快晴歓声

古河のぎく

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第一章

5.雲の中は何も見えない。

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 また目を覚ました。醒めなくてよかったのに。カンは軋む体と共に枯れた喉に違和感を覚えた。痛みに耐えながら、カンは体を起こす。その時に自分の上に何か掛けられていることに気がついた。朱色の布はコキセ国の誇り、騎士のマントだった。あんな行為があったあとだ、カンは衣類を身につけていなく、裸であった。纏っていたコキセ国の鎧は無惨にも破壊され、遠い位置に捨てられていた。洞窟の最奥なのか、出入り口は一箇所。そこには簡易的な扉。周りを見渡すと騎士や兵士の衣類、武器、この洞窟に生息している魔物の死骸。外の森のものか、血抜きして干されている肉や果物が壁にかかっている。カンを穢した化け物はいない。立ち上がるために、手を地面につけた。その時、視線が地面に向けられ、視野に入った己の腹部を見て目を見開いた。
 鱗の魔物に噛みつかれ、貫通していた傷がなかった。強姦時に壁や床にぶつけたであろう皮膚には痣があったが、切り傷や、麻痺毒が体にないことに驚いた。確認するために身体中触って確認するが出血しているところは何一つなかった。

「おはよう、かわいい青。」

 そう声をかけたのは化け物であった。しかし、姿が少し変わっていた。気配も音もなく、突然それは現れた。

「あの姿だと離しにくいからね。本能に忠実になってしまう。はは、驚いた顔も可愛らしい。」
「何者だ。」
「何者、と?何者でもないさ。人でもなければ魔物でもない。でも、人から見ればどちらでもある。『魔人』とでも分類するならできるかもね。」

 『魔人』。魔が人を穢し、侵していくとなる化け物。魔物とは違い、知能があり、理性がある反面、狂気に襲われ、感情を失う。また魔の力を使い、特殊な術を使い残虐な行いをする。その力を人は魔法と名付けた。尉官にもなる実力のないカンには決して倒せぬ相手である。しかも、この魔人は言葉がつっかえることなくスムーズに話すことができるということは並の魔人ではないと証明づけていた。
 大きく深呼吸。ここは東の洞窟。魔が嫌う日の光が一番当たる森の奥。魔の力が弱くなる聖なる森の一部に住処を持つということは、現時点で力を抑えられて要るはずということ。それなのに圧倒的な緊張感。この魔人がもしこの洞窟を出て、森を抜け、国に現れてしまえば国は滅ぶ。それほど危険な存在ということは兵士であれば誰でもわかることだ。ある程度、死を知っている者なら否応にも気付く。
 冷や汗が額から頬に流れていく。

「何、取って食おうとは思っていない。俺はお前を愛している。」
「はっ、そういうことか。この間もお前は私を『青』と呼んだ。」
「青を青と呼んで何が悪いのだ?」

 青は邪悪な魔物の血の色。魔物にとってそれは命の色。栄養価が高いのか、それとも味がいいのか、それは研究者であるツァイホンあたりが調べることだ。ただ、青色を持っていたから、運良くこの化け物に捕まり、助かったということだ。運が悪かったのかもしれないが。

「で、私を愛していると言っているお前は何が目的だ。私を生かしても、犯しても、何も得ることはないというのに。」
「愛を確認しているだけだろう。触れ合い、繋がり合うことで互いを認め合い、愛し合う。」

 愛を確認している?あんな自分勝手な行為にカンへの慈悲などない。

(ああ、魔人を理解することなんて愚かなことは無駄だ。)

 感情もなく、意思はない。本能のままに人を傷つけ、苦しめ、殺し、食らう。カンがしなければならないことはできるだけこの魔人をこの洞窟に縛ること。自分を犠牲にして得られる平和があるなら、それでいい。ニゲラが自分を愛して、自分を助けようと、共に逃げようと泣いていた事実があれば満足だ。欲求を愛と勘違いしているなら、そのままにしておこう。誰かがこの魔人を殺すまで、耐えよう。それが恩返しになるはずだ。
 カンはにこり、と笑う。犯される恐怖、必ず訪れる死に怯え、震える体を押さえつける。気づかれないように、魅惑的に笑え。こんな醜い人間でも、魔人は己を欲しているのだ。利用して、欺け。
 大丈夫だ、そう自分を勇気づけろ。

「なら存分に愛し合おう。」

 こんな役立たずで、使えない、無意味な存在を欲してしまう魔人に少しだけ同情した。
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