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僕が神になった理由
嘘と真の神前裁判
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三人は、神殿とは別建ての離れに連れてこられた。
そこは普段から牢屋として使われているらしく、頑丈そうな木で組まれた四角い檻がいくつも用意されている。
アッサイとエストは同じ檻の中で、後ろ手に腕を縛られていた。
【クハハッ! こりゃまたエラく警戒されたモンだぜ】
「わ、笑い事じゃないだろ……」
一方でイスメトは、一人だけ隣の檻に入れられた。
手にも足にも胴体にも厳重に縄をかけられ、芋虫のように床に投げ出されている。体を起こすのにさえ骨が折れそうだった。
「大丈夫かイスメト。こっちに寄れるか」
「ア、アッサイ……」
「こっちだ。起き上がれないなら、這ってこい」
イスメトは反動をつけて転がり、アッサイの声の方向に体を移動させる。
やがて檻の端に背中が当たった。そこを支点に上体を起こして、なんとか座ることに成功する。
「よし、これで話しやすいな」
見張りは建物の出入り口に立っている。
大声を出さなければ、檻を隔てて会話をしてもそうそう気付かれないだろう。
「こんなことになって……ごめん。ごめんなさい」
エストは、いつもの明るさはどこへやら、アッサイの横で随分と消沈している。
「いや……エストは悪くないよ」
「ああ。お前の企てでないことくらいは俺たちも分かっている」
イスメトとアッサイが声をかけても、彼は膝から視線を上げなかった。
「おかしい……おかしいんだ。こんな、こんなことになるなんて。だって――」
【ハッ、何もおかしいこたねェだろ】
セトがあざ笑うようにエストの言葉を遮る。
【〈マアトの天秤〉が偽物だったってだけだ。イカサマだよ、イカサマ】
「天秤が……偽物?」
エストは弾かれたように顔を上げた。
「嘘だよ! そんなのありえない!」
【だが事実、そうとしか考えられねェだろ】
「でも! 天秤の点検は定期的に行ってるはずだよ! 王家の大事な仕事だもの!」
――王家の仕事?
イスメトはなぜそこで王家が出てくるのか疑問に思った。
「……どういうこと?」
「昔から神官と王家は、お互いを監視し合うことで権力のバランスを保ってきたんだ。王家の不正は神官が、神官の不正は王家が裁けるように、いくつか決まり事がある」
エストは続ける。
「その決まり事の一つに、神殿に置かれた〈マアトの天秤〉を王家が点検するっていう行事があるんだ。常に公正な裁判が行われるようにって……」
【だァから! その王家と神官が癒着してんだろォが!】
セトが痺れを切らしたように怒鳴った。
【簡単な話じゃねェか。いかにもホルス派のやりそうなことだぜ!】
「そんな……王家が、神官と癒着? 裁判は、イカサマ……?」
エストは相当ショックを受けたらしく、また下を向いてしまった。しかし、今回ばかりはイスメトもセトの意見に寄っていた。
神ですらその効果を保証し、信用した〈マアトの天秤〉が間違った判決を下した。ならばそこには必ず、神ではなく『人』の介入があったはずだ。
「……ちょっと待て」
しばし黙していたアッサイが、おもむろに口を開く。
「そうなると、アウシットの民たちは、ずっと神殿に騙されてきたことにならないか? 偽の裁判で、偽の罪で裁かれた人間が他にもいた可能性がある」
言われてみればそうだ。天秤がもし、神官の思惑通りに動く道具でしかないなら、神官はいくらでも不正を働くことができる。
何でもできる、と言ってもいい。
「あるいは、イルニスさんも……」
「……! 父、さん……?」
イスメトは胸がざわつくのを感じた。
「……そうか、お前はまだ幼かったから、イルニスさんが連れて行かれた後の事はそこまで覚えちゃいないよな」
アッサイは低く唸って、十年前のあの日のことを語り出した。
「あの日、イルニスさんは神殿に連れて行かれた。そして、神による裁判を受けたと、俺は聞いている」
「神による……裁判……」
まさに、この裁判ではないのか?
「お前は知ってるか分からんが、俺はイルニスさんを師と仰いだことがあったくらいには信頼していた。だから、彼の犯した罪の詳細を教えろと、当時の神官たちに詰め寄ったことがある。しかし……何も掴めなかった。イルニスさんが殺したという神官の名すら」
「え……!?」
イスメトは愕然とする。
被害者が分からない? 殺人事件なのに?
疑問と疑念が絡まって、心臓が重くなっていくように感じた。
「その後、たまたま季節外れの大雨が続いて……皆、自分の生活を守ることで手一杯になった。そして神官たちは、この天災を『神罰』だとこれ見よがしにつきつけて……増税も手伝ってか、村でイルニスさんを庇う者はいなくなってしまったよ」
アッサイはギリッと歯を噛み鳴らす。
「だが、俺は今でも疑問に思っている。あの事件はいったい何だったのか。イルニスさんがなぜ神官殺しの大罪を犯したのか。何も……何も分かっちゃいないんだからな」
「も、もしかして、アッサイが神殿を襲う計画を前から立てていたのは――」
「ああ、元々は裁判記録を盗み出すため、俺が個人的に温めていた計画だった。結局、実行できたのは10年後で、目的は食料の確保になってしまったがな……」
背に腹はかえられないとはよく言ったものだと、アッサイは自嘲するように笑う。
「じゃ、じゃあ父さんは……このイカサマ裁判のせいで有罪に……?」
【十分あり得る話だな。300年前に俺の〈依代〉を殺した男だって、平和条約を破って夜襲をかましやがったんだ。今のこの国を動かしてる奴らは、そんな男の末裔どもだぜ……?】
セトの言葉には怒気がこもっていた。
いや、もしかしたらイスメト自身が憤っていたために、そう感じただけかもしれない。
「なんで……! あの事件のせいで、あの事件のせいで父さんは……!」
「……イスメト」
「いや、父さんだけじゃない。母さんだってずっと苦労して……それが、全部嘘かもしれない? イカサマだった? なんだよそれ、ふざけるなよ……ふざけるなよッ!!」
カンカン、と荒々しい金属の音が響いた。
見張りの兵士がこちらの声を聞きつけたらしい。携行する剣を壁に叩き付けて「静かにしろ!」と喚き立てた。
【言っただろう。国を根本から変えなけりゃ、テメェらは一生、虫ケラだ】
セトの声が、胸の底まで落ちていく。
イスメトは唇を噛みしめた。血が出るほどに噛みしめた。
【国も、司法も、テメェらを守っちゃくれない。テメェの身も、テメェの名誉も、テメェ自身で守るしかねェんだ】
自分の身も、自分の名誉も、自分で守るしかない。
ならば、今は亡き父の名誉も――
「……セト。ここから、抜け出せる?」
イスメトの問いかけに、セトは【ハッ】と笑った。
【できる、できないじゃねェ。望むか、望まないかだ】
「はは……そうだな」
イスメトは深く息を吸った。
そして、意を決して両腕にこれでもかと力を込める。
すぐに腕の骨が軋み始め、頭の血管が浮き出るほどの圧が全身にかかった。食いしばる奥歯が痛む。しかし、口の中に血の味を感じてもイスメトは力を込め続けた。
「イスメト! む、無茶はよせ――!」
アッサイの制止など聞こえていなかった。
――ブチッ。
縄を構成する糸の一本が千切れる。
その最初の音が聞こえてからは、あっという間だった。
イスメトを拘束する縄が弾け飛び、勢い余った腕が隼の両翼のように広がる。
「ッつ……! ハァ、ハァ……」
【ハッ! お前、ちったァ良い目になってんぜ?】
セトの声は心なしか楽しそうだった。
【だが、神器ナシで俺の力を使うのはこれっきりにしとけ。そんなヤワな体じゃ、今にブッ壊れるぞ】
「わ……わかっ、た……」
息を整えたイスメトは体を起こし、急いで足の縄を解く。
次は、頑丈な木でしっかりと組まれた檻をどうするかだが――
【我が神器の名は〈支配の杖〉。力と混沌を従え、支配する、戦神セトのシンボルだ】
セトの呼びかけに応えるように、イスメトの手元にあの杖が現れた。
イスメトは初めてその杖の形状に意識を向ける。先端にはジャッカルのような動物の抽象的な頭部が象られ、石突きは二又に分かれていた。
こうしてみると、見た目はちょっと変わっているが普通の杖である。
【今までは俺が操っていたが、今度は自分で使ってみろよ】
「僕が……?」
【たった今、テメェの体に全力を込めたみてェに、次はその杖に力を注ぐつもりで構えろ】
イスメトは杖を両手で握り、言われた通りに力を込めようと念じてみる。
