槇村焔

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4章

18 ー仁sideー

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ー仁sideー
『それに、まりんは…僕の〝大好きなもの〟奪ったから…、
仁さんといるのは、まりんから返して貰うためだよ』

駿は、どこか諦めたような笑みで俺に告げた。
まりんが奪った大好きなモノとは、なんだろう。
まりんは、一体なにを奪い、俺と一緒にいれば、どうして返して貰えるになるのか。

駿は相変わらず、俺の傍にいた。
だけど、けして奪われたものがなんなのか俺には言ってはくれなかった。
まりんが、駿から奪ったもの。
まりんが、わざわざ駿から取り上げたもの。
馬鹿な俺は、まったく見当は着かなかった。


 始まりこそ無理矢理家に押しかけたかたちで始まったが、俺の世話をしてくれる駿にいつしか心地よさを感じるようになった。
始まったときは、出ていけだの、五月蝿いだの…顔もみずに過ごしていたのに。

 月日が半年ほどたった今では、駿の顔を見て、普通に会話するようになった。

今日はなにした、なにがあった、こんなことしたい…など。
食事の時間、駿は飽きもせず楽しそうに俺に語りかけた。

 元々、俺は口下手で話し上手というわけではない。
話しが下手だから考え込んで黙りこみ、それを他人は〝堅物の真面目な人〟と勝手にイメージ像を作っていく。
しっかりしなくては…そう思う気持ちもあるけれど、気を抜きたいときもあるのも事実で。
駿といると、そんなに気を張ることもなくリラックスした状態でいられた。

話を聞いても、気のきいた会話もできず「ああ」とか「そうか」と簡単な相槌さえも、駿は気分を害するでもなく飽きることなく俺に喋りかける。


『仁は話下手だね。それに照れ屋さんだね』

まりんはよく俺にそういい、自分の好きな話をした。

『仁さん、これ、どう思う?』
駿はそれに対し、俺によく意見を聞いていた。
どうでもいいよ、お前の好きにしていいよ。
そういえば、駿に合わせるといったのに怒って「僕は仁さんの意見を聞いてるの」という。
根負けして俺の意見をいいといえば、駿はいつも俺の要望をかなえてくれた。


 駿を受け入れたからと言って、喧嘩しなくなったわけではない。
時折、意見の衝突で、激しい口げんかをした。
互いに譲れないことをぶつけあい、子供の様に怒って…そして、その度に仲直りをした。
大体、折れるのは駿だった。

俺は、 駿の優しさに甘えた。
駿は抱かれたいといって押しかけたが、半年過ぎても俺を誘うことはなかった。
まりんから奪う…そうも言っていたけれど、まりんと接触することもなくて。
この関係は歪だとわかっていたのに、俺は駿に与えられる、温もりに酔い、見ないふりをしていた。


「ねぇ、今日何が食べたい?」

秋風も強まりつつある、休日。
テーブルに座り、ぼんやりとしていた俺に夕飯のリクエストを尋ねてきた。
駿は休日必ず俺が食べたいものを聞いてくる。
どんなに面倒な料理でも、嫌な顔一つせず作ってくれる。
まりんとはほとんど外食だったのに対し、駿はほとんど家で出される食事だった。


「これから、買い物にいくんだ。で、ついでだから夕飯も買っちゃおうかな…て」
「駿は嫌いなもの、ないのか?」

いつも駿は俺の希望通り作ってくれるので、半年たっても、俺は駿の嫌いなものを知らなかった。

駿は俺の問いに曖昧に笑い、

「トマトが嫌いかな…」
と答えた。


「トマト?」
「そう、赤いから」
「赤いから?」
「そう。血みたいでしょ。だから嫌いなの」

不思議な返答だった。

駿はよく俺に話しかける。しかし駿自身は秘密主義な部分も多く聞いてみたいことを笑ってはぐらかすのが上手かった。


月日がたてばたつほど、駿のことを知っていき、そして更にわからなくなる。
いま、悲しんでいる筈だろう?なんで笑っているんだ…。
なにが、いいたいんだ?
俺に何を求めているのだろう、と。

