槇村焔

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2章

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まりんが爆弾発言をしたのは、冬の寒い日。
もうすぐ今年も終わるかという時だった。

まりんは結局、爆弾発言をした日に家を飛び出した。
父さんは勘当だ…って怒っていてまりんもそれにつられるように、出ていってやるわ…と返して家を出ていった。

ある程度の反対はまりんも覚悟していたのだろう。

荷物は先にまとめられていたようで、まりんがいなくなり、部屋は荷物はほとんどなくなり、がらんとしていた。


 仁さんが心配だった僕は、彼に嫌われてから寄り付くことのなかった彼の家へ度々様子を見にいった。
まりんと別れたあとの仁さんはといえば、荒れに荒れてしまっていた。
物凄く自暴自棄になっていた。
そりゃ溺愛していた愛していた恋人が、あんな風に自分を裏切ったんだ。すぐには立ち直れないだろう。

「なにしにきたんだ」
様子を見に来た僕に対しても、荒んだ目で追い返そうとしていた。
 まりんと付き合うことを僕に報告したとき、僕が口汚く詰ってから、仁さんは僕を避けていた。
あの日を境に、仁さんは僕に笑顔を見せなくなっていた。

「心配だったから見に来た」
「心配なんてしなくていい。帰れ」

笑顔を見せてくれなくても、まりんが好きでも、どんな仁さんでも僕は彼が好きで。

仁さんの様子が気がかりで煩わしいと思われることを承知で彼の家に度々出向いていた。
といっても、門前払いされるか無視されるかでまともに話してくれなかったけれど。

まりんと別れた後の仁さんは、夜中に家を出て、夜の街に行っているようだった。
仁さんの後を尾行したので間違いない。
本当なら高校生が夜に出歩くなんて親に心配されるだろうけれど、幸い両親は僕に関心はなかった。


夜遅くに外へ出て、朝に帰宅する日々が多くなった。
心配する僕をよそに、仁さんはフラつきながら家へと帰る。

あんなに呑んでいて、次の日仕事は大丈夫なんだろうか。
荒れていて、仁さんはしっかり寝ているんだろうか。
もし、こんな荒れていて仕事を首になって路頭に迷うことになったら…。
お金がつきて悪い人に騙されて…、そんな悪い考えばかりが頭に過る。


精悍で凛々しい顔つきだった僕の好きな狼は、振られた事に一気に気落ちして、悲しい目をした生きがいをなくしたもののように生気がなくなってしまった。
父親を嫌悪しだらしない人間にはならないと言っていた仁さんなのに、今はそんな父親のようなだらしない生活をしている。

 
 仁さんの家は、もう仁さんしか住んでいない。
母子家庭だった仁さんだけど、母親は数年前に死んでしまった。
父親も幼い頃蒸発し、祖父母も随分と前に他界。
そして母親まで、他界。
もう身内がいない仁さん。


だからこそ、仁さんは、まりんを盲目に愛してしまったのかもしれない。
血のつながった家族がいないから、まりんを愛すことで、将来温かな家族ができるのを夢見ていたのかもしれない。
もし仁さんの母親が今生きていたら。
ここまでまりんに対し仁さんが陶酔することもなかったのではないだろうか?

ここまで自暴自棄になることもなかったのではないだろうか。
たられば…、な話になってしまうけど。

まりんが、「子供」といったとき。
仁さんの目は少し輝いていた。
仁さんは家族を持ちたがっていた。
温かな〝家族〟と〝居場所〟が欲しいといつだったか話してくれたことがある。
母親には迷惑かけてしまったから、自分は愛する人を大切にして、そんな中で家族を作っていけたら…と。
本当は、まりんとの子供が欲しくて堪らなかったのだろう。
人一倍家族愛に飢えていたし、子供好きで面倒見のいい仁さんだから。

もし、僕にも彼の子供ができれば、彼と家族になれるだろうか。
仁さんの子供が出来たら、仁さんは、まりんのことを忘れてくれるだろうか。
まりんより、僕を優先してくれないだろうか。
もしも、子供ができたら…なんて。


子供で縛ろうだなんて気づいたら、まりんと一緒の思考に陥っていた。

 そもそも、まりんは完全な女であって、僕は不完全なふたなりだ。
調べたらどちらかといえば男の性のほうが強いらしいし、子供が出来る確率はかなり低い。
世迷言よまいごともいいところだった。



月日は巡り、冬から春になる。
雪は解けて、草木は実り生い茂る。寒々しい空気もなくなり、お日様がポカポカと地面を照らす。


季節は春。
そして、僕は高校を卒業し家を出た。
長年過ごした家を出ても、何も悲しむこともなく、両親も僕が家を出る日にも何も言うことはなかった。


ただ、僕が気にしていたのは仁さんとのことだけだった。
仁さんは数か月たってもまりんを忘れられなかったようだ。
寝る時間も惜しんで、夜飲みに行く。あまり家にも帰ってないようで、その顔には深い隈が出来ていた。


 そんな不規則な生活を続けていれば、若くても身体を壊す。
ついに仁さんは不摂生で倒れてしまい、入院することとなってしまった。

いつか時がたてば、立ち直ってくれる。
そう考えていたのは楽観的だったのかもしれない。
僕が病室を覗くと仁さんは目を瞑り静かに眠っていた。
高い鼻梁。薄い綺麗な形をした唇。
少し痩せ肉が落ちた頬。

「仁さん…」
無造作にベッドに置かれていた手に、自分の掌を重ねる。
冷たい、仁さんの大きな手。
いつも僕を守ってくれる、ヒーローのようなこの手が大好きだった。

「好きだよ」
仁さんが。
返ってこない返答に、言葉に続ける。

「早く良くなって、また僕に笑ってほしいな」
子供の頃のように、また優しく微笑んでほしい。
ほかには何もいらないから。


仁さんの手を両手で包んで、そっと唇を寄せた。
恭しく落とした口づけ。
仁さんは知らない、秘密のくちづけだった。

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