【完結】暴君王子は執愛魔王の転生者〜何故か魔族たちに勇者と呼ばれ、彼の機嫌を取る役割を期待されています〜

藍生蕗

文字の大きさ
上 下
18 / 51

17. ある夜の会話

しおりを挟む

 ずんずんと進むナタナエルに手を引かれ着いたのは、王宮の庭だった。
 あのサンルームから見えたものとは違い、どこか長閑な雰囲気の庭だ。

「あの……よろしかったのでしょうか……」

 シーラはぽつりと呟いた。

「知るか。僕は今日はもう休むから、お前ももう帰っていいぞ」

 そう言って、ひらひらと手を振りナタナエルは王宮の自分の部屋へと戻って行った。

「あ、はい。お疲れ様でした……」

 掛けた言葉にナタナエルはぴくりと脚を止める。

「お前は……」

 肩越しに振り返る瞳は先程よりずっと冷静で、だけど何かの熱を孕んでいるようにも見えて、シーラははっと息を呑んだ。

「どうせ忘れているんだろう……僕の言った言葉なんて」

「……」

 何も答えられず瞳を揺らしていると、ナタナエルは、ふいと踵を返し、そのまま王宮へと入って行った。気配を消すのが上手な近衛も後を続く。

 爽やかな風がさらりとシーラの頬を撫でて通り過ぎた。
 その風が来た方を見れば庭園の小さな花壇で花々が揺れている。

「覚えてるよ」

 小さな声で口にする
 不器用な花冠
 おもちゃの指輪
 頬に口付けた事

 ────シーラ、大人になったら僕と結婚してくれる?

 シーラはそっと頬を押さえた。

 ◇ ◇ ◇

 シーラは登城して、マナー教育を受けながらナタナエルの遊び相手を仰せつかった。
 初めて会った王族はとても可愛い男の子だった。
 シーラは末っ子だから弟妹はいない。だからこんなに可愛い子と友達になれる事を素直に喜んだ。

 二人で庭を駆け回り、食事を共にして沢山遊んで過ごした。
 けれどそのうちナタナエルは何かを言いたそうに口籠もるようになった。
 シーラはこの小さな弟が自分に懐いてくれていると自覚していた。だけど、自分の立場で望めるのはそれまでで、万が一にもその先があってはならない。

 シーラは必死に誤魔化した。
 ナタナエルが口に出来ないそれを、あえて目を逸らし、気づかぬように振る舞った。

 ────嘘つき

 ナタナエルはシーラを睨みつけて呟いた。

 動揺するもシーラにはそれしか無かったのだ。
 ただの小さな恋心。
 すぐに忘れ去られるそれ。
 嘘なんてついてない。

 なのにナタナエルは許せないとばかりにシーラに意地悪を始めた。

 城仕えの自分には耐えるしか無かった。


 ◇ ◇ ◇

 月が静かに部屋を照らす夜。
 室内で貴人が三人、顔を突き合わせて話に耽っている。

「次の王となる者がいない」

 ぼやく声に魔王はため息を吐いた。

「……あなた方が僕を警戒し、隣国の宗教教育をした結果、あの王子はあっさりあの国に洗脳されてしまいましたね」

 その言葉に国王は項垂れた。

「そんなつもりは無かった。あの子の意思を尊重しただけだ」

 はあ、とため息をつく。

「頭の悪い子では無いのだが……」

「話が通じない時点で馬鹿でしょう。何でも神の為だと言い換える思考回路には舌を巻きましたが」

「パブロが早まらなければ……」

「……無理ですわ。きっとあの子が王になれば、彼の言う未来となっていたのでしょう」

 そっと国王をたしなめるのは、この国の王妃だ。

「弟の子を王位につける算段でもするか」

「……私は彼が王になっても構わないのですが」

 王妃の言葉に国王は渋面を作った。

「異形に国を渡すのか」

「……けれど、あの時私たちを救ってくれたのも、確かに彼なのです」

 魔王は静かに立ち上がった。

「お断りです。僕は別にこの国が欲しい訳じゃない」

「けれど、あの子には侍女頭に申しつけて、十分な教育を施してあります。あの子が応じれば叶う事。身分は如何様にもなりましょう」

「……それ以前の問題なので」

 立ち上がり、辞去しようとする魔王に国王が声を掛けた。

「というと?」

 魔王は、はあと息を吐いた。

「僕はまだ彼女に、愛されておりません」

 王妃は、まあと口元に手をやり顔を綻ばせた。

「僕は……一方的に想うだけではでは無く、愛されたい」

 国王もまた、はあとため息を吐く。

「だからお前はパブロと気が合うのだろうな……」

「どうでしょう。彼は僕に感謝と憎悪を抱いておりますから。お互いの気持ちに似通ったものを感じたとしても、仲が良い訳ではありませんよ」

 そもそも彼は間違いなく父親似だ。
 チラリと寄り添う王と王妃に目を向けた。

「……そうか。まあ、いずれにしても、どうしようか」

「どうしましょうかねえ……」

 仲良くため息を付き合う二人を背に、魔王は部屋を出た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

美人の偽聖女に真実の愛を見た王太子は、超デブス聖女と婚約破棄、今さら戻ってこいと言えずに国は滅ぶ

青の雀
恋愛
メープル国には二人の聖女候補がいるが、一人は超デブスな醜女、もう一人は見た目だけの超絶美人 世界旅行を続けていく中で、痩せて見違えるほどの美女に変身します。 デブスは本当の聖女で、美人は偽聖女 小国は栄え、大国は滅びる。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~

けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。 ただ… トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。 誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。 いや…もう女子と言える年齢ではない。 キラキラドキドキした恋愛はしたい… 結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。 最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。 彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して… そんな人が、 『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』 だなんて、私を指名してくれて… そして… スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、 『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』 って、誘われた… いったい私に何が起こっているの? パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子… たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。 誰かを思いっきり好きになって… 甘えてみても…いいですか? ※after story別作品で公開中(同じタイトル)

【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り

楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。 たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。 婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。 しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。 なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。 せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。 「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」 「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」 かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。 執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?! 見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。 *全16話+番外編の予定です *あまあです(ざまあはありません) *2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪

侍女から第2夫人、そして……

しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。 翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。 ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。 一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。 正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。 セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...