【完結】暴君王子は執愛魔王の転生者〜何故か魔族たちに勇者と呼ばれ、彼の機嫌を取る役割を期待されています〜

藍生蕗

文字の大きさ
上 下
45 / 51

番外編 異類婚姻譚 ー魔族と人ー 5. 取捨

しおりを挟む

 人のいるところには居られない。
 包帯だらけで歩くセラを見て、驚く人たちも、先の騒動を知っているのか、声を掛ける者はいなかった。

 立ち止まれば追いかけてくる思考を振り切るように、セラはひたすら歩いた。

 街を背にただ足を動かす自分に気づく。
 逃げている自分に。
 どうして。
 ずっとここにいたいと願っていたのに。

 レイ

 セラの顔が歪んだ。
 戦慄く口元に涙が伝う。

「あなたは誰かのものだったのね」

 前を歩く彼を思い出す。
 必死に追いかければ、彼は時々振り返った。
 セラの歩みが遅れれば、休む時間を設け、次からはゆっくりと進んでくれた。

 目を細めて笑う顔が好きだった。
 頭を撫でる手が温かいと……心がじわりと潤むような、幸せな感覚に満たされて。

 いつか思った翻弄という言葉ではない。

 恋慕こいしたっていた。

 好きだった。

 でも……

 彼は誰かのものだった。

 ◇

 騎士団の隊舎に押しかけて来た自身の婚約者に、レイは眉を顰めた。

「リザリア嬢、このようなところに御令嬢が足を運ぶのは如何かと……」

 目を潤ませ、自分を見上げる婚約者は有力伯爵家の一人娘で。自分を婿にと望んだ人だった。

 伯父が持ってきたこの話にレイは戸惑った。
 父もいい顔をしなかったが、母は自分の息子が貴族になる事を大いに喜んだ。
 一度だけ会えと説得され、顔を合わせたのは、あの時城で自分を従兄と間違えた令嬢だった。

 どうやら彼女は従兄に懸想していたようで、似た顔立ちのレイをいたく気に入ったようだった。
 レイにとっては苦悶しか無さそうな婚約話。
 父が嫌がった理由が良く分かる。レイは平民として暮らして来たから余計に理解出来なかった。

 だから仕事と称して国外の任務ばかりを請け負った。
 自分の事など会わなければ忘れてしまうだろうと。

 けれど思惑は外れ、いつの間にか外堀が埋まり、レイの婚約は勝手に纏められていた。

 一度だけ婚約者に着飾られ、夜会というものに参加した。
 平民ではあったが、最低限のマナー教育は受けていた為、そちらの方は何とかなったが、正直あの空気は辛かった。

 言いたい事があればはっきり言えばいいのに。
 紳士淑女の美徳とやらは理解し難い。
 嬉しそうに自分にしがみつく婚約者も、それを遠巻きに羨ましそうに眺める令嬢たちも、レイには掴みどころの無い、不気味な存在でしか無かった。

 従兄が彼の婚約者と入場して来た時には、何故かリザリアは胸を逸らして勝ち誇っていた。
 ……自分と従兄は違う人間なのだが、分かっているのだろうか。

 リザリアはレイが何を考えて、どう過ごそうとも気にしなかった。
 ただ綺麗に着飾り横に並び、従兄に見劣りしない存在であれば満足していた。
 レイは、そんな彼女の価値観に歩み寄れず、かと言って逃げる事も出来ずに、迫り来る時間から目を背け日々を歩いて来ただけだった。

 その結果が今ここにあるこれ。

 リザリアはレイに手を伸ばし、胸に顔を埋め縋った。

「聞いてレイ。あなたに平民の恋人がいるなんて、酷い事を言う人たちがいて……」

 そこまで聞いてレイは勢いよくリザリアの肩を掴み自分から引き離した。

「何をしたんだ?」

 セラ

 思い浮かぶのは、不器用で無垢な魔性の少女。

 力を込めた手に釣られ、声も硬くなる。
 その様子にリザリアは息を飲み、顔に険を滲ませた。

「な、何よ! 婚約中だと言うのに、平民の女に入れ上げてるなんて! 私がどれ程惨めな思いをしたと思っているの? あなたは婿養子なのよ? 許される筈が無いでしょう?」

 レイは眉間に皺を寄せた。

「何故俺なんだ」

 今まで何度も頭を過った疑問。
 けれど口にしなくとも、どこか納得していたそれ。

「似ているからよ、ロイーズ様に……あの方の事がずっと好きで、忘れられなくて! 婚約者がいても気持ちは変わらなかったのよ!」

 聞かなくても分かった振りをして、聞く事を放棄して来たのは、それでも直に耳に届けば軋む自分の心を鑑みていた為かもしれない。

「そうか……」

 レイはリザリアから手を離した。
 自嘲気味な笑みが口元に浮かぶ。

「な、何よ……あ、あなたとの婚約は破棄しないわよ! もうあなたと結婚するって皆に言っているんだから! き、貴族の婚姻なのよ! あなたには私の夫になって貰いますからね!」

「どうでもいい」

 レイは踵を返して外に向かった。

 ただの拾い物では無くなっていた。
 彼女に惹かれ、全てを捨てたいと思い詰める位には。
 だからもう他には何もいらない。

 その言葉に婚約者は目を丸くしたが、駆け出したレイには彼女の絶叫のような喚き声が聞こえてきただけだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

侍女から第2夫人、そして……

しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。 翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。 ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。 一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。 正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。 セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

美人の偽聖女に真実の愛を見た王太子は、超デブス聖女と婚約破棄、今さら戻ってこいと言えずに国は滅ぶ

青の雀
恋愛
メープル国には二人の聖女候補がいるが、一人は超デブスな醜女、もう一人は見た目だけの超絶美人 世界旅行を続けていく中で、痩せて見違えるほどの美女に変身します。 デブスは本当の聖女で、美人は偽聖女 小国は栄え、大国は滅びる。

脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。

石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。 ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。 そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。 真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。

処理中です...