知りたいと思えば思うほど、知りたい部分が増えていく。
近づけば近づくほどに、駿への興味が強くなって、駿のことを知れば知るほどにわからなくなっていく。

「ねぇ、僕のことはもういいでしょう。今日暇だよね?デートしよう…?」
「で…」
「ほら、仁さん、冬物あんまり持ってないんだからさ…!」

俺の手を握って、駿は俺を外に連れ出していく。
「しゅん」
「ほら、外はいいお天気なんだから…!
こんなとき、部屋にいるなんて損だよ!」

ほらほら…といって駆け出す駿に、仕方ないなぁ…と思いながらもついていく。


駿に引っ張られながら、俺は駿に引っ張って貰ってばかりいるな…と思案する。


ゴミだめのような部屋。
そこから、これじゃだめだと叱りつけてくれたのは、駿だった。
まりんでいっぱいで、切羽詰り憎しみに走りそうになった心を、まりんのことを考えさせないように、俺につっかかり、取っ組み合い、喧嘩しあったのは…、駿だった。

ただ、甘え大丈夫、辛かったね…そんな言葉だけじゃなく、これじゃだめだと叱咤して。
まりんの思い出がつまった部屋から抜け出させてくれたのは…、どんな時でも笑ってくれる、駿だった。

まだ、まりんを忘れたわけじゃない。
憎む気持ちも、それ以上の気持ちも心にはしこりとなって残っている。ほの暗く全てを壊してしまいたくなるような衝動も残っている。

けれど…

「ほら、仁さん、早く…!」
それだけじゃない感情も、俺の中に芽吹いたのも事実だった。




 ぬるま湯につかるような、曖昧な日々が一日一日と過ぎていく。
激動することもない、穏やかで平坦な日々が。

まりんの品物は部屋から少しずつ消えていった。
最初は小さいものから、だんだんと、大きいものまで。


煙草はまりんと別れたときと比べうんと減った。毎日1箱吸っていたのに対し、駿が苦言を呈すからここ最近は1日1本にまで減った。
口寂しい…そう思った時は、駿の顔を見た。駿は見つめられればうれしそうに俺に喋りかける。その話を聞いていると煙草を吸いたい意欲も失せていった。


 そんないつもの日常にもささいなへんかがあった。
11月の中ごろに届いた、一通の手紙。

〝わたしたち、結婚しました〟
そんなありふれた結婚報告の手紙。
葉書の主は、高校時代の友達で、たまに飲みに行く仲の友達だった。
はがきには、仲睦まじいできたばかりの夫婦が幸せそうに写っていた。
平凡な友人の、可愛らしい平凡な奥さん。
俺が欲しかった平凡な家族の形がそこにあった。


羨ましいな…、と同時に脳裏に蘇ったのはまりんの事だった。

穏やかな日常が続いたので、まりんのことを思う日々は少なくなっていた。
しかし幸せそうな友人を見ていたら、それまで考える事のなかった彼女のことを一瞬で思い出してしまった。
一度たりとも本当の意味で、まりんは俺のものなんかになったことはなかったのに。
まりんから心からの愛の言葉すらもらったことがなかったというのに。

まりんにときめき、まりんに愛をつげ、幸せに思ったのも紛れもなく事実だった。
別れは悲しかったし恨んだけれど、付き合った時笑い合っていたのも消しようのないことだった。抱き合えば、幸福感につつまれたのも、忙しいときもその笑顔を見ていたら頑張れたのも。
今も、リビングと自室に、まりんとのツーショット写真が入った写真たてが捨てられずにそのままにしてある。

「仁さん?」
葉書を持ったまま、言葉をなくし押し黙った俺を不審に思ったか、駿が声をかけた。

 夕飯を作り終えたばかりで、テーブルには湯気が出ているあつあつの料理が並んでいる。
二人分のコップを持ってきた駿は、呆然とつっ立っている俺をみて訝しげな顔で近寄った。

