悪神と契約して人間辞めましたが無茶振りされて困ってます ~亡国の復讐神~

千里一兎

文字の大きさ
上 下
9 / 11
僕が神になった理由

嘘と真の神前裁判

しおりを挟む
 三人は、神殿とは別建ての離れに連れてこられた。
 そこは普段から牢屋として使われているらしく、頑丈そうな木で組まれた四角い檻がいくつも用意されている。
 アッサイとエストは同じ檻の中で、後ろ手に腕を縛られていた。

【クハハッ! こりゃまたエラく警戒されたモンだぜ】
「わ、笑い事じゃないだろ……」

 一方でイスメトは、一人だけ隣の檻に入れられた。
 手にも足にも胴体にも厳重に縄をかけられ、芋虫のように床に投げ出されている。体を起こすのにさえ骨が折れそうだった。

「大丈夫かイスメト。こっちに寄れるか」
「ア、アッサイ……」
「こっちだ。起き上がれないなら、這ってこい」

 イスメトは反動をつけて転がり、アッサイの声の方向に体を移動させる。
 やがて檻の端に背中が当たった。そこを支点に上体を起こして、なんとか座ることに成功する。

「よし、これで話しやすいな」

 見張りは建物の出入り口に立っている。
 大声を出さなければ、檻を隔てて会話をしてもそうそう気付かれないだろう。

「こんなことになって……ごめん。ごめんなさい」

 エストは、いつもの明るさはどこへやら、アッサイの横で随分と消沈している。

「いや……エストは悪くないよ」
「ああ。お前の企てでないことくらいは俺たちも分かっている」

 イスメトとアッサイが声をかけても、彼は膝から視線を上げなかった。

「おかしい……おかしいんだ。こんな、こんなことになるなんて。だって――」
【ハッ、何もおかしいこたねェだろ】

 セトがあざ笑うようにエストの言葉を遮る。

【〈マアトの天秤〉が偽物だったってだけだ。イカサマだよ、イカサマ】
「天秤が……偽物?」

 エストは弾かれたように顔を上げた。

「嘘だよ! そんなのありえない!」
【だが事実、そうとしか考えられねェだろ】
「でも! 天秤の点検は定期的に行ってるはずだよ! 王家の大事な仕事だもの!」

 ――王家の仕事?
 イスメトはなぜそこで王家が出てくるのか疑問に思った。

「……どういうこと?」
「昔から神官と王家は、お互いを監視し合うことで権力のバランスを保ってきたんだ。王家の不正は神官が、神官の不正は王家が裁けるように、いくつか決まり事がある」

 エストは続ける。

「その決まり事の一つに、神殿に置かれた〈マアトの天秤〉を王家が点検するっていう行事があるんだ。常に公正な裁判が行われるようにって……」
【だァから! その王家と神官が癒着してんだろォが!】

 セトが痺れを切らしたように怒鳴った。

【簡単な話じゃねェか。いかにもホルス派のやりそうなことだぜ!】
「そんな……王家が、神官と癒着? 裁判は、イカサマ……?」

 エストは相当ショックを受けたらしく、また下を向いてしまった。しかし、今回ばかりはイスメトもセトの意見に寄っていた。
 神ですらその効果を保証し、信用した〈マアトの天秤〉が間違った判決を下した。ならばそこには必ず、神ではなく『人』の介入があったはずだ。

「……ちょっと待て」

 しばし黙していたアッサイが、おもむろに口を開く。

「そうなると、アウシットの民たちは、ずっと神殿に騙されてきたことにならないか? 偽の裁判で、偽の罪で裁かれた人間が他にもいた可能性がある」

 言われてみればそうだ。天秤がもし、神官の思惑通りに動く道具でしかないなら、神官はいくらでも不正を働くことができる。
 何でもできる、と言ってもいい。

「あるいは、イルニスさんも……」
「……! 父、さん……?」

 イスメトは胸がざわつくのを感じた。

「……そうか、お前はまだ幼かったから、イルニスさんが連れて行かれた後の事はそこまで覚えちゃいないよな」

 アッサイは低く唸って、十年前のあの日のことを語り出した。

「あの日、イルニスさんは神殿に連れて行かれた。そして、神による裁判を受けたと、俺は聞いている」
「神による……裁判……」

 まさに、この裁判ではないのか?

