスマスイブに駿と一緒にどこかへ出かけることになった。ただし、イブの1日だけと言い聞かせて。
「1日だけ~」
「いやならやめるか…24日も…」
「いや、いやじゃないよ…いやじゃないですよ…」
楽しみだなぁ…と呟き、駿はテレビをけして楽しげそうに携帯を弄った。
クリスマスイブ当日。
今日は夜に少し雪がちらつくらしい。
天気予報で夜はぐっと寒くなるので、防寒をしっかりして、早めの帰宅を心がけるようにと視聴者に対し笑顔をむけた。
ホワイトクリスマスだね、なんて駿が嬉しそうに話す。
ただ寒いだけだ…と返せば、情緒ないんだから…とロマンチックのかけらもない俺に呆れたような顔をしていた。
きっと顔には出ていないが、俺も俺なりに駿との外出をそれなりに楽しみにしていた。
ムードもなにも考えていなかったが…。
「プレゼントもあるんだよ!」
「プレゼント…?」
「あ、その顔。仁さんは用意してないでしょ…!酷いなぁ…」
「男同士でクリスマスプレゼントというのも…」
「男は男でも僕はふたなりだし…?」
「ふたなりでも、お前はお前だろ。
俺にとっては弟のような…」
「おにいちゃんおもいな弟にプレゼントはないの」
「ない…」
「酷いなぁ…」
プレゼントがないの言葉に、駿はへらりと笑った。
他愛ない会話をしながら、街に繰り出す。行先は駿が昨日から決めていたようで、始終駿が俺をエスコートした。
街中はクリスマスらしくカップルで溢れており、いつもよりも騒がしく、甘い空気が漂っている。
俺達はこんなカップルだらけの中、どんな風に俺たちは見えるんだろうな…そんなことを思っていたら、つんつん、っと駿の手の甲が俺の手の甲にあたった。
「駿…?」
「手、繋がない…?寒いし…」
「でも…」
「手袋忘れたから…。
冬だし、男同士でも手、繋いでもおかしくないよ…」
そういって、俺の手をとると、己の指先まで絡めぎゅっと握った。
歩きづらいなぁ、とか男同士クリスマスに手をつないでいるなんて…などと思ったが…
「えへへ…」
駿が嬉しそうにしていたので、なにもいわず、そのままでいた。
映画にいって、ショッピングして…色々と回っていたら時間はあっという間に過ぎていった。
午前中はからっと晴れていたが、午後にはどんよりと重い雲が広がっていた。
プレゼントは用意できなかったから、駿と二人で夜は外食をとった。
といっても、クリスマスイブの今日だ。オシャレなレストランはどこも満席で何時間待ちというのがザラで、結局オシャレもムードもない飲み屋で、夕食となった。
駿は、仁さんらしいね、と特に洒落たレストランではなかったのに笑っていた。
人は多かったが、いい外出だった。
駿がみたいといっていた映画も面白かったし、服も買いたかった品をいくつか買えた。
駿とも色々話したし、バカみたいなことに二人で笑い合った。
クリスマス、混んでいたけれど外に出て良かった。
夕飯直後までは、確かにそう思っていた。
街中、人ごみの中で、まりんに似た面影を見つけるまでは。
「ま…りん…」
「仁さん…?」
俺の視線の先を見て、駿がはっと息を呑む。
瞬間、俺は人ごみの中、かけだしていた。
「まりん!」
いくな。いかないでくれ。
隣に、駿がいたのに、俺はまりんの面影をした人物をおいかけた。
久しぶりにみたまりんの面影を持つ人物に色々な葛藤が蘇る。
早く、追いかけて…捕まえて、それから…
それから…。
俺の思考は、封印がとかれたようにまりんだらけになっていた。
まりん、まりん。
おいかけなくては、まりんがいってしまう。
また遠くにいってしまう…と。
ひたすら、追いかけ、まりんの面影に手を伸ばした。
「仁さん…!」
駿が必死に俺を呼び止める。
それでも、俺はまりんの後を追った。
「いかないで…仁さん…」
泣きそうな声がかすかに聞こえた。
「お願い、いかないで…!お願い!」
引き留めた駿を、俺は見向きもせずに、ただ、その面影を追っていた。
1
お気に入りに追加
255
あなたにおすすめの小説
俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした
たっこ
BL
【加筆修正済】
7話完結の短編です。
中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。
二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。
「優、迎えに来たぞ」
でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)
藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!?
手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!
鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?
桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。
前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。
ほんの少しの間お付き合い下さい。
林檎を並べても、
ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。
二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。
ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。
彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
初めてできた恋人は、最高で最悪、そして魔女と呼ばれていました。
香野ジャスミン
BL
篠田 要は、とあるレーベルの会社に勤めている。
俺の秘密が後輩にバレ、そこからトンでもないことが次々と…この度、辞令で腐女子の憧れであるBL向上委員会部のBLCD部へと異動となる。後輩よ…俺の平和な毎日を返せっ!そして、知らぬ間に…BLCD界の魔女こと、白鳥 三春(本名)白鳥 ミハルにロックオン!無かった事にしたい要。でも居場所も全て知っているミハル。声フェチだと自覚して誤解されるも親との決別。それによって要の心に潜む闇を崩すことが出来るのか。※「ムーンライトノベルズ」でも公開中。2018.08.03、番外編更新にて本作品を完結とさせていただきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる