34 / 51
33. シーラの想い
しおりを挟むシーラは王妃の居室に招かれていた。
目覚めたあの日、オフィールオと入れ替わりに王妃が部屋へ訪ねてきた。
シーラは今度こそ飛び上が────ろうとしたが、ナタナエルにがっしりと抱え込まれて動けない。じたばたとナタナエルに大事に抱えられるシーラを見て、王妃はふふふと少女のような笑みを溢した。
「ナタナエル、シーラを離しなさい。まだあなたのものでは無いでしょう?」
その言葉にナタナエルは王妃をじろりと睨む。
「愛する人を困らせるんじゃありません」
王妃はナタナエルに、めっと言うような顔を作り、渋るナタナエルからシーラを離した。
「シーラ、お話があるから明日わたくしの部屋にいらっしゃい。お昼過ぎに迎えをよこします。侍女頭には伝えておきますから」
シーラはこくこくと首肯し、こんな態度の不敬を一心に詫びた。
◇ ◇ ◇
「シーラ、ナタナエルが魔族の王の魂を持って産まれた事。もう知っているかしら?」
王妃の侍女に丁寧に淹れられたお茶が、温かな湯気と香りを放っている。王妃の居室は水色を基調にした、落ちついた優しげな雰囲気の部屋だった。可愛い小物たちが多く陳列されている事から、王妃は小物好きなのかもしれない。
そんな思考をぶち破る発言が王妃から飛び出し、シーラは目を剥いた。
幸いというか、侍女たちは先程王妃に隣室で待機するように命じられていた為、室内にはいないのだが。
「なっ、は、……え?」
「あなたも未来────と過去を、見てきたのでしょう?」
「……」
シーラは息を呑んだ。
退廃した国。赤子に身を宿すナタナエル。
確かにそんな夢を見た。夢なのに忘れられない記憶。
「わたくしはナタナエルが王に見せたという、この国が滅ぶという未来は見ていないの。ただ、過去に異形がナタナエルに命を吹き込んだ事だけは確かだわ」
そう言って王妃は儚げに睫毛を落とした。
「誤解しないで頂戴ね。あの子は確かにわたくしの子だわ。ちゃんと愛情を持って育ててきた。もしあの子が不祥事を起こしすのなら、あの子と共に命を断つ覚悟も持ってこれまで生きてきた。けれど、それは他の子たちも同じ事。親が負える過失であるならば、わたくしはあの子たちの誰とでも罪を共にするつもりでした」
シーラは眉を下げた。
親子。親である事。
もしあの時王妃がナタナエルを諦めていたら、歴史はまた繰り返したのだろうか。そうであるなら、王妃の母性が国を救ったとも言える。
けれどそれは魔族が入り込んだ国。王妃は未来を見ていない。だからこそナタナエルの一挙手一投足に気を配り、或いは罪悪感を抱えて生きてきたのかもしれない。
「……ねえ、あなた……ナタナエルの事が、好き? あの子を愛せる?」
続く王妃の言葉にシーラははっと息を呑んだ。
「あの子ね、あなたに会って直ぐに告白して振られたでしょう? 落ち込んで、上手くいかなかった事に怒って、振り向かないあなたにずっと八つ当たりしてた」
「……」
虫を服の中に入れたり、ブスブス言ってきたり、頭突きしてきたり、噛み付いてきた事を言っているんだろうか。
12歳の時、9歳のナタナエルに会ったのが出会い。
懐かれているなと少しだけ自惚れていたら、真っ直ぐな眼差しで、好きだと告げられ結婚を申し込まれた。
軽く笑って冗談にしてしまえるような想いだと感じられなかったから、丁寧に断った。
王族なのだ。明るい未来が沢山ある。こんなところで遊び相手の侍女にうつつを抜かしている暇は無い。
けれど彼の目は失望に満ちていて。
泣きそうに歪めた顔を俯けてとぼとぼと帰る姿に、罪悪感で苛まれた。それでもすぐに忘れると思ったのだ。一時の気の迷いだと、もっと素敵な令嬢との出会いによって。
ナタナエルはシーラと一定の距離感を持つようになった。それなのに、もう遊び相手などいらないと遠ざける事はしなかった。
じろりと睨む視線。力の限り握り込んでくる手。
彼はその時々にシーラの様子を伺うように、それでいて問うような眼差しで。
けれどそう見えたのは気のせいだと黙殺してきた。
────ねえシーラ。まだ駄目なの?
彼はずっとずっと諦めなかった。
何故かシーラはそう思っていた。例えそれが間違いであっても、一瞬でも気を抜き、勘違いされるような……そんな振り向き方は決してしないように努めてきた。
なのにあの時、ナタナエルが自分を庇い刺された時、シーラは全てを失ったような虚無感を覚えたのだ。
嫌だ、駄目だ、無理だと思った。
自分の為に命を落として欲しくない。
彼は王族で、尊い人で、幼馴染で、大事な、大好きな……
口付けて下さいとラフィムに言われた時、シーラは驚いた。そうしたいと思っていたから。彼が死ぬなら私も死ななければならないとも。
祈りを込めて落とした口付けには、命の復活以上に望んだもの。あなたが好き。だから私も一瞬に連れて行って────
そしてシーラの意識は未来に飛んだのだ。
1
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
侍女から第2夫人、そして……
しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。
翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。
ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。
一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。
正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。
セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる
雨野
恋愛
難病に罹り、15歳で人生を終えた私。
だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?
でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!
ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?
1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。
ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!
主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!
愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。
予告なく痛々しい、残酷な描写あり。
サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。
小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。
こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。
本編完結。番外編を順次公開していきます。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
美人の偽聖女に真実の愛を見た王太子は、超デブス聖女と婚約破棄、今さら戻ってこいと言えずに国は滅ぶ
青の雀
恋愛
メープル国には二人の聖女候補がいるが、一人は超デブスな醜女、もう一人は見た目だけの超絶美人
世界旅行を続けていく中で、痩せて見違えるほどの美女に変身します。
デブスは本当の聖女で、美人は偽聖女
小国は栄え、大国は滅びる。
脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。
石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。
ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。
そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。
真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる