悪神と契約して人間辞めましたが無茶振りされて困ってます ~亡国の復讐神~

千里一兎

文字の大きさ
上 下
7 / 11
僕が神になった理由

書記の少年

しおりを挟む
 神官たちの襲撃からしばらくして、イスメトは再び長老の家にいた。
 長老一家はもちろん、アッサイや数人の村人も一緒だ。

「お前には本当に助けられた。改めて礼を言わせてくれ」
「そ、そんな……僕は、何も……」

 アッサイに深々と頭を下げられ、イスメトは慌てる。
 戦ったのはほとんどセトだ。セトがいなければ、イスメトは奴らに連行されるか、無駄死にするかのどちらかだっただろう。

「しっかし、まだ信じらんねぇよ。マジで神のご加護だったってのか?」
「うむぅ、しかし……セト。セトか。聞いたことがないのう」

 ケゼムと長老は、イスメトの説明にまだ納得していないようだった。
 いや、この場にいる誰もが半信半疑といったところだろう。セトの声はイスメト以外には聞こえないのだから。

【ハッ! どいつもこいつも素質がねェなァ。そうだ、いっそお前の口を通して神の言葉を聞かせてやろうか】

 それだけはやめてくれ。
 イスメトはセトに届くよう、強く強く心に念じた。

「神の存在の真偽はともかく……今やイスメトが、この村の重要な戦士になったことは紛れもない事実だ。今朝の騒動で、神官にも目をつけられただろうしな」

 アッサイはざわつく一同をまとめるように、冷静に状況を俯瞰する。

「遅かれ早かれ神兵が村に来ることは分かっていた。が……思ったよりも行動が早い。長老。女子供は早急に避難させ、戦いの準備を整えるべきではないでしょうか」
「うむ……そうじゃな。北の村の長には話を通してある。いつでも迎え入れてくれるじゃろう」

 イスメトの知らないところで、この計画はすでに以前から動いていたらしかった。
 食糧の配給は死活問題だ。どのみち後には退けない。向こうが折れるまで、徹底的に戦うしかない。
 それがこの村の総意である。

「その必要はありませんよ」

 突如、張り詰めた空気を緩めるように、場違いな子供の声が響いた。

「あっ、コラ! 入っちゃダメだって!」

 戸口にいた村人が注意する。
 が、声の主は制止を無視して会議の場にトコトコと足を踏み入れた。




「えっ、君は……」

 イスメトはその少年を知っていた。
 今朝、家を訪ねてきた旅人の一人――確か、エストと名乗っていたか。後ろにはあの女性の姿もある。

「やあイスメト! チーズ、おいしかったよ!」
「え? あ、ああ……」

 空のように澄んだ青い瞳で、エストは笑った。
 命のやり取りを経験したイスメトにしてみれば、彼らになけなしのチーズを分けたことなどもはや遠い記憶だった。

「知り合いか?」
「う、うん……旅の人だよ。ほら、ケゼムが呼びに来た時にいただろ?」

 ケゼムは「あ~」と合点がいったように二人を眺め回す。

「ボクはエスト。王都からやってきた書記です。あなたたちの事情が切迫していることを知り、何か助けになれないかと参りました」
「しょ、書記ぃっ!? 坊主がか……!?」

 一同は顔を見合わせた。
 書記とは、神殿に関わる職業の一つ。難解な神聖文字ヒエログリフを読み書きし、あらゆる学問の研究を行ったり、書物を編んだりする知恵者たちの就く仕事だ。
 神事を行う神官より地位は低いが、れっきとしたエリート階級である。

「見聞を広めるために旅をしていたけど、この辺りの農村で食糧不足が起こっていると知って少し調査をしていました。そしたら偶然……」
「今朝の騒動に出くわしたってわけか……」

 村人の言葉に、エストはこくりと頷いた。

「皆さんの状況は理解しているつもりです。その訴えの正当性も。でも、このまま暴力に訴え続けるのは得策ではありません。神殿には王家の後ろ盾があります。彼らが要請すれば、兵士はいくらでも補充される。優秀な戦士や神術師を呼ばれでもしたら、どれだけイスメトくんが強くてもこちらに勝算はありません」