なんとなく――本当になんとなくだが、杖が熱を持ったような気がした。
【――今だ。突け】
「フンっ……!」
瞬間、そよ風がイスメトの前髪を浮かせた。
失敗した――? そう思った刹那。
目の前の檻が凄まじい音を立てて爆ぜ飛ぶ。突き出した杖の先端を起点に、まるで小さな嵐が巻き起こったかのようだった。
「ま、マジか……」
アッサイの驚嘆の声には、いくらか畏怖の念も混じっていたように思う。
「な、なんだ!? 何をしやがった!」
当然ながら、見張りの神兵もすっ飛んでくる。
が、イスメトはセトの指示を受けるでもなく自然と、その『敵』に向かって走り出していた。
「うわああああっ!」
ゴンッ、とどこか間の抜けた音が響く。
華麗な棒捌きで敵を撃退した――というよりは、雑に振り回した杖が敵の頭にたまたま命中しただけである。しかし、こちらのリーチを把握していなかった神兵にとっては不意打ちにも近い一撃になっていた。
【ま、及第点だな】
セトの声で緊張が解け、イスメトは荒い息もそのままにストンとその場に膝をついた。
「イスメト、よくやった! 早く鍵を!」
「あ……そ、そうだ……!」
アッサイに呼ばれてようやく本来の目的を思い出す。
イスメトは気絶した兵士から鍵を拝借し、牢の錠をアッサイの指示でなんとか開けて、二人の縄を解きにかかった。
「イスメト……」
エストは気抜けした目でこちらを見ている。
「エスト、まずはここを出よう」
「で、でも……」
「ここでこうしてたって処刑されて終わりだ! どっちみち死ぬんなら最後まであがかなきゃ!」
「あがく……? どうやって……」
不安げにまた地に視線を落とす。
その姿はまるで、道しるべを見失ってしまった迷子のよう。大人顔負けの熱弁で村人たちに希望を与えたあの少年と、同じ人物とは思えないほどだった。
「し、しっかりしろよ!」
イスメトはエストの肩を掴み、柄にもなく声を張り上げる。
「エストは立派な書記になりたいんだろう? 正しいことをしたいから、僕らを手伝ってくれたんだろ? だったら、こんなことで挫けちゃダメだ。あの大神官をとっ捕まえて、本当のことを聞き出すんだよ!」
「……! そ、そうだボクは……立派な…………に」
口の中で小さく呟くエスト。やがてその瞳には、太陽のような光が戻ってきた。
「……うん! そうだよ。こんなところで負けちゃダメなんだ!」
イスメトはホッと笑みをこぼした。
そこは普段から牢屋として使われているらしく、頑丈そうな木で組まれた四角い檻がいくつも用意されている。
アッサイとエストは同じ檻の中で、後ろ手に腕を縛られていた。
【クハハッ! こりゃまたエラく警戒されたモンだぜ】
「わ、笑い事じゃないだろ……」
一方でイスメトは、一人だけ隣の檻に入れられた。
手にも足にも胴体にも厳重に縄をかけられ、芋虫のように床に投げ出されている。体を起こすのにさえ骨が折れそうだった。
「大丈夫かイスメト。こっちに寄れるか」
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「よし、これで話しやすいな」
見張りは建物の出入り口に立っている。
大声を出さなければ、檻を隔てて会話をしてもそうそう気付かれないだろう。
「こんなことになって……ごめん。ごめんなさい」
エストは、いつもの明るさはどこへやら、アッサイの横で随分と消沈している。
「いや……エストは悪くないよ」
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セトがあざ笑うようにエストの言葉を遮る。
【〈マアトの天秤〉が偽物だったってだけだ。イカサマだよ、イカサマ】
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「嘘だよ! そんなのありえない!」
【だが事実、そうとしか考えられねェだろ】
「でも! 天秤の点検は定期的に行ってるはずだよ! 王家の大事な仕事だもの!」
――王家の仕事?
