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30. 従兄
しおりを挟むこの国の王には双子の弟がいる。
病弱で殆ど表には出てこないけれど、彼の息子は健康に育った。また、オフィールオには姉もいるが既に他国に嫁していた。……まあつまり、彼はナタナエルの従兄だ。
年は確かナタナエルより四つ程上。
彼は王子というよりは商売人で、ロイツのようにあまり国にいなかったし、公務にも一部の外交にしか興味を示していなかったと聞いていた。
前の世でも彼は国外にいた。
乱心した国王に危機感を覚えた王弟が、自身の療養を理由に妻の実家を頼り、国を離れていた為だ。
彼自身は衰退していく国に興味を無くし、王位を捨てたと言われていたような気がする。ついでに言うと、ロイツはひたすら祈っていたらしい……
「……別に取らないから、離したら?」
シーラを膝の上に乗せてソファに座るナタナエルにオフィールオは苦笑した。
「誰にも触れさせる気はありませんが、これは僕らの普通なので気になさらないで頂いて結構です」
普通って何。
シーラは白目を剥いてナタナエルに抱えられていた。
王族の登場に、侍女本能で壁に張り付こうとしていたところを捕縛され、今に至る。
「隣国の聖女殿にはお帰り頂く事にしたよ」
アンティナが淹れたお茶を優雅に口に運びながら、オフィールオは口にした。
「そうですか」
ナタナエルは何の感慨も無さそうに口にする。その様子がさも不満と、オフィールオは口を尖らせた。
「もうちょっとこうさあ。何か無いわけ?」
「正直とっとと出て行って欲しかったので、有り難い位しか思いませんね」
「自分を刺した女なのに」
オフィールオはため息を吐いた。
「……留める方が愚策かと。あの女は王族ですし。下手に裁いてあちらの不興を買うのも面倒でしょう」
「うちが傷つけられたのも王族だけどね」
「その責任はロイツ兄上に取って頂くのでしょう?」
ふんと息を吐くナタナエルに、オフィールオは意地悪そうな笑みを浮かべた。
「それしか無いからね。王女様の保釈金はたんまり貰えたし。あの国でまだあの王女には利用価値があるんだねえ」
「分かってて言ってるんですから質が悪い。もうあの女に出来るのは今の王家の犠牲になって貰う位でしょうに」
その言葉にシーラは身を竦ませる。そんなシーラの動揺を宥めるようにナタナエルはシーラの背を撫でた。
「王族の聖女という名を笠に着て、精霊を騙る魔族と姦通した魔女。聖精祝の会すら謀り、多くの偽りの聖女を王貴会に送り込んだ諸悪の根源」
彼女にあらゆる汚名を背負い死んで貰う事で、メシェル王国は堕落した聖女主義から抜け出すのだと言う。
「ラフィム・ヤムクルから現王政を憂う者たちの助力を言付けられてね。一枚噛む事にしたんだよ」
「……いいんじゃないですか、世を正すところなんて彼女の言う聖女らしくて。それに……彼も聖女の在り方には怒っていましたから」
後半を独り言のようにぼやいたナタナエルの言葉に、オフィールオは首を傾げた。
「いえ。それで、向こうがうちを、ロイツ兄上を使って乗っ取ろうとしていた事と、同じ事をするつもりなんですね」
「布石みたいなものだ。大した見返りは期待していないよ」
オフィールオはふっと笑った。
「オフィールオ兄上は可能性に賭けるのがお好きですからね」
「心配しなくても危ない橋は渡らないよ」
「別に心配していません」
そ。と一言呟いて、オフィールオは席を立った。
「じゃあもう用事は済んだから帰るけど、君たちは婚姻はおろか、婚約もまだなんだから夫婦の営みは認められないよ。もし見咎めたら、彼女の事は妻じゃなくて愛妾扱いになるからね。よく覚えておくように。君たちもナタナエルを甘やかしちゃ駄目だよ」
使用人にも釘を刺し、オフィールオは近衛を連れて退室して行った。
オフィールオの言葉に、シーラは助かったと肩の力を抜いたが、ナタナエルも部屋の使用人たちも、オフィールオを恨めしそうに見送っていた。
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