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2章
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しおりを挟む「すまない…」
セックスが終わった後、真っ先に言われた言葉は甘いピロトークでもなく、謝罪の言葉だった。
ゴミに埋もれたリビングで、仁さんの拘束し、無理やり襲い掛かったセックス。
仁さんはけして自ら動くことはなかったが、僕の中に何度も出していた。
セックスが終わり、仁さんの拘束を外すと、仁さんはすぐに正座し土下座をした。
「なにが?」
「だから、その…」
視線をさまよわせる仁さん。
戸惑いを含んだ瞳は、僕を見ないよう視線を外していた。
「僕が勝手にやったことだよ?」
「でも…、お前の中に何度も…」
「それでも、勝手に僕がしたことだから…」
無理やりされたっていうのに、仁さんは本当に人がよすぎる。
ここまで僕が暴走した原因はまりんと別れた自分にあると責任を感じているんだろうか。
キズモノにされた、だなんて思わないのに。
むしろ、ずっと馬鹿みたいに想い続けてやましいことを考えていたのは、僕の方なのに。
「責任は、取る」
「…いいよ……」
声が震えないように、返事を返す。
責任のためなら仁さんは、自分が嫌な人間のことも言うことを聞くの?。
自分を圧し殺して、僕が満足したらそれでいいの?
責任とって、僕が強請れば付き合ってくれるかもしれないと考えたことはあったけど。
でも。
そんな仁さんの優しさにつけこむために抱かれたんじゃない。
そんな仁さんの優しさを利用するような真似したくない。
優しい仁さんは、僕が好きだから利用したといえば、きっと、優しさで付き合ってくれるだろう。
そこに愛がなくても。
中途半端な身体を抱くことになったのに、射精した自分の方が悪いと己を責め、つぐないのつもりで僕の傍にいてくれるだろう。
でも、それは仁さんを縛っているだけではないか。
まりんを想い引きずっている仁さんに、同情なんかで付き合ってほしくなんかない。
「冗談。
僕は、ただ興味があっただけだよ。
だって、こういう行為気持ちよさそうだったし。
仁さん以外、僕のこと、気持ち悪がるから」
仁さんの顔を見ないで、早口で捲し立てた。
この気持ちが、仁さんに気づかれませんように。そう願いながら。
はすっぱな人間だと思われればいい。
ただ自分の快楽を求める為だけに、仁さんを抱いた…そんな酷い人間に見られればいい。
そうしたら、仁さんも、気楽でしょう?
悲しんだ顔なんて、しないでしょう。
割り切った関係でさえいれば、心を痛める事もない。
「ね、仁さん。
そんなに責任っていうならさ、僕が好きな人ができるまで、こうして時々抱いてくれないかな。
まりんの代わりに」
好きな人は、仁さん。
それは、ずっと変わらない。
たぶん、これから先もずっと。
仁さんが、まりんを好きなように僕も仁さんを愛しているから。
結婚を考えるくらい、すきだったように。
僕だって、ずっと仁さんを見てきたのだから。
「仁さんは僕をまりんの代わりに抱けるし、僕は僕が好きな人ができるまで仁さんとセックスできるし。
もちろん、仁さんと誰か好きな人が付き合うときはこの関係は解消でいいよ。
だから…」
「駿」
僕の言葉を遮るかのように、仁さんが僕の名を口にした。
その声は、低くて、少し怒気を孕んでいて。
僕の身体はその視線に戦慄いた。
生真面目な仁さんには僕の言葉は勘に触ったのかもしれない。
好きでもない人間を、快楽の為に身代わりにして抱くなんて…。
曲がったことが大嫌いな仁さんにとってみれば、怒って当然かもしれない。
でも、これしか思いつかなかったんだ。僕の身体を使わないと、仁さんの心の中に潜むまりんは追い出せないって。
「部屋、片付ける。あと、シャワー借りるね」
仁さんの視線から逃げるように俯いたまま、お風呂場にむかう。
背後からの視線を感じる。仁さんは黙って僕の後を見つめているようだった。
「仁さん、僕、ここに住むから…」
ひとしきり部屋を掃除し、綺麗になったスペースでお茶をのんでいたとき。
僕は無言でお茶を啜っている仁さんに唐突に切り出した。
当然、仁さんは端正な眉をひそめて、無言で僕を睨んだ。
「駿」
「もう決めたから…。ここにいるって」
「駿…」
もう一度、怒ったように名前を呼ばれる。
怒気を孕んだ声にひるみそうになるが、ぐっとこらえた。
「もう決めたんだ…」
仁さんが自暴自棄になって、ずっと考えていた。
どうしたら、仁さんが元気になってくれるかな…って。
どうしたら、まりんの陰から離れることができるのかなって…。
考えて考えて…月日はたって…。
結局、仁さんは体を崩してしまった。
仁さんが入院中、ずっと考えていた。
仁さんを支えてくれる人がいればいい。
お母さんのような存在がいればいい…って。
その存在が現れたら、きっと仁さんは元の仁さんに戻る。
そう思って…なら、ぼくでもいいじゃないか…って考えた。
仁さんを支え元気になるサポートをするのは、こんな中途半端な僕でもできるんじゃないか…って。
仁さんにまりんのように好きになって貰うのは無理かもしれないけれど、支えるのはできるんじゃないか…って考えた。
仁さんには、ただ抱いてほしいから…っていって家に居座って…仁さんが元通りの僕が好きな仁さんに戻るまで傍にいる。
