【完結】暴君王子は執愛魔王の転生者〜何故か魔族たちに勇者と呼ばれ、彼の機嫌を取る役割を期待されています〜

藍生蕗

文字の大きさ
上 下
23 / 51

22. 悪女

しおりを挟む

 暗がりの中で目を開けた。
 耳の奥まで重くのしかかるような無音。
 ここはどこだろうと、少し身体を|傾(かし)ぎ、自分が立っていると気づいた。
 暗い……けれど、端の方が明るく見えるような……

「ああ、やっと会えた」

 掛けられた声にシーラは肩を跳ねさせた。
 どこから聞こえた声なのかと、首を巡らせても暗くて何も見えない。けれど、近くから聞こえて来る足音に気づき、シーラは思わず身構えた。

「っ?!」

 ぎゅっと握られる手に身体が竦む。
 手に感触があるのに、前に広がるのは暗闇だけ。
 暗いから見えないのか、何も無いから見えないのか……
 けれど、この手に触れる感覚が、そこに何かが在る事を物語っていた。
 ごくりと喉を鳴らす。

「別に身構えなくていい。取って食おうと思っている訳じゃないから」

 伝わる雰囲気は柔らかい。目の前にあるものは悪いものでは無いのだろうか……

 ◇ ◇ ◇

「シーラ! ああ、なんて事!」

 悲嘆に暮れる侍女頭の声が室内に響く。

「彼女はナタナエル殿下に己の命を捧げたのです……素晴らしい忠臣と申し上げまましょう」

 静かに語る侍医の声に侍女頭はその場に|頽(くずお)れた。
 今日あの場に送り出したのは間違いだったと、己を責め嘆く侍女頭は何故かそこで室内に違和感を覚える。

 誰も悲しんでいない。
 侍女の、シーラの命はそれ程軽いのかと身体に怒りが走るが、同じ侍女であるアンティナの顔を見て、ひっと息を呑んだ。

 その顔は嬉しそうで、満ち足りていて、頬が紅潮しているのは紛れもなく悲しみからでは無い。見渡せばこの部屋に集う者たちは自分を除いて皆嬉しそうだ。喜んでいるのか? シーラが命を落としたと言うのに!
 そこで侍女頭の頭にふと何かが落ちてくる。

 ……そう言えばこの娘は、どこの家の者だったか……

 だが困惑に瞳を揺らす侍女頭をアンティナが一瞥すると、彼女から何かが消えた。
 侍女頭はぱちくりと目を瞬かせる。

「私は……」

 ベッドに横たわるシーラを見て侍女頭は頭を押さえた。
 何だったか。自分が今やろうとしていた事が思い出せない。

「侍女頭さま」

 静かに口を開くアンティナに目を向ける。

「お仕事中でしたでしょう? 私はここに残りますから、どうぞお戻りになって下さい」

 それが正しい行動だと侍女頭も思う。忙しい中仕事を抜け出してここに来た。戻らなければ。

「そうね、任せたわアンティナ」

 そう言って侍女頭は退室して行った。

 ◇ ◇ ◇

「魔王の隣に寝かせてあげましょうか?」

「起きるかどうか分からんぞ」

「そうしたら一緒に埋葬してあげましょう」

「成る程そうしましょう。それなら彼もお喜びになるでしょう」

 魔族たちは頷き合った。
 きっと終わりはもう近い。

 ◇ ◇ ◇

 何かに手を引かれ暗闇を歩く。
 先程端だと思っていた明かりがある方。

「ここは……どこなの?」

 見渡す限り暗闇の世界でシーラは前を行く何かに問うた。

「……今いるここは夢だけど、ここから先は現実だった世界だよ」

「?」

「ずっと君にこれを見て貰いたかった。そして決めて欲しいんだ」

「な、何を?」

 何かがじっと見つめる気配にシーラは身動いだ。
 それがふわりとシーラの頬を撫でる。

「君の未来」

 シーラはポカンと口を開けた。そして引かれるまま光の中に足を踏み入れた。

 ◇ ◇ ◇

 ルデル王国は……小さいが土壌が豊かで作物が良く育ち、産業も盛んな王国だ。国民の気質も穏やかで優しく、毎日も平和。

 けれどここは何処だろう。
 シーラは立ちすくんだ。
 ここは確かにルデル王国。
 けれど、そこはまるで豊かな名残の見る影も無く、退廃していた。

 ◇ ◇ ◇

「な……に……。ここ」

 けれど振り返っても誰もいない。周りを見渡してもシーラの手を引いていたと思われるものは何処にもいない。
 路地に座り込む人々が目に入る。みんなボロボロの服を着て目は虚ろだ。子どももいる。ガリガリの身体に布を巻きつけて、空のお皿を持って彷徨うように歩いていた。

「……っ」

 思わず駆け寄り、けれど自分に出来る事が何も無くて。
 何も持たない自分に足を止めていると、子どもと目が合った。
 けれど子どもはそのまま何も無かったように歩いて行く。
 思わず追いすがり手を伸ばすと、後ろから話し声が聞こえて来た。

「また税収を上げるってさ」

 その声に、はっと馬鹿にする声が答える。

「王妃様は目が腐ってるのかねえ。この国に取れるものなんてもう無いよ」

「……腐ってるんだろ。王族も皆クソ共だ。前王が譲位してパブロ様が国を治めるようになってから最悪だ。あんな駄馬を王妃に据えるから……」

 そう言って彼らが憎々しげに口にした名はシーラも知っているものだった。

「みんな悪女、王妃ブリーレのせいだ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

侍女から第2夫人、そして……

しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。 翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。 ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。 一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。 正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。 セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。

石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。 ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。 そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。 真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。

ただの新米騎士なのに、竜王陛下から妃として所望されています

柳葉うら
恋愛
北の砦で新米騎士をしているウェンディの相棒は美しい雄の黒竜のオブシディアン。 領主のアデルバートから譲り受けたその竜はウェンディを主人として認めておらず、背中に乗せてくれない。 しかしある日、砦に現れた刺客からオブシディアンを守ったウェンディは、武器に使われていた毒で生死を彷徨う。 幸にも目覚めたウェンディの前に現れたのは――竜王を名乗る美丈夫だった。 「命をかけ、勇気を振り絞って助けてくれたあなたを妃として迎える」 「お、畏れ多いので結構です!」 「それではあなたの忠実なしもべとして仕えよう」 「もっと重い提案がきた?!」 果たしてウェンディは竜王の求婚を断れるだろうか(※断れません。溺愛されて押されます)。 さくっとお読みいただけますと嬉しいです。

処理中です...