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26. 邂逅
しおりを挟むそこは荒廃しきった国だった。
今まで自分が模してきた姿では浮いてしまいそうで、ナタナエルは、とりあえず怪しまれないだろう浮浪児に擬態した。
とぼとぼと歩く振りをしてあちこち見て回る。
どんよりと疲れ切った民たちには活気も無く、どの女も子を産む体力すら無さそうだった。城に行こうかと振り返ると近くに教会が見えた。
三百年前に精霊王が見込んだ勇者の話が御伽噺になり、宗教化したのだった。あの時拐われたのは精霊王だ。国全体の記憶をいじくり、王女に化けて王族に紛れ込んだ。そうして精霊たちは王の為に一芝居打ち、精霊王は勇者を手に入れたのだ。
ナタナエルは気紛れに彼らの結婚式を見に行った。絶世の美姫と言われる王女を迎え、幸せそうに顔を蕩かせる勇者を見ては、気の毒に思っただけだった。
そんな彼らの様子をふと思い出し、ナタナエルはフラフラと教会に近寄った。
「あ、駄目よ」
か細い声が耳を打ち、ナタナエルの身体は硬直した。
「お腹が空いているの?」
耳が溶けるような感覚に身体が震える。
だが声の主は、それがナタナエルを怯えさせたと勘違いしたらしい。
「あ……怒っているんじゃなくて……その、教会には今何も無いの。防犯の為に扉を開けて、中が良く見えるようにしておくくらい」
恐る恐る振り向けば、ベージュ色の髪に栗色の目をした少女が立っていた。少女はそっと近づきナタナエルに何かを持たせた。
手を開けばパンが一欠片入っていた。
少女は申し訳無さそうに眉を下げ、ナタナエルと目線を合わせしゃがみ込んだ。
「これしか持ってないの。誰かに見られたら取り上げられちゃうかもしれないから、こっそり食べてね」
小さな声で話し、はにかんだ顔は自分こそ何も食べてないと分かる程やつれていて。ナタナエルは息を呑んだ。
口元に指を当て、しー。と呟いてから、彼女は教会に入り、神父と少し話してから出てきた。
パンを手に佇むナタナエルに困った笑みを浮かべ、食べていいのよと頭を撫でた。触れられた箇所が歓喜に震える。身体が芯から熱を帯び、ナタナエルは目の前の少女を改めて見つめた。
「私、毎週これくらいの時間にここに来るの。その時にまた食べ物を持ってくるから、もし行く場所が無いならまたここにいて。神父さまにも話しておいたわ。今は教会も宿泊所は開設してないけれど、セラハナの木の近くなら加護があるから大丈夫だと思うの。寒い時は毛布を貸して貰えると思うから」
悲しそうに、もう行かなきゃと立って歩いていく少女から、やはりナタナエルは目を離せなかった。永く探し過ぎて、そして全く見つからなくて、ナタナエルは彼女が自分の求めるものだとは気づかなかった。
◇ ◇ ◇
ナタナエルはセラハナの木にしばらく留まった。
これまで擬態してきた人間は大体裕福な者だったから、人目を引いてきた。
けれど今は誰もナタナエルを見ようとしなかった。不思議な感覚で木の根本に座り込み、ナタナエルは人間たちを観察した。たまに神父が訪れて水を飲ませてくれた。
彼はポツポツとこの国について話してくれた。
逃げられる民は近隣に亡命してしまった事。それを知った王家が罰則を作ったが、人身売買なら許容されるようになった事。国力が低下し生産性が無くなり、売れるものは何でも売るという暴挙を始めたのだ。
そしてそれを逆手に取り、民は自分の家族を売買と称し逃亡させるようになった事。お金は掛かるが、多くの民がもうこの国にはいられないと判断した。けれど先立つ物が無い者たちは国から出られず、囚人のようにこの地に根付いている。
子どもなら逃がし易いので、人を頼って外に出すから、少し辛抱して欲しいと謝られた。
そんな話を、なんとはなしに聞いていたが、神父に頭を撫でられナタナエルは首を傾げた。あの少女に触れられたような高揚感が無い事を不思議に感じて。
それを見て神父は涙ぐみ教会へと戻って行った。
ナタナエルはその背を見送り少女を待った。いつ来るのかと、早くその時が来ればいいと、浮き立つ心を持て余しながら。
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