好きだから傍にいる…では気が引けてしまうけど、抱いてほしいから交換条件に傍にいる
…だったら仁さんは遠慮なんてしないんじゃないだろうか…。
そう考えたら、それしかないような気がしてーーー。
仁さんの家につくと、ゴミがごちゃごちゃと溢れているのに、リビングで仁さんを襲いセックスを強要した。
まりんで心をいっぱいにしている仁さんを変えたかった。その一心だった。
この作戦を考えてからは、無知だった男同士のセックスも、何度も調べ上げた。
仁さんがなんと言おうと、もとの仁さんに戻るまでは絶対にひかない。
もう、まりんで落ち込む仁さんを見るのはいやだ。
倒れて、弱々しく笑う仁さんなんて見たくない。
後悔するのは嫌だった。
「僕、まりんと違って家事得意だし。セックスだってもっと上手くなると思うし。
アレなら、僕のペニス触らないで女のところだけいれればいいし。
仁さんだって、ただでセックスできるんだからいいでしょ。もやもやした欲求解消できるし…。
僕も、ここにいれば…」
「駿」
仁さんは一際低い声で僕を呼ぶと、
「お前は、俺をそんな風に見ていたのか?」
冷たい軽蔑したような視線をよこした。
「俺が、ただまりんを抱きたいが為に付き合っていたとそう思っていたのか?」
「違…」
「お前が言っているのはそういうこと…だろう?違うのか?」
違う。そんな風に思うわけない。
だって、誰よりも仁さんがまりんを思っていたのを知っていたんだから。
貴方が誰よりも、情に深いことは、僕が一番よく知っている。
なにか、言わなくてはいけない。
そう思うのに、言葉が出てこない。
「俺に抱かれたいだなんて。
俺はお前にとってそれだけの人間なのか?
それともなにか、抱かれたいほど、俺が好きか?男のお前が。
そんなことありえないだろう」
苦々しく、仁さんは呟く。
ありえない。
告白すらしていないのに気持ちも否定された。
苦しい。
真っ白になって、一瞬呼吸の仕方を忘れる。
苦しい。
この気持ちが、行き場がなくて、苦しい。
この恋が、堰き止められて、苦しい。
「好きなんて、いわない…」
「駿」
「好きなんて…そんなの言わない。
好きなんていっても、消えてしまうんだから。
どんなに好きなんて言ってもどうせ、いなくなるんだから…。そんな言葉、いわない」
けして、好きとは言わない。見返りなんて求めない。
どうせ、仁さんは僕を好きにはならないのだから。
どんなに好きでも、思いが伝わらないこともある。
仁さんは、まりんのことを絶えず好きだと言っていた。
それでも思いは通じなかった。
好き、なんて言葉はとっても曖昧で不明確なもの。
だから。
「仁さんがここにいさせてくれないなら、仁さんの大切なもの壊すよ」
「俺の?」
ガンガン、と頭の中で警戒音がなる。
この言葉を言ってはいけない。そう思うのに。
「まりん」
「まりん?」
「まだ、好きなんでしょ。あんなことされても。ね、仁さん。馬鹿だよね。
ふられてもさ、まりんが幸せならって思ってるでしょ」
沈黙は、肯定で。
仁さんは、お前…と低く呟く。
別れても幸せを願ってる、なんて、馬鹿みたい。
どこの少女漫画なの?それだけ思っても、思ってもらえるほどまりんは綺麗ではないのに。
うん、馬鹿。僕も仁さんも。
「仁さんがここに置いてくれなきゃ、僕はまりんの幸せを奪うよ」
まりんの居場所なんて知らないし、まりんは僕よりつよいのに。僕はまりんを盾に仁さんを脅した。
まりんの今の幸せ。
それは、浮気していた相手との幸せだ。
それが、壊れるということはつまり、仁さんの下にもまりんが返ってくる可能性もあるということ。
でも、きっと仁さんはそれを望まない。
望まないのが、仁さんだから。
普通の人間ならば、ここまで振られた相手を思ったりしないだろう。
でも、仁さんは普通ではない。
別れて数か月たってもまだまりんを想っているのがわかるから。
だから。
「僕をここに置いてくれるよね?ね、仁さん」
仁さんの額にそっとキスをする。
仁さんの顔は・・・憎々しく僕を思っているかと思うと怖くて見れなかった。
貴方のためならば、僕はどんな悪役にだって演じてみせるのに。
貴方に愛される番になりたい…。
その願いは実に単純で、実に叶えるのが難しかった…―。
ほんと、馬鹿。
ぼくも、仁さんも。
『性欲が強いから、すぐに浮気にも走るの。寂しがり屋なのね。』
恋愛スペシャリスト…あのテレビで大見得きった女は嘘つきだ。
『すぐに温もりを与えてくれる女に走るのよ。
家庭を持つ母よりも、魅力的な身体で抱きしめてくれる女に転がるの。
そんなもんよ、男って。』
温もりを与えても、仁さんは僕になんか走ってくれない。僕を愛してなんかくれない。
僕が魅力的な女じゃないから…?
だから、この手の中に落ちてくれないのだろうか。
無理矢理、家に居ついても、僕が好きだった笑顔はまだ見れていない。
顔をみれば、仁さんは僕に対し、いつも困ったような顔をした。
そんな顔させたくないのに…、僕は彼の笑顔を奪っている。
彼の好きなまりんをたてに、彼のもとにいついている。
彼の事が好きなのに、僕は彼を笑顔にさせることができない。
どんなに思ったところで、僕は彼にとって〝困った〟存在なのだ。僕がどんなに彼を思おうと。
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