 幼い顔からは想像もできないほどにハキハキと自分の見解を述べていくエスト。イスメトはもちろん、大人たちも息を詰めて聞いていた。

「だからね、神前裁判を受けてください」
「神前……」
「裁判?」

 聞き慣れない単語に村人たちはこぞって首をひねった。

「神殿にて行う裁判のことです」

 エストの脇で連れの女性が補足する。

「正しく申請を行えば、身分を問わず、誰でも神前裁判を受けられます。あなたがたは、食料の分配について詳細を開示しない神官たちを相手に、訴訟を起こすのです」

 それを聞いて、すかさずアッサイが口を開く。

「だが、神殿での裁判ということは、審判は神官が行うのだろう? 仲間の肩を持つのではないか?」
「あっ、そこは大丈夫。神前裁判の裁判官は神様だから」

 エストの回答に、またもや眉根を寄せる村人たち。
 また神様が出てくるのか、とイスメトは思った。

「神前裁判には〈マアトの天秤〉っていうものが使われるんだ。これは真実の女神マアトの神器で、嘘を見抜く力がある」
「神器……?」
【神の力の一部を現世に顕現させた、特殊な道具や武具のことだ】

 イスメトの疑問に答えたのはセトだった。

【お前も、ついさっき俺様の神器に触れただろう】
「あ……もしかして、あの杖?」

 必要になると手の中から現れ、戦いが終わると同時に消えてしまった戦杖。イスメトの窮地を何度も救ってくれた。

【然り。〈マアトの天秤〉はその名の通り、真実を司る女神・マアトの神器だ。物事の真実を証明し、虚偽を告発する。この世で最も公正な判断を下すであろう代物だよ】
「そうそう。さすがは神様。よくご存じで」

 セトの解説にエストは満足げに頷いた。
 あまりに自然な流れだったので、イスメトは危うくその反応の異常さを見逃すところだった。

「えっ!? エスト、今なんて!?」
「うん? だから、その神様の言うように、裁判に使う天秤はマアトの神器で――」
「そ、そうじゃなくて! セトの声が聞こえるの!? き、聞こえてるんだな!?」
「あわわわわわ、お、おお落ち着いて!」

 ガクガクと体を揺すられ、エストは目を回す。

「あっ、ご、ごめん……」

 イスメトは慌てて彼の肩から手を離した。

【ほォん……大した〈神応力〉じゃねェか。ただの書記にしとくのは勿体ねェな】
「えへへ、光栄です。ボク、生まれつき神様の声が聞こえる体質みたいなんだ」

 エストは当たり前のようにセトと言葉を交わす。

「だから、初めてイスメトと話した時も、何か不思議な気配をずっと感じてたよ。〈依代〉だって気付いたのは、さっきの戦いを見てからだけどね」

 セトがイスメトに取り憑いているということも、この少年はとっくに理解していた。理解してくれていた。

「き、聞こえてる……本当に、聞こえてるんだ……!」

 イスメトは急に肩の力が抜けたように感じた。
 頭を押さえ、深々と息を吐き出す。

「よかった……本当によかった。僕の頭がおかしくなったんじゃなかった……!」
【コイツ……】

 自分の置かれた特殊な状況に理解を示してくれる人がいる。たったそれだけで、こうも気持ちが落ち着くものなのか。
 セトの呆れ声も気にならないほどに、イスメトはひとり安心感を覚えていた。

「コホン。あー、取り込み中、悪いのだが……」

 アッサイの咳払いで、イスメトはハッと我に返る。
 セトの声が聞こえない一同からすれば、理解不能な言語でのやり取りが延々と続くような時間だっただろう。

「す、すみません……エストさん、続きをお願いします」

 自然と敬語になった。

「あ、うん」

 エストは改めて村人たちに向き直り、セトが今したような解説を彼らにも言って聞かせる。

「〈マアトの天秤〉は嘘を見抜く。そして、天秤の判決は絶対だ。神官たちも従わざるを得ない。自分たちの要求が正当なものだと思うのなら、武器を置いて、すぐにでも裁判を受けに行ってください。真実の女神は、絶対にあなたたちに味方してくれるハズだよ」

 説明を聞き終わった村人たちの反応は、実に様々だった。
 裁判に希望を見いだした者。疑わしく思う者。判断に迷う者。

「信じていいのか……? この坊主だって、言ってみりゃ神殿側の人間だろ?」
「でも、嘘をついてるようには見えねぇぞ?」
「イスメトの様子を見る限りじゃ、セト神とやらの声も聞こえてるみたいだしな……」
「うーん……」