イスメトはなぜそこで王家が出てくるのか疑問に思った。
「……どういうこと?」
「昔から神官と王家は、お互いを監視し合うことで権力のバランスを保ってきたんだ。王家の不正は神官が、神官の不正は王家が裁けるように、いくつか決まり事がある」
エストは続ける。
「その決まり事の一つに、神殿に置かれた〈マアトの天秤〉を王家が点検するっていう行事があるんだ。常に公正な裁判が行われるようにって……」
【だァから! その王家と神官が癒着してんだろォが!】
セトが痺れを切らしたように怒鳴った。
【簡単な話じゃねェか。いかにもホルス派のやりそうなことだぜ!】
「そんな……王家が、神官と癒着? 裁判は、イカサマ……?」
エストは相当ショックを受けたらしく、また下を向いてしまった。しかし、今回ばかりはイスメトもセトの意見に寄っていた。
神ですらその効果を保証し、信用した〈マアトの天秤〉が間違った判決を下した。ならばそこには必ず、神ではなく『人』の介入があったはずだ。
「……ちょっと待て」
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「そうなると、アウシットの民たちは、ずっと神殿に騙されてきたことにならないか? 偽の裁判で、偽の罪で裁かれた人間が他にもいた可能性がある」
言われてみればそうだ。天秤がもし、神官の思惑通りに動く道具でしかないなら、神官はいくらでも不正を働くことができる。
何でもできる、と言ってもいい。
「あるいは、イルニスさんも……」
「……! 父、さん……?」
イスメトは胸がざわつくのを感じた。
「……そうか、お前はまだ幼かったから、イルニスさんが連れて行かれた後の事はそこまで覚えちゃいないよな」
アッサイは低く唸って、十年前のあの日のことを語り出した。
「あの日、イルニスさんは神殿に連れて行かれた。そして、神による裁判を受けたと、俺は聞いている」
「神による……裁判……」
まさに、この裁判ではないのか?
「お前は知ってるか分からんが、俺はイルニスさんを師と仰いだことがあったくらいには信頼していた。だから、彼の犯した罪の詳細を教えろと、当時の神官たちに詰め寄ったことがある。しかし……何も掴めなかった。イルニスさんが殺したという神官の名すら」
「え……!?」
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疑問と疑念が絡まって、心臓が重くなっていくように感じた。
「その後、たまたま季節外れの大雨が続いて……皆、自分の生活を守ることで手一杯になった。そして神官たちは、この天災を『神罰』だとこれ見よがしにつきつけて……増税も手伝ってか、村でイルニスさんを庇う者はいなくなってしまったよ」
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「だが、俺は今でも疑問に思っている。あの事件はいったい何だったのか。イルニスさんがなぜ神官殺しの大罪を犯したのか。何も……何も分かっちゃいないんだからな」
「も、もしかして、アッサイが神殿を襲う計画を前から立てていたのは――」
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「じゃ、じゃあ父さんは……このイカサマ裁判のせいで有罪に……?」
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「なんで……! あの事件のせいで、あの事件のせいで父さんは……!」
「……イスメト」
「いや、父さんだけじゃない。母さんだってずっと苦労して……それが、全部嘘かもしれない? イカサマだった? なんだよそれ、ふざけるなよ……ふざけるなよッ!!」
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見張りの兵士がこちらの声を聞きつけたらしい。携行する剣を壁に叩き付けて「静かにしろ!」と喚き立てた。
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セトの声が、胸の底まで落ちていく。
イスメトは唇を噛みしめた。血が出るほどに噛みしめた。
【国も、司法も、テメェらを守っちゃくれない。テメェの身も、テメェの名誉も、テメェ自身で守るしかねェんだ】
自分の身も、自分の名誉も、自分で守るしかない。
ならば、今は亡き父の名誉も――
「……セト。ここから、抜け出せる?」
イスメトの問いかけに、セトは【ハッ】と笑った。
【できる、できないじゃねェ。望むか、望まないかだ】
「はは……そうだな」
イスメトは深く息を吸った。