「お前は知ってるか分からんが、俺はイルニスさんを師と仰いだことがあったくらいには信頼していた。だから、彼の犯した罪の詳細を教えろと、当時の神官たちに詰め寄ったことがある。しかし……何も掴めなかった。イルニスさんが殺したという神官の名すら」
「え……!?」

 イスメトは愕然とする。
 被害者が分からない? 殺人事件なのに?
 疑問と疑念が絡まって、心臓が重くなっていくように感じた。

「その後、たまたま季節外れの大雨が続いて……皆、自分の生活を守ることで手一杯になった。そして神官たちは、この天災を『神罰』だとこれ見よがしにつきつけて……増税も手伝ってか、村でイルニスさんを庇う者はいなくなってしまったよ」

 アッサイはギリッと歯を噛み鳴らす。

「だが、俺は今でも疑問に思っている。あの事件はいったい何だったのか。イルニスさんがなぜ神官殺しの大罪を犯したのか。何も……何も分かっちゃいないんだからな」
「も、もしかして、アッサイが神殿を襲う計画を前から立てていたのは――」
「ああ、元々は裁判記録を盗み出すため、俺が個人的に温めていた計画だった。結局、実行できたのは10年後で、目的は食料の確保になってしまったがな……」

 背に腹はかえられないとはよく言ったものだと、アッサイは自嘲するように笑う。

「じゃ、じゃあ父さんは……このイカサマ裁判のせいで有罪に……?」
【十分あり得る話だな。300年前に俺の〈依代〉を殺した男だって、平和条約を破って夜襲をかましやがったんだ。今のこの国を動かしてる奴らは、そんな男の末裔どもだぜ……?】

 セトの言葉には怒気がこもっていた。
 いや、もしかしたらイスメト自身が憤っていたために、そう感じただけかもしれない。

「なんで……! あの事件のせいで、あの事件のせいで父さんは……!」
「……イスメト」
「いや、父さんだけじゃない。母さんだってずっと苦労して……それが、全部嘘かもしれない? イカサマだった? なんだよそれ、ふざけるなよ……ふざけるなよッ!!」

 カンカン、と荒々しい金属の音が響いた。
 見張りの兵士がこちらの声を聞きつけたらしい。携行する剣を壁に叩き付けて「静かにしろ!」と喚き立てた。

【言っただろう。国を根本から変えなけりゃ、テメェらは一生、虫ケラだ】

 セトの声が、胸の底まで落ちていく。
 イスメトは唇を噛みしめた。血が出るほどに噛みしめた。

【国も、司法も、テメェらを守っちゃくれない。テメェの身も、テメェの名誉も、テメェ自身で守るしかねェんだ】

 自分の身も、自分の名誉も、自分で守るしかない。
 ならば、今は亡き父の名誉も――

「……セト。ここから、抜け出せる?」

 イスメトの問いかけに、セトは【ハッ】と笑った。

【できる、できないじゃねェ。望むか、望まないかだ】
「はは……そうだな」

 イスメトは深く息を吸った。
 そして、意を決して両腕にこれでもかと力を込める。
 すぐに腕の骨が軋み始め、頭の血管が浮き出るほどの圧が全身にかかった。食いしばる奥歯が痛む。しかし、口の中に血の味を感じてもイスメトは力を込め続けた。

「イスメト! む、無茶はよせ――!」

 アッサイの制止など聞こえていなかった。

 ――ブチッ。

 縄を構成する糸の一本が千切れる。
 その最初の音が聞こえてからは、あっという間だった。
 イスメトを拘束する縄が弾け飛び、勢い余った腕がはやぶさの両翼のように広がる。

「ッつ……! ハァ、ハァ……」
【ハッ! お前、ちったァ良い目になってんぜ?】

 セトの声は心なしか楽しそうだった。

【だが、神器ナシで俺の力を使うのはこれっきりにしとけ。そんなヤワな体じゃ、今にブッ壊れるぞ】
「わ……わかっ、た……」

 息を整えたイスメトは体を起こし、急いで足の縄を解く。
 次は、頑丈な木でしっかりと組まれた檻をどうするかだが――

【我が神器の名は〈支配の杖ウアス〉。力と混沌を従え、支配する、戦神セトのシンボルだ】

 セトの呼びかけに応えるように、イスメトの手元にあの杖が現れた。
 イスメトは初めてその杖の形状に意識を向ける。先端にはジャッカルのような動物の抽象的な頭部が象られ、石突きは二又に分かれていた。
 こうしてみると、見た目はちょっと変わっているが普通の杖である。

【今までは俺が操っていたが、今度は自分で使ってみろよ】
「僕が……?」
【たった今、テメェの体に全力を込めたみてェに、次はその杖に力を注ぐつもりで構えろ】

 イスメトは杖を両手で握り、言われた通りに力を込めようと念じてみる。
 なんとなく――本当になんとなくだが、杖が熱を持ったような気がした。

【――今だ。突け】
「フンっ……!」

 瞬間、そよ風がイスメトの前髪を浮かせた。
 失敗した――? そう思った刹那。
 目の前の檻が凄まじい音を立てて爆ぜ飛ぶ。突き出した杖の先端を起点に、まるで小さな嵐が巻き起こったかのようだった。