 最終的に、判断は長老とアッサイに委ねられた。
 アッサイは長老に目配せし、しばしの沈黙の後に決断を下す。

「……わかった。君の助言に従おう」
「よかった!」

 エストはにっこりと微笑んだ。

「その神前裁判とやらは、どうすれば受けられる?」
「そのあたりはボクに任せて。手続きは一通り覚えているから」

 こうして話はまとまった。

「おお……! 坊主、ちっちゃいのにスゲぇなぁ!」
「こら、書記様に失礼だぞ!」
「お前さっきまで信用ならねぇとか言ってたじゃねーか……」

 思わぬ協力者のお陰で、村の存続に希望が見えてきた。自然と人々からは笑顔がこぼれ始める。
 イスメトもほっと胸をなで下ろした。少なくとも、村の戦士として一触即発の臨戦態勢に身を投じる必要はひとまずなくなったのだ。

「ありがとうエスト。君のお陰でなんとか戦わずにすみそうだ……」
「ううん。お役に立てて嬉しいよ」
「でも、どうして見ず知らずの僕らなんかのために、そんなに親身になってくれるんだ……?」

 イスメトの疑問に、エストは目を丸くした。なぜそんなことを聞くのかと言わんばかりだった。

「だって、おかしいじゃない。今年は不作じゃなかったのに、一生懸命に畑を耕した皆がこんなに飢えてるなんて。ボクは将来、立派な書記になるんだ。こんな不正、絶対に見過ごせるわけないよ」

 少年のからっとした笑顔が、今のイスメトには太陽のようにさえ思われた。
しおりを挟む
この作品は現在、小説家になろうにて先行公開中です。なろうは定期、こちらにはある程度まとめて投稿していく予定です。
感想 0

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

初期スキルが便利すぎて異世界生活が楽しすぎる!

霜月雹花
ファンタジー
 神の悪戯により死んでしまった主人公は、別の神の手により3つの便利なスキルを貰い異世界に転生する事になった。転生し、普通の人生を歩む筈が、又しても神の悪戯によってトラブルが起こり目が覚めると異世界で10歳の〝家無し名無し〟の状態になっていた。転生を勧めてくれた神からの手紙に代償として、希少な力を受け取った。  神によって人生を狂わされた主人公は、異世界で便利なスキルを使って生きて行くそんな物語。 書籍8巻11月24日発売します。 漫画版2巻まで発売中。

元Sランクパーティーのサポーターは引退後に英雄学園の講師に就職した。〜教え子達は見た目は美少女だが、能力は残念な子達だった。〜

アノマロカリス
ファンタジー
主人公のテルパは、Sランク冒険者パーティーの有能なサポーターだった。 だが、そんな彼は…? Sランクパーティーから役立たずとして追い出された…訳ではなく、災害級の魔獣にパーティーが挑み… パーティーの半数に多大なる被害が出て、活動が出来なくなった。 その後パーティーリーダーが解散を言い渡し、メンバー達はそれぞれの道を進む事になった。 テルパは有能なサポーターで、中級までの攻撃魔法や回復魔法に補助魔法が使えていた。 いざという時の為に攻撃する手段も兼ね揃えていた。 そんな有能なテルパなら、他の冒険者から引っ張りだこになるかと思いきや? ギルドマスターからの依頼で、魔王を討伐する為の養成学園の新人講師に選ばれたのだった。 そんなテルパの受け持つ生徒達だが…? サポーターという仕事を馬鹿にして舐め切っていた。 態度やプライドばかり高くて、手に余る5人のアブノーマルな女の子達だった。 テルパは果たして、教え子達と打ち解けてから、立派に育つのだろうか? 【題名通りの女の子達は、第二章から登場します。】 今回もHOTランキングは、最高6位でした。 皆様、有り難う御座います。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~

深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公 じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい …この世界でも生きていける術は用意している 責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう という訳で異世界暮らし始めちゃいます? ※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです ※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

転生王子はダラけたい

朝比奈 和
ファンタジー
 大学生の俺、一ノ瀬陽翔(いちのせ はると)が転生したのは、小さな王国グレスハートの末っ子王子、フィル・グレスハートだった。  束縛だらけだった前世、今世では好きなペットをモフモフしながら、ダラけて自由に生きるんだ!  と思ったのだが……召喚獣に精霊に鉱石に魔獣に、この世界のことを知れば知るほどトラブル発生で悪目立ち!  ぐーたら生活したいのに、全然出来ないんだけどっ!  ダラけたいのにダラけられない、フィルの物語は始まったばかり! ※2016年11月。第1巻  2017年 4月。第2巻  2017年 9月。第3巻  2017年12月。第4巻  2018年 3月。第5巻  2018年 8月。第6巻  2018年12月。第7巻  2019年 5月。第8巻  2019年10月。第9巻  2020年 6月。第10巻  2020年12月。第11巻 出版しました。  PNもエリン改め、朝比奈 和(あさひな なごむ)となります。  投稿継続中です。よろしくお願いします!

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...