そして、意を決して両腕にこれでもかと力を込める。
すぐに腕の骨が軋み始め、頭の血管が浮き出るほどの圧が全身にかかった。食いしばる奥歯が痛む。しかし、口の中に血の味を感じてもイスメトは力を込め続けた。
「イスメト! む、無茶はよせ――!」
アッサイの制止など聞こえていなかった。
――ブチッ。
縄を構成する糸の一本が千切れる。
その最初の音が聞こえてからは、あっという間だった。
イスメトを拘束する縄が弾け飛び、勢い余った腕が隼の両翼のように広がる。
「ッつ……! ハァ、ハァ……」
【ハッ! お前、ちったァ良い目になってんぜ?】
セトの声は心なしか楽しそうだった。
【だが、神器ナシで俺の力を使うのはこれっきりにしとけ。そんなヤワな体じゃ、今にブッ壊れるぞ】
「わ……わかっ、た……」
息を整えたイスメトは体を起こし、急いで足の縄を解く。
次は、頑丈な木でしっかりと組まれた檻をどうするかだが――
【我が神器の名は〈支配の杖〉。力と混沌を従え、支配する、戦神セトのシンボルだ】
セトの呼びかけに応えるように、イスメトの手元にあの杖が現れた。
イスメトは初めてその杖の形状に意識を向ける。先端にはジャッカルのような動物の抽象的な頭部が象られ、石突きは二又に分かれていた。
こうしてみると、見た目はちょっと変わっているが普通の杖である。
【今までは俺が操っていたが、今度は自分で使ってみろよ】
「僕が……?」
【たった今、テメェの体に全力を込めたみてェに、次はその杖に力を注ぐつもりで構えろ】
イスメトは杖を両手で握り、言われた通りに力を込めようと念じてみる。
なんとなく――本当になんとなくだが、杖が熱を持ったような気がした。
【――今だ。突け】
「フンっ……!」
瞬間、そよ風がイスメトの前髪を浮かせた。
失敗した――? そう思った刹那。
目の前の檻が凄まじい音を立てて爆ぜ飛ぶ。突き出した杖の先端を起点に、まるで小さな嵐が巻き起こったかのようだった。
「ま、マジか……」
アッサイの驚嘆の声には、いくらか畏怖の念も混じっていたように思う。
「な、なんだ!? 何をしやがった!」
当然ながら、見張りの神兵もすっ飛んでくる。
が、イスメトはセトの指示を受けるでもなく自然と、その『敵』に向かって走り出していた。
「うわああああっ!」
ゴンッ、とどこか間の抜けた音が響く。
華麗な棒捌きで敵を撃退した――というよりは、雑に振り回した杖が敵の頭にたまたま命中しただけである。しかし、こちらのリーチを把握していなかった神兵にとっては不意打ちにも近い一撃になっていた。
【ま、及第点だな】
セトの声で緊張が解け、イスメトは荒い息もそのままにストンとその場に膝をついた。
「イスメト、よくやった! 早く鍵を!」
「あ……そ、そうだ……!」
アッサイに呼ばれてようやく本来の目的を思い出す。
イスメトは気絶した兵士から鍵を拝借し、牢の錠をアッサイの指示でなんとか開けて、二人の縄を解きにかかった。
「イスメト……」
エストは気抜けした目でこちらを見ている。
「エスト、まずはここを出よう」
「で、でも……」
「ここでこうしてたって処刑されて終わりだ! どっちみち死ぬんなら最後まであがかなきゃ!」
「あがく……? どうやって……」
不安げにまた地に視線を落とす。
その姿はまるで、道しるべを見失ってしまった迷子のよう。大人顔負けの熱弁で村人たちに希望を与えたあの少年と、同じ人物とは思えないほどだった。
「し、しっかりしろよ!」
イスメトはエストの肩を掴み、柄にもなく声を張り上げる。
「エストは立派な書記になりたいんだろう? 正しいことをしたいから、僕らを手伝ってくれたんだろ? だったら、こんなことで挫けちゃダメだ。あの大神官をとっ捕まえて、本当のことを聞き出すんだよ!」
「……! そ、そうだボクは……立派な…………に」
口の中で小さく呟くエスト。やがてその瞳には、太陽のような光が戻ってきた。
「……うん! そうだよ。こんなところで負けちゃダメなんだ!」
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この作品は現在、小説家になろうにて先行公開中です。なろうは定期、こちらにはある程度まとめて投稿していく予定です。
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テルパは果たして、教え子達と打ち解けてから、立派に育つのだろうか?
【題名通りの女の子達は、第二章から登場します。】
今回もHOTランキングは、最高6位でした。
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