41 / 51
番外編 異類婚姻譚 ー魔族と人ー 1. 異種族
しおりを挟むその男は不思議な人族だった。
魔族という際立つ美貌を持つ自分を、ただの個体として扱った。
「お前は魔性なのか?」
問いかけには答えないまま、じっと男を見つめる。
男は苦笑し、彼女に手を伸ばした。
◇
目覚めれば粗末なベッドの上で寝かされていた。
床には昨日見た男が背中を向けて転がっている。
……自分に寝床を譲り、床で寝ているのだ。
彼女は魔族と呼ばれる存在だった。
この国では見つかれば処刑の対象となる。
少し前、自分に懸想した貴族が魔族の疑いを掛け追っ手を放った。
聖職者と呼ばれる者に取り囲まれ、聖具と言われる物で痛めつけられれば、彼女には成す術が無い。彼女はまだ産まれたばかりの存在で、弱い魔族だった。
セラハナの木も苦手だった。
あの木は魔力を吸う。
まだ魔力の少ない彼女では、近づくだけで動けなくなる。
彼女はそんな聖職者たちの罠に掛かった。
彼らは聖職者と名乗っていたけれど、彼女を見る目はギラギラと欲に満ちており、捕まればどうなるかなど火を見るよりも明らかで。
魔族は美しい。
人は誑かされる。
けれど人を意のままに操るのは、成長し高い魔力を備えた者たちであり、彼女にはまだその力は足りなかった。
捕まれば捕食されるのは彼女の方。
かといって人外の住む場所では、まだ生きては行け無い。
そこでも彼女は食べられただろうから。
だから人の暮らす街に紛れ、静かに暮らしていたけれど。
ある日戯れに訪れた貴族の男の目に留まった。
そうして追い回された結果がこれだった。
人は皆、彼女を羨んだ。
貴族の元へ行けば贅沢な暮らしが出来ると。
けれど彼女はそう思わなかったから拒んだ。
貴族の元へ行けば尊厳を失い、飼われるだけだ。
しかもその戯れは何年続くのか。
どう考えても彼女の魔力が溜まる程の時間は稼げないだろう。
自分の意思と削ぐわない環境で過ごす時間など、彼女には耐えられ無かった。
けれど貴族が声を掛ければ、皆彼女を捕らえようと手を伸ばす。
必死で逃げたけれど。
捕まらない彼女に業を煮やし、貴族は聖職者にも金を握らせた。
あれは魔族に間違いないと。
とにかく彼女を捕らえる為に、人手を欲した為だ。
彼女はセラハナの木に縛られ、身動きが出来なかった。
そして聖職者たちが自分に手を伸ばした時、野犬が出た。
彼らは慌てふためき逃げて行った。
そして少しして訪れたのが、彼。
彼女は床下の男に目を向ける。
自分に触れる時、人の男たちが見せる欲望が、彼には宿っていなかった。
それは魔性と呼ばれる魔族にとっては屈辱に等しく、まだ年若い彼女でも尊厳が傷ついた。
「変な人族」
ポツリと呟くと、眠っている男が身動ぎし、起き出した。
彼女は、はっと身を竦める。
むくりと起き上がった男がこちらを向き、目が合った。
「ああ、起きてたのか。良く眠れたか?」
彼女は、じっと彼の様子を観察し、一つ頷いた。
その様子に彼は目を細めた。
◇
「俺はここに住んでいる訳では無いんだ」
顔を洗い、持ち運び出来る食べ物をいくらか取り出し、彼女にも進めた。彼は、魔性も食事を取るのか? と首を傾げたので、彼女は否定した。
何故か彼に嘘を言っても意味は無いように思った。
自分が魔族である事を隠せば、彼はそう受け取るだろう。
けれどそれをすれば、見るからに少ない彼の食事を無駄に減らす事になる。一応助けられた身。何となく図々しいような気がしたのだ。
「一緒に来るか?」
その台詞に彼女は目を丸くした。
その様子に彼は罰の悪そうな顔をする。
「仕方ないだろう。性分なんだ。放っておく事は出来ない」
その顔をじっと見つめ、彼女は頷いた。
いくらかホッとしたような様子で、彼は首を捻る。
「名前が無いと不便なんだが」
名前……
街で名乗っていたものがある。
けれど、きっと自分はその名で捜索されている。
目を伏せる彼女に男が提案した。
「セラでいいか? セラハナの木で拾ったから」
微妙な顔になる。
苦手なものから捩った名。
男は気安く笑いかけた。
「まあ、一時のものだ。落ち着いたら好きな名を選べばいい」
彼女は少しだけ迷ってから、頷いた。
0
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
侍女から第2夫人、そして……
しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。
翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。
ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。
一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。
正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。
セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる
雨野
恋愛
難病に罹り、15歳で人生を終えた私。
だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?
でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!
ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?
1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。
ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!
主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!
愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。
予告なく痛々しい、残酷な描写あり。
サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。
小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。
こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。
本編完結。番外編を順次公開していきます。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
美人の偽聖女に真実の愛を見た王太子は、超デブス聖女と婚約破棄、今さら戻ってこいと言えずに国は滅ぶ
青の雀
恋愛
メープル国には二人の聖女候補がいるが、一人は超デブスな醜女、もう一人は見た目だけの超絶美人
世界旅行を続けていく中で、痩せて見違えるほどの美女に変身します。
デブスは本当の聖女で、美人は偽聖女
小国は栄え、大国は滅びる。
脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。
石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。
ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。
そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。
真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる