【完結】暴君王子は執愛魔王の転生者〜何故か魔族たちに勇者と呼ばれ、彼の機嫌を取る役割を期待されています〜

藍生蕗

文字の大きさ
上 下
22 / 51

21. セラハナの木

しおりを挟む

 温かいものが自分の身体を濡らしていく……
 シーラは重い自分の身体を見る為に恐る恐る目を開けた。
 だが最初に目に入ったのはラフィムに取り押さえられたリュフィリエナだった。
 彼女の顔は驚きに満ちている。

「どうしてっ?」

 ロイツもまた驚愕に目を見開き、シーラの、その上に倒れ込むナタナエルを見つめていた。

「ナタナエル殿下……」

 脇から流れる赤い血がポタポタとシーラの身体に滴ってくる。

「な、ナタナエル……」

 ロイツがおぼつかない足取りでナタナエルに歩み寄る。

「ど、どうしてよ、どうしてナタナエル様が……おかしいわっ。だって聖女が振るう聖剣なのよ! だから……違うの! ナタナエル様はもう手遅れだったのよ!」

 離してともがくリュフィリエナは、ラフィムによって走り寄る近衛たちに引き渡された。その中にいつもナタナエルの近くにいる近衛の顔があり、シーラは泣きそうになる。どうして近くにいてくれなったのか。

「ロイツ殿下、あなたにも国王から拘束命令が出ています」

「なっ」

「聖女を謳った他国の王女を傀儡にした、売国奴としてでしたが……今は第三王子の殺害未遂の現行犯です」

「わ、私は弟を害そうなどとは……」

 そう言ってロイツも近衛に拘束される。それと共に医者を呼ぶ声が聞こえる。
 呆然とされるがままになるロイツにリュフィリエナもまた力を抜いた。

「そうだわ……これも精霊の試練なのね。あなたたちが過ちに気づいたその時、あなたたちをわたくしが許せるかどうかもまた……ああナタナエル様。あなたもまた聖女の夫として相応しいか試されているのです」

 その言葉にロイツは信じられないような目で、ナタナエルを見た。
 シーラはカッとなりリュフィリエナを睨みつけた。

「そこなる魔女。あなたは一時逃げおおせただけ。裁きの時は直ぐに参りますよ」

 我こそ正義と言わしめんその台詞にシーラは掴み掛からんと身体を起こそうとしたが、ナタナエルに弱々しく手を掴まれはっと我に帰る。

「シーラ…………」

 自分の名前の後に何を言ったのか、聞こうと身を乗り出せばナタナエルの青白い顔が良く見えて。

「な、ナタナエルでんっ……」

 シーラは喉を詰まらせた。

「どうして、どうして殿下がっ」

「お前が……」

 呆然としたままロイツが口を開いた。

「っお前が刺されなかったからだろう! お前のせいだ! 邪魔なお前が死ねば良かったんだ!」

 びくりと身体を震わすシーラの肩にラフィムが手を置いた。

「その犯罪者たちをさっさと連れて行け」

「ラフィム?」

 リュフィリエナは困惑に瞳を揺らす。

「何を……自分だけ助かるつもりか? 何て浅ましい奴だ!」

 混乱し喚く彼らが引っ立てられていく様を一瞥もせず、シーラはナタナエルに触れた。冷たくて、でもまだ微かに息をしていて。

「ナ、ナタナエル殿下……ナタル……」

 シーラはくしゃりと顔を歪めた。


 ────シーラ、大人になったら僕と結婚してくれる?



 ────それは……申し訳ありません……ナタ……ナエル殿下……


「死なないで……」

 喉の奥が詰まって声が上手く出ない。

「口付けてあげて下さい」

 さらりと降ってきた声にシーラは顔を上向けた。

「神樹の加護があるかもしれません」

 ラフィムが静かな目でシーラに告げた。
 そうか、この人も信者だった。けれどあんなエセ聖者たちを見た後に精霊の何を信じられると言うのか。

「精霊なんて嫌い」

 けれどセラハナの木の生命の祝福なら信仰の無いシーラだって知っている。セラハナはその強い生命力を近くにいる者に分ける。これは植物学的にも裏付けされた説だ。

 シーラは力強く根を張るセラハナの木に手を触れた。
 もしこの木が昔人間を助けた神樹の子孫なら、お願いだからもう一度手を差し伸べて欲しい。

「ナタルが助かるなら、精霊だろうと魔族だろうと何にでも縋るわ」

 シーラはナタルにそっと口付けた。
 だからこの人を助けてと強く願う。
 ナタナエルが医者の元へと運ばれるまで、シーラはナタナエルを抱きしめ続けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

侍女から第2夫人、そして……

しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。 翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。 ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。 一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。 正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。 セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。

石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。 ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。 そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。 真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。

ただの新米騎士なのに、竜王陛下から妃として所望されています

柳葉うら
恋愛
北の砦で新米騎士をしているウェンディの相棒は美しい雄の黒竜のオブシディアン。 領主のアデルバートから譲り受けたその竜はウェンディを主人として認めておらず、背中に乗せてくれない。 しかしある日、砦に現れた刺客からオブシディアンを守ったウェンディは、武器に使われていた毒で生死を彷徨う。 幸にも目覚めたウェンディの前に現れたのは――竜王を名乗る美丈夫だった。 「命をかけ、勇気を振り絞って助けてくれたあなたを妃として迎える」 「お、畏れ多いので結構です!」 「それではあなたの忠実なしもべとして仕えよう」 「もっと重い提案がきた?!」 果たしてウェンディは竜王の求婚を断れるだろうか(※断れません。溺愛されて押されます)。 さくっとお読みいただけますと嬉しいです。

処理中です...