「どうした…」
「俺が、もっとまりんに尽くしていたらまりんは俺のものになったんだろうか。
もっと、浮気していた先生よりも尽くして、いい男になっていたら…。
俺の魅力がないからまりんは次から次へと他の男にいってしまったんだろうか…」

口から勝手に溢れた自虐の言葉。
俺はまりんが好むようなスマートな男じゃない。
頑固で、融通がきかず、面白い話もまりんを喜ばせるような言葉もいえない。
面白くもなんともない男。
そんな男、捨てられて当然だったんじゃないか。
まりんばかりを責めていたけれど、本当は責められるべきは俺のほうで、この苦しい思いは高嶺の華を自分のものにしようとした罰だったのかもしれない


「こんな不器用な俺だから…、ほんとは恋なんてしないほうが良かったのかもしれないな…」
「そんなわけないじゃない。まりんは、まりんは誰のものにもならないよ。
魔女のような女だもの。仁さんが、どんなに思っても。どんなに魅力的でも。」
「魔女…、か」

愛らしくて、誰の心も奪っていく。
誰も彼も魅了する。
たとえそれが、妻子持ちでさえも。まりんの魅力に落ちてしまう。


「魔法は、すぐ解けてはくれないんだな」

幸せな魔法だったら良かったのに。
まりんが俺にかけた魔法が幸せなものだったならこんなに胸を痛ませることもないのに。
まりんが傍にいなくても、手紙一つでまた簡単にまりんのことを思ってしまう。
嫌な魔法にかかったものだ。

「別の女を見る事も出来ない…。彼女が魅力的だったから…、あの笑顔が忘れられない…」
「じ、仁さんなら、他の女の子がすぐ好きになって付き合ってくれるよ…」
「そうかな…」
「そう…だよ…」

そういって、駿は俯いた。


「まだ、忘れられないの…?」
小さな声で、呟かれる。
「まだ、思ってるの…? 忘れられないの」

悲しげな声で聞かれても答えられず、曖昧な笑顔を返した。

「ねぇ…、仁さん、キス、しよう?」
「え?」
「きっと、魔法は解けるから」

駿はそういうと、瞳を閉じて俺の首元へ腕を回し口付けた。

キス。
半年以上一緒に暮らして、最初の夜以外では初めてのキスだった。
前回、無理矢理奪われたキスとは違う。
荒々しくもない、ふんわりとした軽い温かなキスだった。

キスは1回では終わらなくて、もう一度自然と目を瞑った。
駿に与えられたキスを受け入れるように。

「仁さん」
「駿」
「キス、しちゃったね…」
2度のキスの時、悪戯っこのような笑みを駿は浮かべた。

「…ああ」
「もういっかい、してもいい…?」
「…ああ」

弟のように思っていた駿なのに、考えるよりも先に答えていた。

「んっ、」

顎を掬い口づけを合わせる。何度も何度も。数えきれないキスを交わし合う。それまで一度も口づけてこなかったのが、嘘のように、俺達は何度も口づけをした。

「駿、俺のことが好き…か…」
尋ねる俺に、
「…好き…じゃないよ」
駿はどこか自虐的に笑う。

「〝好き〟なんかじゃないよ。そんなわけないじゃない」
「そうか…」

それ以上、臆病な俺は聞けなかった。
聞くことはできなかった。
好き。その先に、付き合った先にある別れを、俺は知っていたから。


「俺もだよ…」

好きだよ。
まりんを思ったままの俺だけど。
お前が好きだよ。弟のように…。いや、それ以上に。
どうか、このまま、俺の隣にずっといてくれないか…なんて、いえやしない。
言葉にできない代わりに、キスで返した。
唇を交わすことで、話さなくても気持ちが伝わればいい…そう思いながら


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