【完結】暴君王子は執愛魔王の転生者〜何故か魔族たちに勇者と呼ばれ、彼の機嫌を取る役割を期待されています〜

藍生蕗

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27. 世界の消滅

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 少女は男を連れていた。
 それを見てナタナエルは眉を顰めた。が、男たちの方が少女を連れて歩いているのだと分かり、それもまた不愉快に感じた。

「ぼく……遅くなってごめんね」

 消え入りそうな声は掠れていて、人の機微に疎いナタナエルでさえ、少女が泣き暮れた事が知れた。
 少女の言葉に首を横に振る。確かに待ったが、今まで生きてきた時間の中では瞬きに等しい時間でしかない。待ち侘びたと言う意味では確かに長く感じたけれど。
 少女はふと顔を上げて教会を見た。躊躇うように揺れる視線にナタナエルは口を開いた。

「神父さま……いない」

「え?」

 はっと息を呑み、困惑を宿した少女の瞳に戸惑いながら、ナタナエルは続けた。

「死んだ」

「……っ!」

 彼は泣きながら、もう生きていく意味は無いと薬を煽り命を絶った。
 ナタナエルには何の事か分からなかったが、特に興味を持った人間では無かったので止めずに放った。彼は最期に誰かの名前を呟いたようだった。

 そんな事を思い出していると、目の前の少女の瞳から大粒の涙がボロボロと溢れた。ナタナエルは動揺し、手を伸ばしたが、その手をどうしたらいいのか分からなくて空に彷徨わせた。

「私のっせいで……神父様までっ」

 その場にくずおれる少女の腕を男の一人が掴んで引き上げた。

「ほら会いたかった奴とやらも、もういないんだ。いくぞ。良かったじゃが無いか。何の未練も無くこの国をおさらば出来るぜ」

 項垂れ、無理やり立ち上げられる少女からナタナエルは目を離せなかった。ふらりと顔を上げた少女の視線がナタナエルと絡んだ。

「あ……私……何も持って……」

 そう言って、手を彷徨わせ、胸元で止めた。
 少女はナタナエルと目を合わせ、申し訳無さそうに服の中から首飾りを取り出した。

「これしか無いけど……」

「おいおい、いいのか。こんな見ず知らずのガキにそんなもの渡して」

 男の一人が窘めたが、もう一人の男がそれを止めた。
 ナタナエルは不思議な気持ちでそれを見つめ、少女が首に掛けてくれたそれを見下ろした。
 小さな花飾りが散りばめられた華奢な作りのネックレス。

「おばあちゃんに貰ったの。お守りに。でも私にはもう必要無いから、あなたにあげるね」

 少女の瞳から少しずつ光が失われてのと同時に、命の灯も影るように見えた。
 なんとも言えなさそうな顔をした男の一人が、少女の腕を掴んだ。

「もう行くぞ。死ぬよりは……ここよりはマシだ。少なくとも食うには困らないからな」

「売れっ子になればいい暮らしが出来るからな。お前次第だ」

 ナタナエルは唐突に理解した。この少女は売られるのだと。促され、足を踏み出そうとする少女の前に周り、ナタナエルは首を横に振った。

「行かないで」

 少女は茫洋とした目で首を持ち上げ、首を横に振った。

「行かなきゃ……いけないの」

「……死なないで」

「……死ねない……私のせいで死なせてしまったのに……私だけ救いを求めて逃げられないから……」

 そう言うと少女の目からまた涙が溢れた。
 ナタナエルはどうしたらいいのか分からなかった。
 けれど男たちを殺して少女を解放しても、この少女の心はもう救われないのだと知った。
 ナタナエルはとっさに自分の魔力を込めて石を作った。

「これ……」

「え……?」

 首飾りにして、少女に渡す。

「大事なもの……お返し……」

 そう言うと少女は一瞬驚いたものの、口元に笑みを浮かべ、また涙を溢した。

「ありがとう。どうかあなたのこれからの人生が……平和で幸福に満たされたものになりますように」

「もし……未来に……」

「え?」

 ナタナエルは少女をひたと見つめた。

「次に会えたら僕と結婚して」

 少女は少しだけ瞳を揺らし、ありがとうと口にし頷いた。
 そうして、さようならと呟き、歩き去る少女の背中を見送り、ナタナエルはあらゆる事を理解した。



「見つかりました?」

 気づけば高い魔力を秘めた魔族が五体周りを囲んでいた。

「……ああ」

「どうします?」

 伺うように聞いてくる魔族は、ナタナエルの答えを知っているようだった。

「彼女の願いを叶えたい」

 魔族たちの目が細まる。

「お供します、我が君」

「お前たちはそれでいいのか?」

「私たちは魔王の行く末を見守る役目を担っておりますので」

 いずれにしても、この先ナタナエルには協力者が必要だった。だから彼らの役割を有難かいと思った。何故かにやりと笑うおばばの顔が頭をよぎったけれど。

「礼を言う。これから頼む」

 彼らが臣下の礼を取った事を合図に、ナタナエルは世界を滅ぼした。
 例え彼女が受け入れようとしていても、この世界の彼女の未来を自分は認めない。だから全て焼き尽くした。

 そして彼は時空を越え、再びルデル王国へとやって来たのだ。十五年前のルデル王国。そこには今にも命の灯を消し掛けた赤子を抱えた、涙に濡れた王妃と、彼女に寄り添う国王がいた。



 
 もし魔王が世界を滅ぼさなかったら……




 ルデル王国は一年後に消滅していた。
 その暴政に正義と援助の名乗りを上げ、乗り出した各国の兵士たちがその目にしたのは、最早国の様相を成さない、死の牢獄だったという。
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