「ま、マジか……」

 アッサイの驚嘆の声には、いくらか畏怖の念も混じっていたように思う。

「な、なんだ!? 何をしやがった!」

 当然ながら、見張りの神兵もすっ飛んでくる。
 が、イスメトはセトの指示を受けるでもなく自然と、その『敵』に向かって走り出していた。

「うわああああっ!」

 ゴンッ、とどこか間の抜けた音が響く。
 華麗な棒捌きで敵を撃退した――というよりは、雑に振り回した杖が敵の頭にたまたま命中しただけである。しかし、こちらのリーチを把握していなかった神兵にとっては不意打ちにも近い一撃になっていた。

【ま、及第点だな】

 セトの声で緊張が解け、イスメトは荒い息もそのままにストンとその場に膝をついた。

「イスメト、よくやった! 早く鍵を!」
「あ……そ、そうだ……!」

 アッサイに呼ばれてようやく本来の目的を思い出す。
 イスメトは気絶した兵士から鍵を拝借し、牢の錠をアッサイの指示でなんとか開けて、二人の縄を解きにかかった。

「イスメト……」

 エストは気抜けした目でこちらを見ている。

「エスト、まずはここを出よう」
「で、でも……」
「ここでこうしてたって処刑されて終わりだ! どっちみち死ぬんなら最後まであがかなきゃ!」
「あがく……? どうやって……」

 不安げにまた地に視線を落とす。
 その姿はまるで、道しるべを見失ってしまった迷子のよう。大人顔負けの熱弁で村人たちに希望を与えたあの少年と、同じ人物とは思えないほどだった。

「し、しっかりしろよ!」

 イスメトはエストの肩を掴み、柄にもなく声を張り上げる。

「エストは立派な書記になりたいんだろう? 正しいことをしたいから、僕らを手伝ってくれたんだろ? だったら、こんなことで挫けちゃダメだ。あの大神官をとっ捕まえて、本当のことを聞き出すんだよ!」
「……! そ、そうだボクは……立派な…………に」

 口の中で小さく呟くエスト。やがてその瞳には、太陽のような光が戻ってきた。

「……うん! そうだよ。こんなところで負けちゃダメなんだ!」

 イスメトはホッと笑みをこぼした。
しおりを挟む
この作品は現在、小説家になろうにて先行公開中です。なろうは定期、こちらにはある程度まとめて投稿していく予定です。
感想 0

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

追い出された万能職に新しい人生が始まりました

東堂大稀(旧:To-do)
ファンタジー
「お前、クビな」 その一言で『万能職』の青年ロアは勇者パーティーから追い出された。 『万能職』は冒険者の最底辺職だ。 冒険者ギルドの区分では『万能職』と耳触りのいい呼び方をされているが、めったにそんな呼び方をしてもらえない職業だった。 『雑用係』『運び屋』『なんでも屋』『小間使い』『見習い』。 口汚い者たちなど『寄生虫」と呼んだり、あえて『万能様』と皮肉を効かせて呼んでいた。 要するにパーティーの戦闘以外の仕事をなんでもこなす、雑用専門の最下級職だった。 その底辺職を7年も勤めた彼は、追い出されたことによって新しい人生を始める……。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

元Sランクパーティーのサポーターは引退後に英雄学園の講師に就職した。〜教え子達は見た目は美少女だが、能力は残念な子達だった。〜

アノマロカリス
ファンタジー
主人公のテルパは、Sランク冒険者パーティーの有能なサポーターだった。 だが、そんな彼は…? Sランクパーティーから役立たずとして追い出された…訳ではなく、災害級の魔獣にパーティーが挑み… パーティーの半数に多大なる被害が出て、活動が出来なくなった。 その後パーティーリーダーが解散を言い渡し、メンバー達はそれぞれの道を進む事になった。 テルパは有能なサポーターで、中級までの攻撃魔法や回復魔法に補助魔法が使えていた。 いざという時の為に攻撃する手段も兼ね揃えていた。 そんな有能なテルパなら、他の冒険者から引っ張りだこになるかと思いきや? ギルドマスターからの依頼で、魔王を討伐する為の養成学園の新人講師に選ばれたのだった。 そんなテルパの受け持つ生徒達だが…? サポーターという仕事を馬鹿にして舐め切っていた。 態度やプライドばかり高くて、手に余る5人のアブノーマルな女の子達だった。 テルパは果たして、教え子達と打ち解けてから、立派に育つのだろうか? 【題名通りの女の子達は、第二章から登場します。】 今回もHOTランキングは、最高6位でした。 皆様、有り難う御座います。

処理中です...