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28. 親子愛

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 確かに先程の伯爵の様子ではそんな言葉も飛び出しそうだが……良く分かるもんだと甥に感心してしまう。
 こんな慧眼けいがんを持ち合わせてこそ、兄と共に陞爵なんて褒賞をもぎ取れたのだろうけれど。

「あなたも伯爵も、レキシー様を理想的な貴族令嬢に育て上げた事に満足し、幼いビビア嬢には母性と父性を覚えたのでしょうか……しかし反動とは恐ろしいもので、溺愛が過ぎるとここまで珍妙な出来損ないが出来るとは驚きですが」
「な、何ですって!?」
 夫人はフェンリーの暴言に怒りを露わにした。

「だからこそ、レキシー様を貴族令嬢として嫁がせようとしたあの老人の元に、ビビア嬢の母親としては頷けなかったのでしょうね」
 そう言い切るフェンリーに夫人は怒りの形相で詰め寄った。

「そうよ、私はビビアが大事なの! 娘を思う親心の何が悪いのよ! あの人も急に何なのよっ、ビビアは私たちの可愛い娘よ! あんな年寄りの元へなんて冗談じゃない……何故レキシーを手放したの……あの子を渡せばビビアに新しい縁談を探して……それで済んだのに……」

 くずおれる夫人のその言葉に、こめかみがぴきりと鳴った。けれどここで自分まで感情的になるのは御免被る。ちらりと屋敷の奥へと続く通路に目を向けて、私は息を整えた。

「……夫人。伯爵はレキシー様に最後の情けと矜持を示されたのです。冷たく突き放す事で、彼女への感謝と贖罪を示したのではないでしょうか」

「それがっ、どうしてビビアを差し出す事に繋がるのよ!」
「それは、貴族だから……その老人は……その人もまた王族の傍系なのでは無いのですか?」
 その言葉に夫人の身体がぎくりと強張った。

 そちらについても既に調べもついている。だが既に権利は剥奪され、地方貴族と成り下がった、もはや血筋だけの老人だ。だから今まで断る事も出来た。けれど王族だ。だからこそ伯爵は「役割」として受け入れたのだろう。

「……っ、でも……だからって……」
 夫人は嫌々と子供のように頭を振っている。
 それが一般的な親の感情で、大事な娘を売り渡すような真似は、したくないと思うものだろう。

 けれど残念ながら彼らはレキシーに対してのみ、その感情が欠落している。けれど、
 
 もしこの人たちがレキシーに情を持って接していたら……彼女はきっと家族の為に喜んでその身を捧げていただろう。そう思うと複雑だ。

「お願い……どうか、どうか、この子を守って……」
「マ、ママ……」
 
 つまらなそうに二人を見下ろすフェンリーでは無く、先に音を上げたのは私の方だった。
「結納金をお渡しします」

「え、イーライ様?」
 ぱっとこちらを振り返る夫人の顔に喜色が浮かぶ。
 それだけで苛立ちが込み上げ、今の自分の発言を取り消したくなったけれど。

「勘違いしないで下さい、レキシーの為です。彼女の為の支度金ではありますが、返して頂かなくて結構。そのお金を使いビビア嬢に適したお相手を真剣に探すなり。領地でつましく暮らす算段をつけるなり好きにすればいい。ただもう私たちには関わらないとお約束下さい」

「で、でもレキシーは……レキシーも私たちの事を心配すると思うわ。家族なのにもう会わないなんて……」
 うろうろと視線を彷徨わせる夫人に、浅はかな考えが透けて見え、湧き上がる怒りをぐっと我慢する。

「ならお金は差し上げられません。お引き取り下さい」
「そ、そんな……わ、分かったわ。もう関わらないと約束します。だから……」
「ではまた後日ご連絡します。本日はお引き取り下さい」

 やっとの思いでそう吐き出せば、先を促す男爵家の侍従たちにビビア嬢は憤り、夫人は後ろ髪引かれるように屋敷を去って行った。
 その様子を見送ってフェンリーが苦笑した。

「叔父上は甘いなあ……」
「……仕方ないだろう」

 溜息を吐いて後ろを振り返る。

「……レキシー」

 影に隠れて分からないが、通路の奥。確かに彼女はそこにいる。
 実際名前を呼んだ事で僅かに身動ぐ気配がした。

「これで良かったかな?」

 優しい声でそっと近付けば、レキシーは怯える子供のような顔を柱の影から覗かせた。
「……イーライ神官様……」

「……かわいいな」
「え……?」
「いや、何でもない……それは後にして。とにかく……私は君を自由にしてあげられたかな?」
 
 飛び立とうとしていたレキシーの羽根をもいだ伯爵から、傷を少しでも和らげてあげられただろうか。
 
「……はい」
 今にも泣き出しそうな顔でレキシーが笑う。
「いつも私の心を助けて下さって、ありがとうございます。……イーライ神官様」

 うん。
 気付けばレキシーをギュッと抱きすくめていた。
「これからもずっと、君を助けていきたいんだ」
 君の心の一番底で、唯一の存在になりたい。
 望みを込めて抱擁を強めれば、レキシーの腕が恐る恐る私の背中に回された。
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