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22. 悪女
しおりを挟む暗がりの中で目を開けた。
耳の奥まで重くのしかかるような無音。
ここはどこだろうと、少し身体を|傾(かし)ぎ、自分が立っていると気づいた。
暗い……けれど、端の方が明るく見えるような……
「ああ、やっと会えた」
掛けられた声にシーラは肩を跳ねさせた。
どこから聞こえた声なのかと、首を巡らせても暗くて何も見えない。けれど、近くから聞こえて来る足音に気づき、シーラは思わず身構えた。
「っ?!」
ぎゅっと握られる手に身体が竦む。
手に感触があるのに、前に広がるのは暗闇だけ。
暗いから見えないのか、何も無いから見えないのか……
けれど、この手に触れる感覚が、そこに何かが在る事を物語っていた。
ごくりと喉を鳴らす。
「別に身構えなくていい。取って食おうと思っている訳じゃないから」
伝わる雰囲気は柔らかい。目の前にあるものは悪いものでは無いのだろうか……
◇ ◇ ◇
「シーラ! ああ、なんて事!」
悲嘆に暮れる侍女頭の声が室内に響く。
「彼女はナタナエル殿下に己の命を捧げたのです……素晴らしい忠臣と申し上げまましょう」
静かに語る侍医の声に侍女頭はその場に|頽(くずお)れた。
今日あの場に送り出したのは間違いだったと、己を責め嘆く侍女頭は何故かそこで室内に違和感を覚える。
誰も悲しんでいない。
侍女の、シーラの命はそれ程軽いのかと身体に怒りが走るが、同じ侍女であるアンティナの顔を見て、ひっと息を呑んだ。
その顔は嬉しそうで、満ち足りていて、頬が紅潮しているのは紛れもなく悲しみからでは無い。見渡せばこの部屋に集う者たちは自分を除いて皆嬉しそうだ。喜んでいるのか? シーラが命を落としたと言うのに!
そこで侍女頭の頭にふと何かが落ちてくる。
……そう言えばこの娘は、どこの家の者だったか……
だが困惑に瞳を揺らす侍女頭をアンティナが一瞥すると、彼女から何かが消えた。
侍女頭はぱちくりと目を瞬かせる。
「私は……」
ベッドに横たわるシーラを見て侍女頭は頭を押さえた。
何だったか。自分が今やろうとしていた事が思い出せない。
「侍女頭さま」
静かに口を開くアンティナに目を向ける。
「お仕事中でしたでしょう? 私はここに残りますから、どうぞお戻りになって下さい」
それが正しい行動だと侍女頭も思う。忙しい中仕事を抜け出してここに来た。戻らなければ。
「そうね、任せたわアンティナ」
そう言って侍女頭は退室して行った。
◇ ◇ ◇
「魔王の隣に寝かせてあげましょうか?」
「起きるかどうか分からんぞ」
「そうしたら一緒に埋葬してあげましょう」
「成る程そうしましょう。それなら彼もお喜びになるでしょう」
魔族たちは頷き合った。
きっと終わりはもう近い。
◇ ◇ ◇
何かに手を引かれ暗闇を歩く。
先程端だと思っていた明かりがある方。
「ここは……どこなの?」
見渡す限り暗闇の世界でシーラは前を行く何かに問うた。
「……今いるここは夢だけど、ここから先は現実だった世界だよ」
「?」
「ずっと君にこれを見て貰いたかった。そして決めて欲しいんだ」
「な、何を?」
何かがじっと見つめる気配にシーラは身動いだ。
それがふわりとシーラの頬を撫でる。
「君の未来」
シーラはポカンと口を開けた。そして引かれるまま光の中に足を踏み入れた。
◇ ◇ ◇
ルデル王国は……小さいが土壌が豊かで作物が良く育ち、産業も盛んな王国だ。国民の気質も穏やかで優しく、毎日も平和。
けれどここは何処だろう。
シーラは立ちすくんだ。
ここは確かにルデル王国。
けれど、そこはまるで豊かな名残の見る影も無く、退廃していた。
◇ ◇ ◇
「な……に……。ここ」
けれど振り返っても誰もいない。周りを見渡してもシーラの手を引いていたと思われるものは何処にもいない。
路地に座り込む人々が目に入る。みんなボロボロの服を着て目は虚ろだ。子どももいる。ガリガリの身体に布を巻きつけて、空のお皿を持って彷徨うように歩いていた。
「……っ」
思わず駆け寄り、けれど自分に出来る事が何も無くて。
何も持たない自分に足を止めていると、子どもと目が合った。
けれど子どもはそのまま何も無かったように歩いて行く。
思わず追いすがり手を伸ばすと、後ろから話し声が聞こえて来た。
「また税収を上げるってさ」
その声に、はっと馬鹿にする声が答える。
「王妃様は目が腐ってるのかねえ。この国に取れるものなんてもう無いよ」
「……腐ってるんだろ。王族も皆クソ共だ。前王が譲位してパブロ様が国を治めるようになってから最悪だ。あんな駄馬を王妃に据えるから……」
そう言って彼らが憎々しげに口にした名はシーラも知っているものだった。
「みんな悪女、王妃ブリーレのせいだ」
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