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1. 婚約者の結婚
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伯爵令息であったアウロアはある日気がついた。
目覚めたとでも言うべきか。
長く続いた望まない夢から……
「どういう事です! 叔父上!」
声を荒げれば叔父は、何かを言おうと口を開けたまま、目を泳がせている。
「大声を出すものでは無いわ、アウロア」
窘めるように猫撫で声を出す叔母を睨みつける。
それを見た叔母は喉の奥に無理に空気を押し込んだように、身体を竦めた。
アウロアの目つきは鋭い。
彼は端正な顔立ちの貴人であるけれど、今は青い瞳には炎が灯り、身体中から怒気が立ち上っている。
「そうよ、アウロア。お父様もお母様もあなたの────いえ、全て伯爵家の為を思ってした事なのよ? どうして怒るの? あなたがいなかった|のだから、仕方が無いでしょう?」
そう言って笑いかける従姉のファビーラにアウロアは向き直った。
「そもそも何故君はここにいるんだ? セフィージス家に嫁いだ筈だろう?」
「あ、あら」
ファビーラは少し罰が悪そうに目を伏せる。
だが、それを聞いた叔母は眉をきりりと釣り上げ、アウロアに責める視線を送った。
「あの家はファビーラが嫁ぐに値しない家でした。全く、婚約が決まった時から私は気に入らなかったんですよ」
ファビーラは息巻く叔母の横でしおらしく俯いているが、アウロアは、「ああ、婚家から追い出されたんだな」と、察した。
ファビーラは叔父夫婦に甘やかされ育ち、我儘だ。
それでも貴族令嬢としての本分を理解しているならいいのだが。まあそうでは無かった。我儘放題だったのだから。
それでも十年上の落ち着いた相手が見つかり、最初は子どものようなお転婆をしていても、徐々に夫人としての自覚を持ってくれるだろうと……良い人だったのに。別れたのか。
微妙な顔をしているアウロアに気づいたのだろう。
ファビーラは気を取り直したように言い募る。
「で、でも。だからあなたと結婚出来るのよ。私前からあなたの事が好きで────」
全てを言い終わる前にアウロアはテーブルを鋭く打ちつけた。
「ふざけるな私には! ……イリーシアはどうしたんだ」
その言葉に叔父一家は全員目を逸らす。
アウロアは嫌な予感がして、壁に控える使用人に目を向けた。
「おい! イリーシアは……」
だがアウロアの視線に怯える使用人たちでは無く、ファビーラが口を開いた。
「い、いないわ! あの人はあなたが記憶を無くして……あなたが伯爵家を継げないと分かったら、掌を返したように……だから……」
媚びるように笑う従姉の言い分は全く相手にしない。
アウロアはイリーシアを信じた。
けれど、先に続く言葉に息を飲んだ。
「だからあの人はあなたを見捨てて出て行ったのよ! それにあの人は既に結婚しているのよ! あなたが記憶を無くしてから三年経って、あの人なんてもう二十二歳なんだから!」
目覚めたとでも言うべきか。
長く続いた望まない夢から……
「どういう事です! 叔父上!」
声を荒げれば叔父は、何かを言おうと口を開けたまま、目を泳がせている。
「大声を出すものでは無いわ、アウロア」
窘めるように猫撫で声を出す叔母を睨みつける。
それを見た叔母は喉の奥に無理に空気を押し込んだように、身体を竦めた。
アウロアの目つきは鋭い。
彼は端正な顔立ちの貴人であるけれど、今は青い瞳には炎が灯り、身体中から怒気が立ち上っている。
「そうよ、アウロア。お父様もお母様もあなたの────いえ、全て伯爵家の為を思ってした事なのよ? どうして怒るの? あなたがいなかった|のだから、仕方が無いでしょう?」
そう言って笑いかける従姉のファビーラにアウロアは向き直った。
「そもそも何故君はここにいるんだ? セフィージス家に嫁いだ筈だろう?」
「あ、あら」
ファビーラは少し罰が悪そうに目を伏せる。
だが、それを聞いた叔母は眉をきりりと釣り上げ、アウロアに責める視線を送った。
「あの家はファビーラが嫁ぐに値しない家でした。全く、婚約が決まった時から私は気に入らなかったんですよ」
ファビーラは息巻く叔母の横でしおらしく俯いているが、アウロアは、「ああ、婚家から追い出されたんだな」と、察した。
ファビーラは叔父夫婦に甘やかされ育ち、我儘だ。
それでも貴族令嬢としての本分を理解しているならいいのだが。まあそうでは無かった。我儘放題だったのだから。
それでも十年上の落ち着いた相手が見つかり、最初は子どものようなお転婆をしていても、徐々に夫人としての自覚を持ってくれるだろうと……良い人だったのに。別れたのか。
微妙な顔をしているアウロアに気づいたのだろう。
ファビーラは気を取り直したように言い募る。
「で、でも。だからあなたと結婚出来るのよ。私前からあなたの事が好きで────」
全てを言い終わる前にアウロアはテーブルを鋭く打ちつけた。
「ふざけるな私には! ……イリーシアはどうしたんだ」
その言葉に叔父一家は全員目を逸らす。
アウロアは嫌な予感がして、壁に控える使用人に目を向けた。
「おい! イリーシアは……」
だがアウロアの視線に怯える使用人たちでは無く、ファビーラが口を開いた。
「い、いないわ! あの人はあなたが記憶を無くして……あなたが伯爵家を継げないと分かったら、掌を返したように……だから……」
媚びるように笑う従姉の言い分は全く相手にしない。
アウロアはイリーシアを信じた。
けれど、先に続く言葉に息を飲んだ。
「だからあの人はあなたを見捨てて出て行ったのよ! それにあの人は既に結婚しているのよ! あなたが記憶を無くしてから三年経って、あの人なんてもう二十二歳なんだから!」
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